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〈康津旅行〉切妻屋根の極楽宝殿が美しい無為寺

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康津旅行、街歩きの次に書きたいことといえば、無為寺。
寺誌によると、西暦617年に創建され、それから何度も寺の名前が変わった末に現在の「無為寺」になったのだという。
617年は新羅の眞平王39年と寺誌には書かれているというが、ここはその時代には百済の地。なぜ新羅の年号が書いてあっただろう?

さて、無為寺は「国宝13号がある」という情報だけで訪問した。
時間も限られている中、国宝13号を探してみた。

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一柱門、四天王門を通過して、普済閣の下をくぐる。

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他の門は普通にくぐるけれど、普済閣の下は階段を登りながらくぐる形になっていて、ここを通り抜けながらだんだんと見えてくる正面の殿閣と、通り抜けた途端に開ける視野が、感動的な視覚的な装置となっている。

そうして目の前に現れたのは、相当古そうな極楽宝殿。

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韓国の多くの寺が丹青を何度も塗り直してきれいになっていたりするけれど、ここは丹青がはげるままにしてあり、古さをひときわ感じさせる。

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ひと目でこれが国宝ではないかと感じさせたが、解説士に確認すると、これが国宝13号の極楽宝殿だということだった。
切妻屋根なので、以前訪ねた修徳寺と同じ高麗時代のものかと思ったら、朝鮮時代の世宗の時に建てられたものだという。
以前読んだ韓屋に関する本には、切妻屋根が最も古い屋根のタイプだとあったので、時代が関係するのだと思ったのだ。
でも、写真をFBに上げたところ、知り合いのおじいさんが「百済風の屋根」だというコメントをくださった。なるほど、百済なのか。時代的には朝鮮時代だけれど、もと百済の土地だったため、その伝統が残っていたのかもしれないな。

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中を簡単に見てから、極楽宝殿の脇に回ってみた。

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壁土の色なんだろうか、鮮やかな黄色!

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そして、壁に露出している柱や栱包が美しい。八作屋根(入母屋)だったらあり得ない光景に、しばらく見とれた。

国宝のほかにも宝物があって、隣の展示館にあるということだったけれど、時間がなくて見られず。
後でこれを書いていて分かったのが、韓国で文化財に関する本といったらこれ、という本「私の文化遺産踏査記」で最初に紹介されたのが康津で、ここ無為寺も紹介されているらしい。ここの部分だけでも読んできたらよかったな。

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by matchino | 2018-07-18 22:19 | 建築 | Comments(0)

〈康津旅行〉康津邑の市街を歩く

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康津、全羅南道で私が初めて足を踏み入れる場所となった。
ソウルからバスで5時間ほどかかる康津を訪ねるには物足りない1泊2日という日程で訪れたが、思いもよらない楽しく興味深い旅となった。
しばらく康津についての投稿をするが、書きたいところから書くのをご了承願いたい。

康津旅行でもっとも楽しかったのは駕牛島のトレッキングとクルージングだが、もっとも書きたくてうずうずしているのは、康津市内の街歩き。
田舎街ならではの風情と、なんといっても日本統治時代の痕跡が残っているのがとても興味深い。

康津の地理を簡単に説明すると、康津湾を中心に鋭角の山形を形成しており、湾の真ん中に駕牛島があるため、Aの字に似ているということで「Aへの招待」というキャッチフレーズがあったりする。
今回歩いた康津の市街はAのてっぺんあたりにある。

歩いたきっかけは、康津をすでに5回も訪れているという「韓国古建築散歩」のりうめいさん。彼女が私に「マチノさんにぜひ見せたいものがある」といって案内してくれたのだ。

その一番目は「天父教」の教会。プロテスタントから派生した一派だったが、今ではプロテスタントと断絶を宣言して完全な別の宗教となっているという。
この教会の特徴の一つが、十字架を掲げず、ハトの像を掲げていること。ソウル駅の近くにもこの教会の建物があるが、四角い塔の上に、月桂樹を思わせる輪とハトが乗っている。そしてそのスタイルがどこにいってもあるようで、浦項でも見たことがある。
それがここ、康津にもあるというのだ。

康津郡庁を少し東に行ったところから目印の四角いマスとハトが見えた。あれだ!

