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益山・旧益沃水利組合事務所(現・益山文化財団)

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公州に行った前日、百済文化のもう一つの遺跡地、益山を訪ねた。
本当は益山の旧市街を歩き回りたかったけれど、時間がなくて帰り道にちょっとだけ近代建築を見てきた。
弥勒寺址の解説士に教えてもらったのが、益山文化財団として使われている建物。

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もともとは益沃水利組合の事務所として使われていた建物で、1930年に建てられたもの。後に全北農地改良組合の庁舎として使われた。

調べてみると、この水利組合というのは農業の灌漑や水害対策のための組合だということだけれど、韓国内では日本統治時代に行われた収奪のための団体として悪名が高いようだ。灌漑のためにダムを建設したりするのだけれど、農業用水を使うことに対して水税を取って小作農を苦しめたりと問題が多かったらしく、組合に対する反対運動も起こったという。

そんな水利組合の建物だから、韓国の人たちにとっては痛みの歴史が刻まれた場所といえる。
それでも建築的には価値が認められて、2005年には登録文化財に指定されている。

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レンガの外装で、1階は鉄筋コンクリート造、2階はレンガ造となっている。
そして、水色に塗装された屋根は2段階の傾斜があるマンサード屋根。屋根裏は倉庫として使われたらしい。
この屋根の中を見てみたかったけれど、事務所の建物なので入れないだろうなあ。
でも、文化財庁が行なった調査報告書があり、屋根裏の写真もあった。写真を見たらもっと入りたくなってしまったけど。

その隣りにあったレンガ造りの倉庫。

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レンガ造の建物もいいけれど、その右側にあった新庁舎もなかなかいい。
1975年に建てられたらしい。

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モダニズム的な直線とか、上の円形とか、後ろの煙突とか、萌え要素はたくさん。
もとは農地改良組合として使われていた時代の建物で、組合が場所を移してから放置されていたようだ。
そして今は芸術家のレジデンスとして使われているようだ。ここで展示も行なったらしく、痕迹が残っていた。

このあたりは益山の旧市街で、日本人もたくさん住んでいたらしい。少し歩いただけでも古びた日本家屋がところどころに見つけられる。

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ずっとこの辺りを歩き回りたかったけれど、次回に。益山、また行くぞ。





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by matchino | 2017-05-09 20:00 | 建築 | Comments(0)