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〈堤川の建築巡り 3〉清風文化財団地

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堤川で訪問したメインは清風文化財団地。忠州ダムの建設によって湖に沈む運命となった文化財を移築した公園だ。
今回の旅は経費削減のためにできるだけ公共交通機関を使おうと思っていた。
それで、バスで行く方法を調べたけれど、ネイバーのマップにはバスの時間に関する情報がなかった。
いろいろと悩んだ末に、堤川市の観光案内コールセンターに電話してみることに。
すると、どこに停留所があって、何時に来るのかまで詳しく教えてくれた。
やっぱり韓国の地方を訪ねるには観光案内に訊くのが一番だな。

堤川のバスターミナルから近い停留所で路線バスに乗る。田舎のバスだから乗客は多くないだろうと高をくくっていたら、たくさんの人がすでに乗っていた。ほとんどがおじいちゃんおばあちゃんで、若い人たちも何人か。どこに行くんだろうか。
バスは街中を抜け、山の中に入っていく。間もなく湖が見えてきた。忠州湖だ。
湖のほどりにはリゾートや清風ランドというアミューズメント施設もあって、若い人たちは皆そのあたりで降りた。
地図アプリでは1時間以上かかると出ていたけれど、40分くらいで到着。

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清風文化財団地で娘を撮る!


それにしても、暑い。
暑さのためか、観光客もちらほら。
着いたのが1時半くらいで、帰りのバスの時間をチェックすると、4時25分。3時間かあ。この炎天下の中をここで3時間つぶさないといけないのか!

とりあえず、公園内に入ると、韓屋が何軒か建っていた。
別に有名な人の家というわけでもない、ただの古い家。

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これは農機具の一つなんだが、ガマガエルみたいで面白いので撮ってきた。

たいへんなところに来てしまったと思ったが、ここで一つの楽しみを発見。娘を撮ればいいのだ。
この日はおばあちゃんに買ってもらった帽子をかぶってきて、ちょっとおめかし。
韓屋の縁側に座る娘の姿がすごく絵になる!(←親バカ)

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もう少し歩いて、暑さでくらくらし始めた頃、「寒碧楼」という大きな建物が現れた。

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靴を脱いで上がれるということで、さっそく上がりこんで板の間に座り込んだ。
いやあ、こんなに涼しいとは思わなかった。
けっこう涼しい風は吹いてくるし、湖は見える。最高だ!

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写真を撮ろうすると逃げ回る娘。

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しばらく涼んで辺りを見渡すと東屋の乗った「望月城山」という小さな峰が見えた。とりあえず全部見ないでは帰れないと、登ってみることに。休憩所もあるということで、エアコンのきいた所で休めるかとほのかな期待をかけてみた。
しかし、休憩所に行ってみると、店の主人がポンチャクをかけ始めた。まあ、ここ自体がアジョシアジュマコンテンツなんだろう。
さらに休憩所も室内でなくて、外にパラソルとイスが並んでいるだけ。まったく涼めない。そこで買ったアイスと生ぬるいシッケも各3000ウォンとバカ高。ほとんど「休憩」できずに退散した。

「望月城山」の頂上は涼しいか!


さあ、いよいよ望月城山に登る。この暑い中を。
それでも途中に咲いているサルスベリの花が気分を紛らせてくれる。

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やっとのことで頂上に到着。

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これまで登ってきた道のりを撮る。

涼しい東屋で休もうと思ったが、ここは靴を脱いで上がるようになっておらず、立っているしかない。頂上といってもまったく涼しくない!
まあ、眺めはいいのでパノラマ写真を撮って降りることにした。

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ちなみにこの望遠鏡は無料。といっても望遠鏡で見るようなものはあまりなかった。

さきほどの寒碧楼まで降りてきたら4時前。なんだかんだいってけっこう時間がつぶせたな。
バスの停留所で待ちながら、観光案内板を見ると、清風文化財団地の秋の写真があった。紅葉ですごく美しい。ここは秋に来るべきところだったんだ! 売店のおばちゃんも「秋になると観光バスでいっぱいだよ」と。まあ…人が少ないときにゆっくりできたということで…。
バスが時間通り来るかとひやひやしていたが、1分遅れで到着。よかったー。

ということで、今回の堤川旅行は終了。次はあるかどうか分からないけれど、見逃した近代建築もあるので、秋に来るかな。
あ、最後に一つ。堤川バスターミナルの向かいにあったスンデククの店は激マズだったので注意すべし!

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by matchino | 2017-08-10 20:40 | 建築 | Comments(0)

ソウル駅春の散策 その2

「ソウル駅春の散策」の続き。
スタンプラリーが終わってもう一度、塩川(ヨムチョン)橋に戻って出発した。
今回のガイドは、「ソウル散策」という社団法人の方。建築を専攻して、町づくりの事業をしているらしい。

