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藤の花が香る幸せな空間、牛耳洞・天道教彰義修道院

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ソウルの慶運洞に天道教の中央大教堂があるが、牛耳洞にも天道教の教育機関である「鳳凰閣」があるという。中村輿資平が設計した中央大教堂に似た様式の西洋建築があるということで、連休の最終日に行ってみることにした。
去年、尹克栄家屋を訪ねた時に乗った牛耳新設線の終点の北漢山牛耳で降りて、10分ほど歩いた所にあった。道詵寺(トソンサ)や北漢山に行く人たちで賑わう道をしばらく歩くと、天道教の第3代教主である孫秉煕氏の墓地の標識があり、まもなく鳳凰閣の看板が現れた。門柱には「天道教彰義修道院」とある。

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門を通ると木々の間に煉瓦造りの建物が見えた。

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これが慶運洞の中央大教堂の隣から移築したという建物。大教堂と同じく1921年に中村輿資平の設計によって建てられた。大教堂と比べるとおとなしいが、二つの建物が調和していたことを思わせる。

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様式は「ウイーン分離派」といわれる「ゼツェッション」。といっても、ゼツェッションの特徴というのはよく分からない。でも、「ムジゲトク建築」で知られる建築家のファン・ドゥジン氏によるとゼツェッションというのはこれといった様式的な特徴は少ないとのこと。以前の社会や理念からの「分離」という思想がより先立っていたということなんだろうか。
ここで天道教や、彼らが主導したという東学農民運動、3・1独立運動などについての説明を聞けるということだったけれど、残念ながら門は閉まっていた。側面のドアから中をのぞくと教室のような空間があった。右側には、韓国のこどもの日を提唱したことで知られる方定煥(パン・ジョンファン)氏の肖像画がかかっていた。方定煥氏は天道教が運営する普成専門学校の出身で天道教少年会をつくり、巡回講演を行ったという。

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建物の裏の方へ回っていくと、一段高い基壇があってマダン(前庭)があり、韓屋が建っていた。これがここの中心の建物である「鳳凰閣」。青い字で書かれた扁額の字はとても自由な印象を受ける。

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板の間には集会の様子が描かれた絵と、第3代教主である孫秉煕氏の写真。後から調べてみると、この集会は3・1独立運動の33人の民族代表の姿なんだという。独立宣言をした3月1日に先立って、ここ鳳凰閣で2月28日に事前集会を行ったという。そんなに意味がある場所だったとは…。

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そして、なんといってもこの庭が気持ちのよい空間だった。周りにはツツジや牡丹などが植えられていて、一角には藤の棚がつくられている。ちょうど藤の花が満開を少し過ぎた頃で、地面いっぱいに藤の花が落ちている。そして藤の花の香りが辺りに満ちているのだ。藤の花がこんなに香るなんて!

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私たちの家族の他には管理しているおばさんくらいしかいない。静かで美しく、和やかな、そして幸せな空間。こんなところが知られていないのはもったいない。いや、知られない方がいいかもしれない。

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さきほど案内板があったが、近くに孫秉煕氏の墓地があるということで探してみると、敷地の傍に、外に出る小さな門があって、山の上へと遊歩道が続いている。墓地に続く道っぽかったので登ってみると、やはりそうだった。

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立派なお墓だと思って後ろを振り返って、思わず「おお」という声が出た。ここで祭祀を行うんだろうか、小高い丘の麓まできれいに芝生が敷かれていて、向こうの山までよく見渡せる。いい墓だなあ。

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お墓の前で手を合わせると、どこからか白い犬がやってきて周りをうろついていた。ここを守っているのかな? お墓の上にはタンポポの綿毛が揺れ、ちょうちょが飛んで、とってものどか。

この後、どうせここまで来たのだからと、道詵寺まで登ってみたけれど、個人的には天道教の修道院のほうがよかったな。韓国の近代史に興味がある人はおすすめ。

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by matchino | 2018-05-18 21:46 | 建築 | Comments(0)