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ソウルとは違って、塔がすっかり蔦に覆われており、ハトがなければ天父教のものとは分からない。門は固く閉ざされており、使われていないような雰囲気だった。
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この教会自体、かっこいいから好きなんだが、蔦が絡まって廃墟となった感じもいい。

りうめいさんによると、まだまだ見るべきものはあるという。
その一つ、古い倉庫。

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キャノピーを支える部分が丸くなっていてオシャレだな。
いつ頃のものか気になる。

この並びにもう一つあったのが、この立派な鬼瓦の家。

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この後ろの方にある瓦屋根もこの家の続きだろう。けっこうな規模だ。
おそらく日本統治時代に建てられたこの家、どんな人が住んでいたんだろう。

鬼瓦の家の後ろは幹線道路。といっても一車線ずつしかない。
道の両側に商店が並んでいるが、その商店の屋根を見ていくと、統治時代に建てられたものと思わせるものがたくさん。

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というより、この並び、ほとんどが日本式の商店建築で、看板をつけて店の中を改装しただけだ。
多くの商店が平屋だけれど、ところどころにある二階建ての二階は当時の姿を残している。
二階はおそらく倉庫として使っているんだろうけれど、中がどうなっているのか見てみたいな。

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おそらくこの道が昔のメインストリートだったんだろう。ずっと続くこの通りは昔もほとんど変わりがないだろうなと思う。

もう一度、郡庁の方向へ。
先ほどの幹線道路と直角に交わって北に伸びる道の突き当たりには警察署。その隣が郡庁。
道の左側には郵便局。おそらく統治時代に置かれたこの三つの機関の場所は変わっていないだろう。
郵便局の向かいには、広い敷地に二階建の日本家屋っぽい家。ここは郡庁や警察署の幹部が住んでいた家かもしれない。

もしかしたら、この康津の市街は日本統治時代に区画整理されたのかも知れない。
幹線道路沿いが日本家屋が並んでいることからして、その可能性は高い。
山を背景にした郡庁、警察署を中心に格子状の街が造られたわけだ。
そうすると、山の中腹に神社があったかもしれない。郡庁の後ろかなと思って調べてみた。
なかなか出てこなかったが、あるブログに康津農高(全南生命科学高校)の辺りに神社があったということで、その跡を探しにいったが見つからなかった、という内容を見つけた。キム・ジョンレ作家の小説「アリラン」にその記述があるという。
もう少し調べてみると、キム・ジョンレ作家の作品ではあるけれど、小説「漢江」にある記述だということが分かった。両方とも有名な作品だから間違えたのだろうか。

とにかく、神社は郡庁の後ろではなく、郡庁から東に行った、中心街のはずれにあったのだろうということが分かった。

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でも、後から得た情報によると、郡庁の後ろには「忠魂塔」があったとのこと。やはり私の予想は間違っていなかったのだ!
忠魂塔が何なのかよく分からないけど。
と考えると神社についてもよく知らないな。勉強してみよう。

当時の街がどのような様子だったのか、もう少し歩いて探ってみたいな。遠いからなかなか行けないけれど、機会が来ることを願いたい。


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by matchino | 2018-07-15 16:14 | 建築 | Comments(0)

扶余のある給水塔

目の端に黒い影が見えた。

なにっ、この高さと大きさ、もしや給水塔!

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街路樹の後ろに隠れた影を確認すると、やはり給水塔だった。
一瞬目に入った影を見落とさないとは、我ながらなかなか腕を上げたものだ。

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扶余に取材に行った時、米の倉庫をリノベしたカフェ「G430」を出て帰ろうとした時のことだ。ターミナルの方向とは逆方向だったので、この給水塔を見つけたのは天の計らいか。

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大韓住宅公社が建てた扶余東南住公アパートにある給水塔。団地の一角の集会所らしい建物の裏に建っていた。
白い十字形の柱の上に円筒型のタンクが乗っており、円筒の外装はレンガ。コンクリートだけでない給水塔を見たのは初めてかな。
アパートは1986年に竣工したということなので、給水塔もその時のものだろう。

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いいな、扶余。地味ーに面白いものがたくさんある。
それにしても、最近、鉄道の駅にある給水塔は近代遺産として注目を浴びているのに、同じ給水塔なのに見向きをされないのはなぜだろう。比較的新しいからかな…? 30年じゃだめか…?

