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韓国で唯一、清凉里駅の扇形車庫

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機関車トーマスに出てくるような扇形車庫が清凉里駅にあるという。
たまたま、近代建築系の友達と「清凉里を歩きに行こう」と
いうことになったので、行ってみることにした。
前にストリートビューで見た時は、
道路側からは塀に遮られて見えないような感じだったが、
駅から出る陸橋の上から見られるかも知れないと、陸橋に希望を託した。

京議中央線の清凉里駅2番出口を出て、左側の陸橋へ向かう。
陸橋を渡る前に見渡すと、古い煙突が何本も立っているのが見えた。

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お、さっそく見つかった!
転車台はなくなって、その周りに扇形に並んでいた車庫も
一部が残るのみとなっていると聞いたが、
2〜3間ほどしか残っていないのだろうか。
近くから見られるかは分からないが、とりあえず陸橋を渡ってみた。

陸橋を降りて、駅の外側から車庫の方へ向かう。
するとすぐに古そうな煙突が現れた。

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何の用途に使われていたものかは分からないが、
統治時代に建てられたものではないかと推測してみる。

塀の上に手を伸ばして、塀の向こうを撮ってみる。

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その時、一緒に行った、韓国古建築散歩のりうめいさんが言った。
「前に入ったけど、入っちゃいけなかったのかなあ?」

え?入ったの?

りうめいさんは、以前に訪ねた時、
入り口が開いていて、入って写真を撮ってきたという。
普通そういうところは一般人は立ち入り禁止だよなあ…。
しばらく歩くと入り口が現れた。

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門は大きく開かれており、「立ち入り禁止」の表示もない。
おそるおそる入ってみると、近くに職員らしい人もいたが、
こちらのことを何も気にしていないようだ。
「大丈夫みたいだね…」
と、ドキドキしながらも車庫の方へ。

間もなく目の前に現れた車庫。
隣の区間が撤去されて、開口部はそのままになっている。
今は車庫としては使われていないらしく、その中に新しい建物が建っている。

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扇形車庫について調べてみると、
蒸気機関車の時代に使われていたものらしい。
蒸気機関車は前後ろがあるため、
車庫に入れる時は方向転換して入れなければならない。
そのため、転車台が必要になり、
転車台の周りに扇形に車庫が配置された。
扇形にしたのは敷地の有効活用のためだという。
ディーゼル機関車が登場してからは方向転換する必要がなくなり、
扇形車庫は役目を終え、多くの扇形車庫は姿を消した。
清凉里駅に残るこの扇形車庫は韓国で唯一残るものだという。

外側はレンガの外装となっており、窓が大きくとられている。
これは、機関車が黒いのと煤の黒のために、
明るさを確保するために必要なのだという。

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後ろの方に回ってみると、文化財の解説のプレートがあった。
解説によると、1938年に建てられ、
「ソウル清凉里駅検修車庫」という名で紹介されている。
元は27間あったが、現在は3間だけが残っている。
国の登録文化財に指定されているが、3間だけになってから文化財に指定されたのかなあ。
全部残っていたら壮観だっただろうに。

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隣の建物も同じくらいの時期のものだろうか。
なかなか古そうでいい。

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ちなみに、後から調べてみると、敷地内に入るのは一応断らないといけないらしい。
入り口の守衛さんに「見学させてください」といえばいいらしいのだが、
守衛さん、いなかったし、大丈夫だったんじゃないかな…?

# by matchino | 2021-07-03 20:34 | ソウル | Comments(0)

永登浦の東南アパートで怪しげな劇場に潜入

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再び永登浦を訪れた。
楊坪洞にある営団住宅を見に行き、そこもとてもよかったのだが、
ついでに行ったところが衝撃的だったので、それについて書いてみよう。

その「ついでに行った」場所は、前回訪れた東南アパート。
前回はアパートの下の階にある商店街を見て来られなかったのだが、
同行者がいる勢いで入ってみたのだ。

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永登浦伝統市場の中に建つ東南アパート。

一階に入ってみると、すぐに現れたのは、「休憩室」と看板が出ている店。
「巨木休憩室」と書かれた下に「ミニ・コーヒーショップ」とある。
「巨木」なのに「ミニ」なんだ。
中からはオレンジ色の光が漏れている。
入ってみたいけど、中から出てきたおばさんがぴしゃりとドアを閉めた。

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しかたなく、さらに奥に入っていくと、
またまた「休憩室」が出てきた。
ドアには「ビール・コーヒー」とカッティングシートで書かれている。
少しドアが開いていて、中をチラッと見ると、
常連ぽいおじいさんおばあさんたちが楽しそうに談笑している。
本物のレトロにとてもそそられる。
でも「ふっかけられたらどうしよう」とか思って入れない。

その向かいも「休憩室」、少し行くとまた「休憩室」と、休憩室だらけ。
ここはおじいさんおばあさんたちの溜まり場なんだ!

