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UE11と中渓洞のアパート

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少し前の話だが、UE11に行ってきた。
UE(Unlimited Edition)はアート系独立出版を集めた祭典。
毎回、出展者、観覧客共に増えて、私が訪ねた日曜日もたくさんの人でごった返していた。

実は私も今年出展しようと申請したが、審査に落ちてしまった。
審査に落ちたのは、もしかして、日韓関係のせい? とか思ったが、
しっかり日本からの出展者もたくさんいて、
私のコンテンツの弱さであることが明らかになった。
まあ、出演希望者がとても多くて狭き門だったようだけれど。
現実を目の前にして落ち込んでしまったので、UE11の写真はまったくなし!笑

でも、興味深い人たちを見つけたので、ここにシェアしておこう。

・マガジンパノラマ
韓国の美しい建築についての雑誌で、7号まで出ているという。
これは買いだ!

・ソウルの現代を探して
いつもすばらしい調査力でツイッターにソウルの建築についての情報を上げている。
今回は「ソウルの失われた建築たち」という冊子を販売していた。

・CDAPT
アパートの写真を撮りまくっている方。
それぞれのテーマを冠した3冊のアパート写真集があって、
悩んだ末に第3巻の「角」を買ってきた。

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UE11の会場である北ソウル美術館は1年ぶりの訪問となるため、
その周りに何か面白いところがあれば訪ねようと思っていた。

今回出展した知り合いに訊いてみようかと思ったが、
行ってみると、なんだ、このアパートだけで面白いぞ!
去年に来た時はアパートばっかりでつまらない街だなと思ったが、
その同じアパートが面白く見えるなんて!

それぞれのアパートで角のディテールが少しずつ違ったり

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アパートとアパートの間に見える風景が面白かったり

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同じ形のアパートがいくつも並ぶ姿に東欧っぽさ(行ったことないケド)を感じたり。
(途中に入る煙突がまた絶妙!)

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風景の切り取り方って重要なのかも知れないなと思った。
写真たくさん撮ろう。

# by matchino | 2019-12-06 21:34 | ソウル | Comments(0)

富平の「三菱社宅」で出会った人の話 後日談

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富平の三菱社宅訪問の後日談を。

マチノアルキで富平を訪ね、三菱社宅を再訪した。
三菱社宅の保存運動をしている男性に連絡して
案内していただくことにした。
ところで、訪問する数日前に連絡が来た。
「放送局に取材をしてもらおうかと思うんですが、大丈夫ですか?」
日本人がこの場所に関心を持っているということは、
保存運動に肯定的な話題を作り出すのに助けになるんだろう。
参加するメンバーに確認して承諾することにした。

当日、午後4時に私たちを待ち構えていたのは、
東亜日報系列のケーブルTVであるチャンネルAと
「Hello TV」というCJ系の放送局。
保存運動の男性と挨拶して、自由に見学した後、
共同トイレと屋根の構造が見える部屋を案内してもらうことにした。

まだ人が住んでいる部屋もあるけれど、
今回は許可をもらったので、気兼ねなく見学させてもらった。
私たちが見学している姿をカメラがずっと凝視している。
身振りを加えながら、
建築についてああだこうだと議論する演技を一生懸命した。
誰に頼まれたわけでもないのに…。笑

前回は外から見ただけだった共同トイレに入らせてもらった。
なんと、今も住んでいる2世帯が使用しているという。

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次に屋根の構造が見える部屋を見せてもらった。
もともとあった2部屋と、
庭に増築してつくった1部屋の3部屋の家だ。
そのうち真ん中の部屋の天井が崩れていて、屋根が見えている。
とても簡素な木組みの屋根だった。

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屋根裏は全世帯がつながっている。
木材はとても細く感じたが、
そのうちでも太めの梁には「三五」という字が書かれていた。

同行した人たちの中で、上から見てみたいというリクエストがあったので、
どこかに登れるところはないかと訊いてみると、
近くの5階建の集合住宅の屋上に上れるように話をつけてくれているという。
さっそく上がってみた。
屋上から眺めると、
手前には三菱社宅を壊して建設中の住民センターと文化施設。
そしてその向こうに三菱社宅が見える。

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現在、4列の社宅が残っているのが分かるが、
右側の2列は駐車場になることが決まっている。
そして残る2列もいつなくなってしまうか分からない状況だという。
ちなみに手前に建設中の文化施設は、
三菱社宅の遺物を展示する予定なんだという。
まだ残ってる部分があるんだから、それを残して活用しろよな!

屋上から眺めた後は、社宅の前でインタビュー。
同行した駐在員の方がインタビューさへることになった。
日韓関係に関する敏感な質問は避けてもらえるように要請したというのに、
「徴用工が住んでいたという社宅を見てどう思いますか?」とか微妙な描き方。
どういう意図でそんなことを聞くんだ? と思ったが、
駐在員の方はうまく答えていた。さすが!

