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ソウルの暗渠・蔓草川の話

蔓草川は流れる。
暗闇の中を。
都市の下を。

なぜか。それは暗渠になっているから。

韓国では暗渠化することを「覆蓋(ポッケ)」といい、暗渠を「覆蓋川(ポッケチョン)」という。
ソウルには無数の暗渠があるというが、その中でもいろんなストーリーを持った暗渠の代表は蔓草川(マンチョチョン)だ。
たとえば、西小門アパートが蔓草川の上に建てられたアパートだったり、霊川市場の下を流れていたり、その支流が米軍基地の中を暗渠化されないままに流れていたり。数年前には「漢江の怪物」が潜んでいたり。日本統治時代には「旭川」と呼ばれた。
鞍山と仁旺山の間にある毋岳峠(ムアクジェ)から流れる蔓草川は、ほとんど暗渠化されているが、三角地の付近で少し顔を出し、また地下にもぐって漢江に注いでいる。

昔の地図を見ると川の姿は残っているが、いつ暗渠化されたのかということが気になった。
おそらく何回にも分けて暗渠化されたのだろうが、なんとか調べる方法はないものかと思っていた。

そこで思いついたのが、ソウルの航空写真。
ソウル航空写真サービス(http://aerogis.seoul.go.kr/)という神のようなサイトに1972年から現在までの航空写真がアーカイブされているのだ。

まず、現在、蔓草川が暗渠となっていない部分を探してみた。
三角地の近くにあると聞いていたからだ。

あったあった。

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でも、ここは簡単に見に行ける場所じゃないな。
どこに行ったら見られるだろう。

次に見たのが1972年。
蔓草川の上に建てられた西小門アパートの使用承認が下りたのが1971年なので、果たしてほかの所がどうなっているのかが気になった。

e0160774_21372734.jpg

西小門アパートの向かい、すぐ上流の部分はまだ暗渠になっていない!
白黒ではっきりとは分からないけれど、橋があることから、暗渠になっていないことは間違いないだろう。

で、結局他のところには開いているところは見つからなかった。

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でも、現在も開いている部分の脇は、覆蓋工事が進行中のようだ。
これはもしかしたら、丁寧に見ていくと何かの手がかりが得られるかもしれない。
それから、この後、最後に残った開いた部分がいつ蓋をされてしまうのか、以前にはいつ蓋がされたのか、気になる。
また時間ができたら調べてみよう。

…と思っていたら、建築家であるファン・ドゥジン氏の著作「最も都市的な生活」には、1962年から1977年に暗渠化されたとあった。
まあ、こうして少しずつ謎解きしていく感じが楽しいのだ。


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by matchino | 2018-08-02 21:49 | 街歩き | Comments(0)
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