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水原・水原駅の給水塔

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水原建築散歩、最後の目的地は水原駅の給水塔。
なのだが、その前に行ってみたいところがあった。前回、バスで水原駅を訪ねた時にバスの窓から見えた教会。バスで水原駅に到着する直前に見えたのだった。
水原駅周辺の、赤い光が男たちを誘う町の向かいにその教会はあった。

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ずらりと並ぶ縦長の窓には擬似ステンドグラス。中から見たらどのように見えるだろうか。
知り合いはこの教会の写真を見て「ケーキみたい」と表現したが、私は違うものを想像した。「ゾウの歯みたいだな…」ちょっと気持ち悪いけど、昔から感覚が不思議なのでしかたがない。

1972年に建てられ、閔建築のイム・ジョンスンという人が設計したらしい。
ソウル農大の学生と鮮京織物の職員などが多かったと資料にはあった。
鮮京織物って何だと思ったら、今のSKグループらしい。
鮮京織物の漢字を調べる中で、韓国の「鮮満綢緞」と日本の「京都織物」の合弁会社だということが分かったが、韓国側のネットではなかなか詳しい情報が出てこない。日本語のWikiにはしっかり書いてあるのに…。
2004年の京畿道の近代文化遺産の調査資料によると、元・鮮京織物の敷地に昔の建物が残っていたらしいが、もうなくなってるのかな…。


そしていよいよ給水塔へ。

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韓国の古い駅に行くと給水塔が残っているところが多く、私も今まで安東、原州、慶州駅の給水塔を見に行ったが、水原駅の給水塔が珍しいのは二つの違うタイプの給水塔があること。赤レンガの寸胴の給水塔と、コンクリート造のスマートな給水塔の二つだ。
共に1931年に建てられたもの。
この二つの違いは何かと調べてみたら、赤レンガのものは狹軌線の汽車に使うものということ。鉄道のことはよく分からない…。

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いくつもの給水塔を見てきて、だいたいが同じ形をしているので、ちょっと飽きてきたなーと思ったけれど、実際に目の前にするとやっぱり見にきてよかったと思う。
産業遺産ってなんでこんなにいいんだろうな。

by matchino | 2019-01-17 22:43 | 京畿道 | Comments(0)

水原・西屯洞聖堂とソウル農大

農村振興庁からソウル農大まで行く途中に見てみたかったのが、西屯洞(ソドゥンドン)聖堂。
聖堂建築って不思議な形をしているものがときどきあるが、これも変わっていてとても気になっていた。

地図でだいたいの位置を確かめながら歩いていくと、特徴のある鐘塔が見えた。
道が入り組んでいて、ストレートに行くことはできなかったけれど、なんとか到着した。
高台に建てられて、高さ18mの塔があるため、竣工した1969年にはそうとう目立ったのではないだろうか。

塔も特徴的だけれど、礼拝堂自体も変わった形をしている。
赤レンガの壁の上に採光用の窓があり、韓国式の瓦屋根が乗っているが、三角形の窓が組み合わさっていてかっこいい。屋根を支える柱の上部も韓屋の栱包(コンポ)を思わせる形になっている。
写真を撮ると、レンガの壁に電柱の影が落ちて絵になる。

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礼拝堂の裏に回ると四角い鐘塔が現れた。
こちらも栱包の上に瓦屋根。

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意外だったのが、塔が入口になっていること。塔から礼拝堂に入るようになっていた。
礼拝堂の扉が開いていたので入ってみたが、なんと、今は礼拝堂としては使われていないようだ。
天井も塞がれていて、採光用の窓も見えない。2階に上る階段もなかった。

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あの窓はなんだろうかと思い、後から検索してみると、昔の写真が上がっていた。

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(写真と図面はこちらのサイトからキャプチャー)

昔は窓から光が入ったし、屋根の構造まで見えるようになっていたのだ。
これを塞いでしまったのはとても残念。
でも、この写真を上げているサイトの説明によると、光が入りすぎて散漫だったとのこと。
その他にも、聖堂としていろいろな不便な部分があったという。
そういったことを考えると、現在は使われていない建物が今でも残されているということ自体が貴重なことといえるだろう。