今回のコースは、塩川橋の靴屋通り − 薬峴聖堂 − 孫基禎体育公園 – 国立劇場
まず、塩川橋のたもとにある手製靴通りについて話してくれた。ここに手製靴の店ができたのは、日本統治時代のこと。ソウル駅の裏に物流倉庫があって、そこから流れてきた皮の端切れでここに靴市場ができたのが始まりだという。けれど、ネットで調べてみると、米軍のブーツを修繕することから始まったとか。何が本当なんだ…?
ソウルの手製靴通りとして有名な聖水洞は、ここが狭くなって移った人たちがつくった町だとのこと。全盛期にはここに地方から観光バスで商人たちがやってきて、靴を買っていったという。
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そして、実際に靴屋に入って話を聞いてみた。一階は店で、地下には工房があるということで見せてくださった。もう何十年も使っているだろうミシンがいい感じ。ミシンは日本製か?
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次に訪ねたのは薬峴(ヤッキョン)聖堂。明堂聖堂よりも早く建てられた、ソウルで最初の西洋式教会建築だったが、1992年、放火により全焼。現在のものは、以前のそのままに再現されたもの。でも、「昔のもののほうがもっと美しかった」と語る人が多いという。って、どういうこと⁉︎
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この辺りは坂が多い。ベビーカーを押してだとたいへん…。
聖堂から少し降りて、また登ったところにあるのが孫基禎(ソン・キジョン)体育公園。1936年、ベルリンオリンピックでマラソンで金メダルをとったけれど、日本統治時代だったために日本の選手として記録が残っている孫基禎選手を記念してつくられた公園。孫基禎記念館としてレンガ造りの建物が残っており、これは孫基禎選手が通った学校の建物だったという。
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この建物の脇には大きな木が植わっているが、孫選手がオリンピックで月桂冠の代わりに受けたオークの苗を植えて大樹となったもの。
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孫基禎体育公園から丘を下り、昔は西武駅と呼ばれたソウル駅の裏側の方にやってくる。このあたりもけっこう古い家屋が残っていて、ソウル駅の表側とは大きく違いがある。再開発がなされていないのは、この辺りにキムサ(国軍機務司令部)の輸送隊があり、この周辺の建物の高さ制限がされていたためだという。キムサ輸送隊は情報を収集・分析する役割をしたために外から監視ができないようにしたと説明してくれたけれど、輸送隊が情報を管轄ってどういうと?まあ、キムサ自体が泣く子も黙る恐ろしい機関だということなので、キムサだけでも充分か?
1981年から30年間、キムサとして使われていたが、移転してからは国立劇場として使われている。キムサで使っていた建物をそのまま残して赤く塗っている。中も見学してもいいということだったが、公演中ということで入れず。
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私が気になったのは、ここが日本統治時代にどんな場所だったのかということ。訊いてみると、工場が集まった地域だったとのこと。

最後にもう一ヶ所、ケミスーパーを訪ねる予定だったけれど、スーパーの主人が手製靴通りのイベントに遊びに行ってしまったということで訪問できなかった。事前に連絡しておいたのに忘れていたようだ。なんかこういうゆるさがいい。
というわけで、約1時間の散策は終了。なかなか楽しかったし、また来てみたい所がたくさんあった。
「いつもは散策プログラムを有料でやってるんですけどねー」というガイドさん。これから本格的に散策プログラムを始めるということなので期待してみよう。


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by matchino | 2016-05-03 22:38 | 街歩き | Comments(0)

ソウル駅春の散策 その1

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ソウル駅の上空をかすめる高架道路が、道路としての役割を終えて歩行者のための公園として生まれ変わる。
2017年にはヴィニー・マースという造園建築家のリニューアル案に従って、樹木公園になるそうだ。
今、その工事中でそれに関連した様々なイベントが行われているが、「ソウル駅春の散策」というイベントが行われるということで参加してきた。

今回のイベントの舞台は、ソウル駅から近い塩川橋(ヨムチョンギョ)という橋のたもとにある手製靴通り(韓国では「手製靴」というが、日本語では何だろう?オーダーメイドの靴屋?普通に靴屋通りといったらいいか?)。

ソウル駅を出て、文化駅ソウル284(旧ソウル駅舎)の前を通ってしばらく行くと、線路の上を渡る橋がある。これが塩川橋。橋を渡りきった辺りには古い建物が並んでいた。これが手製靴通りの建物群だった。
橋の歩道はけっこう広くてイベントをするにはもってこい。テントを張るスペースはなくても机とパラソルを置いて案内所にしていた。
橋を渡ったところには手製靴通り。靴が店頭にずらりと並び、ショーウィンドウがある昔ながらの靴屋が並んでいていい味を出している。
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申し込んだ街歩きが始まるまでに時間があったので、スタンプラリーに参加してみた。
スタンプラリー、その場所に行きさえすればいいのかと思ったら、各チェックポイントでミッションが与えられた。
まず最初のチェックポイントは手製靴通りの前。与えられたミッションは、どこでもいいので店に入ってサイズを測ってもらうこと。
ここで驚いたのが、店のおじさんが親切に測ってくれたこと。今まで参加した町おこしイベントでは住民がそんなに協力的でなかったりしたけれど、ここはまったく違った。このイベントが町おこしに貢献しているという意識があるんだろう。
実際、今回来ていた人たちは、オーダーメイドで靴を作ることに関心を持っていた。知り合いの一人は靴を作ってきたという。クッションがよくて自分の足に合った靴が6万ウォンだったらいい買い物なんじゃないだろうか。
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さて、次のチェックポイントでは、空き地になっているところの塀にソウル駅周辺の昔の写真が掛けられていた。その写真の感想を書いて壁に貼るのがミッション。軽くクリアw
最後のチェックポイントでのミッションはミニテスト。塩川橋周辺の歴史に関する6問の問題に答えた。私は5問正解!
というわけで、ミッションコンプリート!