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by matchino | 2018-07-13 22:20 | 建築 | Comments(0)

龍山の新ランドマーク、アモーレパシフィック新社屋

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どこかで見た形だなあと思っていた。
龍山駅の前にできたアモーレパシフィックの新本社ビル。
で、何に似ていると思ったのかは後で。

去年の秋に三角地でマチノアルキをした時、丘の上にある教会から龍山駅方面を眺めた時に、白いルーバーが全体を覆う新しい建物を見つけた。それがアモーレパシフィックの本社ビルだった。遠くから見ただけでもそのかっこよさに惹かれたが、近代建築も見るべきものが多いのに、わざわざ見に行くつもりはなかったのだ。
ところが、かっこいい建築映像を撮る「キリンクリム」のキム・ジョンシンさんが誘ってくれて、そのビルで行われている建築展を見に行くことに。

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新龍山駅の2番出口から出ようとすると、地下からアモーレパシフィックのビルへ通路がつながっていた。
中に入ると、カフェやレストランが立ち並んでいる!ただの社屋かと思ったら、こんなにオープンな空間だったとは!

エスカレーターで1階へ。
3階まで吹き抜けの広いロビー。

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天井を見上げると、格子状になった窓から空が見える。そしてその窓がゆらゆらと。

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後で聞いたところによると、この上の中央に浅い池があるんだとか。ゆらゆら効果を出すために人意的に波を水面を揺らしているかもしれないな。

正面ゲート(といっても大通りに面しているというだけで、四方のゲートが同格かもしれないけれど)のすぐ隣に、アモーレパシフィックの建築展が行われている。

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デビッド・チッパーフィールドの設計によるこの本社ビルと、龍仁にある工場、烏山にある研究所のビルに関する展示で、それぞれの建築の写真や映像、建築家に対するインタビューなどで構成されている。その映像の全てを担当したのがキリンクリムだということ。あいかわらず建築と造景のよさを引き立てる映像はすばらしい。
展示は年末まで行われるということだったので、建築も合わせて一見の価値あり。

建築に関する展示はここだけだけれど、こことは別に美術館があるという。
なんでもサムソン美術館Leeumを超える美術館となる予定だという。
って、どんな作品が見られるんだろう。
ちらっと調べてみたら、入場料12000ウォン…。
むむむ…高いな…まあ、最近はこのくらいだけど。

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その他にも劇場があったり、いろいろな文化系のイベントが行われるらしい。この龍山の一等地にこれだけの空間を一般市民のための空間として提供するというのはさすがだな。
動線やピクトグラムによる独特な現在位置表示など、いろいろと気を遣っているところは多いというが、社員にとっては不便なところが多いとかいう話もあった。

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会社側としてもこの本社ビルを自慢したいらしく、建築ツアーも行われているらしいが、招待された知人の話によると一般人を対象にしたツアーは行われていないとのこと。残念。いつかやってくれることを期待しよう。

とりあえず入れる3階まで簡単に回ってみて思ったのは、動画で撮ったらかっこよさそうだなあということ。
次は動画に挑戦してみるかな。

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そうそう、冒頭に話した「何かに似ている」ということだけれど、「あ、これだな」と思ったのが、スターウォーズに出てくる「デス・スター」。
幾何学的な造形といい、巨大なスケール感といい、真ん中のくぼみといい、まさに「四角くなったデス・スター」。
…と思ったのだが、どうだろう…。んなことない…?

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夜もきれい…。

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by matchino | 2018-07-03 23:13 | 建築 | Comments(0)

感激の訪問! 駐韓アメリカ大使官邸


実のところ、それほど訪ねる価値があるとは思っていなかった。
駐韓アメリカ大使官邸の話だ。
でも、行って本当によかった。こんな貴重な機会が与えられるなんて!