聖堂を後にして、元・ソウル農大へと向かう。

聖堂の前にあった集合住宅。
「宮殿」と書いたフォントがかっこいい。
宮殿ってすごい名前だなと思っていたら、下に小さな窓があって、宮殿っぽい装飾が。笑

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途中にあった家。どんな人が住んでいたんたろう。

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ソウル農大については前に書いたので、こちらを。

今は「京畿想像キャンパス」というプログラムで使われているが、大学だった頃の建物がリノベされている。
でも残念だったのはこの建物。
そうとう古いらしくて、蔦が絡まる姿がとても絵になっていたのに、蔦が全部はらわれてしまっていた。

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もう一つ気になったのは、金煕春(キム・ヒチュン)が設計した講堂。
以前ここを訪ねたのはこの講堂を見るためだったのだが、リノベ工事中だった。それがどうなったのか気になっていたのだ。
で、工事はそうとう進んでいるようだったけれど、ナニコレ!なんだか前に見たいい雰囲気がまったくなくなっている!
ああ、ここに来る理由が一つなくなったな…。でも、オープンしたらどうなるのか気になるのでまた来ることになるだろうな。

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水原建築散歩、まだ続く!

by matchino | 2019-01-13 17:56 | 京畿道 | Comments(0)

水原・農村振興庁の建築がかっこいい

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水原にこんなに通うことになるとは思ってもみなかった。
去年だけで5回行っていて、そのたびに建築探訪が1ヶ所は入った。
で、今回訪ねたのは元・農村振興庁の建物。以前訪問したソウル農大の近くに建てられた庁舎だ。
知り合いの建築研究家がSNSに上げているのを見て、これは見に行かねばと思ったのだった。

地下鉄1号線に乗って、水原駅の一つ前の華西(ファソ)駅で降りる。東側はアパート群、西側は西湖(ソホ)に面した西湖公園が広がっている。
この一帯に農業関係の研究機関が置かれたのは朝鮮時代の正祖の時代に遡る。後になって日本統治時代にも朝鮮総督府は近代農業を伝授するための勧業模範場を設置し、解放後はソウル大学の農科大学(学部)とその背後団地として農村振興庁が設置された。
政府が主導した事業であったため、当時名のしれた建築家たちが庁舎の設計を手掛けた。

農村振興庁は全州に多くの機関が移ったが、当時の建物がいくつか残っている。
駅から出てまず見えるのは農民会館。1971年竣工。

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2階までの水平方向に長い建物の上に10階建が載っている形。
窓の形がいいなあ。

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この建物でぜひ見たかったのが、裏にある非常階段。
機能重視の素朴な形でありながら、何かのオブジェのようなのが螺旋階段の不思議なところ。
思わずいろんな角度から撮りまくってしまった。

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西湖を眺めながら次の目的地へ。
たくさんの水鳥が生息していて、ときどきびっくりするほどの音を立てて飛び立っていた。
西湖は桜の名所でもあるらしいので、春になったらまた来るかな。

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広いグラウンドがあって、その脇にあるのが1961年竣工の農村振興庁本館。
金正秀(キム・ジョンス)の設計。金正秀の作品といえば、私の中では延世大の学生会館。

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グラウンド側は建物の裏側なのだけれど、水平方向に長い窓が印象的だが、横に長い窓が並ぶ中で縦長の窓がリズムを作っている。

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側面に回ってくると、おお、さらに横長の窓! ル・コルビュジエが提唱した「近代建築の5原則」の「横長の窓」を忠実に行なっているわけだ。

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正面に回ってきてさらに驚いた。
長い建物の端から端まで中央の入り口を除いてずっと窓が途切れることなく続いている!