水原・ソウル農大の講堂、そして廃墟

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建国大学の人文学館の建物がすごく気に入ったので、建築家を調べてみると、金煕春(キム・ヒチュン)という建築家が設計したことが分かった。そして彼の他の作品を調べると、水原にあるソウル農大(ソウル大学の農業学部)の講堂があるという。すでに廃校になって、その講堂も廃墟になっているらしい。一人で行ける時間ができて行ってみることにした。
水原駅の前からバスに乗って「湖西中学校」の停留所で降りるとすぐ前に大学キャンパスの入口があった。守衛に制止されないかとドキドキしたが、難なく入れた。
中央の道路の両脇に緑地があって、そのところどころに校舎が建っている。目的の講堂は敷地内に入ってすぐのところにあった。が、フェンスが立てられて工事をしている。

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つながった2棟のうち、左側の棟は近づけたが、右側の建物は近くに行くこともできなかった。右側のほうが見たかったのに…。

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それでも左側の建物も、水平方向に長い直方体がかっこいい。

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ズームがきくカメラがあったらよかったな。
この建物、これからどうなってしまうのか、撤去されるのか、再利用されるのか気になって、他の棟にいた人に訊いてみたが、知らないとのこと。なんとか残してほしいなあ。

この他の建物も気になって回ってみた。
50年代に建てられた、蔦の絡まる建物があった。

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さらに奥に歩いていくと、散歩に来たらしいおじさんおばさんたちの姿。京畿想像キャンパスという公園兼文化施設になっているようだ。
林の中には散策路もあって、こんな作品があったりする。

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子供たちが走り回れる広場もあって、とても気持ちのよい空間だ。子供たちを連れて来たらよかった。

ある建物は「青年1981」という名前になっていて、青少年を対象にしたさまざまなプログラムを行なっているようだ。デザインや音楽、3Dプリンティング、写真、自転車の塗装などものづくりの体験ができるらしい。大人も参加できるらしいので、参加してみようかな。平日の夜に連続でやるプログラムもあり、参加できないのが惜しい。

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公園となっている側からもう一度入口に近い方にやってきた。面白い建物がないかとさらに横道に逸れてみると、あったあった!

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何かの研究のための建物なんだろうか、一階建ての横長の建物。
いい感じの古び具合だ。水平と垂直だけで構成されていながらとても私好みの造形。窓のルーバーの造形はぞくっとするほど!

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庭は背の低い草に覆われていて、小さな花が風に揺れている。私の一番好きな風景。

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その近くには焼却場らしい煙突。こんなに好きな要素が揃っている場所なんてなかなかない。

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ここで気の置けない人たちと一緒にピクニックでもしたいなあと思っていたら、「林の中のパーティー」というイベントのポスターが! 以前見に行ったことがある「水原演劇祝祭」が今年はここに会場を移して「林の中のパーティー」というテーマで開催されるという。5月25〜27日。うーん、行ってみるか…。

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by matchino | 2018-05-09 21:23 | 建築 | Comments(0)

慶煕大建築巡り2 音楽大学・学生会館ほか

慶煕大の建築巡りのつづき。
文科大学の他にも興味深い建物はたくさんあった。

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まずは音楽大学とその隣の学生会館の建物。

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王冠の形をした音楽大学! 「クラウン館」と名付けられている。ある人はミルククラウンみたいだと表現していた。

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それでも王冠の形だけではなく、ひさしの形や花のガクを思わせる造形など、興味深い部分がたくさん。弧を描く窓も格子状になっていて私の好み。裏に回ると円形の冷却塔。兄弟みたいだ。

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その隣の学生会館も王冠に負けず劣らず不思議な造形だ。上に行くほど細くなるように見えながらも、そう見えるのは角の突起によるもののようだ。屋上にメッシュを思わせる装飾があったり、全体的に彫刻的な雰囲気を感じさせる。

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正門から向かって左側に少し上がると出てくる建物も不思議な形。

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国際教育院というから、語学堂なんかがあるんだろうか。
ここで韓国語を勉強してもよかったかな?w


あと、不思議だったのがネオルネサンス館と名付けられた建物。
何がネオルネサンスなのかはよく分からない。

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で、正面から見るとあんまり特徴を感じないけれど、
裏に回ってみると、グラウンドの観客席(?)との調和がなんか寂れた東欧の町を思わせる感じ。(行ったこととはないケドw)

