京義中央線の終点、文山駅を訪ねる その2

e0160774_22400548.jpg
京義中央線の終点を訪ねる文山行きの続き。

文山駅の周りに何があるのか、五日市が立つという情報だけを手に駅を降り立った。

e0160774_22400637.jpg
駅前の通りから、人が歩いて来る方向へ向かう。軍の部隊が近くにあるのか迷彩服のお兄さんとよくすれ違った。駅前の通りにも階級章やら軍関係の店が多い。

少し行くと音楽が聞こえてきた。五日市の方向は合っていたらしい。
それにしても、期待したよりも面白そうな町だ。といっても特別な何かがあるわけではなく、私が好きな古ぼけた建物があるだけなんだが。

まず最初に目に入ったのは、チョンド・ファミリーコアというショッピングセンターの上に建てられたチョンド・ファミリーマンション。

e0160774_22362580.jpg
e0160774_22400686.jpg

上と下でデザインがはっきりと分かれているのもいい。名前や形式からして清凉里駅前にある現代コアと同じコンセプトなんだろうか。

テントが並ぶ市場まで来ると、他の建物群が目に入った。古ぼけ方から見て1970〜80年代だろうか。あれを撮らずしては帰れぬということで、妻に「後で電話する」と言い残してアパートを撮りに走った。

e0160774_22362636.jpg
e0160774_22362681.jpg
e0160774_22362649.jpg
e0160774_22362611.jpg

五日市のテントが並ぶ通り沿いにアパート団地があった。7棟のアパートが2列に並んでいるが、古ぼけ加減がほんとうにいい。アパートの側面には、韓国住宅公社のマーク。文山住公アパートで、後で調べたところによると、1980年築。


その隣にも古いアパート。こちらは1、2階が店舗となっているもので、側面に「文山複合商街アパート」と書かれていた。1990年築。


e0160774_22400547.jpg
このブログで最近よく言及する建築家のファン・ドゥジン氏によると、単独型の商街アパートは1980年には絶滅したということなので、1970年代に多く建てられた「商街アパート」とは違う概念なんだろうか?
これも古ぼけ方がすばらしくいい。

e0160774_22400534.jpg
裏にはむき出しになった電気関係の施設。大丈夫なんだろうかという心配よりは、「絵になるなあ」という思いが先立ってしまう。

e0160774_22400652.jpg


さらにその隣にはもっと大規模な住商複合施設。2階建の中央市場の上に大規模なアパートが載っている。
人通りの多い場所にあるため、住商複合になるのは当然なのだけれど、韓国の住宅の歴史と合わせて整理してみたいな。

e0160774_22400592.jpg

ここから少し行ったところには繁華街があった。そして繁華街の路地に入り込むと夜専用の街。

e0160774_22362600.jpg

さらに入ると古い住宅街に出たが、再開発地域になっているらしく、すでに空き家になっているところが多く見られ、街の雰囲気も閑散としている。それでもまだ残っている人は多いようで、再開発反対の旗もかかっていた。

e0160774_22362614.jpg
文山、まったく下調べもなく歩いてみたけれど、いろんなものが見えて面白い街歩きだった。もっと調べて行ったら見えてくるものがさらに増えてくるんだろうけれど、妻の話によると五日市が期待したほどでなかったらしく、再訪はないかも知れない。もしかしたら、非武装地帯に行くとかいいだすかも知れないけど。そういう唐突さが楽しいのだ。

[PR]
# by matchino | 2018-08-04 22:46 | 建築 | Comments(0)

京義中央線の終点、文山駅を訪ねる その1

文山。ソウル地下鉄の京義中央線の西側の終点。その駅の近くに五日市が立つということで、家族みんなで行くことになった。私が住む九里は京義中央線の比較的東の方にあたり、ほぼ2時間にわたる電車の旅だ。

龍山までは何度も行っているが、それから西の方は数回しか行ったことがないのでとても新鮮。

前から気になっていたDMC駅、水色駅は列車が集まるところで、景色が変わる。草生した何本もの線路の上に貨物列車が並び、ところどころに鉄道関係の車庫の古ぼけた屋根が見える。そしてその向こうにはキレイなオフィスビル。なんともいい風景!今度は降りて写真を撮ってこよう。

