〈堤川の近代建築巡り 2〉葉煙草受納取扱所

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葉煙草生産組合旧社屋の裏のほうへ回っていくと、葉煙草受納取扱所の建物がある。

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一見、日本統治時代の建物によくある下見張りの壁の倉庫のようだけれど、真ん中で折れてL字型になっている。
連結部も斜めになっていたりとちょっと複雑な構造になっている。

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現在も使われている建物なのだろうかと思ったが、入口が開いている。ガラスのドアには、都市再生事業とかなんとか。
入ってみると、隣の部屋に向かって下りるスロープ。

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ドアの向こうには待合室のような空間があって、両側に長椅子、床には四角い穴が二つ開いていた。

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その部屋の奥には事務所があって、待合室に向かって窓があった。人がいたので、ここが何に使われているのか聞いてみた。すると、「ちょっと待ってください」といって、案内をするためにわざわざ外まで出てきてくれた。

文化財として残しながら都市再生事業に活用


この建物は、もともと葉煙草受納取扱所として使われたもので、1943年に建てられた。
待合室のような部屋は、煙草の葉を販売するために来た農家の人たちが受付を待っている部屋だった。床の四角い穴は「暖炉」だったということだが、いわゆる囲炉裏だったのではないだろうか。

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その隣の部屋は煙草の葉を陳列する場所だったという。煙草の葉は鑑定によって等級が決められるが鑑定を待つ間にここに並べておいたのだ。
今は二つの部屋に分かれており、イベント会場として使われている。一つは新しく壁と天井が作られていたが、もう一つは天井がなく、木造のトラスが見える。新しく設置した壁も、文化財となっている本来の壁は残している。

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扉も当時のものを残しており、なかなかいい雰囲気を醸し出している。
この部屋の外には煙草の苗が何本か植わっていた。花は終わりかけていたけれど、初めて見たぞ。

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取扱所の中心部、鑑定所と保管所


取扱所の中央の連結部分は、解説してくれた職員の言葉を借りれば、この建物の「花」ともいえる鑑定所。
部屋の真ん中には、円形のレールが敷かれており、レールの上には荷台が乗っている。ここでは農民が持ってきた煙草の葉を、二人の鑑定士が鑑定する空間。荷台に煙草の葉を乗せて回しながら鑑定したというわけだろうか。部屋には他の部屋より大きな窓が開いていて、光がよく入ったと解説していることからすると、鑑定に光が重要で、あらゆる方向から光を当ててみて鑑定したのだろう。

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その隣は煙草の葉の保管所。
ここは取扱所だった当時の様子がほぼそのまま保存(あるいは再現?)されていた。
湿度を調節するために天井はなく、木造のトラスがむき出しになっている。

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そして広い床の中央には、長方形の短辺の方向に長く、深い溝が掘られている。ここに水を溜めて湿度を調節したという。今は一つしか残っていないがもともとは三つあったらしい。

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こうして見ていくと、韓国のもともとのタバコ産業がどうなっていて、なぜ堤川にこの施設があるのか気になる。すぐ近くの清州にも大きな煙草工場があるし。

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堤川の近代建築は、この他にも大韓通運の倉庫が駅の近くにあるらしい。葉煙草受納取扱所の周りも面白そうなのでもう少し周ってみたいな。鑑定所の窓の外に見えたこの家屋も気になったし。

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そうそう、葉煙草生産組合旧社屋の向かいにある「松鶴飯荘(ソンハクパンジャン)」という中華料理店も60年以上の伝統を持つ店なんだとか。次に訪ねる時は、食事前に行かないとだな。

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# by matchino | 2017-08-06 22:08 | 建築 | Comments(0)

〈堤川の近代建築巡り 1〉葉煙草生産組合旧社屋

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夏休み、忠清北道の堤川(チェチョン)を訪ねた。
毎年、韓方エキスポを行なっている医療観光で有名な都市で、2015年には韓国観光公社が選ぶ「今年の観光都市」として事業を行なったこともある。
今回訪ねたのは、忠州湖のほとりにある清風文化財団地だが、どうせ堤川まで行くのだから近代建築を調べてみた。すると、あったあった!
久しぶりに訪ねる韓国の地方都市。近代建築もあるということで心が踊った。

堤川市にある近代建築の一つは、葉煙草受納取扱所と、葉煙草生産組合旧社屋。堤川のバスターミナルから南にしばらく行ったところにある。
今も韓国のたばこの専売会社であるKT&Gの社屋の敷地内で倉庫として使われているという。