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ついでに焼却炉の煙突らしいのが立っていて、それもいい感じ。

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それにしても、この大学、登山道のような散策路があって、とても気持ちがよい。
桜の木が多いようだったので、もう少し早く来ていればすばらしい眺めだっただろう。
来年また来よう。

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by matchino | 2018-05-02 21:24 | 建築 | Comments(0)

童謡「半月」の作者、尹克栄の家を訪ねる

ソウル市から毎日送られてくるニュースレターがある。その中で一つ気になった記事があった。尹克栄(ユン・クギョン)氏が晩年を過ごした家屋が記念館になっていると。「日本式家屋」ということで興味を持ったのだが、有名な童謡作家ということで調べてみると、代表曲は「半月」、「ソルラル」、「魚獲り」など。
「あれ、半月ってどんな歌だっけ?」と思ったが、「ぷ〜るんは〜ぬるう〜な〜す〜」だ。うちの子供たちがよく歌っている、韓国で最も有名な童謡の一つだ。
「ソルラル」も「か〜っちかっち〜そるら〜るん」のおなじみの歌。題名を錯覚している人が多いな。

さて、去年新しく開通した地下鉄「牛耳新設線」に乗って「419民主墓地」駅へ。そこから歩いて10分ほど。

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切妻屋根が真ん中で少しずれた形になっている平屋の家屋で、外壁は石が貼られている。1960年代に建てられた日本式家屋だという説明。玄関があって、廊下で各部屋に通じるという構造が日本家屋の様式ということだった。

玄関を入ると、奥から「オソオセヨ(いらっしゃいませ)」という声がして、案内の女性が出てきた。自由に観覧してもいいけれど、案内をしてくれるというので、お願いした。
2〜3言会話しただけで、私が日本人だということが分かってしまった。(発音がまだまだだな…)記念館として開館してから3年間で訪ねた日本人は私で3組目だという。日本からわざわざ訪ねてきた老夫婦が初めだったと話してくれた。

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尹克栄さんが生まれたのは鍾路区だったが、今その家はなく、その後、韓国戦争の時に釜山に避難して戻ってきてからは、この水踰洞に住んだという。何度か家を転々とした後、この家を買って住み、ここで亡くなった。
その後も息子さんが住んでいたが、2013年にソウル市が買い取って記念館として使用している。

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作曲家として多くの童謡を残したが、「半月」や「ソルラル」などの作品は作詞と作曲の両方をしているんだという。

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「ソルラル」の額。これは尹氏が最初につくった童謡で、韓国で最初の創作童謡。それまでは「童謡」といわれる歌はなかったが、「ソルラル」から童謡というジャンルが始まった。

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「半月」の額。尹氏はこのように童謡を絵とともに額にして、多く残していたという。

尹氏は若い時から音楽の才能を認められ、日本人の先生の勧めによって東京に留学した。しかし、関東大震災の時に「井戸に毒を入れた」などの根も葉もない疑いがかけられて多くの韓国人が殺された時、尹氏も命からがら韓国に逃げ帰ったという。
帰国して1年後、もう一つの悲しみが彼を訪れた。早くに嫁いだ彼の姉が亡くなったというのだ。悲しみにくれていたある日、空を見上げると昼間の白い半月が空に浮かんでいた。彼はそれを見て、大海に浮かぶ小舟のようだと思い、姉を亡くした悲しみと亡国の民の悲しみを込めた歌をつくった。


「半月」

青空わたる  小舟には
桂木とウサギ ひとりずつ
帆柱も立てず 竿もなく
よくも行けるよ 西の国へ

天の川越えて 雲の国へ
雲の国過ぎたら どこへ行く
遠くでキラキラ 照らしてる
明星の灯台だ 舵をとれ

日本語の歌詞はこちらから

悲しみを歌いながらもそれだけで終わりたくないと、最後に希望を託した歌詞を付け加えたという。

とても落ち着く家で、胸にじいんと来る話が聞けたいい日だった。

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by matchino | 2018-01-29 21:43 | 建築 | Comments(0)