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そして、中央の入り口の前にある、キャノピーというべきだろうか、T字型の雨よけ!
飛行機の翼を思わせる軽やかなデザインがかっこいい。

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柱も逆三角形で、アシンメトリーで、とてもスタイリッシュ。

それにしても長い建物だ。
正面の側は1階が地平面よりも下になっているため、2階分しか見えず、さらに横長なのが強調されている。

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夢中で写真を撮っていると、中から人が出てきた。
さっきから写真を撮る撮っているようですけど…」
「ああ、建築がとても美しくて」
「建築に関心があるんですね。どこかの記者かと思ったんですよ」
その人は、ここが昔は農村振興庁だったけれど、今はほかの多くの機関が入っていることを教えてくれた。


本館の隣にあるのは図書館。
1970年に竣工で、金熈春(キム・ヒチュン)の設計。
こちらも中央の入口の両側でまったくデザインが違うアシンメトリーな設計。

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ディテールも多様で楽しい。
ぐるりと周りを回ってみたが、一つとして同じ面がない。

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このH字型の突起はなんだろう? 気になる。

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今は使われておらず、さっき会った職員の話によると撤去されるのではないかということ。なんとか残ってほしいなあ。

農村振興庁を出て、ソウル農大がどうなっているのか気になったので行ってみることに。
ところが、ソウル農大に行く前に見ておきたいものがあった。
それは何か? 次回のお楽しみ!

by matchino | 2019-01-07 22:54 | 京畿道 | Comments(0)

〈釜山旅行〉思ったよりも面白い! 龍頭山に登る道 その4

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釜山・龍頭山の周辺を歩く旅、夜アルキ編が入ってしまったが、昼アルキの後編。※前編はこちら

龍頭山は今はタワーが建っているが、日本統治時代には神社があったという。その遺構は無くなっていたとしても、階段ぐらいは残っているのではないかと思っていた。
解説士が教えてくれたのが、ここに「草梁倭館」という機関があったということ。

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17世紀、日本との交易を担当した機関で、1876年に江華島条約が締結されて日本公使館が設置されるまで草梁倭館があったという。
やっぱり釜山は昔から日本との関係が深かったのだなあ。
そして、夜に見つけて「もしや神社の階段か?」と思っていた階段は草梁倭館のものらしい。こりゃ神社の古さどころじゃないというわけだ。
その脇に見つけた空き地は、木は生えているけれど平地されていて、家か何かの建物があったのだろうと推測できる。いつ、何があったのか、そしてなぜ跡形もなく消えてしまったのか、気になるなあ。
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タワーに登ってみた。

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展望台からとりあえず自分の興味ある部分を切り取る。
それにしても、釜山の街は海あり山ありで変化があって、空から見ても面白いな。街と山と川しかないソウルよりずっと面白い。
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国際市場の方向

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夜に歩いたあたり

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気象台

タワーから出て、歩き疲れたのでカフェで休憩をと思い、昨日見つけた漢城銀行の建物に行ってみることに。
でも、あの暗闇の中で見た雰囲気とはだいぶ違う…。この色は何…?

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誰かが言った。
「夜はいろんなものを魅惑的に見せるんですよ。女性も同じ…」

その他にもところどころに興味深い建築が。
釜山、もっと歩いて、街の歴史についても研究してみたいな。

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by matchino | 2019-01-02 22:57 | 釜山 | Comments(0)

〈釜山旅行〉思ったよりも面白い! 龍頭山に登る道 その3

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龍頭山の麓から東へ向かうと海に出るが、そこに釜山税関がある。
1911年に建てられたレンガ造りの美しい建物だったが、1979年に建て替えられ、今は塔の上の部分だけ残っているという。
設計は渡辺節。
今回の夜アルキの最終目的地はそこなので、疲れた体を引きずりながら海を目指す。

途中で出会ったビルもとっても愛らしいので、なかなか前に進まない。
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そしてやっと税関の前までやってきたが、どちらに回ったら入り口に出るのか分からない。
とりあえず右の方へ進んでみた。
ところが、海辺に出てしまった。税関はあちらに。
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でも、夜の海の風景もいいな。

さて、もと来た道を戻って、反対の方向へ歩く。
税関の建物の真ん中に入り口があり、シャッターが閉まっていた。
そして入り口には昔の税関の模型が!
おお、これだこれだ!
これがここに建っていたのか…。この建物が海に向かって建っている姿を思い浮かべてうっとり。
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ここからもう少し歩くと、税関の正面に回ることができた。
税関の建物の前庭に、昔の建物の塔が残されていた。
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写真で見たときは「わざわざこれだけ残すか…」と思ったけれど、実際に目の前にするとやはり残してもらってよかったなと。
見れば見るほど惚れ込んでしまうほど美しい。
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避雷針だろうか、精巧に作られた装飾!
100年以上ここで潮風を受けていたんだなあ。なめたらしょっぱいかな?