アメリカ大使官邸があるのは、朝鮮時代末期に西欧諸国の公使館や領事館が多く建てられた地域である貞洞。
1882年に米韓修好条約が締結された後に公使館が設置された場所で、大使館は移転したが、大使官邸としてこの場所を使っている。
普段は高い塀に遮られ、警備員が常駐しているため、門の写真さえ撮ることができない場所だが、その鉄の門が開いた!

名簿のチェックをした後、どうしたらいいのかなとうろうろしていると、向こうから体格のよいアメリカ人が歩いてきた。なんとマーク・ナッパー代理大使!自ら案内してくださるなんて!
英語ができないのでどぎまぎしていると、流暢な日本語で挨拶。日本語も韓国語もベラベラなのだとか。とてもフレンドリーで、一気に好感がわいた。

門から入ってすぐのところにある旧・公使館の韓屋の脇を抜けて、その裏にある大使官邸のメインの建物であるハビブハウスへ。
韓屋様式ではありながら、相当な規模に驚いた。天井が高いだけでなく、奥行きもけっこうあって、家というよりは宮の建物のような印象を受けた。

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ハビブハウスが建てられたのは1974年のこと。それまでは、かつてこの土地を所有していた閔氏の家門の韓屋を何度も修理、改修して使っていたが、これ以上は修理が難しい状況になったため、建て直したのだ。
朝鮮時代末期、韓国に最初に建てられた西欧諸国の公使館や領事館は、アメリカ以外の国は西洋式の公館を建てたが、アメリカだけは韓屋をそのまま使ったのだ。そして、大使官邸を建て直すとき、当時のハビブ大使はアメリカ国務省の反対を押して韓屋スタイルの大使官邸を建てた。当時はハビブハウスという名称ではなかったが、後にグレッグ大使の働きかけによって「ハビブハウス」と呼ばれるようになったという。

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官邸の前の芝生広場で記念撮影をした後、いよいよハビブハウスの中へ。
ハビブハウスの平面はロの字型になっており、手前はレセプションホール、奥は大使の居住空間となっている。

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まず、レセプションホールの気持ちのよい空間。正面中央の煙突にはレンガでつくった装飾がある。これは「寧」の字で、もとの大使官邸の壁にあったものをそのまま復元したものだという。そういう昔のものを大事にする姿勢がいいな。
それにしても広い空間だ。建築に関する解説をしていただこうと呼んだ大学講師の先生によると、コンクリートで建てているために、中間に柱もなくこの広さが可能だというのだ。

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「韓屋の最高の職人の技術とアメリカの最新の建築技術が出会った建築」とハビブハウスについての話を聞いていたが、構造的には最新の建築技術、そして意匠的には韓屋を再現したということなのだろう。

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SNSに大使官邸の写真を上げると、ある韓国の建築家は、ハビブハウスを訪問したときに大きなインスピレーションを受けたというコメントを残してくれた。

その内容は、
  1. 韓屋は、手を伸ばせば両方の壁に届くような人間的なスケールの建築である必要はない。
  2. 韓屋の形式の中に現代の内容を入れることができる。
  3. 重要なのは韓屋の価値であって、韓屋それ自体ではない。
  4. 韓国人が韓屋をどう扱っていくべきか悩んでいる間にアメリカ人に先を越された。T T
とのことだった。

確かに、この官邸は「韓屋の表層だけを真似た」建築ではない。これはまさに韓屋であり、韓屋の美しさを感じる建物だ。
本当に美しく、ここちよい空間だった。

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韓国戦争の最中、北の軍にソウルが占領された後、仁川上陸作戦によってソウルを奪還したが、その時にアメリカ公使館を取り戻したときの記念すべき写真。

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大統領のためのベッドルーム。


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貴賓のためのベッドルーム。広くはないが、ベッドといい、部屋を囲む窓といい、ここで一晩でいいから泊まってみたいという素晴らしい空間。