韓国建築模型の博物館「奇興聲ミュージアム」 02

計画通り無事に到着した奇興聲(キ・フンソン)ミュージアム。娘がまずは庭が気に入ったらしい。さっそく庭でかくれんぼを始めた。

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野外にはそれほど作品はなく、自由の女神と馬くらい。でも南漢江が見えて景色はいい。

ひとしきり遊んでから、いよいよ展示室へ。
ミュージアムは地上2階、地下1階で、2階と地下1階が展示室、1階がカフェになっている。
まずは地下1階から。地下1階は伝統建築の展示室。景福宮や東大門、南大門、月池など、有名な史跡のほか、多いのは、今は無くなってしまった建築の模型。

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メインの巨大な模型は、焼失した皇龍寺9層木塔。ほかにも弥勒寺9層木塔などがあった。

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確かに模型をつくる意味を考えると、なくなった建築物というのはあるだろうな。それから、巨大な建築物は全体を把握できるというのが模型の利点だろう。
大きく掲げられた写真があり、それはロッテワールド民俗博物館だという。昔、「ロッテワールドに遊びに行ってわざわざ民俗博物館なんか行くかな」と思ったが、行ってみるとすばらしいつくりに驚いた記憶がある。ここは奇興聲会長にとっても代表作だという。今度行った時に見てみよう。

それにしてもすべてがすばらしい出来。実際の部材一つひとつを同じように組んでつくられているようだ。案内の方に訊いてみると、木の部分は松の一種(聞き取れなかった)を、他の部材はFRPで作っているという。

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ひと通り見終わって、2階へ。
2階は近現代建築の展示室。
ソウル駅や63ビル、仁川空港などのおなじみの建築。

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それから、金寿根氏設計の空間社屋、京東教会、そしてヒルトップバー。

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そして今は解体されてなくなった朝鮮総督府。

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今は行けなくなっている平壌のタワー。平壌の街も再現されていた。

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そして全部木でつくられた徳寿宮石造殿。ペディメントの部分の彫刻がきれいに再現されている。

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建築に関する新しい側面をみつけた一日だった。

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帰りのバスの時間まで少し余裕があったので、1階のカフェでくつろぐ。
ここにもエッフェル塔やいろいろな模型が展示してあって楽しい。

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座っていると、白髪のおじいさんが何人かの人たちと一緒に入ってきた。
行く前にドキュメンタリーで見た奇興聲会長の顔と重ねてみると、会長さんらしかった。
どうしよう、話しかけようか…と思ったけれど、そのまま帰ってきてしまった。
挨拶だけでもしてきたらよかったかな…。
まあ、博物館の向かいにはソウルから移転してきた模型製作所があったので、ここを訪ねるたびにお会いできるかもしれない。
このあたりはいろいろなギャラリーがあるので、再訪もありえるかな、と。

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by matchino | 2018-01-13 12:45 | 建築 | Comments(0)

韓国建築模型の博物館「奇興聲ミュージアム」 01

一つのことに興味を持つと、そこからいろいろなものがつながってくる。
今回行ってきた博物館もその一つだった。

ことの始まりは、去年のソウル国際建築映画祭。その映画祭の開幕作品は、「アパート生態系」という作品だった。ソウルの古いアパートを巡りながら、アパートをめぐるソウル市民のさまざまな生き方について描いた作品だった。とても興味深い作品で、たくさんの人に見てもらいたいものだった。
その中で気になったのが、最初から最後まで出てくるソウル市立大学の孫禎睦(ソン・ジョンモク)教授。勉強好きのおじいさんという風貌だったが、後から調べてみると、ソウル市の都市計画において重要な役割を務めてきただけでなく、韓国の多くの自治体の歴史を編纂するなど、近現代の韓国の歴史について多くの研究をされてきた方だということが分かった。

そしてこの方の著書であり、この映画の中でも何度も出てきた本があった。「ソウル都市計画物語」という全6巻にわたる本。図書館で何回か目にしながら気になっていたが、「いつかは読もう」と後回しにしていた本だった。でも、これは読まねばと思わされ、さっそく読み始めた。

