慶煕大建築巡り1 文科大学

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ある日、知り合いの建築科の先生がツイッターに上げた慶煕大の建物の一枚に目が止まった。慶煕大の文科大学の建物だったが、それが建国大の人文学館にとても似ていたのだ。
以前にも紹介したこの人文学館は、後から金煕春の設計であることが分かった。それで、この慶煕大の建物も金煕春によるものなのかが気になったが、知り合いの建築の専門家も知らないとのこと。
それで、何か手がかりでも見つかるのではないかと、慶煕大を訪ねてみることにした。

妻に話すと、慶煕大は何度もいったことがあるという。見応えのある建築がたくさんあって、昔から建築を見に行く人が多いのだという。実際に訪ねてみると、古典主義、ゴシック、バロックなど、何でも揃う建築見本市的な大学だった。

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規模もそうとうなもので、確かに圧倒される。カメラを持った中国人や東南アジアの人がたくさん来ていた。ウェディング写真の撮影やコスプレの撮影に来ている人もいた。

それらの建築を見ながら、目的の文科大学を探す。その建物は正門から入って右のほうへ行ったところ、週末で人もまばらだった。
前に立って正面から眺めてみる。

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あれ? 建国大の校舎とけっこう違う…。

入り口部分を強調した直方体の塊に縦長の窓、キャノピーを支えるV寺型の柱など、大きな構造は似ているけど、細かいディテールは少しずつ違う。まあ、同じ建築家だといってもまったく同じものを建てたりはしないよな。

気になったのは内部。入り口には鍵が掛かっていて入れなかったけれど、窓から覗くと、だいぶ改装された模様。建てられた当時はどんな感じだったのかも分からない。右側にある三角形の窓が気になった。

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建国大の人文学館のロビーのような吹き抜けの空間はなくて、ちょっとつまらない印象。
それでも、建物の両サイドのデザインの違いは興味深い。向かって右側は単純に四角の窓が並んでいるだけだけれど、左側は中央の部分が少し突出していて、その突出部を支えるようにV字型の柱が二つ設置されている。四角い窓が全面にはめ込まれたこの突出部はテラスのような空間なんだろうか。気になる。

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定礎石も見つからず、結局何の手がかりも掴めなかったけれど、直接見れただけでもよかったかな。

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そして、この他にも興味深い建物がたくさん見つかった。つづく。

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# by matchino | 2018-04-22 16:33 | 建築 | Comments(0)

童謡「半月」の作者、尹克栄の家を訪ねる

ソウル市から毎日送られてくるニュースレターがある。その中で一つ気になった記事があった。尹克栄(ユン・クギョン)氏が晩年を過ごした家屋が記念館になっていると。「日本式家屋」ということで興味を持ったのだが、有名な童謡作家ということで調べてみると、代表曲は「半月」、「ソルラル」、「魚獲り」など。
「あれ、半月ってどんな歌だっけ?」と思ったが、「ぷ〜るんは〜ぬるう〜な〜す〜」だ。うちの子供たちがよく歌っている、韓国で最も有名な童謡の一つだ。
「ソルラル」も「か〜っちかっち〜そるら〜るん」のおなじみの歌。題名を錯覚している人が多いな。

さて、去年新しく開通した地下鉄「牛耳新設線」に乗って「419民主墓地」駅へ。そこから歩いて10分ほど。

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切妻屋根が真ん中で少しずれた形になっている平屋の家屋で、外壁は石が貼られている。1960年代に建てられた日本式家屋だという説明。玄関があって、廊下で各部屋に通じるという構造が日本家屋の様式ということだった。

玄関を入ると、奥から「オソオセヨ(いらっしゃいませ)」という声がして、案内の女性が出てきた。自由に観覧してもいいけれど、案内をしてくれるというので、お願いした。
2〜3言会話しただけで、私が日本人だということが分かってしまった。(発音がまだまだだな…)記念館として開館してから3年間で訪ねた日本人は私で3組目だという。日本からわざわざ訪ねてきた老夫婦が初めだったと話してくれた。

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尹克栄さんが生まれたのは鍾路区だったが、今その家はなく、その後、韓国戦争の時に釜山に避難して戻ってきてからは、この水踰洞に住んだという。何度か家を転々とした後、この家を買って住み、ここで亡くなった。
その後も息子さんが住んでいたが、2013年にソウル市が買い取って記念館として使用している。

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作曲家として多くの童謡を残したが、「半月」や「ソルラル」などの作品は作詞と作曲の両方をしているんだという。