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入ってみたいのに入れないもどかしさを抱えて2階へ。
側面になんともそそられる店名が書かれた古い階段を上る。
両側から上がれる構造が面白いな。

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階段の踊り場の壁には「今日のプログラム」という掲示板がかかっていて、
プンバやら歌手やらのポスターが並んでいる。

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上の階からは誰かの歌声が聞こえてくる。
3階まで上ると、「PLAZA 劇場」と書かれた店。
先ほどのポスターの店らしい。
ドアには「プンバカクソリ公演場」という貼り紙。
モニターにはライブ映像が流れていた。

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気になる…!
入ってみたい…!

中を見てみると、カウンターに「入場料2000ウォン」とある。
どうしようかと思っていると、韓服を着たおばさんが出てきた。
「若いお姉さん、お兄さん、どうぞどうぞ」と、
誘われるままに入ることに。
映画でしか見たことがなかったこういう空間に入れるなんて!
先ほどのおばさんに聞いてみた。
「ここはどのくらいになるんですか?」
「前は成人劇場だったのを、5年前から私たちがやってるんだよ」

劇場の中に入ると、舞台で派手な色の服を着た女性が歌っている。

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赤い客席には5、6人のおじいさんとおばさんが一人。
おじいさんの一人は前の方に出て踊っている。
こういう公演が毎日ここで行われているんだろうなあ。
それにしても、入場料2000ウォンでやっていけるんだろうか。
2000ウォンだから客が入るのかもしれないけど。

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後で検索してみると、「プルンクッチャン(青い劇場)」というこの劇場、
Youtubeにたくさんの動画が上がっていた。
全国各地の祭りを周りながら地方巡業もしているらしい。

永登浦のシルバーカルチャーを堪能した日だった。
数年前にこれ系の街歩きに誘われた時は行かなかったのに
この面白さが分かるようになってきたなあ。
今度は「休憩室」に入ってみたいな…。

# by matchino | 2021-06-20 11:27 | ソウル | Comments(0)

玉泉庵の白い摩崖仏

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白い磨崖仏を見に弘恩洞を訪ねた。
玉泉庵(オクチョンアム)という寺。
写真を見ると、白く色が塗られていて、
最近塗られてしまったのかと思ったが、
実は昔から白く塗られているとのこと。

光化門からバスに乗って北上し、
洗剣亭路に合流したところでバスを降りた。
停留所の向かいに見える高台のアパート。
イェグリーンアパートという名で、1975年築。
怪しげな雰囲気なので見に行きたかったが、
妻もいっしょだったので、次の機会に。

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交差点の近くには立派な韓屋。
近くまで行ってみると、石坡廊という宮廷料理の店。
あ、ここは昔、付岩洞を歩いた時に来たなあ。

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ここから弘済川に沿って洗剣亭路を西に向かう。
途中で見た「弘智門」。
蕩春臺城という城郭の門だという。
うーん、まだまだ知らないことはたくさんあるな。

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またしばらく歩いていくと、弘済川のほとりに寺が見えてきた。
玉泉庵だ。

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弘済川に架けられた橋の向こうに目当ての白仏が佇んでいた。
普渡閣という建物に覆われている。

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白く塗られており、目や髪などは黒で、唇と装飾品は朱色で描かれている。
磨崖仏がいつ頃に刻まれたかは未詳で、
朝鮮末期から「白衣観音像」とか「白仏」と呼ばれていたという。
朝鮮を建国した太祖・李成桂がここで祈祷したとか、
興宣大院君の夫人が息子である高宗のために祈祷したといわれている。

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朝鮮末期に朝鮮を訪れた外国人たちは、
「White Buddha」と呼んで珍しがり、
彼らが撮った写真が何点が残っているという。
日本で浮世絵を学んだイギリスの版画家である
エリザベス・キースもこの白仏を版画に描いた。

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山の中の谷間を流れる川のほとりの白い仏。
当時の人たちはどんな思いでこの仏を眺めたんだろう。
車がひっきりなしに通る道路がすぐ近くにあるけれど、
川のせせらぎによって車の騒音が緩和されている。
川が階段式に整えられているのは
せせらぎを増幅させるための装置なんだろうか?