ミッション完了の報酬は、「ソウル散策」特製ダイアリー。後からじっくり見てみると、このダイアリー、なかなかいい。シンプルなデザインで、月に一つずつ、ソウルの街歩きによい地域のイラストマップがついている。あんまり実用的な地図ではないけれど、アイデアはいいな、と。
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今回のイベントのミッション、地域に関連して、参加者に地域のことを覚えさせる面白いミッションが多かったな。

スタンプラリーを大急ぎで終えて、いよいよ街歩きに出発。
長くなったので、続きは次回に!

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by matchino | 2016-04-30 19:53 | 旅行 | Comments(0)

浅川巧さんの墓地を訪ねる

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次女が「アッパ、峨嵯(アチャ)山に行こう」といいだした。お、来たぞ来たぞ!
実は、峨嵯山からつながる忘憂(マンウ)山に前から見に行きたいところがあったのだ。
それは、日本統治時代に韓国を訪れ、韓国の民芸を愛し、日本に紹介した浅川巧さんの墓地。
それで、忘憂山に行くことに。娘よ、すまない。

私が住んでいる九里市から、ソウルへ抜ける忘憂里峠を越える道があるが、途中で左に入っていくと共同墓地がある。忘憂山から峨嵯山にかけてずっと共同墓地になっているのだ。
韓国のお墓は日本のお墓と違って、公園のようなのどかさがある。墓地の間に作られた散策路には、色とりどりの登山服を着た人たちがたくさん歩きに来ている。春になってサンシュユやレンギョウも咲き始めていた。

位置をネットで調べていこうと思ったが、詳しく出ているものが見つからなかったので、とりあえず行ってみたのだが、お墓の数があまりにも多すぎて、現場で娘に検索させてみた。
すると、あるブログにトンナクチョン薬水場の近くだと書いてあった。でも、ネットの地図には薬水場が出ていない。散策路の入り口にある地図には表示されていたが、どのくらいの距離なのかも見当がつかなかった。
まあ、道は一本なので、たどり着くだろうと歩き始めた。

中1の次女と3歳の末っ子を連れてきたので、末っ子のペースに合わせて歩いていくが、なかなか見えてくる兆しも見えない。たどり着けるのか不安になってきて、下の子をおぶって歩くことにした。
娘が私の背中でうとうとし始めたようだ。次女もペースが遅れだした。
うーん、いつになった着くんだろう…?

家を出てからもう2時間が経とうとしていた。次女も遅れているので、ちょうど道の脇にあったベンチに腰を下ろした。
次女が来るのを待って、「どうする?たいへんだったら帰ろうか?」と訊いてみると、「ここで帰ったら後悔する気がする」と。なかなか根性があっていいぞ。

で、もう一度歩き始めると、なんと50mも行かないところに薬水場があった。
さっきのブログにあった地図を見てみると、まさにここだ!
娘がいなかったら目の前であきらめて帰ってしまっていた!

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暖かい日差しが当たるいい場所に浅川巧さんの墓はあった。
隣の碑には、「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」とあった。
じーんと来るなあ。。。
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碑の裏側には略歴が刻まれていた。
朝鮮総督府の山林課に勤めていたとあった。それで「山と民芸を愛し」なんだな。
そして植木日の行事の準備中に殉職したとある。
40歳。私よりも若い!
そんなに若くして亡くなってしまったんだ。
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以前、韓国の民芸を愛し、日本に紹介した柳宗悦さんの本を読んだことがあるが、浅川さんの本も読んでみないとだな。
私は韓国の土になるのかどうかはまだ分からないけれど、韓国で生きた日本人として、何か残せるだろうか。

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行ってみたいという人たちのために、行き方を書こうと思ったけれど、ソウルナビに紹介されていたので。
それにしても養源駅から歩かせるかー。まあ、へたにバスに乗るよりはいいかも。
だいたいの位置が分かるように、その場で地図を撮っておいた。
青い三角の位置が浅川さんのお墓。
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by matchino | 2016-04-04 20:37 | 旅行 | Comments(0)

ご当地シャトルで行く安東旅行 2 河回マウル

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韓国観光公社の「Korea ご当地シャトル」で行く安東旅行、屏山書院の次は、河回マウルへ向かった。
河回ジャントという市場の前でバスを降り、チケットを買ってからシャトルバスに乗った村に入るようになっている。

村に入る前に、安東名物の安東チムダクでお昼。数年前に安東チムダクが全国的に流行ったことがあって、その頃に数回食べたことがあるけれど、それを最後に一度も食べることのなかったチムダク。昔は辛く感じたが、今日はそうでもなく、おいしく食べられた。そして、ソースをご飯にかけて食べるととてもおいしく、ご飯が足りないくらいだった。
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食堂を出た途端に、魚を焼くいい匂い。安東のもう一つの名物であるサバを焼いていたのだ。お腹いっぱい食べた後なのに、また食べたくなってしまった。

バスに乗る前に簡単なパンフレットを見てみると、この辺りの配置が分かった。洛東江が円を描くようにぐるりと巡っており、その中に河回マウルがある。そして、河回マウルから山を越えた所に屏山書院があるというわけだ。屏山書院の向かいが断崖になっていたように、河回マウルの向かいも断崖になっており、その上は芙蓉台といって見晴らしがいい場所になっている。芙蓉台には渡し船で渡れるという。