もう一つ、もともと公使館の建物として使われ、現在は迎賓館として使われている韓屋を見学した。
こちらは19世紀に建てられたもので、これまで何度も改築をしてきたものだ。やはりアメリカ人の生活には不便なものだったわけだ。それでも天井の高さなどはそのまま維持されている。

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私たちがあちらこちらの部屋を見ているうちに、建築の先生は木材を一つひとつ見ていた。
「2004年に大々的な解体・修復作業を行ったと聞いたので、昔の木材がないかと見ていたんですが、ぜんぶ新しいものですね」と先生。
もともとの形式そのままに新しく建て直したというわけだ。

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その他にも、昔の写真と比較してみると、部屋自体を拡張していたり、縁側のような外に面した空間にガラス窓をつけて内部空間にしたり、軒を支える柱がなくなっていたりと、これまで行われた改修の内容が分かって面白い。そして、昔は柱を支えていた基台の石が残っているのも確認できた。

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私たちに与えられた時間は1時間。訪ねる前は「1時間も持つだろうか」と思ったが、あまりの心地よさに、官邸から出るのが惜しいほどだった。
何よりも、招待してくださった代理大使と、この訪問を実現してくださった皆さんに感謝したい。


おまけ
一緒に訪問した方たちが、それぞれのメディアに書いた訪問記




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by matchino | 2018-07-01 20:40 | 建築 | Comments(0)

江原道原州ワンデーツアー

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釈迦の誕生日、ふと思いついて、江原道の原州へ。
これといった観光地のない所だと思っていたら、実は数ヶ月前にできた長さ200mの吊り橋が人気で、全国から観光客が来ているんだとか。妻がここは行っておきたいということで行ってきたけれど、おじさんおばさんたちが喜ぶところだな。
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けっこう時間はかかったけれど、帰りの時間までまだ時間はあったので、園洞聖堂へ。
1913年に建てられたカトリックの聖堂で、韓国戦争で全焼。1954年に再建したもの。

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ちょうど塔の修復工事中で、青いネットに覆われてよく見えないのが残念。

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脇の入り口から中へ。
両脇のステンドグラスが美しい。ステンドグラスの間には、イエスの生涯を刻んだ木製のレリーフ。
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祭壇の十字架にかかったイエス蔵の後ろにも小さな円形のステンドグラスがあった。
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それほどの古さは感じられないけれど、とても落ち着くいい空間だった。
後部の聖歌隊の席で二人の女性が何か話していた。何かと思ったら、オルガンの練習をしているらしい。しばらくすると、美しいオルガンの音が流れ出した。間欠的ではあるけれど、あまりにも美しいオルガンの音にしばし聞き惚れた。


さて、近くには朝鮮時代の官庁である江原監営。でも、それよりも、そのすぐ隣のビルが気になった。2階と3階とで違う窓の造形がかっこよ過ぎ!

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現在はスタンダードチャータード銀行になっている、旧・朝鮮殖産銀行原州支店。1934年築。
それほど特徴的な建物ではないけれど、鉄製の扉と浮浪者のおじさんのショットが気に入った。

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最後は中央市場へ。けっこう大規模な市場で、いくつかの建物がつながって、アーケードの商店街が何列にも続いている。1階は典型的な田舎の在来市場で、食材から衣類、雑貨など何でも売っている。

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そしてこの市場の特徴は、2階の寂れきって倉庫として使われていたであろう空間を、若い人たちが店を出して独特な雰囲気をつくりあげていること。「迷路芸術市場」という名称がぴったりの、若い感覚の工芸品や雑貨店が迷路のように連なっている。こんな地方都市にこういうセンスがあったとは!この外にあるファッションブランドの店が並ぶ繁華街より人が多いほどだった。都市再生のいい例ではないかと思う。
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それにしても、バスターミナルの寂れ方といったらなかった。2階の半分は閉店しており、3階以上は真っ暗。バスのチケット売り場の隣のインフォメーションセンターはなくなっていた。観光地図も置いていないし。バスで来る人がいないんだろうか。それとは対照的に吊り橋がある公園には立派な観光案内所。こんなところ、観光バスで来て帰るだけなのに。まあ、お金が動くところにインフラは集中するよな…。