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寺を一巡りしてから川沿いを散策し、
弘済駅に向かうバスに乗った。
洗剣亭から弘済川に沿っていくこの道、
散策するにもなかなかいいコースだな。
マチノアルキのコースにしてみるかな…。


# by matchino | 2021-06-06 18:19 | ソウル | Comments(0)

議政府2洞聖堂と駐韓米軍韓国人労働組合

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議政府を訪ねるのは何年ぶりだろう?
出入国関連で何度か訪ねたことはあったが、
最近は場所が変わって行く機会がなくなっていた。
今回は訪ねるようになったのは、
議政府2洞聖堂を訪ねるため。

地下鉄1号線の議政府駅を降りると、
前に訪ねた時とはまったく違っていて驚いた。
駅ビルには巨大な新世界百貨店がそびえ、
軽電鉄の高架が街を巡っていた。
こんなビルの林の中に
1950年代に建てられた聖堂があるんだろうかと思ったが、
駅からしばらく歩くと住宅街に入り、
閑静な聖堂の敷地が現れた。

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門を入ると正面に石造りの聖堂が見える。
尖塔の上に十字架が掲げられたゴシック聖堂。

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1953年8月29年完工ということなので、朝鮮戦争のさ中に建てられたわけだ。
正面のプレートには「Miracle Heart of Mary 瑕疵なき聖母聖心聖堂」とある。

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窓のステンドグラスが美しい。

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聖堂の中では何かの講義が行われており、
中では写真を撮りにくかったので、外からちらっと。

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聖堂もよかったけれど、入口のすぐ脇にある建物もなかなかいい。
いつくらいに建てられたんだろう。
屋根の三角形の窓がかわいい。

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そして、なんといっても聖堂の敷地がきれいに整えられており、
とても気持ちがよい。

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信徒たちの精誠が込められた空間だと感じられる。
他にもあるような石造りの聖堂で、
わざわざ訪ねる価値があるだろうかと思いながらの訪問だったが、来てよかった。


議政府で見てみたいものは実はもう一つあった。
それは、駐韓米軍韓国人労働組合の建物。
聖堂から線路の反対側に行かなければならない。
近道を通ってみると、そこは再開発予定地域のようだった。
赤系統の看板の遊興飲食店が並んでいるが、
ほとんど営業はしていないようだった。

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そして夜に歩いたら危なそうな地下道を通って線路の反対側に出た。
こちらは繁華街がけっこうな規模で広がっている。

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大通りを北上すると間もなく労働組合の建物が見えてきた。

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1964年に建てられた、駐韓米軍韓国人労働組合の建物。
今は、1階がバイク屋になっているが、
2階から上は他の事務所が入っているんだろうか。

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正面の台形の上に労働者のレリーフとロゴがつけられている。
レリーフもロゴもロシア構成主義のポスターを思わせる感じでとてもよい。
こういうレリーフの作風の流れについても研究してみたいな。

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# by matchino | 2021-05-30 21:13 | 京畿道 | Comments(0)

奨忠洞の古い住宅地を歩く

またまたなくなってしまった。
奨忠洞の文化住宅が。

奨忠洞での喪失について書いたのはこれが2回目だな。

奨忠洞でマチノアルキをしようとして
下見に行った日のことだった。
変化の激しいソウルの街では、
昨日あったものがなくなったりということが多いため、
何度も歩いたコースであっても下見アルキをしたおかないといけない。
まあ、なくなったものがあったとしても、
現場で「前回はあったんですけどねえ」といってもいいのだが、
下見をしておくと毎回新しい発見があり、
それが当日のアルキに反映できている。

というわけで、なくなったのはこの家。

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同じようなスタイルの家が4~5軒並んでいて、
2018年くらいまでは家の前の路地に入ることができた。
おそらくパラダイスグループの所有になっていて、
人は住んでおらず、倉庫として使われているようだった。
昨年訪ねたときは家自体は健在だったが、
その路地がふさがれており、ちょっと不安だった。

今回のマチノアルキを企画したとき、
ふと不安がよぎったが、その予感が的中してしまったわけだ。
パラダイス系列のホテルが建つらしい。
もっと写真を撮っておくべきだった…。

呆然としながらその周辺を歩く。

丘を越えたあたりにある泰光(テグァン)産業の建物がかっこいい。

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そして、ふとその隣に瓦屋根を見つけた。

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そういえば、この辺りは日本統治時代の家屋があるはずだ。
以前、建物年代地図を見て訪ねてみようと思っていた場所なのだ。

もう少し歩いていくと、塀にこの周辺の地図が描かれていた。
そして地図のところどころに家のイラストがあり、数字が記されている。
どうやら数字はその家が建てられた年代だろう。

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なんと、ほとんどが1930年代。
1936年にソウルが拡張されるが、
その前に住宅地として開発されていたのだろう。

実際に回ってみると、この地図のすぐ隣のブロックにも
古い家屋がたくさん見つかった。

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韓国古建築散歩のりうめいさんの話によると、
この家は朝鮮総督府の職員の官舎だったとか。

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この家の窓もいいが、手前に停まっている車は起亜の「プライド」だ。

住宅街ではないが、大通り沿いに見つけた「関聖廟」。
関羽を祀った祠なんだという。
東廟も関羽を祀るところだというが、関係があるんだろうか。

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歩けば歩くほどいろいろなものが見えてくるもんだなあ。

# by matchino | 2021-05-08 12:27 | ソウル | Comments(0)