さあ、いよいよバスに乗って出発。
地方の路線バスって、素朴でいい。
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バスは2~3分で到着。ここからが河回マウル。

河回マウルは、豊山柳氏の氏族村で、600年にわたってその子孫が住み続けているという。ここの村からは儒学者の柳成龍や領議政の柳雲龍などを排出し、俳優の柳時元(リュ・シウォン)の実家とか、由緒ある家がたくさんあるようだけれど、有名なところだけでなくても一つひとつの家屋を見ていくだけ面白い。
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韓屋の特徴は、様式は同じだけれど、立地条件などに合わせて、また個人の趣向に合わせて様々な配置や構造が出てくること。一つひとつ見ていくと、似たようでありながらも 違いがあって興味深い。
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柳雲龍の家だった「養眞堂」

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柳成龍の家だった「忠孝堂」

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柳時元の家。
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これは、貧しいソンビたちを助けるために、お金を入れておくところ。
穴が小さめにできていて、肉体労働をするごつい手だと入らないので、勉強ばかりして手が繊細なソンビしかお金を持っていけないようになっているんだとか。

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前回、建築の本を読んだ時に、両班の家の構造について書いてあった。男たちのための建物である「舎廊チェ」と、女性たちのための「アンチェ」、その間を仕切っている「中門」、それから下人たちが使う「行廊チェ」があるというが、実際の家でどれがどれに当たるのか、説明を聞いてみたいな。もしかしたら河回マウルの建築に関する本が出ているかもしれない。調べてみようか。

写真を整理してみると、塀や壁を撮った写真が多い。
門の中に入れたらもっと韓屋を観察できたんだろうけれど、韓屋が見られないから壁を撮っていたのかもしれない。でも、壁も味のあるものが多いな。
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村の真ん中にある樹齢600年といわれる巨木。
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願い事を書く紙が用意されていて、木の周りに結びつけるようになっている。
なんとも絵になるー。
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河に沿った辺りは松の林になっている。
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そして、河の向こうは断崖がそびえている。これが芙蓉台だ。
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3000ウォン払い、渡し舟に乗って対岸に渡る。
最近、河の水量が少なくなっているということだったが、そのためだろうか、あっという間に対岸に着いてしまった。
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対岸にも幾つかの家がある。
また書院もあって、屏山書院の晩対楼にそっくりな楼があった。
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書院の脇からは芙蓉台に登る道がある。
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運動不足の私でも楽に登れるくらいの道を登ると、視界が開けた。ここが芙蓉台の頂上だ。話に聞いていたが、本当に河回マウルが見渡せる!
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韓屋の集落だけでも充分な見どころとなるのに、自然の展望台まであるなんて!安東河回マウル、侮れない!

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芙蓉台の下で。ススキに日が当たって絵になるー。


河沿いには土手があって、桜並木がある。春にも来てみたいな。
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芙蓉台まで行っきたので時間が遅くなったが、別神グッ仮面劇を見に行った。
これは民間信仰の神を楽しませるために捧げられる踊りで、内容は風刺劇のような感じだ。
両班やソンビ(儒学者)、僧侶、女性、下人、お婆さん、バカなどの様々な役があって、全員が仮面をかぶって演技をするが、それぞれが素晴らしい演技をしていた。韓国に住んでいると「こういう人いるよね」的なあるある感が面白い。
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この人は「イネ」というちょっと足りない下僕。
この人の動きがバカっぽくてすごい!


発音のせいか、言葉の難しさのせいか、理解できない部分も多かったけれど、観客席からはけっこうな笑い声が起こっていたので、もう少し言葉が理解できたらもっと面白かったんだろうな。
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最後には出演者がみんな仮面を脱いで挨拶。
昔は女性の役もすべて男性が演じていたという。
最近は女性も入っているというが、それでもほとんどが男性が演じていた。

村をもう少し回ってみたい気持ちもあったが、寒くなってきたのでバスに乗って帰ってきた。
3時半くらいに出発して、明洞に7時半くらいには到着。

前回も書いたけれど、安東に日帰りで行ってこられるというのはとってもありがたい。
でも、この安いツアー、12月26日までだという。
申し込みを急げ!

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by matchino | 2015-12-05 20:34 | 旅行 | Comments(2)

ご当地シャトルで行く安東旅行 1 屏山書院

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韓国観光公社が主催する「Koreaご当地シャトル」の安東コースに参加した。
これは韓国観光公社が支援して、本当なら10万ウォンくらいかかるものを、期間限定で5万ウォンで行って来れるお得なツアー。
この「ご当地シャトル」、江陵と扶余と安東のコースがあるが、その中で安東を選んだのは、屏山書院の建築がすばらしいという話を聞いていて、これは見なければと思っていたから。
安東は陶山書院を訪ねたことがあるが、個人でいく場合、汽車とバスを乗り継いで、それもバスの本数が極めて少ない。だからこういうシャトルができたというのはとってもありがたい。さらに日帰りという気楽さもいいし。

安東は遠いので、朝6時50分にロッテホテルに集合。観光バスで出発した。
途中一度サービスエリアで休憩して、トータル3時間半で到着。
寝て、少し本を読んでいたらあっという間だった。