水色駅までは市街地だったが、水色駅を過ぎた途端に一気に田舎の風景に一転する。畑もあるけれど、田園風景というよりは放置された土地という雰囲気。といってもここはまだソウル市内。もう一つのソウルの姿を見て驚いた。

e0160774_22550689.jpg

その後も、変電施設があったり、また町が現れたりと、車窓を眺めていると飽きない。
畑がずっと続く所には大きな鉄塔が立っている。

そして少し行くと韓国地域暖房公社があって、何本もの煙突が並んでいる。

e0160774_22551039.jpg
鉄塔といい、煙突といい、とても気に入ったのでまた今度写真を撮りに来よう。

そしてついに文山駅に到着した。
さて、文山駅の周辺には何があるのか⁉︎
次回に続く!

[PR]
# by matchino | 2018-08-03 22:56 | 建築 | Comments(0)

ソウルの暗渠・蔓草川の話

蔓草川は流れる。
暗闇の中を。
都市の下を。

なぜか。それは暗渠になっているから。

韓国では暗渠化することを「覆蓋(ポッケ)」といい、暗渠を「覆蓋川(ポッケチョン)」という。
ソウルには無数の暗渠があるというが、その中でもいろんなストーリーを持った暗渠の代表は蔓草川(マンチョチョン)だ。
たとえば、西小門アパートが蔓草川の上に建てられたアパートだったり、霊川市場の下を流れていたり、その支流が米軍基地の中を暗渠化されないままに流れていたり。数年前には「漢江の怪物」が潜んでいたり。日本統治時代には「旭川」と呼ばれた。
鞍山と仁旺山の間にある毋岳峠(ムアクジェ)から流れる蔓草川は、ほとんど暗渠化されているが、三角地の付近で少し顔を出し、また地下にもぐって漢江に注いでいる。

昔の地図を見ると川の姿は残っているが、いつ暗渠化されたのかということが気になった。
おそらく何回にも分けて暗渠化されたのだろうが、なんとか調べる方法はないものかと思っていた。

そこで思いついたのが、ソウルの航空写真。
ソウル航空写真サービス(http://aerogis.seoul.go.kr/)という神のようなサイトに1972年から現在までの航空写真がアーカイブされているのだ。

まず、現在、蔓草川が暗渠となっていない部分を探してみた。
三角地の近くにあると聞いていたからだ。

あったあった。

e0160774_21360730.jpg

でも、ここは簡単に見に行ける場所じゃないな。
どこに行ったら見られるだろう。

次に見たのが1972年。
蔓草川の上に建てられた西小門アパートの使用承認が下りたのが1971年なので、果たしてほかの所がどうなっているのかが気になった。

e0160774_21372734.jpg

西小門アパートの向かい、すぐ上流の部分はまだ暗渠になっていない!
白黒ではっきりとは分からないけれど、橋があることから、暗渠になっていないことは間違いないだろう。

で、結局他のところには開いているところは見つからなかった。

e0160774_21403017.jpg

でも、現在も開いている部分の脇は、覆蓋工事が進行中のようだ。
これはもしかしたら、丁寧に見ていくと何かの手がかりが得られるかもしれない。
それから、この後、最後に残った開いた部分がいつ蓋をされてしまうのか、以前にはいつ蓋がされたのか、気になる。
また時間ができたら調べてみよう。

…と思っていたら、建築家であるファン・ドゥジン氏の著作「最も都市的な生活」には、1962年から1977年に暗渠化されたとあった。
まあ、こうして少しずつ謎解きしていく感じが楽しいのだ。


[PR]
# by matchino | 2018-08-02 21:49 | 街歩き | Comments(0)

講演「北韓の都市と建築」に驚愕!