なあんてことを思っていたら、実は原州、鉄道の駅があるんだな。こちらがメインか?
ITXもセマウルも停まるんだ。今度はこれで来よう。まだまだ見るべきところはあるし。

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by matchino | 2018-06-12 22:37 | 旅行 | Comments(0)

クラフトビールがうまい清涼里市場の「相生場」

私には珍しくグルメ系の記事。
外食する機会があまりないし、飲む機会もほとんどないから仕方がないのだ。
でも、今回みつけたところは、お店の雰囲気もいいし、ビールもうまい!
さて、行ってみたのは、清凉里青果市場の中にある「相生場(サンセンジャン)」。
クラフトビールの店なのかと思っていたら、「フードコート」と紹介されていた。

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ここを知ったのは昨年のこと。
清凉里の市場といえば、私にとっては旧正月や秋夕の準備のためにうちの妻とおばあちゃんが買い物に行く時に荷物持ちとして行くところだ。市場を見物するのはそれなりに面白いけれど、私にとってもっと関心があるのは建物。ある日、青果市場のレンガ造りでちょっと古そうな建物をみつけた。1972年に建てられたらしい。
そしてある日、その建物を眺めていると、屋上に電球がぶらさがっているのが見えた。
屋上でパーティーでもやるんだろうか。この建物の屋上で!
わくわくしながら検索してみると、「相生場」という店になっていることが分かった。
この古い建物で飲めるなんて。これはイカネバ。

でも、なかなか機会が訪れない中で、清凉里でマチノアルキを開催することになったのだ。
そうなると、打ち上げの食事はここでやるしかない!
そうしてついにここで飲むこととなった。わーい!

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賑やかな市場の、店と店の間にあるドアを入って2階に上がると、なかなかおしゃれな空間が広がっていた。
市場の倉庫として使われていた空間なんだろう。
いい雰囲気に参加者の皆さんも大喜び!

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この日は「ちょっと事情があって(店員談)」、半分くらいの料理ができず、カクテルもないとのこと。
フライドチキンと、ソーセージとサラダの盛り合わせをつまみに、それぞれがクラフトビールを注文した。
料理はまあ普通だけれど、クラフトビールはうまかった。
私が飲んだのは「ミノリ・セッション」というビールで、一口ひとくち味わうたびに幸せ感がこみ上げる。
「ミノリ」? 「実り」かな?と思ったけれど、調べてみると、美老里(ミノリ)という江原道は江陵の村の名前らしい。「ポドゥナム・ブリュワリー」というところでつくっていて、美老里産の米を40%使っているのがウリなんだとか。
「ポドゥナム」の店は江陵のうまい店として人気らしいが、ソウルでこの「ポドゥナム」のビールが飲めるところはまだ少ないようだ。いいとこみつけた!

この他にもビールだけでもけっこうたくさんのメニューがあった。ちゃんと料理が出てくる時にまた行きたいな。
ルーフトップは工事中ということだったので、そちらも期待しよう。

なかなかよかったので、うちの会社の同僚(30代前半/韓国女性)に話してみると、「ああ、そのビールはインスタで大人気ですよね」と。「知らなかったんですか?」的にいわれてプチショック。オヂサン、シラナカッタヨ…。


*** 追記 ***

この店で飲めるウマウマのクラフトビールについては、コリアンフードコラムニストの八田靖史さんと日韓酒文化研究会室長の堀田ナホさんが、江陵のボドゥナム・ブリュワリーを訪問した動画が最近公開された。


行ってみたい…。ビールもいいし、醸造所が気になる…。

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by matchino | 2018-05-28 21:39 | 街歩き | Comments(0)

藤の花が香る幸せな空間、牛耳洞・天道教彰義修道院

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ソウルの慶運洞に天道教の中央大教堂があるが、牛耳洞にも天道教の教育機関である「鳳凰閣」があるという。中村輿資平が設計した中央大教堂に似た様式の西洋建築があるということで、連休の最終日に行ってみることにした。
去年、尹克栄家屋を訪ねた時に乗った牛耳新設線の終点の北漢山牛耳で降りて、10分ほど歩いた所にあった。道詵寺(トソンサ)や北漢山に行く人たちで賑わう道をしばらく歩くと、天道教の第3代教主である孫秉煕氏の墓地の標識があり、まもなく鳳凰閣の看板が現れた。門柱には「天道教彰義修道院」とある。