ずっと見ていたかったが、時間も遅いのでホテルへ戻ることにした。
シドニーのオペラハウスを思わせる船着場の建物や怪しげなアパートなど、気になったものはあったけど、次の機会に。


by matchino | 2018-12-29 16:24 | 釜山 | Comments(0)

〈釜山旅行〉漁港とアートの出会い「カンカンイの道」を歩く

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釜山の新しい魅力を伝えるツアー、今回回ったもう一つのストーリーツアーは、「影島の橋を渡ってカンカンイの道を歩く」コース。「カンカンイ」というのは、船を整備する時にサビを叩いて落とす作業のこと。サビを叩く「カンカン」という音から来ているという。船が並ぶ港の風景が好きなので、それだけでワクワクする。名前もとってもいい。

このコースはまず影島(ヨンド)の跳ね橋から始まる。1934年にかけられた橋は、韓国で最初の開閉型の橋で、開通した当時はもちろん、今でもたくさんの人たちが橋が上がる姿を見に訪れる観光名所だ。
この日は時間の都合で行かなかったので、年末に訪れた時の写真を。
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個人的にはこういう「ザ・観光地」的なところは好きじゃないのだけれど、実際に見てみると、巨大な橋が上下する姿は圧巻! 思わず興奮してしまった。橋のたもとにある古い倉庫(?)もいい感じ。
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影島に渡った影島警察署の前には、影島の歴史を伝える写真のコラージュが。
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いよいよ大通りからそれて、船がたくさん停泊する岸壁へ。
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うーん、やっぱりかっこいい…。
それにしても、こういう風景が観光地として受け入れられる時代になったということが感慨深いな。

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こういう船舶関係の資材が積まれている姿も絵になる。

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この写真をFBに上げた時、「梨かと思った」とか「ゆず」とか「かりん」とかいろんな見えるものがあって面白かった。

こんな町にアートの風を吹き込んでいるのが、「カンカンイ芸術村」のプロジェクト。街の風景にさりげなく作品を溶け込ませている。
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そのプロジェクトの案内所。さまざまな広報誌の配布やこの街を巡るツアーの受付などをしている。歩きでのツアーもあれば、船で巡るツアーもあるらしい。これは参加してみたい!

案内所の脇には「シンギハン船舶体験館」がある。使わなくなった漁船に実際に乗り込んで中を見学できるようにしたもの。船にはさまざまなアート作品が設置されていた。
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船から出るいろんな音を増幅する作品とか

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舵を回すとモニターの影島大橋が閉じたり開いたりする作品とか
観光客が気軽に楽しめる作品のなのがいい。

舟を出て、もう少し歩いてみる。
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平日は船を修理する小さな工場の音でにぎやかだというが、日曜日で静か。平日のにぎやかな港の姿も見てみたいな。でも、仕事をしている人たちの邪魔にならないように気をつけて!

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ここは釜山で初めてエンジンがついた木船を造った田中造船所があった場所なんだという。

面白いのは、いろんなところに作品が隠されていること。
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電柱にはこの港町を題材にしたコミックが描かれていた。釜山の方言を使いながら「この町で働きたい」宣言をする若者たちの姿が描かれていた。
いろいろな変化は加わっていながらも、港町の雰囲気は失わずに、さりげなく作品を溶け込ませているのがいいな。
また来て歩いてみたい町だぞ。
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by matchino | 2018-11-29 22:58 | 釜山 | Comments(0)