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「ソルラル」の額。これは尹氏が最初につくった童謡で、韓国で最初の創作童謡。それまでは「童謡」といわれる歌はなかったが、「ソルラル」から童謡というジャンルが始まった。

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「半月」の額。尹氏はこのように童謡を絵とともに額にして、多く残していたという。

尹氏は若い時から音楽の才能を認められ、日本人の先生の勧めによって東京に留学した。しかし、関東大震災の時に「井戸に毒を入れた」などの根も葉もない疑いがかけられて多くの韓国人が殺された時、尹氏も命からがら韓国に逃げ帰ったという。
帰国して1年後、もう一つの悲しみが彼を訪れた。早くに嫁いだ彼の姉が亡くなったというのだ。悲しみにくれていたある日、空を見上げると昼間の白い半月が空に浮かんでいた。彼はそれを見て、大海に浮かぶ小舟のようだと思い、姉を亡くした悲しみと亡国の民の悲しみを込めた歌をつくった。


「半月」

青空わたる  小舟には
桂木とウサギ ひとりずつ
帆柱も立てず 竿もなく
よくも行けるよ 西の国へ

天の川越えて 雲の国へ
雲の国過ぎたら どこへ行く
遠くでキラキラ 照らしてる
明星の灯台だ 舵をとれ

日本語の歌詞はこちらから

悲しみを歌いながらもそれだけで終わりたくないと、最後に希望を託した歌詞を付け加えたという。

とても落ち着く家で、胸にじいんと来る話が聞けたいい日だった。

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# by matchino | 2018-01-29 21:43 | 建築 | Comments(0)

韓国建築模型の博物館「奇興聲ミュージアム」 02

計画通り無事に到着した奇興聲(キ・フンソン)ミュージアム。娘がまずは庭が気に入ったらしい。さっそく庭でかくれんぼを始めた。

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野外にはそれほど作品はなく、自由の女神と馬くらい。でも南漢江が見えて景色はいい。

ひとしきり遊んでから、いよいよ展示室へ。
ミュージアムは地上2階、地下1階で、2階と地下1階が展示室、1階がカフェになっている。
まずは地下1階から。地下1階は伝統建築の展示室。景福宮や東大門、南大門、月池など、有名な史跡のほか、多いのは、今は無くなってしまった建築の模型。

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メインの巨大な模型は、焼失した皇龍寺9層木塔。ほかにも弥勒寺9層木塔などがあった。

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確かに模型をつくる意味を考えると、なくなった建築物というのはあるだろうな。それから、巨大な建築物は全体を把握できるというのが模型の利点だろう。
大きく掲げられた写真があり、それはロッテワールド民俗博物館だという。昔、「ロッテワールドに遊びに行ってわざわざ民俗博物館なんか行くかな」と思ったが、行ってみるとすばらしいつくりに驚いた記憶がある。ここは奇興聲会長にとっても代表作だという。今度行った時に見てみよう。

それにしてもすべてがすばらしい出来。実際の部材一つひとつを同じように組んでつくられているようだ。案内の方に訊いてみると、木の部分は松の一種(聞き取れなかった)を、他の部材はFRPで作っているという。

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ひと通り見終わって、2階へ。
2階は近現代建築の展示室。
ソウル駅や63ビル、仁川空港などのおなじみの建築。

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それから、金寿根氏設計の空間社屋、京東教会、そしてヒルトップバー。

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そして今は解体されてなくなった朝鮮総督府。

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今は行けなくなっている平壌のタワー。平壌の街も再現されていた。

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そして全部木でつくられた徳寿宮石造殿。ペディメントの部分の彫刻がきれいに再現されている。

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建築に関する新しい側面をみつけた一日だった。

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帰りのバスの時間まで少し余裕があったので、1階のカフェでくつろぐ。
ここにもエッフェル塔やいろいろな模型が展示してあって楽しい。

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座っていると、白髪のおじいさんが何人かの人たちと一緒に入ってきた。
行く前にドキュメンタリーで見た奇興聲会長の顔と重ねてみると、会長さんらしかった。
どうしよう、話しかけようか…と思ったけれど、そのまま帰ってきてしまった。
挨拶だけでもしてきたらよかったかな…。
まあ、博物館の向かいにはソウルから移転してきた模型製作所があったので、ここを訪ねるたびにお会いできるかもしれない。
このあたりはいろいろなギャラリーがあるので、再訪もありえるかな、と。

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# by matchino | 2018-01-13 12:45 | 建築 | Comments(0)