まずは屏山書院へ向かう。
洛東江の河沿いの舗装もされていない道を走っていく。絡東江の反対側は断崖になっていて、その景色もすばらしい。
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行くのは不便だけれど、ここは絶対に舗装すべきではないな。それにしても、ここを建てた人たちはどうやってこんなところを探し当てたんだろうか。そんなことを考えているうちに、書院に到着した。
憧れの屏山書院にやっと来た!という感動を感じる間もなく、バスを降りたらすぐ目の前に書院の門である複禮門があった。陶山書院に比べると小ぢんまりとしている。
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今回、屏山書院で見たかったのは、晩對楼(マンデル)。屏山書院の前に流れる洛東江と、その向こうにそびえる屏山を眺める楼閣で、7間の横に広いフレームの中に目の前の絶景を取り込む建築となっている。…という。
「という」と書いたのは、今回、この楼に上がることができなかったから。ネットで調べると、楼に上がっている写真がたくさん見つかるのに、文化財保護のために上がれないようにしたんだという。
なんとも残念! この空間に浸るのが今日の目的だったのに!
それでも晩對楼を見られたのはよかった。何か特別に上がれる日がないか、調べてみよう。
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晩對楼を越えると、書院の中心となる立教堂(イプキョダン)がある。ここは儒学生たちを教育していた場所。
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この建物には韓国独特の建築美が生かされているという。それは、対称の中に非対称をつくるということ。正面から見ると、一見、左右対称に見えるが、非対称が隠されているのだ。
真ん中に「マル」とか「テチョン」と呼ばれる板の間があって、両側にオンドルの部屋があるが、オンドル部屋の前には両方とも「退(テッ)マル」と呼ばれる縁側のような部分がある。この退マルの幅が左右で違うのだ。
こういう建築についての細かい解説を聞きながら見てみたいな。

書院には二つの機能があって、その一つは儒学生たちの教育、そしてもう一つは先賢の祭祀だ。先ほどの立教堂が教育の場で、祭祀の場が尊徳祀(チョンドクサ)。尊徳祀の三門には太極紋があり、柱の下には八卦が描かれていた。
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書院の中心部分の東側にある下人たちの建物の庫直舎。これもやはり非対称。
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時間の関係で、屏山書院には30分しかいられなかった。写真を撮るのに忙しかったので、今度またゆっくり時間を持って来てみたいな。
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さあ、次は河回マウルへ。
安東旅行は次回へ続く!

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by matchino | 2015-12-02 22:48 | 旅行 | Comments(0)

金寿根建築ツアーその2 京東教会

イ・ボムジェ教授と巡る「金寿根建築ツアー」その2。京東教会。

私が京東教会を訪ねたのは2回目。本格的にみるのは初めてだ。
「京東教会は少し離れたところから近づきながら見るのがいいんです」ということで、50メートルほど前で車を降りて教会の方へ。
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1980年に建てられた教会。
ある日、金寿根氏 が馬山にいた時にある西洋人の神父が訪ねてきて、「聖堂を建ててください」と依頼したという。その神父は「人のための聖堂を建ててください」と依頼した。それに対し、金寿根氏は「私は信徒ではないのですが」というが、その神父は「信徒でないからお願いするのです」と答えたという。そうして建てられたのが馬山にある陽徳(ヤンドク)聖堂だ。
その陽徳聖堂を見た牧師が、金寿根氏に教会を建ててくださいと依頼したのだという。それがこの京東教会だ。
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教会の壁には一面にツタがはっているが、外装は全てレンガとなっている。李教授によると、この教会の特徴は屋根と壁の境界がないこと。それだけではなく、建物と地面と外の塀との境もない。すべて同じレンガで造られているため、レンガでできたこの教会の世界に入り込んだような感覚になる。
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金寿根氏がこの教会を建てる前から、空間に対して深く考えていたという。そのきっかけになったのが、扶余の国立博物館の事件だった。それまでは建築は、建築主の必要に応じて、「何々式に建ててほしい」という依頼に応じて建てるだけだったが、この事件によって、建築もこのような論争が起こりうるということが分かったのだという。このような悩みの中から生まれたのが、「空間」に対する概念なのだという。

そうしてさまざまな空間に対するスタディを重ねる中で生まれたこの京東教会のコンセプトは、「子宮空間」だ。胎児の状態によってフレキシブルに対応する空間。そして、母親の胎内に入ったような落ち着ける空間を究極の空間として追及した。

京東教会の形について語るとき、「祈る人の手の形を形象化した」とかいわれるが、別にそう考えて設計したわけではなく、金寿根氏の造形的な意識から生まれたものだという。
蚕室のオリンピック主競技場も「高麗白磁の形」といわれたりするが、金寿根氏にそのような考えはなく、記者などテキストで表現しなければならない人が勝手に書いただけなのだそうだ。
それでは金寿根氏の「造形的な意識」とは何だろうか?それがどういうものかはっきりとは分からないが、幼い時に住んでいた北村の街並みにその原点があるのではないかと李教授は話していた。

