水原・水原駅の給水塔

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水原建築散歩、最後の目的地は水原駅の給水塔。
なのだが、その前に行ってみたいところがあった。前回、バスで水原駅を訪ねた時にバスの窓から見えた教会。バスで水原駅に到着する直前に見えたのだった。
水原駅周辺の、赤い光が男たちを誘う町の向かいにその教会はあった。

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ずらりと並ぶ縦長の窓には擬似ステンドグラス。中から見たらどのように見えるだろうか。
知り合いはこの教会の写真を見て「ケーキみたい」と表現したが、私は違うものを想像した。「ゾウの歯みたいだな…」ちょっと気持ち悪いけど、昔から感覚が不思議なのでしかたがない。

1972年に建てられ、閔建築のイム・ジョンスンという人が設計したらしい。
ソウル農大の学生と鮮京織物の職員などが多かったと資料にはあった。
鮮京織物って何だと思ったら、今のSKグループらしい。
鮮京織物の漢字を調べる中で、韓国の「鮮満綢緞」と日本の「京都織物」の合弁会社だということが分かったが、韓国側のネットではなかなか詳しい情報が出てこない。日本語のWikiにはしっかり書いてあるのに…。
2004年の京畿道の近代文化遺産の調査資料によると、元・鮮京織物の敷地に昔の建物が残っていたらしいが、もうなくなってるのかな…。


そしていよいよ給水塔へ。

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韓国の古い駅に行くと給水塔が残っているところが多く、私も今まで安東、原州、慶州駅の給水塔を見に行ったが、水原駅の給水塔が珍しいのは二つの違うタイプの給水塔があること。赤レンガの寸胴の給水塔と、コンクリート造のスマートな給水塔の二つだ。
共に1931年に建てられたもの。
この二つの違いは何かと調べてみたら、赤レンガのものは狹軌線の汽車に使うものということ。鉄道のことはよく分からない…。

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いくつもの給水塔を見てきて、だいたいが同じ形をしているので、ちょっと飽きてきたなーと思ったけれど、実際に目の前にするとやっぱり見にきてよかったと思う。
産業遺産ってなんでこんなにいいんだろうな。

# by matchino | 2019-01-17 22:43 | 京畿道 | Comments(0)

水原・西屯洞聖堂とソウル農大

農村振興庁からソウル農大まで行く途中に見てみたかったのが、西屯洞(ソドゥンドン)聖堂。
聖堂建築って不思議な形をしているものがときどきあるが、これも変わっていてとても気になっていた。

地図でだいたいの位置を確かめながら歩いていくと、特徴のある鐘塔が見えた。
道が入り組んでいて、ストレートに行くことはできなかったけれど、なんとか到着した。
高台に建てられて、高さ18mの塔があるため、竣工した1969年にはそうとう目立ったのではないだろうか。

塔も特徴的だけれど、礼拝堂自体も変わった形をしている。
赤レンガの壁の上に採光用の窓があり、韓国式の瓦屋根が乗っているが、三角形の窓が組み合わさっていてかっこいい。屋根を支える柱の上部も韓屋の栱包(コンポ)を思わせる形になっている。
写真を撮ると、レンガの壁に電柱の影が落ちて絵になる。

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礼拝堂の裏に回ると四角い鐘塔が現れた。
こちらも栱包の上に瓦屋根。

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意外だったのが、塔が入口になっていること。塔から礼拝堂に入るようになっていた。
礼拝堂の扉が開いていたので入ってみたが、なんと、今は礼拝堂としては使われていないようだ。
天井も塞がれていて、採光用の窓も見えない。2階に上る階段もなかった。

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あの窓はなんだろうかと思い、後から検索してみると、昔の写真が上がっていた。

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(写真と図面はこちらのサイトからキャプチャー)

昔は窓から光が入ったし、屋根の構造まで見えるようになっていたのだ。
これを塞いでしまったのはとても残念。
でも、この写真を上げているサイトの説明によると、光が入りすぎて散漫だったとのこと。
その他にも、聖堂としていろいろな不便な部分があったという。
そういったことを考えると、現在は使われていない建物が今でも残されているということ自体が貴重なことといえるだろう。


聖堂を後にして、元・ソウル農大へと向かう。

聖堂の前にあった集合住宅。
「宮殿」と書いたフォントがかっこいい。
宮殿ってすごい名前だなと思っていたら、下に小さな窓があって、宮殿っぽい装飾が。笑

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途中にあった家。どんな人が住んでいたんたろう。

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ソウル農大については前に書いたので、こちらを。

今は「京畿想像キャンパス」というプログラムで使われているが、大学だった頃の建物がリノベされている。
でも残念だったのはこの建物。
そうとう古いらしくて、蔦が絡まる姿がとても絵になっていたのに、蔦が全部はらわれてしまっていた。

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もう一つ気になったのは、金煕春(キム・ヒチュン)が設計した講堂。
以前ここを訪ねたのはこの講堂を見るためだったのだが、リノベ工事中だった。それがどうなったのか気になっていたのだ。
で、工事はそうとう進んでいるようだったけれど、ナニコレ!なんだか前に見たいい雰囲気がまったくなくなっている!
ああ、ここに来る理由が一つなくなったな…。でも、オープンしたらどうなるのか気になるのでまた来ることになるだろうな。

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水原建築散歩、まだ続く!