韓国建築模型の博物館「奇興聲ミュージアム」 01

一つのことに興味を持つと、そこからいろいろなものがつながってくる。
今回行ってきた博物館もその一つだった。

ことの始まりは、去年のソウル国際建築映画祭。その映画祭の開幕作品は、「アパート生態系」という作品だった。ソウルの古いアパートを巡りながら、アパートをめぐるソウル市民のさまざまな生き方について描いた作品だった。とても興味深い作品で、たくさんの人に見てもらいたいものだった。
その中で気になったのが、最初から最後まで出てくるソウル市立大学の孫禎睦(ソン・ジョンモク)教授。勉強好きのおじいさんという風貌だったが、後から調べてみると、ソウル市の都市計画において重要な役割を務めてきただけでなく、韓国の多くの自治体の歴史を編纂するなど、近現代の韓国の歴史について多くの研究をされてきた方だということが分かった。

そしてこの方の著書であり、この映画の中でも何度も出てきた本があった。「ソウル都市計画物語」という全6巻にわたる本。図書館で何回か目にしながら気になっていたが、「いつかは読もう」と後回しにしていた本だった。でも、これは読まねばと思わされ、さっそく読み始めた。

で、読んでみると、とても面白い!
え、そんなことがあったのか!というようなエピソードが目白押しで、誰かに話さずにはいられないような話に満ちているのだ。

そして、この本の汝矣島の開発に関する部分を読んでいて、さらに気になったことがあった。
汝矣島の開発をするにおいて模型をつくったというのだが、その作業を行った奇興聲(キ・フンソン)会長という方だった。
韓国の建築模型といったらこの人、という有名な方で、国家的なプロジェクトのための模型作りはほとんどこの方の会社で手がけてきたらしい。最近でいえば、平昌冬季オリンピックのための会場一帯の模型作りも手がけ、オリンピック誘致に貢献した。
そして、奇興聲会長の今まで手がけてきた建築模型を展示する「奇興聲ミュージアム」が楊平郡にオープンしたという。
これは行ってみなければ!

しかし、自家用車がなければ行くのは簡単ではなさそうだ。
楊平駅までは電車があるけれど、そこから30分ほどバスに乗っていかなければならない。そのバスも何時に来るかよく分からない状態。近くにある「Dr. パクギャラリー」は、以前行こうと思いならもバスが来なくて諦めたところだった。
それでも、なんとか博物館まで行くバスの時刻表を探し、行ってみることにした。

京義中央線の楊平駅から近い楊平市場の停留場から4-9番のバスに乗る。14時40分。これを逃したら今度来るのは夕方だ。(実は他のバスもあるので1時間に1本くらいの間隔であることが分かった)
南漢江沿いの道を30分くらい走って、「チョンス2里ソンド病院(전수2리.송도병원)」という停留所で降りると、すぐ前に茶色の外観の建物が見えた。
やった! 着いた!

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前置きが長くなってしまったので、次回につづく!


奇興聲ミュージアム



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# by matchino | 2018-01-10 21:09 | 建築 | Comments(0)

釜山旅行02 168階段

旧・百済病院から少し登ったところに168階段があるが、百済病院からの道がちょっと分かりづらい。冊子を見ながら「こっちかな?」と迷っていると、「この道を上がればいいよ」と後ろから来たおばあさん。その言葉にまったく迷いがなく、私がどこに行きたいのか分かっているようだ。その訳はすぐに分かった。168階段に向かう道沿いには釜山に関連した歴史的人物などに関する案内板が並んでおり、観光客らしい人たちがたくさん来ていた。人気の観光地だったわけだ。

いよいよ階段の下までやってきた。6階建のビルに相当するという高さはそうとうなものだった。けっこうたくさんの人が階段を上っているけれど、最近、階段の脇にモノレールがつくられて、楽に登れるようになっている。

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子供たちはモノレールに乗りたがるかと思ったら、迷わず階段を登り始めた。これは意外!私も子供達の後を追いかけた。

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階段のところどころにカフェや展望台がある。展望台の一つは普通の家の屋上で、物干し台があったりする。

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やっとのことで登り切ると、展望台があった。釜山の街を見渡せる見晴らしのいいところだった。

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で、この階段、何か歴史的なエピソードがあるのかと思ったが、あんまりなさそうだ。住民に案内をしてもらったらいろんな話が聞けるかもしれないけど。

ところで、子供たちは階段がそうとう面白かったらしい。次の日に行った宝水洞の本屋通りにあった高い階段を見るなり競争を始めた。こういう時は兄弟が多いって楽しいんだろうな。

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# by matchino | 2018-01-07 17:56 | 旅行 | Comments(0)