建物を建物として見るのではなく、大地から生えている自然の一部という概念で建てられた建築。それで外壁にもレンガを使っているが、欠けた感じのレンガを使っている。そして半分に割って荒い断面を見せるレンガも多用している。レンガのデコボコした表面によって、光が当たると多様な表情が演出される。金寿根氏は、欠けても割っても同じ質感が出てくるレンガ、そして人の手のサイズにぴったり合った、ヒューマンスケールを表現できる素材としてレンガを好んで使ったという。
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この教会には正面もないが、礼拝堂に入る入り口は、教会の左側にある細い道を登っていった裏の方にある。その道も直線ではない。複雑な建物の形に沿って曲がりながら登っていく。
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細い道を登って、一番奥まったところに礼拝堂に入る扉がある。教会の敷地自体は大きな道路に面しているが、この奥まった入り口は外から遮断されている。もし道路側に入り口があったとしたら、俗世から扉を開けてすぐに聖なる領域に入るとことになるが、この教会の場合は、階段を上ってくる間に心の準備ができるようになっている。また、ゴルゴダの丘へ登るイエスの十字型への道を追体験するようになっている。一般の教会のように塔の上に十字架が掲げられたりはしていないが、ここの壁にはかつて十字型がかかっていたという。

そして、ここからさらに建物の上階へと登る階段がある。その階段を上ると扉があって、小さな礼拝堂に入ったが、実はもともとは露天礼拝堂だったという。自然の中で神を礼拝するということがどれほど素晴らしい経験だろうか。それができるように設計したにもかかわらず、屋根をつくってしまったのだ。残念なことだ。
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今回の引率を担当してくれた金寿根文化財団の担当者が礼拝堂の後ろから呼んでいる。普段は入ることができない所に入らせてくれるという。行ってみると、礼拝堂の裏から下に降りる細い階段があった。
明かりもない暗い階段を降りていくと、どこからかパイプオルガンの演奏が聞こえてきた。秘密の洞窟に入っていくような、なんともいえない体験だった!

しばらく降りると窓があって、下の礼拝堂を見下ろせた。ここにも灯りは点いておらず、暗いホールの中にパイプオルガンの音だけが響いている。
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やがて礼拝堂の脇にある信徒席に出た。礼拝堂の内部を眺めながら息を呑んだ。なんと神秘的な光景だろう!
この礼拝堂がまさに、「子宮空間」だった。包まれるような、落ち着く空間がそこにはあった。ある参加者はこの空間に宇宙を感じたという。李教授は「子宮も小宇宙だといえますからね」と。
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礼拝堂の真ん中に下りてみた。パイプオルガンの練習をしているようで、灯りも点いていない荘厳な雰囲気の中でパイプオルガンの音に耳を傾けながら、この空間を堪能した。
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正面には縦に長い十字架がかけられており、上から光が差している。この音と空間と光とで、涙が出てくるような感動を覚えた! 神が降りてくるような感覚ってこんな感じなんだろうか。この教会に通いたくなってきた。
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いつまでもここにいたい思いを断ち切って、外へ。教会の外壁に沿ってさらに回った。
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裏から表の方へ出てくると、目の前にレンガ造りの煙突が立っている。暖房用に使っていた煙突で、これも空間的な面白みを加えている。
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右端に見える細い棒が煙突。

京東教会の体験は本当に素晴らしかった。
今度は礼拝の時間にでも合わせて行ってみたいな。紅葉の季節にはさらに美しいという。

また車に乗って、大学路のアルコ美術館へ。
次回に続く!

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by matchino | 2015-10-26 22:18 | 建築 | Comments(0)

金寿根建築ツアーその1 自由センター

ソウル建築文化祭の一環で行われた「建築文化ツアー」に参加した。いくつもの興味深いプログラムがある中で選んだのは、前から気になっていた「金寿根建築ツアー」。担当はイ・ボムジェ教授という方だが、金寿根氏の設計事務所である「空間」社で勤務し、アルコ美術館やアルコ劇場の現場設計をした経歴を持った方で、とても貴重な話が聞けた。教授も熱心に説明してくださり、一緒に参加した人たちもとてもいい感性を持った人たちで、とても幸せな時間だった。

集まったのは南山の斜面に建てられた「自由センター」。ここは今回初めての訪問だ。
李教授は話を初めながら、「今回の日程には入っていませんが、空間社屋を見れば、すべての要素が入っているので、本当は行きたかったのです。金寿根文化財団はアラリオ・ミュージアム側と中に入れるよう交渉したようですが、難しかったようです」と語った。
改装した部分が多いため、見せたくないのではないかという話だ。オーナーと建築家との意見の違いによって、本来の建築家の意図とは変わってしまう部分が多いと話していた。

さて、まずは自由センター。
1963年、朴正煕大統領がアメリカに対して反共主義者としての意志を示すために建てた反共勢力のための建物。
今はウェディングホールになっており、この日も結婚式の祝賀客たちがたくさんいた。今は南山の山側が正面のようになっているが、実は谷側が正面だという。今は駐車場しかなく、完全に裏のような感じだ。自動車劇場の名残りの大きなスクリーンも建物を無視して立っている。
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こちらが正面。天に向かって上昇する軒が、自由世界の発展を象徴する。
列柱の形は鷲の爪を象徴しているというが、北に向かう軍靴のようにも見える。
中央の後ろ姿がイ・ボムジェ教授。


この建物は金寿根氏の初期の作品。正面に列柱を並べ、比例を重視するという近代西洋建築のセオリーに則ったもので、今まで雑誌の中だけで見てきた西洋の建築様式が韓国に現れたということで、当時の韓国の建築界ではセンセーショナルな建物だったという。