あとはTV局の方でどう編集されるか、だが、
TV局側の意図もこの社宅を
「日帝許すまじ」と主張するための場所としてではなく、
歴史的・文化的遺産として接することだったようで、
そのように編集されていた。
よかったよかった。




それにしても、あれだけ一生懸命演技したのに、
私が出てくる場面は「ああ、ほおお」と相槌をうつばかり。
ナゼナンダ…!

この後、保存運動をしている男性の事務所で話を聞いた。
いろいろな興味深い話が聞けたが、私が印象に残ったのは建築技術のこと。
建築の専門家によると、家の側面の屋根のすぐ下にある窓は通気口で、
これがあることによって木材が腐らずに長持ちするんだという。
統治時代に建てられた官舎や軍関係の施設によく見られるが、
これは日本ならではの技術なんだとか。
それから、専門家が見ても解体前には分からなかったことがある。
それはなぜ築80年ほどになるこの家が崩れずに建っているのか。
解体した後に分かったのは、建物の敷地に頑丈な石が敷かれていたこと。
それによって、長く残されてきたというのだ。
現在、屋根が崩れたりしているところは、補修の時に材料や工事が悪かったためだという。

いろいろな意味で保存する価値があるこの社宅。
保存運動をしている人たちの努力が実ってほしいものだ。

※一番上の写真はいつもマチノアルキに参加してくださっている
 こちらのブログのtakaboneさんより。

# by matchino | 2019-12-04 22:20 | 仁川 | Comments(0)

富平の「三菱社宅」で出会った人の話 その2

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富平に残る三菱社宅を訪ねたが、
思いがけずに「たくさんの資料を持っている」という一人の男性に出会った。
どういう人なのか分からないうちに、三菱社宅を見にきた旨を伝えると、
こちらへどうぞと社宅に招かれた。

三菱社宅の概要については前回の記事を参照。

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社宅の間の狭い路地は数人のおじさんがセメントで補修していたが、
それを避けながら、男性に導かれるままに社宅の一件に入った。

工事現場の事務所のような雑多な部屋の中には大きな机が置かれ、
机の上にパソコンが乗っていた。
「徴用社宅について私がまとめたYoutubeの動画があるので見てください」といって、
お茶を入れてくれた。
動画は、三菱社宅の歴史と現在、
そして三菱の工場に徴用されて働いていた人たちの話だった。
普通に社員を募集したのではなく、徴用されていたということがショックだった。
この男性の母方の叔父さんも徴用で三菱工場で働き、
体を壊してなくなったという。

動画を見終わって、最も気になっていたことを聞いてみた。
ここで何をしているのか。
男性は語り始めた。

私は富平で公務員生活をしていましたが、
今は趣味でこの研究をしています。
きっかけは、三菱に徴用されて、
ここに住んでいた叔父のことを知ったことでした。
社会でよく言われているように、
当時、徴用された人たちはひどい扱いを受けたと。
しかし、さまざまな資料を調べ、住民にインタビューしていくと、
そんなことはなかったとわかりました。
この社宅は、韓国人と日本人が一緒に暮らしていた意味ある場所なのです。
日本人が残した工場や鉄道なども韓国の発展に役立ちました。

日本人相手だからそう話しているのかと思ったら、本当にそう思っているようだった。
そして、社宅が次々に新しく建て替えられていっていう状況の中で、
この社宅は残すべきだと社宅の一件を買い取って研究を始めたのだという。
今まで文化財として登録したり言論に訴えたりすることで
建築遺産を残すための運動をしているのは聞いたことがあるが、
実際に家を買って運動しているケースに接するのは初めてだ。

そうして買い取って事務所としている家を見せてくれた。
家の構造は、土間と部屋が一つ。
広さは6坪。
朝鮮住宅営団が建てた住宅の類型のうちで、最も小さな「戊型」と同じだ。
その部屋も、隣の家の押入れが部屋の中に突き出していてさらに狭くなっていた。
部屋には、取り壊された社宅から持ってきた建築資材が保管されていた。
角材には製材所のものと思われる字が記され、
壁紙の裏には昔の新聞や建物の登録のための書類が貼りついていた。
こういう一つひとつが歴史的な資料になるのだろうけれど、
できれば社宅自体を残ればいいなと思う。

また、解体された社宅の屋根裏から一枚の絵ハガキが出てきたという。
ソウル市庁の白黒写真が載った絵ハガキで、表には筆で書かれた日本語。
でも達筆なのか下手なのか、ほとんど読めない。
誰か読める人いないかなあ。

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一通り話を聞いて外に出た。
案内してくれるということで、社宅を回ってみた。
ほとんどの家が住んでいなくて、崩れかけた家もある。
ここは共同トイレ。
部屋も狭いしトイレも共同だったんだなあ。
まあ、30年前に私が住んでいた大学の近くの長屋もトイレは共同だったしな。

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「調べてみると、軍馬をここの庭で飼っていたことも分かりました」
この狭い庭で軍馬を…?
いろいろと信じがたいことがいくつも語られるが、事実なのだろう。
立場の違い、文化の違い、時代の違いで、
事実は想像もできないところにあるんだろう。
その一つひとつを丁寧に検証していくことの大切さを実感した。