入り口にミニオンズ? 葉煙草生産組合旧社屋


KT&Gの門を通ってすぐ左にあるのが旧社屋の建物。1935年に建てられた。
なんといってもこのミニオンの頭のような入り口部分が特徴。
(最初はニョロニョロと書こうかと思ったけれど、ミニオンのほうが似てるよな、と)

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正面部を強調するために付けられた装飾なんだろうか、横から見るとただの板状の看板に過ぎない。

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そして窓のさんも特徴的。アーチを三つに区切ってさらに斜めのラインを入れるなど、けっこう凝ったデザインだ。

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入り口のひさしは単純だけれど、木でつくられた支え部分が装飾的だ。

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入り口の両脇の窓にも工夫が見られる。
そのころよく使われた上下開閉式の窓で、シンプルながらも、窓の上にレンガの装飾をつけたり、入り口の脇にだけアーチにしたりと変化を持たせている。

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案内板にある全体の正面図を見て分かったのだけれど、左右対称になっていない。おかしいなと思ったら、左のほうは後から増築されたということ。

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裏のほうに回ってみると、入り口が開いており、倉庫として使われているのが分かった。
中は改装されており、つくられた当時のものは見つからなかった。

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復元されたという話もあるので、もしかしたら外観も、大きな構造は変わっていないものの、材料などは新しく加えられているのかもしれない。窓の上のレンガも周りと同じグレーの何かが吹き付けられてるように見えたので、全体に壁材を吹き付けたのかもしれない。

そして、この裏には葉煙草受納取扱所の建物が残っているという。続きは次回!

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# by matchino | 2017-08-06 10:05 | 建築 | Comments(0)

徽慶洞の再開発地域を歩く

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ソウル建物年齢地図というサイトがあることを最近知った。ソウルのすべての建物の使用承認を得た年度を記載したというものすごい地図。それで気になっていた建物の年代を興奮しながら調べまくった。
そして、思いついたのが、古い家屋がある辺りを歩いてみようかと。

徽慶洞の古い家屋について昔書いたことがあったが、その反対側のあたりにも古い家がけっこう残っていることを最近発見して、歩いてみることにした。
地下鉄1号線の回基駅に着く前に電車の窓からだいたいの位置の目星を付ける。
が、解体作業用の幕が張られている!再開発されてしまうのか!

回基駅を出てしばらく歩くと、気になっていた連立住宅があった。年代は1980年。

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その向こうにも古そうな建物が見える。


そこから少し歩いていくと、空き家が並んでいた。やはり再開発の地域になっており、住民はすでに出ていたのだ。
古い一階建ての家屋がいくつもあった。こういう瓦屋根の家は1960年代のものらしい。

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すでに撤去された残骸の向こうに古い家屋が見える。

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その中で見つけたとんがり屋根の家。何の家だろうかと気になって前まで行ってみると、「荷居堂」という文字。巫堂の家なんだろうか。
とんがり屋根の中の窓も面白いが、その脇に書かれた「永存」が何を意味するのかと気になる。

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この屋根に気を取られて気付かなかったけれど、家に入る細い路地の両側の塀には絵が描かれていた。

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アングルの「泉」とか

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朝鮮戦争のときに空に現れたイエスの姿とか
(その上のはダリの描いたイエス?)

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虎とか。
元の絵が分かるものもあれば、分からないものもあって、不思議な感じだ。
どんな人が、何の目的で描いたんだろうか。まあ、ただの趣味なのかもしれないけれど。

さらに路地を回っていると、古い倉庫のような建物を見つけた。

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通りの表側に回ってみると、道路から少し奥まったところにこの建物の入口があった。
今も使われているようだ。

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写真を撮っていると、一人のおじさんが現れた。
「何かの工場なんですか?」と訊いてみると、
「そう。11の小さい工場が入ってるんだ」とおじさん。
「ここも再開発の地域なんですか?」
「いや、再開発はこの裏側だよ。この建物の2階が再開発の事務所」といって、隣のビルを指差した。
よかった。とりあえずこの建物は残りそうだ。
今度中を見せてもらおう。

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# by matchino | 2017-06-18 12:19 | 街歩き | Comments(0)

中林洞・ホバクマウル

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最近、中林洞(チュンニムドン)がアツい。らしい。
来週(5月20日)にはソウル駅の高架道路が歩道としてオープンするし、聖ヨセフアパートがKBSの「ドキュメンタリー3日」という番組で紹介されたりしていた。

その日の放送内容はこちらから視聴できる。(会員登録が必要)

ちょっと調べたいこともあって、中林洞へ。
ソウル駅で降りて、いつものように文化駅ソウル284の前を通る。
そうすると、道を塞ぐ大量の靴!