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門を通ると木々の間に煉瓦造りの建物が見えた。

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これが慶運洞の中央大教堂の隣から移築したという建物。大教堂と同じく1921年に中村輿資平の設計によって建てられた。大教堂と比べるとおとなしいが、二つの建物が調和していたことを思わせる。

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様式は「ウイーン分離派」といわれる「ゼツェッション」。といっても、ゼツェッションの特徴というのはよく分からない。でも、「ムジゲトク建築」で知られる建築家のファン・ドゥジン氏によるとゼツェッションというのはこれといった様式的な特徴は少ないとのこと。以前の社会や理念からの「分離」という思想がより先立っていたということなんだろうか。
ここで天道教や、彼らが主導したという東学農民運動、3・1独立運動などについての説明を聞けるということだったけれど、残念ながら門は閉まっていた。側面のドアから中をのぞくと教室のような空間があった。右側には、韓国のこどもの日を提唱したことで知られる方定煥(パン・ジョンファン)氏の肖像画がかかっていた。方定煥氏は天道教が運営する普成専門学校の出身で天道教少年会をつくり、巡回講演を行ったという。

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建物の裏の方へ回っていくと、一段高い基壇があってマダン(前庭)があり、韓屋が建っていた。これがここの中心の建物である「鳳凰閣」。青い字で書かれた扁額の字はとても自由な印象を受ける。

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板の間には集会の様子が描かれた絵と、第3代教主である孫秉煕氏の写真。後から調べてみると、この集会は3・1独立運動の33人の民族代表の姿なんだという。独立宣言をした3月1日に先立って、ここ鳳凰閣で2月28日に事前集会を行ったという。そんなに意味がある場所だったとは…。

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そして、なんといってもこの庭が気持ちのよい空間だった。周りにはツツジや牡丹などが植えられていて、一角には藤の棚がつくられている。ちょうど藤の花が満開を少し過ぎた頃で、地面いっぱいに藤の花が落ちている。そして藤の花の香りが辺りに満ちているのだ。藤の花がこんなに香るなんて!

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私たちの家族の他には管理しているおばさんくらいしかいない。静かで美しく、和やかな、そして幸せな空間。こんなところが知られていないのはもったいない。いや、知られない方がいいかもしれない。

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さきほど案内板があったが、近くに孫秉煕氏の墓地があるということで探してみると、敷地の傍に、外に出る小さな門があって、山の上へと遊歩道が続いている。墓地に続く道っぽかったので登ってみると、やはりそうだった。

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立派なお墓だと思って後ろを振り返って、思わず「おお」という声が出た。ここで祭祀を行うんだろうか、小高い丘の麓まできれいに芝生が敷かれていて、向こうの山までよく見渡せる。いい墓だなあ。

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お墓の前で手を合わせると、どこからか白い犬がやってきて周りをうろついていた。ここを守っているのかな? お墓の上にはタンポポの綿毛が揺れ、ちょうちょが飛んで、とってものどか。

この後、どうせここまで来たのだからと、道詵寺まで登ってみたけれど、個人的には天道教の修道院のほうがよかったな。韓国の近代史に興味がある人はおすすめ。

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by matchino | 2018-05-18 21:46 | 建築 | Comments(0)

水原・ソウル農大の講堂、そして廃墟

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建国大学の人文学館の建物がすごく気に入ったので、建築家を調べてみると、金煕春(キム・ヒチュン)という建築家が設計したことが分かった。そして彼の他の作品を調べると、水原にあるソウル農大(ソウル大学の農業学部)の講堂があるという。すでに廃校になって、その講堂も廃墟になっているらしい。一人で行ける時間ができて行ってみることにした。
水原駅の前からバスに乗って「湖西中学校」の停留所で降りるとすぐ前に大学キャンパスの入口があった。守衛に制止されないかとドキドキしたが、難なく入れた。
中央の道路の両脇に緑地があって、そのところどころに校舎が建っている。目的の講堂は敷地内に入ってすぐのところにあった。が、フェンスが立てられて工事をしている。