で、読んでみると、とても面白い!
え、そんなことがあったのか!というようなエピソードが目白押しで、誰かに話さずにはいられないような話に満ちているのだ。

そして、この本の汝矣島の開発に関する部分を読んでいて、さらに気になったことがあった。
汝矣島の開発をするにおいて模型をつくったというのだが、その作業を行った奇興聲(キ・フンソン)会長という方だった。
韓国の建築模型といったらこの人、という有名な方で、国家的なプロジェクトのための模型作りはほとんどこの方の会社で手がけてきたらしい。最近でいえば、平昌冬季オリンピックのための会場一帯の模型作りも手がけ、オリンピック誘致に貢献した。
そして、奇興聲会長の今まで手がけてきた建築模型を展示する「奇興聲ミュージアム」が楊平郡にオープンしたという。
これは行ってみなければ!

しかし、自家用車がなければ行くのは簡単ではなさそうだ。
楊平駅までは電車があるけれど、そこから30分ほどバスに乗っていかなければならない。そのバスも何時に来るかよく分からない状態。近くにある「Dr. パクギャラリー」は、以前行こうと思いならもバスが来なくて諦めたところだった。
それでも、なんとか博物館まで行くバスの時刻表を探し、行ってみることにした。

京義中央線の楊平駅から近い楊平市場の停留場から4-9番のバスに乗る。14時40分。これを逃したら今度来るのは夕方だ。(実は他のバスもあるので1時間に1本くらいの間隔であることが分かった)
南漢江沿いの道を30分くらい走って、「チョンス2里ソンド病院(전수2리.송도병원)」という停留所で降りると、すぐ前に茶色の外観の建物が見えた。
やった! 着いた!

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前置きが長くなってしまったので、次回につづく!


奇興聲ミュージアム



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by matchino | 2018-01-10 21:09 | 建築 | Comments(0)

釜山旅行02 168階段

旧・百済病院から少し登ったところに168階段があるが、百済病院からの道がちょっと分かりづらい。冊子を見ながら「こっちかな?」と迷っていると、「この道を上がればいいよ」と後ろから来たおばあさん。その言葉にまったく迷いがなく、私がどこに行きたいのか分かっているようだ。その訳はすぐに分かった。168階段に向かう道沿いには釜山に関連した歴史的人物などに関する案内板が並んでおり、観光客らしい人たちがたくさん来ていた。人気の観光地だったわけだ。

いよいよ階段の下までやってきた。6階建のビルに相当するという高さはそうとうなものだった。けっこうたくさんの人が階段を上っているけれど、最近、階段の脇にモノレールがつくられて、楽に登れるようになっている。

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子供たちはモノレールに乗りたがるかと思ったら、迷わず階段を登り始めた。これは意外!私も子供達の後を追いかけた。

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階段のところどころにカフェや展望台がある。展望台の一つは普通の家の屋上で、物干し台があったりする。

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やっとのことで登り切ると、展望台があった。釜山の街を見渡せる見晴らしのいいところだった。

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で、この階段、何か歴史的なエピソードがあるのかと思ったが、あんまりなさそうだ。住民に案内をしてもらったらいろんな話が聞けるかもしれないけど。

ところで、子供たちは階段がそうとう面白かったらしい。次の日に行った宝水洞の本屋通りにあった高い階段を見るなり競争を始めた。こういう時は兄弟が多いって楽しいんだろうな。

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by matchino | 2018-01-07 17:56 | 旅行 | Comments(0)

釜山旅行01 旧・百済病院

年末年始は釜山で過ごした。
出張では何度か行ったことがあったけれど、家族で行ったのは初めて。自分一人で行くんだったら、ピンポイントで行きたいところを選んでおいて、その周りをふらつけばいいのだけれど、家族で行くのでいろいろと気を遣った。
まさに「外国人観光客」的なコースを選んだが、家族は喜んでいたようで、よかったよかった。
それでも、めったに行けない釜山なので、お父さんの趣味もとろろどころに散りばめる。
それで、私の趣味を中心として行ってきたところをご紹介。