建築を見る観点として重要なのは、目に見える「様式」と、身体で感じる「空間」だという。李教授はこの二つの観点をこの日もよく話していた。
この建物の空間的な特徴は、中央にある。普通の建物は真ん中にドアがあってロビーがあるという形になっているが、自由センターの真ん中にあるのは階段だ。正面の地平面から階段が3階まで上っており、裏側の地平面に連結されている。真ん中にはドアもない通路があるだけで、言い換えると何もない、すなわち「空間」があるというわけだ。
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また、列柱もそれまでになかった「空間」を作り出している。普通は柱を立てたらそこに壁をつくるが、ここでは柱と壁面の間に、外でもなく中でもない「空間」がつくられている。このような外と中があいまいなのは韓国の伝統家屋によく使われる手法だ。
列柱と壁との間の屋根には丸い穴が空いていて、光が差し込む。外からの光と、丸いフレームを通した光と、多様な光の効果が表れている。
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この建物が建てられた当時は打ちっ放しコンクリートだったが、今ではミントグリーンに塗られている。裏側は水平線を強調されていたが、後から付けられた窓がそのラインを壊している。そのような建築主による改装を、李教授はとても残念がっていた。
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こちらが本来の裏側。水平ラインが強調されている。

この自由センターで国際会議などが行われた時に来た外国の貴賓のための宿泊施設が建てられたが、それが、今はバンヤンツリーホテルになっているタワーホテルだ。韓国動乱の時の参戦国16カ国と韓国軍を合わせた17にちなんで17階建てになっている。そして、タワーホテルの付属施設が、タワーホテルの手前にあるハッピーホール。両方とも金寿根氏の設計だ。
この二つも最初と比べると大幅な改装がなされている。タワーは各階を拡張したため、当初のスリムなラインが失われ、寸胴に見える。ハッピーホールは十字型の柱が強調されていたが、今では柱の間にカーテンウォールがつくられている。
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タワーホテルとハッピーホール。


自由センターのすぐ下には「サファリ・クラブ」という名のクラブが建てられ、それも金寿根氏の設計だというが、会員制のため、一般の人は中に入れない。今はソウルクラブと名前が変わっている。

今回は説明を聞くのに一生懸命で写真をほとんど撮れなかった。
面白いディテールがたくさんあるので、今度また写真を撮りに行こう。

さあ、次はマイクロバスに乗って京東教会へ。
次回に続く!

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by matchino | 2015-10-11 21:49 | 建築 | Comments(0)

南山は意外と面白い! 南山科学館、安重根記念館

秋夕。昔は行くところがなくて、毎年のように南山に行っていたけれど、秋夕にしては久しぶりに南山に行ってきた。
まず、南大門市場へ。列に並んで野菜ホットクを食べた後は、南山に登ることにした。
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市場から道を渡って、路地に入ると日本統治時代のものと思われる古い家が。
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この辺りは南山にあった朝鮮神宮の参道があったところで、その遺構が残っているという記事が韓国古建築散歩にあったことを後で思い出した。もう少しちゃんと歩いてみないとだな。

南山公園への標識があったので行ってみると、公園の入口に出た。
ここから大通り沿いに行ったら会賢示範アパートがあるらしいので、見に行ってみたかったけれど、家族連れなので公園の方へ行くことに。
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南山タワーを眺めながら気持ちのいい散策路を登っていくと、「白凡広場」が現れる。日本統治時代に朝鮮神宮があった所で、独立運動家であり、大韓民国臨時政府の首席であった白凡・金九(ペッポン・キムグ)の像が立てられている。
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そして、その向こうには、やはり独立運動家の安重根(アン・ジュングン)を記念する「安重根義士記念館」があるという。個人的には独立運動系は苦手なのだが、新しく建てた記念館の建物がかっこよくて、一度行ってみたいと思っていたので、この機会に行ってみることにした。

その前に、南山公園を登る途中で見えてきた建物。もともと南山子供会館として建てられ、今は科学館になっているらしい。
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李光魯(イ・グァンノ)建築家の設計。
調べてみると、南山子供会館は、朴正煕大統領の夫人である陸英修(ユク・ヨンス)女史が設立した「育英財団(ユギョンジェダン)」(ハングルで書くと2文字も一緒!陸を育にしたのはどういう意味だろう?)によって1970年に建てられた。子供会館の目的としては、「科学知識の普及」などもあるが、一番最初に「青少年に対する反共精神の昂揚」とあるのも時代を感じさせる。
斜面に沿って建てられた土台部分の建物と、四角い建物、そしてその上には丸い展望台が載っている。展望台は韓国で初の回転展望台だったらしいが、外から見るところでは使われていなさそうだ。登ってみたいなあ。
道路に面した横並びの窓の形がかっこいいぞ。
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土台の建物の角は円筒型になっていて、ドームが載っている。
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プラネタリウムでもあるんだろうか。
円筒部分に不思議な装飾があるなと思ったら、月の表面を表したレリーフだった。
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円筒の横にはけっこう長い階段があった。階段の上には科学館の四角い建物がそびえており、階段を登るにつれて迫ってくる感じが映画的なスペクタクルを感じさせる。
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この階段が急で、妻と子供たちはひいひいいっていた。「昔の子供連れはみんなここを意気揚々と登ったんだぞ!」と言ってみるものの、調べてみると、5年後に陵洞に移転することになる原因の一つが階段の不便さにあったという。
ちなみにこの階段、昔の朝鮮神宮時代の階段だという説もあるらしい。真偽の程は分からないけれど。