北朝鮮の建築ってどんなんだろう。
数年前にベネチアビエンナーレ建築展の帰国展示で見たことがあるが、北における建築の流れについては考えたこともなかった。
そんな中で、「北韓の都市と建築」についての講演があるということで、さっそく参加してきた。

講義の開始時間には間に合わず、今回聴いたのは第2講「社会主義建築と金正恩の建築、その間」。
講演を担当するのは、なんと脱北者。「前・朝鮮労働党財政経理部39号室大成総局」という肩書きだった。朝鮮労働党の出身者ということで、北関係のニュースに出てくるような人を想像したが、30歳前後の韓国の普通の会社員を思わせる若い雰囲気で驚いた。会場からも驚きの声が上がっていた。

講義は北朝鮮の代表的な建築物の写真を見せながら説明を加える形で進められたのだが、印象に残った内容を書くと

・北の建築は100年後を考えて計画される。
・多くの建築物の名称に「人民」という言葉が入るが、人民のことを考えて建てたものはなく、最高指導者の気に入るものしか建てられない。

そして、彼が終始主張していたのは、「南の建築家たちは、統一されたら北でどんな建築を建てようかと思っているかもしれないが、北の人たちが望む建築を設計してほしい」ということだった。
彼の話によると、北の建築は、北の人民がその建物の形を見たらすぐに何の建物か分かる形をしているのだという。
たとえば、アイスリンクは毛糸の帽子の形だったり、学校は両手を広げて子供たちを迎える人の形だったり、科学館は原子の形をしていたり。
それに比べて南の建築は何の建物か分からないというのだ。南が北に建てた競技場もあるけれど、「美しくないので不評」なんだという。

後で質疑応答の時間に、建築家のファン・ドゥジン氏が、南でもかつてそのような試みがなされたことを説明し、それがあまりにも短絡的すぎると指摘した。それでも、ファン建築家は、それを北の民の率直な意見として受け止める必要についても強調していた。

講義を聞いていて思ったのは、南の人と北の人では建築に対する考え方がまったく違うということだった。
そして、それ以上に強烈に印象に残ったのは、その北出身の人の主張の強さ。「今のような南側のアプローチは間違っていますよ」といわんばかりだ。「最後に一言」といわれて「議論ばかりしている時ではありません。行動を起こすことが大事です」と訴え出す始末。そして、話をする目的意識がはっきりしているのを感じられる。頭もよさそうだし、訓練されているようにも感じる。これにはほんとうに驚いた。

このように主張が強いのは、彼自身の性格なのか、北の人たちがみんなそうなのか、いろんな修羅場を経験してきて切迫感を持っているのか、それは私には分からない。
それでも確かなことは、統一に向けての歯車が動き出した今、このような人々が隣人となることを想定して準備をしなければならないということだ。

うーむ、単なる建築に対する関心から来たのに、こんなに考えるようになるとは思ってもいなかった。
このような場を持とうと考え、実現した関係者の方々に敬意を表したい。

これから12月まで6回にわたって講演が行われるという。また行かねば。

[PR]
# by matchino | 2018-07-25 22:48 | 建築 | Comments(0)

〈康津旅行〉康津湾生態公園と「サマータイム」

e0160774_22020669.jpg

さらさら、くえっくえっ、ちゅんちゅん…。
廉津旅行で訪れた葦原は、騒がしく、そして静かだった。

若い同行者たちはきゃっきゃっとそれ以上に騒がしいので、ここに住むものたちの声を聴きに走った。
葦原の間を通る遊歩道を数百メートル走って、彼らの声に耳を傾けた。





見えたのはカニやムツゴロウ、そして遠くに飛ぶサギくらいだったけれど、もっとたくさんの生き物がいるんだろう。

e0160774_22020698.jpg
e0160774_22020618.jpg

あ、向こうで魚が跳ねた!
サマータイムだな…w



最近聴いた他のバージョンのサマータイムもよかったけれど、それは魚が跳ねてるか分からないので、私の愛するカエターノのサマータイムを。

e0160774_22020635.jpg

川の脇に建てられた建物の屋根もいい感じに光る。

e0160774_22020574.jpg

鳥を象ったような橋には天国に向かうような展望台。

e0160774_22020504.jpg

[PR]
# by matchino | 2018-07-20 22:16 | 旅行 | Comments(0)