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つながった2棟のうち、左側の棟は近づけたが、右側の建物は近くに行くこともできなかった。右側のほうが見たかったのに…。

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それでも左側の建物も、水平方向に長い直方体がかっこいい。

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ズームがきくカメラがあったらよかったな。
この建物、これからどうなってしまうのか、撤去されるのか、再利用されるのか気になって、他の棟にいた人に訊いてみたが、知らないとのこと。なんとか残してほしいなあ。

この他の建物も気になって回ってみた。
50年代に建てられた、蔦の絡まる建物があった。

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さらに奥に歩いていくと、散歩に来たらしいおじさんおばさんたちの姿。京畿想像キャンパスという公園兼文化施設になっているようだ。
林の中には散策路もあって、こんな作品があったりする。

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子供たちが走り回れる広場もあって、とても気持ちのよい空間だ。子供たちを連れて来たらよかった。

ある建物は「青年1981」という名前になっていて、青少年を対象にしたさまざまなプログラムを行なっているようだ。デザインや音楽、3Dプリンティング、写真、自転車の塗装などものづくりの体験ができるらしい。大人も参加できるらしいので、参加してみようかな。平日の夜に連続でやるプログラムもあり、参加できないのが惜しい。

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公園となっている側からもう一度入口に近い方にやってきた。面白い建物がないかとさらに横道に逸れてみると、あったあった!

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何かの研究のための建物なんだろうか、一階建ての横長の建物。
いい感じの古び具合だ。水平と垂直だけで構成されていながらとても私好みの造形。窓のルーバーの造形はぞくっとするほど!

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庭は背の低い草に覆われていて、小さな花が風に揺れている。私の一番好きな風景。

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その近くには焼却場らしい煙突。こんなに好きな要素が揃っている場所なんてなかなかない。

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ここで気の置けない人たちと一緒にピクニックでもしたいなあと思っていたら、「林の中のパーティー」というイベントのポスターが! 以前見に行ったことがある「水原演劇祝祭」が今年はここに会場を移して「林の中のパーティー」というテーマで開催されるという。5月25〜27日。うーん、行ってみるか…。

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by matchino | 2018-05-09 21:23 | 建築 | Comments(0)

慶煕大建築巡り2 音楽大学・学生会館ほか

慶煕大の建築巡りのつづき。
文科大学の他にも興味深い建物はたくさんあった。

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まずは音楽大学とその隣の学生会館の建物。

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王冠の形をした音楽大学! 「クラウン館」と名付けられている。ある人はミルククラウンみたいだと表現していた。

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それでも王冠の形だけではなく、ひさしの形や花のガクを思わせる造形など、興味深い部分がたくさん。弧を描く窓も格子状になっていて私の好み。裏に回ると円形の冷却塔。兄弟みたいだ。

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その隣の学生会館も王冠に負けず劣らず不思議な造形だ。上に行くほど細くなるように見えながらも、そう見えるのは角の突起によるもののようだ。屋上にメッシュを思わせる装飾があったり、全体的に彫刻的な雰囲気を感じさせる。

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正門から向かって左側に少し上がると出てくる建物も不思議な形。

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国際教育院というから、語学堂なんかがあるんだろうか。
ここで韓国語を勉強してもよかったかな?w


あと、不思議だったのがネオルネサンス館と名付けられた建物。
何がネオルネサンスなのかはよく分からない。

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で、正面から見るとあんまり特徴を感じないけれど、
裏に回ってみると、グラウンドの観客席(?)との調和がなんか寂れた東欧の町を思わせる感じ。(行ったこととはないケドw)

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ついでに焼却炉の煙突らしいのが立っていて、それもいい感じ。

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それにしても、この大学、登山道のような散策路があって、とても気持ちがよい。
桜の木が多いようだったので、もう少し早く来ていればすばらしい眺めだっただろう。
来年また来よう。

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by matchino | 2018-05-02 21:24 | 建築 | Comments(0)