ソウルの暗渠・蔓草川の話

蔓草川は流れる。
暗闇の中を。
都市の下を。

なぜか。それは暗渠になっているから。

韓国では暗渠化することを「覆蓋(ポッケ)」といい、暗渠を「覆蓋川(ポッケチョン)」という。
ソウルには無数の暗渠があるというが、その中でもいろんなストーリーを持った暗渠の代表は蔓草川(マンチョチョン)だ。
たとえば、西小門アパートが蔓草川の上に建てられたアパートだったり、霊川市場の下を流れていたり、その支流が米軍基地の中を暗渠化されないままに流れていたり。数年前には「漢江の怪物」が潜んでいたり。日本統治時代には「旭川」と呼ばれた。
鞍山と仁旺山の間にある毋岳峠(ムアクジェ)から流れる蔓草川は、ほとんど暗渠化されているが、三角地の付近で少し顔を出し、また地下にもぐって漢江に注いでいる。

昔の地図を見ると川の姿は残っているが、いつ暗渠化されたのかということが気になった。
おそらく何回にも分けて暗渠化されたのだろうが、なんとか調べる方法はないものかと思っていた。

そこで思いついたのが、ソウルの航空写真。
ソウル航空写真サービス(http://aerogis.seoul.go.kr/)という神のようなサイトに1972年から現在までの航空写真がアーカイブされているのだ。

まず、現在、蔓草川が暗渠となっていない部分を探してみた。
三角地の近くにあると聞いていたからだ。

あったあった。

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でも、ここは簡単に見に行ける場所じゃないな。
どこに行ったら見られるだろう。

次に見たのが1972年。
蔓草川の上に建てられた西小門アパートの使用承認が下りたのが1971年なので、果たしてほかの所がどうなっているのかが気になった。

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西小門アパートの向かい、すぐ上流の部分はまだ暗渠になっていない!
白黒ではっきりとは分からないけれど、橋があることから、暗渠になっていないことは間違いないだろう。

で、結局他のところには開いているところは見つからなかった。

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でも、現在も開いている部分の脇は、覆蓋工事が進行中のようだ。
これはもしかしたら、丁寧に見ていくと何かの手がかりが得られるかもしれない。
それから、この後、最後に残った開いた部分がいつ蓋をされてしまうのか、以前にはいつ蓋がされたのか、気になる。
また時間ができたら調べてみよう。

…と思っていたら、建築家であるファン・ドゥジン氏の著作「最も都市的な生活」には、1962年から1977年に暗渠化されたとあった。
まあ、こうして少しずつ謎解きしていく感じが楽しいのだ。


by matchino | 2018-08-02 21:49 | ソウル | Comments(0)

慶煕大建築巡り1 文科大学

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ある日、知り合いの建築科の先生がツイッターに上げた慶煕大の建物の一枚に目が止まった。慶煕大の文科大学の建物だったが、それが建国大の人文学館にとても似ていたのだ。
以前にも紹介したこの人文学館は、後から金煕春の設計であることが分かった。それで、この慶煕大の建物も金煕春によるものなのかが気になったが、知り合いの建築の専門家も知らないとのこと。
それで、何か手がかりでも見つかるのではないかと、慶煕大を訪ねてみることにした。

妻に話すと、慶煕大は何度もいったことがあるという。見応えのある建築がたくさんあって、昔から建築を見に行く人が多いのだという。実際に訪ねてみると、古典主義、ゴシック、バロックなど、何でも揃う建築見本市的な大学だった。

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規模もそうとうなもので、確かに圧倒される。カメラを持った中国人や東南アジアの人がたくさん来ていた。ウェディング写真の撮影やコスプレの撮影に来ている人もいた。

それらの建築を見ながら、目的の文科大学を探す。その建物は正門から入って右のほうへ行ったところ、週末で人もまばらだった。
前に立って正面から眺めてみる。

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あれ? 建国大の校舎とけっこう違う…。

入り口部分を強調した直方体の塊に縦長の窓、キャノピーを支えるV寺型の柱など、大きな構造は似ているけど、細かいディテールは少しずつ違う。まあ、同じ建築家だといってもまったく同じものを建てたりはしないよな。