コースを計画するのに参考にしたのが、「釜山原都心ストーリーツアー」という冊子。私の好みのコースが何通りあり、住民が案内してくれるツアーもやっているらしい。年末年始はそのツアーをやっていないということで、今回は参加できなかったが、地図を見ながら歩いてみた。
今回のコースとして選んだのは、「イバグ道」というコース。「イバグ」というのは釜山の方言で「イヤギ」、すなわち「話」とか「物語」という意味で、物語がある道という意味のコース名らしい。前から気になっていた旧・百済病院があるコースなのと、168階段という子供たちが喜びそうなスポットも入っていたので選んだ。結果、私もよかったし、子供たちも楽しめたので、行って正解だった。

まずは釜山駅から旧・百済病院を探す。大通りから少し入ったところにあり、すぐに見つかった。

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百済病院は、1927年に建てられた釜山で初の個人経営による近代式総合病院だった。
1933年に蓬莱閣という中華料理店になり、1942年には日本軍の将校の宿所として使われたという。
それにしても、病院として使われた期間がとても短いなと思ったら、韓国古建築散歩にその経緯について詳細があった。りうめいさん、いつもながらのすばらしい調査力!

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解放後は釜山治安司令部として使われ、1950年には中華民国の臨時大使館として使われた。
その後、個人に払い下げられ、1953年から新世界礼式場として使われたが、1972に火災により全焼。修理されて一般の商店として使われるようになったという。
そして現在はブラウンハンズという家具ブランドが経営するコーヒー専門店になっている。

正面から見ると左右で別々のマスになっているようで、入り口の右側のブロックが少し斜めになっている。

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中に入ると台形のエントランスホール。正面の窓は受付のための窓だったんだろうか。そして数段の階段を上って中へ。

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カフェの壁は皆レンガがむき出しになっていて、ところどころに塗った壁が残っている。何度も改装されて塗り重ねられていたものをすべて取り払ったのだろうか。一昔前だったらありえなかったけど、普通に見られるようになったのが嬉しい。

天井は木造!

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床も昔のものがそのまま使われている。

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壁には絵がかけられていて、これもコンセプトを持って選ばれたもののようで、センスが感じられる。
テーブルと椅子はスチール製のレトロなデザイン。中には派手な色のテーブルもあるけれど、それも妙にマッチしている。こういう感覚、すばらしい!

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とりあえずコーヒーを注文。私と妻はアメリカーノ、子供たちはチョコラテ。
注文すると、店員が「ポイントカードをつくりますか?」と。次にまた来るように、ということでつくってもらうことにした。
店員は「それじゃ、ここにスタンプを押してください」と目の前のスタンプを示した。
木の枠の中に名刺大のカードがあり、1から10までのスタンプが並んでいる。1のスタンプを押すと、真ん中にテーブルの絵が。2は、その隣に木が、そして3はテーブルの前に女の子が現れた。10まで全部押すと絵が完成するというわけだ。これはまた来たくなる!

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で、肝心のコーヒーだが、ちょっと酸味が効いていて、私の好みではないな…。コーヒーの味はそんなに分かる方ではないので、気になる人はお試しを。

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あらゆる点で手を抜いていないどころか、更なる工夫が込められている空間。これは人気が出るわけだ! ここは再訪決定!

さて、これから168階段へ。
続きは次回!

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by matchino | 2018-01-07 14:53 | 建築 | Comments(0)

傷心の奨忠洞 その2 105チョコレート+コーヒー

大好きな洋館が消えてしまった傷心を抱えながら京東教会のほうに戻っていく。
教会の裏手には文化住宅がいくつか残っており、その一つがカフェになっているという話を聞いてやってきたのだ。

けっこう経っていそうな石垣に囲まれた家。1956年に建てられたらしい。韓国戦争の終戦間もない頃か。
広い門の上には「105 Chocolate + Coffee」と店の名前が出ている。

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門のすぐ前は駐車場で、すでに2台の車が入っていた。
その左手には広い庭!