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近いうちに再訪することを告げて社宅を後にした。
今週末に訊ねるが、どんな出会いがあるか楽しみだ。

# by matchino | 2019-11-27 21:27 | 仁川 | Comments(0)

富平の「三菱社宅」で出会った人の話 その1

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富平を再訪した。
前に富井正憲教授が案内する街歩きプログラムに参加して、
富平が興味深い地域であることがなんとなく分かったが、
調べてみると、面白い話がどんどん出てくる。
これは放っておけないと、マチノアルキをすることにした。

いつものように、コースを確かめるためにシタミアルキをした。
山谷洞の社宅は前回訪問したが、
もう一つの社宅団地である「三菱社宅」は今回が初めての訪問となった。
それで、思いがけない出会いがあったので、ここに買いておこうと思う。

まず「三菱社宅」について説明しておこう。
富平駅の南西にある昔の社宅で、
建てられたのは日本統治時代の1938年。
弘中商工という機械製作会社の労働者のための社宅だった。
しかし、経営難によって工場と社宅を三菱重工に売却した。
それで「三菱社宅」となったわけだ。
解放後は韓国の一般人に払い下げられたが、
「三菱社宅」と呼ばれた通称はそのまま残り、
社宅だけでなく、この一帯を今でも、
「三菱」を韓国読みした「サムヌン」と呼んでいる。

しかし、千戸あまりあった社宅の多くは解体されて新しい家が建ち、
残った家も多くが補修もされないまま朽ちていっている状況だという。

今まで再開発地域を何度も訪ねたことがあるが、住民に嫌がられることもあった。
それで、もしかしたら今日もそんなことがあるかもしれないと思っていた。

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案の定というべきか、「三菱社宅」を探し出して、
「ここは写真を撮っても問題ないだろう」と思える家をカメラに収めていると、
その近くで車に乗ろうとしていた男性が私に声をかけた。
「建築を見に来たんですか?」といったのだろうか、
少しドキドキしながら言い訳をするように、
「あ、あの、建物に関心があって…」と答えた。
すると、思いがけないことに、
「あちらに資料をたくさん持っている人がいるので、行ってみたらいいですよ」と。
ぼろぼろになった社宅の脇の路地を入ると、60代くらいの男性が立っていた。
「強制徴用社宅を見に来たんですね? こちらへどうぞ」と
社宅の間の狭い路地の奥に誘う。

え、え、この男性は誰なんだろう?
どこに連れて行かれるんだろう?

さあ、これから何が起こるのかは次回に!

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# by matchino | 2019-11-26 21:57 | 仁川 | Comments(0)

清州の何の変哲もないアパートの話

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清州を訪ねるのは5回目だった。
ほとんど同じところを訪ねているけれど、
訪ねるたびに新しい発見がいくつもある。

その中でも面白かったのが、忠北道知事官舎の向かいにある古いアパート。
道知事官舎を初めて訪ねた時から気になった建物で、
昨年、マチノアルキの下見に一人で来た時に訪ねた。

昨年のマチノアルキではこのアパートは訪ねなかったのだけれど、
なんと今回のマチノアルキでは、参加者の一人が気に入ったらしい。
「5分だけ時間をください!」と言って見に行こうととするので、
結局は全員で見に行くことになった。

道知事官舎は堂山という小高い丘の上に建っているが、
その隣の丘の斜面にアパートは建っている。
二つの丘の間の道から路地を入ると急な階段があり、その上にアパートがある。

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建てられたのは80年代くらいだろうか。
そうとう古ぼけて、ところどころ空き家になっている。
今も住んでいる人がいるのが不思議なくらいだ。

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興味深いのは、バルコニーがほとんど窓で覆って室内になっていながらも、
窓のない外部空間だった時の痕跡が残っていること。

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アパートの側面には、地下倉庫への入り口だろうか、
三角形の構造物が付随している。

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その一つはドアが開いていて、中には練炭が積まれていた。
昔のアパートは暖房に練炭を使っていたというが、
もしかして今でも暖房に練炭を使っているのだろうか。
どういう生活をしているのか気になるなあ。

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「5分だけ時間をくれ」と言った参加者は、
すぐに屋上まで駆け上って、屋上からの眺めを写真に撮って下りてきた。

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上の4枚の写真はすべて知り合いが撮って提供してくれたもの。

オレにはそんな度胸はないけど、
こうしてレポートしてくれて、とってもありがたい。

アパートの前の道から見た時は一列しか見えなかったが、
何列もあることが分かった。
「パ」棟まであるということは、
カナタラマパ(韓国のアカサタナ)ということで
6棟まであるということか!

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アパートから次の目的地に向かう途中、
堂山の下に迷彩塗装を施した施設があった。
これはもしかして防空壕⁉︎

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調べてみたものの、このトンネルについては調べられなかったが、
忠北道知事官舎の敷地に防空壕があるということが分かった。
なんと! 今まで5回も訪ねたのに!
ということで、また清州を訪ねないとなのだ。

# by matchino | 2019-11-06 21:45 | 忠清北道 | Comments(0)