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ソウル駅の高架道路のオープンに合わせたオブジェなんだろうか。
今思うと、近くに塩川橋の靴屋通りにちなんでのことかな。

その塩川橋に行ったら、解説板が立てられていた。
解説によると、塩川橋のいわれについて、「火薬を製造する焔硝庁(ヨムチョチョン)があったということで『ヨムチョチョン橋』といわれていたが、音が変わって『塩川橋(ヨムチョンギョ)』となった」とある。
以前、ネットで調べたときは、毋岳川(蔓草川)に架けられていた塩川橋という橋があったが、川が暗渠化したことで橋がなくなり、その名前を持ってきてつけたとあった。どれが本当なんだろうか。
今の塩川橋ができたのは鉄道が敷かれた後だから、なくなった以前の塩川橋は1900年以前にすでに暗渠になっていたところにあるはず。
それで地図を調べてみると、1908年の地図では、独立門のあたりから下流は暗渠になっていないので、以前の塩川橋は独立門より上流にあるはずだな。
どこにあった橋なんだか気になる…。

さて、塩川橋を渡って薬峴聖堂の前を通って聖ヨセフアパートへ。前から行きたかったカフェ「コーヒーパンアッカン」に寄ろうかと思ったけれど、残念ながら店じまい中で、次回に行くことに。

さあ、今回の目的の中林洞のタルトンネにやってきた。
以前、訪ねた時に気になっていた地域だけれど、最初に紹介した番組によると、「ホバクマウル」というらしい。
でも、ちかぢか再開発されるようで、ところどころに赤いスプレーでバツ印が付けられていた。

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路地に入っていくと、思いがけないバラのトンネル。
韓国では珍しい白バラだった。

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今まで注意してみたことはなかったけれど、つぼみにうっすらと薄紅色が指していた。
開いた花は真っ白なのに、あの紅色はどこに行ってしまうんだろう。

このブロックを回っていくとなかなか面白い。
カラフルなシートが窓に貼られた床屋。
外から見えないようになっているっていうことは、あの噂のいかがわしい床屋なんだろうか…?

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大通り側に出ると、資材を売る店。
茶房(タバン)的な看板がいい。けれど、閉店して久しいようだ。

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この並びにも撤去のバツ印が。なんとか残って欲しいけれど、難しいかな…。

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# by matchino | 2017-05-14 22:15 | 街歩き | Comments(0)

益山・旧益沃水利組合事務所(現・益山文化財団)

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公州に行った前日、百済文化のもう一つの遺跡地、益山を訪ねた。
本当は益山の旧市街を歩き回りたかったけれど、時間がなくて帰り道にちょっとだけ近代建築を見てきた。
弥勒寺址の解説士に教えてもらったのが、益山文化財団として使われている建物。

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もともとは益沃水利組合の事務所として使われていた建物で、1930年に建てられたもの。後に全北農地改良組合の庁舎として使われた。

調べてみると、この水利組合というのは農業の灌漑や水害対策のための組合だということだけれど、韓国内では日本統治時代に行われた収奪のための団体として悪名が高いようだ。灌漑のためにダムを建設したりするのだけれど、農業用水を使うことに対して水税を取って小作農を苦しめたりと問題が多かったらしく、組合に対する反対運動も起こったという。

そんな水利組合の建物だから、韓国の人たちにとっては痛みの歴史が刻まれた場所といえる。
それでも建築的には価値が認められて、2005年には登録文化財に指定されている。

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レンガの外装で、1階は鉄筋コンクリート造、2階はレンガ造となっている。
そして、水色に塗装された屋根は2段階の傾斜があるマンサード屋根。屋根裏は倉庫として使われたらしい。
この屋根の中を見てみたかったけれど、事務所の建物なので入れないだろうなあ。
でも、文化財庁が行なった調査報告書があり、屋根裏の写真もあった。写真を見たらもっと入りたくなってしまったけど。

その隣りにあったレンガ造りの倉庫。

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レンガ造の建物もいいけれど、その右側にあった新庁舎もなかなかいい。
1975年に建てられたらしい。

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モダニズム的な直線とか、上の円形とか、後ろの煙突とか、萌え要素はたくさん。
もとは農地改良組合として使われていた時代の建物で、組合が場所を移してから放置されていたようだ。
そして今は芸術家のレジデンスとして使われているようだ。ここで展示も行なったらしく、痕迹が残っていた。

このあたりは益山の旧市街で、日本人もたくさん住んでいたらしい。少し歩いただけでも古びた日本家屋がところどころに見つけられる。

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ずっとこの辺りを歩き回りたかったけれど、次回に。益山、また行くぞ。





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# by matchino | 2017-05-09 20:00 | 建築 | Comments(0)