# by matchino | 2019-01-13 17:56 | 京畿道 | Comments(0)

水原・農村振興庁の建築がかっこいい

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水原にこんなに通うことになるとは思ってもみなかった。
去年だけで5回行っていて、そのたびに建築探訪が1ヶ所は入った。
で、今回訪ねたのは元・農村振興庁の建物。以前訪問したソウル農大の近くに建てられた庁舎だ。
知り合いの建築研究家がSNSに上げているのを見て、これは見に行かねばと思ったのだった。

地下鉄1号線に乗って、水原駅の一つ前の華西(ファソ)駅で降りる。東側はアパート群、西側は西湖(ソホ)に面した西湖公園が広がっている。
この一帯に農業関係の研究機関が置かれたのは朝鮮時代の正祖の時代に遡る。後になって日本統治時代にも朝鮮総督府は近代農業を伝授するための勧業模範場を設置し、解放後はソウル大学の農科大学(学部)とその背後団地として農村振興庁が設置された。
政府が主導した事業であったため、当時名のしれた建築家たちが庁舎の設計を手掛けた。

農村振興庁は全州に多くの機関が移ったが、当時の建物がいくつか残っている。
駅から出てまず見えるのは農民会館。1971年竣工。

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2階までの水平方向に長い建物の上に10階建が載っている形。
窓の形がいいなあ。

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この建物でぜひ見たかったのが、裏にある非常階段。
機能重視の素朴な形でありながら、何かのオブジェのようなのが螺旋階段の不思議なところ。
思わずいろんな角度から撮りまくってしまった。

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西湖を眺めながら次の目的地へ。
たくさんの水鳥が生息していて、ときどきびっくりするほどの音を立てて飛び立っていた。
西湖は桜の名所でもあるらしいので、春になったらまた来るかな。

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広いグラウンドがあって、その脇にあるのが1961年竣工の農村振興庁本館。
金正秀(キム・ジョンス)の設計。金正秀の作品といえば、私の中では延世大の学生会館。

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グラウンド側は建物の裏側なのだけれど、水平方向に長い窓が印象的だが、横に長い窓が並ぶ中で縦長の窓がリズムを作っている。

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側面に回ってくると、おお、さらに横長の窓! ル・コルビュジエが提唱した「近代建築の5原則」の「横長の窓」を忠実に行なっているわけだ。

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正面に回ってきてさらに驚いた。
長い建物の端から端まで中央の入り口を除いてずっと窓が途切れることなく続いている!

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そして、中央の入り口の前にある、キャノピーというべきだろうか、T字型の雨よけ!
飛行機の翼を思わせる軽やかなデザインがかっこいい。

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柱も逆三角形で、アシンメトリーで、とてもスタイリッシュ。

それにしても長い建物だ。
正面の側は1階が地平面よりも下になっているため、2階分しか見えず、さらに横長なのが強調されている。

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夢中で写真を撮っていると、中から人が出てきた。
さっきから写真を撮る撮っているようですけど…」
「ああ、建築がとても美しくて」
「建築に関心があるんですね。どこかの記者かと思ったんですよ」
その人は、ここが昔は農村振興庁だったけれど、今はほかの多くの機関が入っていることを教えてくれた。


本館の隣にあるのは図書館。
1970年に竣工で、金熈春(キム・ヒチュン)の設計。
こちらも中央の入口の両側でまったくデザインが違うアシンメトリーな設計。

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ディテールも多様で楽しい。
ぐるりと周りを回ってみたが、一つとして同じ面がない。

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このH字型の突起はなんだろう? 気になる。

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今は使われておらず、さっき会った職員の話によると撤去されるのではないかということ。なんとか残ってほしいなあ。

農村振興庁を出て、ソウル農大がどうなっているのか気になったので行ってみることに。
ところが、ソウル農大に行く前に見ておきたいものがあった。
それは何か? 次回のお楽しみ!