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テーブルがたくさん置いてあって、春や秋には外でくつろぐのもいいかもしれない。
そしてその向こうには大きな石造りの家!切妻がいくつか組み合わさった屋根で、お金持ちが住んでいました、という雰囲気。

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玄関の前の階段も時代を感じさせる。

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玄関に入るとすぐに注文するコーナー。娘用にはオレンジエード、私には「105コーヒー」3000ウォン。チョコレートの専門店でおいしいらしい。上の子たちを連れてくるほうがよかったな。(ついてこないケド)

さて、コーヒーより重要なのが、2階の部屋。住宅として使っていたものを家具などもそのまま使っているといううわさを聞いていたのだ。
人がいて写真を撮れなかったけれど、階段を上ると大きな円形の窓があって、板張りの部屋。ここが門の正面にくる場所だな。ベランダの手すりが重厚なデザイン。

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その隣には二つの部屋。一つの部屋は古めかしいソファのセット。元から使っていたものをそのまま使っているのだろうか。座り心地は悪そうだけど、レトロ感たっぷりでいい。犬のぬいぐるみも古そう。

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もう一つの部屋には楽な椅子が置いてあり、居心地がよくて眠くなるほど。窓の外には隣の文化住宅が見えていい感じ。

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なんだけど、窓際の席はおばさま三人組が陣取っていて、仕方なく壁側でくつろいだ。

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ちょっとくつろぎすぎじゃね?


娘が東大門を見にいこうというので、外に出た。さっきは暑かったけれど、夕方になって少し涼しくなっていたので、庭でブランコに乗る。いろんな木が植えられており、リンゴの木もあって、小さな実をつけていた。

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娘の相手をしていてコーヒーもまともに味わえなかったけれど、コーヒーもケーキもおいしいということだったので、今度はゆっくり行ってこよう。一緒に行きたい人、募集!

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by matchino | 2017-08-14 22:05 | 建築 | Comments(0)

傷心の奨忠洞 その1

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知り合いの先生が奨忠洞を歩いているのに刺激されて、娘を連れて奨忠洞へ。
一昨年、京東教会とウェルカムシティなどを見に来てから気に入って何回か訪ねていたところだった。
マチノアルキのプレイベントでも歩き、マチノアルキの次回の場所としても考えていたので、その下見も兼ねた踏査だった。

東大門歴史文化公園駅から奨忠洞に向かって歩く。
まずは京東教会。夏だから蔦に覆われていると思ったら蔦がすっかり払われていた。

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補修も兼ねてのことだろうか。蔦が根を下ろしていた花壇には新しい蔦の若葉が育っていた。

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奨忠壇の前の十字路まで出て、太極堂の前を右に折れる。そのすぐ裏は、ドーマーが三つ並んだ古い洋館があった場所だ。数ヶ月前に解体されてしまい、とても残念だった。

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これが2年前の姿


その洋館がなくなったことで、その裏にある2階建文化住宅がよく見える。ここには4軒の文化住宅があって、少しずつ形は違うものの、似たような要素を持った家だ。

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空き家のようにみえるが、夕方に訪れた時に路地には灯りが灯っており、一つの家屋の窓から灯りがもれていたので、少なくとも1軒は今も住んでいるのだと思っていた。しかし、実はパラダイスホテルの所有となっているということで、倉庫として使われているのかもしれない。


ここからさらに道に沿って登っていくと、もう一つの謎の洋館がある。庭付きのけっこう大きな家で、外観だけでも普通の家でないことを感じさせる家だ。

いや、「だった」のだ。

今回、とてもショックだったのが、この家が消えていたこと。ウェルカムシティを過ぎると路地から、石垣の上にあの家の姿が見えたのに、今日訪ねてみると、石垣の上には白い仮の塀が立てられ、その上には青い空が見えたのだ。思わず目を疑った。
正面に回ってみると、やはりそこにあの家屋の姿はなかった。敷地に入る門の方へと回ってみると、門柱の一番下の段だけが残されており、後は消え失せてしまっていた。

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敷地全体に雑草が茂っているのをみると、解体してから数ヶ月は経っているのではないだろうか。もしかしたら、先ほどの洋館と共に解体されたのかもしれない。

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これが2年前の姿。すでにフェンスはあった。


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2年前の姿。サンルームとかアーチの窓がいい。


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2年前の姿。緩やかにカーブする屋根。


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レンガ造りの塀もなくなっていた。


放心状態になりながら、知り合いの先生が上げていたカフェに向かう。これがよくって私の傷心をわずかながら癒してくれた。そのカフェについては更新を待て!

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by matchino | 2017-08-13 18:12 | 建築 | Comments(0)