今まで遠くから見ただけで分からなかったけれど、窓の独特な装飾が美しい。
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特に四隅が鋭角になっていて、角から写真を撮りたくなる。
ディテールがかっこいいから、ズームレンズで撮ってみたいな。
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南山科学館の向かいには安重根義士記念館。
磨りガラスの四角いマスが、横に4つ、縦に3つ並んでいるスタイリッシュな建物。
右上のガラスの向こうにうっすらと「安重根」の文字が見える。
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2010年、ソウル市建築賞で最優秀賞を受賞した建築で、設計したイム・ヨンファン氏とキム・ソンヒョン氏夫婦は同年に「若い建築家賞」を受賞した。
夜になると中の照明がすりガラスを通してほのかに光って美しいらしい。
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その隣には南山図書館があるという。
行ってみたかったけれど、日が暮れる前に下山しないと遭難するかも知れないので(ウソ)、明洞へ下りて帰宅。
南山タワーは行き飽きたけれど、南山、面白いところはたくさんあるな。

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by matchino | 2015-10-07 22:25 | 建築 | Comments(0)

〈江原道〉栗谷李珥が生まれた烏竹軒で韓屋を眺める

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江原道オピニオンリーダー取材ツアー、最後は歴史のお勉強。江陵に来たらここは外せないという観光地が「烏竹軒(オジュッコン)」と「船橋荘(ソンギョジャン)」だが、時間の関係で烏竹軒だけ行くことになった。そう考えると江原道、2泊3日ではぜんぜん足りないぞ。

烏竹軒は、韓国のお札の人物二人に関連した場所。5千ウォン札の栗谷李珥(ユルゴクイイ)と、5万ウォン札の申師任堂(シンサイムダン)だ。栗谷李珥は朝鮮時代の政治家・儒学者で、韓国儒学の父と呼ばれる人。申師任堂は栗谷李珥の母親で、韓国の良妻賢母の代表格。画家でもあり、多彩な才能を発揮していたという。
烏竹軒は栗谷李珥が生まれたところで、黒い竹である「烏竹」が生えていることからこの名がついた。
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ここに来るのには5千ウォン札も5万ウォン札も持ってないなんてどういうこと!1万ウォンと千ウォンしかない!

烏竹軒はきれいな公園のようになっている。雲ひとつない青空に木々の緑が映えて美しい。


栗谷李珥の銅像。
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栗谷李珥にあやかって偉大な人物になろうとするも、手元に本がない!それで「現代の本」で代用。偉大な人物になるには道は遠すぎるな。
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時間もなく、ガイドしてくれる人もいないので、たくさんある建物の中でとりあえず一番重要なものを探す。配置図の中で「烏竹軒」という建物があった。栗谷李珥が生まれた家なんだそうだ。
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小さくてよく見えないが、ちょうど真ん中にある建物。

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やっぱり建築様式が気になって、いろいろ見てみた。韓屋の大きさは「間(カン)」で表現するが、横3間、奥行き2間の建物で、右の1間はオンドル部屋、左側の2間は「マル」と呼ばれる板の間となっている。

この柱の上に乗っている構造を「栱包(コンポ)」といい、栱包の様式としては比較的簡単な構造の「翼工(イッコン)式」。鳥の翼のような部材を「山彌(サルミ)」というが、これは山彌が二つあるので「二翼工(イイッコン)」という。普通、寺院建築でよく使われる翼工式が住宅に使われている例は珍しいんだそうだ。
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今回初めて気づいたこと、それはオンドル部屋には天井があって、板の間には天井がないこと! どうしてなのか、はっきりした理由は調べないといけないが、オンドル部屋は暖房をする部屋なので、保温性を高める必要があるためかも知れない。
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そして、今回気になったこと、それは板の間の半分にある格子状の構造の正体。物置かなと思ったが、それらしい入り口もない。後から調べてみると、屋根の側面にある三角の部分「合閣(ハプカク/日本では妻壁というらしい)」の内側を塞いであるんだとか。なるほどー。でも、この中がどうなっているのか見てみたいな。
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オンドル部屋は栗谷李珥か生まれた部屋で、栗谷李珥が生まれる時に母親の申師任堂が龍の夢をみたということで、「夢龍室(モンリョンシル)」と名付けられている。
部屋の中には申師任堂の肖像画。5万ウォン札の顔とちょっと違う気が…。5万ウォン札の肖像画は大統領の顔に似せたとかいう噂は本当か⁉︎
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この肖像画の裏は、実はこの部屋への入り口がある。この部屋の裏には「退(テッ)マル」と呼ばれる縁側があって扉がある。韓国の伝統家屋の特徴の一つが「マダン」と呼ばれる中庭からどの部屋にも直接入れるようになっていることだが、この烏竹軒の場合、オンドル部屋には裏から、板の間にはどこから入るようになっていたんだろうか?実際の生活像が見えたらもっと面白そうなのに。

烏竹軒一つだけでも見るべきことがたくさんあるな!ちょっと調べてみるだけでも、もっとたくさんの話が出てくるが、韓屋の建築部材の名前がたくさん出てきて難しい。韓屋についてももっと勉強しないと!
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烏竹軒には博物館もあって、5千ウォン札の裏にある、申師任堂が描いたスイカの絵も展示されているということ。また来ないとだな。船橋荘も行けなかったので、江陵はもう一度来ないと!

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by matchino | 2015-10-01 22:13 | 江原道 | Comments(0)