# by matchino | 2019-01-07 22:54 | 京畿道 | Comments(0)

ソウル歴史博物館の展示「ディルクシャと琥珀のネックレス」

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私がもっとも愛する博物館、それはソウル歴史博物館。
昔は博物館なんてほとんど関心なかったけれど、ソウルで街歩きをするようになってから、ソウル歴史博物館がどれほど面白い博物館かということを知った。
常設展もいいけれど、毎回二つずつ開かれている企画展がすばらしく、一つの展示を2〜3回は訪ねて解説の一つひとつを読んでいる。
展示を見ながら、学芸員になったらよかったと、今更ながら人生を後悔したりもする。

で、いつも興味深い企画展示なのだけれど、今回の展示は特に紹介したくて書いてみることにした。
展示のタイトルは、「ディルクシャと琥珀のネックレス」。
以前もこのブログで紹介した洋館「ディルクシャ」に関する展示だ。
ディルクシャとは、日本統治時代の朝鮮半島で鉱山を営んでいたアメリカ人のアルバート・W・テイラーと彼の妻で元俳優のイギリス人、メアリー・L・テイラー夫婦が住んでいた家。
太平洋戦争が始まることで、1942年に彼らは国外追放となり、この家の正体は謎に包まれていたが、ある大学教授が彼らの息子であるブルース・テイラー氏から依頼されて彼が韓国で両親と共に暮らした家を探す中で、2006年、ディルクシャが彼らの家であったことが確認されたのだ。
テイラー夫妻の韓国での体験はメアリー・テイラーの自伝「琥珀のネックレス」に詳しく書かれている。

これはその自伝の原稿。
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2015年にブルース氏は亡くなったが、2016年にその娘のジェニファー・テイラー氏がディルクシャを訪問。ソウル市はこのディルクシャを復元することに決定した。そしてジェニファー氏は祖父母の遺品をソウル歴史博物館に寄贈した。
今回の展示は寄贈された1026点に及ぶ遺品と共にテイラー夫婦に関するエピソードを綴っている。

テイラー夫婦の収集していた韓国の骨董品や、
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ブルース氏が生まれた1919年に彼のベッドの下に隠されたという3・1独立宣言文、
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テイラー氏が撮影した高宗の国葬の写真など、貴重な遺品がたくさんある。
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そしてメアリー・テイラーの自伝「琥珀のネックレス」に登場する琥珀のネックレスも展示されている。
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企画展の期間は2019年の3月10日まで。
この展示とともに、ディルクシャもぜひ訪ねてみてほしい。

おまけ。
スカルを見て、パンクかゴシックかと思ったら
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セブランス連合医学専門学校の卒業アルバム。

なぜこれが展示されているかというと、当時、南大門の近くにあったセブランス病院の写真が収められているんだとか。
メアリー・テイラーがセブランス病院で息子を産んだときに高宗の国葬を目撃したとのこと。

# by matchino | 2019-01-03 22:20 | 展覧会 | Comments(0)

〈釜山旅行〉思ったよりも面白い! 龍頭山に登る道 その4

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釜山・龍頭山の周辺を歩く旅、夜アルキ編が入ってしまったが、昼アルキの後編。※前編はこちら

龍頭山は今はタワーが建っているが、日本統治時代には神社があったという。その遺構は無くなっていたとしても、階段ぐらいは残っているのではないかと思っていた。
解説士が教えてくれたのが、ここに「草梁倭館」という機関があったということ。

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17世紀、日本との交易を担当した機関で、1876年に江華島条約が締結されて日本公使館が設置されるまで草梁倭館があったという。
やっぱり釜山は昔から日本との関係が深かったのだなあ。
そして、夜に見つけて「もしや神社の階段か?」と思っていた階段は草梁倭館のものらしい。こりゃ神社の古さどころじゃないというわけだ。
その脇に見つけた空き地は、木は生えているけれど平地されていて、家か何かの建物があったのだろうと推測できる。いつ、何があったのか、そしてなぜ跡形もなく消えてしまったのか、気になるなあ。
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タワーに登ってみた。

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展望台からとりあえず自分の興味ある部分を切り取る。
それにしても、釜山の街は海あり山ありで変化があって、空から見ても面白いな。街と山と川しかないソウルよりずっと面白い。
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国際市場の方向

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夜に歩いたあたり

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気象台

タワーから出て、歩き疲れたのでカフェで休憩をと思い、昨日見つけた漢城銀行の建物に行ってみることに。
でも、あの暗闇の中で見た雰囲気とはだいぶ違う…。この色は何…?

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誰かが言った。
「夜はいろんなものを魅惑的に見せるんですよ。女性も同じ…」

その他にもところどころに興味深い建築が。
釜山、もっと歩いて、街の歴史についても研究してみたいな。

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# by matchino | 2019-01-02 22:57 | 釜山 | Comments(0)