気になったのは内部。入り口には鍵が掛かっていて入れなかったけれど、窓から覗くと、だいぶ改装された模様。建てられた当時はどんな感じだったのかも分からない。右側にある三角形の窓が気になった。

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建国大の人文学館のロビーのような吹き抜けの空間はなくて、ちょっとつまらない印象。
それでも、建物の両サイドのデザインの違いは興味深い。向かって右側は単純に四角の窓が並んでいるだけだけれど、左側は中央の部分が少し突出していて、その突出部を支えるようにV字型の柱が二つ設置されている。四角い窓が全面にはめ込まれたこの突出部はテラスのような空間なんだろうか。気になる。

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定礎石も見つからず、結局何の手がかりも掴めなかったけれど、直接見れただけでもよかったかな。

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そして、この他にも興味深い建物がたくさん見つかった。つづく。

by matchino | 2018-04-22 16:33 | ソウル | Comments(0)

阿峴洞の正教会聖堂で思いがけないクリスマス

クリスマス、どこに遊びに行こうかと考えたけれど、いいところが見つからなくて、次のマチノアルキのコースとして考えている忠正路に下見に行くことに。クリスマスに一人で路地歩きか…と思ったけれど、意外にもクリスマスらしいアルキになった。

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コースは次のアルキの時のお楽しみということで、写真だけ。

そして阿峴洞まで来たので、以前「オープンハウス・ソウル」の時に訪ねた正教会の聖堂に行くことに。

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正教会というとピンと来ないけれど、ロシア正教会とかギリシャ正教会という名前なら聞いたことがある。それで、ここはロシア正教会なのかと思ったが、実は正教会の前に付く国名はその国のものなので、韓国では大韓正教会というらしい。
そして、外から見た立場では「キリスト教の一派」ということだが、初代教会の伝統を正しく受け継いでいる教会ということらしい。
そのためか、ロシアの教会にありそうなイコンが聖堂の内部を覆っている。調度品もとても装飾的で古風なものばかり。これだけでも、まだ見ぬ異国の地に来たような雰囲気で、感動した。

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前回にとてもいい印象だったので、再訪は嬉しかった。
聖堂に着いたのは9時過ぎ。入れるかどうか心配したが、正面の扉が開いていた。
入るやいなや、お香で少し曇った室内の空気の向こうに豪華な祭壇とイコンがたたずんでいた。礼拝の最中なのか、信徒の方たちが座っており、祭壇では儀式が行われていた。

ぼうっと見ていると、すぐに案内の女性がやってきて、「初めて来た方ですよね?」と、2冊の本を渡しながら前の方の席に案内してくれた。そこに座っていたおじいさんを指して「この方についてしてください」と言われ、「ちらっと見て帰ります」とも言えないままに席に座った。見物に来たなんて失礼だと思ったので、とりあえず最後まで礼拝を受けていくことにした。
おじいさんに「どのくらいかかりますか?」と訊くと、「1時間」と。まあ、それくらいならいいか…。

礼拝は、非常に儀式的な印象。
荘厳な雰囲気の聖堂によく合っている。祭壇で儀式を行う聖職者たちも、後ろのコーラスの人たちも、決められた文句を節をつけて唱え、信徒たちが全員で唱える「我らを憐れみたまえ」などの言葉も節をつける。それらの言葉の全てが韓国語に訳されているのも興味深い。基本的には韓国語で進められ、ロシア人の信徒たちのためにときどきロシア語が入る。儀式を執り行う一番上の人らしい方はロシア人のようだ。ちなみに、信徒席に座っているロシア人の女性たちは皆スカーフを被っており、皆びっくりするほど美しかった。

礼拝の様子を写真に撮りたかったけれど、失礼かと思って遠慮した。
後から探してみると、Youtubeに礼拝の動画があったので、リンク。



教会のイコンも、お香の香りも、儀式のための衣装も、聖句を唱える声も、窓から差し込む光も、全てが神々しく感じる時間はとてもよかったが、問題はなかなか終わらなかったこと。まだ1時間経っていないのだろうか。そのうちお腹が痛くなってきた。途中で立つのも失礼だしと思いつつ、そろそろ限界だという頃に時計を取り出してみると、すでに2時間が経とうとしている!数分前に入ってきた人もいるし、すぐに終わりそうな感じではなく、おじいさんに断って出てきた。
ふう、なんとか逃れられた…。

それにしても、おじいさんはなぜ1時間と言ったんだろうか。時間がかかるといったら帰ると思ったのだろうか。もしかしたら、いつもどのくらいの時間がかかっているか気にしたことがなかったのかもしれない。どちらにしろ、「1時間」という言葉があったから座っていられたので、よかったなと。


でも、この後、家に帰ると、知り合いから電話がかかってきた。
「今、阿峴の正教会聖堂にいるんだけど、来る?」と。
なにいいい!

その知り合いは、9時から行くつもりが12時過ぎに礼拝が終わってから行って、昼食をごちそうになっているという。
もう少しあそこで我慢していたら、間もなく終わっていたかもしれないのに...。
まあ、次にまた行ってみるかな。

by matchino | 2017-12-28 20:35 | ソウル | Comments(0)

中林洞・ホバクマウル

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最近、中林洞(チュンニムドン)がアツい。らしい。
来週(5月20日)にはソウル駅の高架道路が歩道としてオープンするし、聖ヨセフアパートがKBSの「ドキュメンタリー3日」という番組で紹介されたりしていた。

その日の放送内容はこちらから視聴できる。(会員登録が必要)

ちょっと調べたいこともあって、中林洞へ。
ソウル駅で降りて、いつものように文化駅ソウル284の前を通る。
そうすると、道を塞ぐ大量の靴!

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ソウル駅の高架道路のオープンに合わせたオブジェなんだろうか。
今思うと、近くに塩川橋の靴屋通りにちなんでのことかな。

その塩川橋に行ったら、解説板が立てられていた。
解説によると、塩川橋のいわれについて、「火薬を製造する焔硝庁(ヨムチョチョン)があったということで『ヨムチョチョン橋』といわれていたが、音が変わって『塩川橋(ヨムチョンギョ)』となった」とある。
以前、ネットで調べたときは、毋岳川(蔓草川)に架けられていた塩川橋という橋があったが、川が暗渠化したことで橋がなくなり、その名前を持ってきてつけたとあった。どれが本当なんだろうか。
今の塩川橋ができたのは鉄道が敷かれた後だから、なくなった以前の塩川橋は1900年以前にすでに暗渠になっていたところにあるはず。
それで地図を調べてみると、1908年の地図では、独立門のあたりから下流は暗渠になっていないので、以前の塩川橋は独立門より上流にあるはずだな。
どこにあった橋なんだか気になる…。

さて、塩川橋を渡って薬峴聖堂の前を通って聖ヨセフアパートへ。前から行きたかったカフェ「コーヒーパンアッカン」に寄ろうかと思ったけれど、残念ながら店じまい中で、次回に行くことに。

さあ、今回の目的の中林洞のタルトンネにやってきた。
以前、訪ねた時に気になっていた地域だけれど、最初に紹介した番組によると、「ホバクマウル」というらしい。
でも、ちかぢか再開発されるようで、ところどころに赤いスプレーでバツ印が付けられていた。

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路地に入っていくと、思いがけないバラのトンネル。
韓国では珍しい白バラだった。

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今まで注意してみたことはなかったけれど、つぼみにうっすらと薄紅色が指していた。
開いた花は真っ白なのに、あの紅色はどこに行ってしまうんだろう。

このブロックを回っていくとなかなか面白い。
カラフルなシートが窓に貼られた床屋。
外から見えないようになっているっていうことは、あの噂のいかがわしい床屋なんだろうか…?

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大通り側に出ると、資材を売る店。
茶房(タバン)的な看板がいい。けれど、閉店して久しいようだ。

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この並びにも撤去のバツ印が。なんとか残って欲しいけれど、難しいかな…。

by matchino | 2017-05-14 22:15 | ソウル | Comments(0)