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南山は意外と面白い! 南山科学館、安重根記念館

秋夕。昔は行くところがなくて、毎年のように南山に行っていたけれど、秋夕にしては久しぶりに南山に行ってきた。
まず、南大門市場へ。列に並んで野菜ホットクを食べた後は、南山に登ることにした。
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市場から道を渡って、路地に入ると日本統治時代のものと思われる古い家が。
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この辺りは南山にあった朝鮮神宮の参道があったところで、その遺構が残っているという記事が韓国古建築散歩にあったことを後で思い出した。もう少しちゃんと歩いてみないとだな。

南山公園への標識があったので行ってみると、公園の入口に出た。
ここから大通り沿いに行ったら会賢示範アパートがあるらしいので、見に行ってみたかったけれど、家族連れなので公園の方へ行くことに。
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南山タワーを眺めながら気持ちのいい散策路を登っていくと、「白凡広場」が現れる。日本統治時代に朝鮮神宮があった所で、独立運動家であり、大韓民国臨時政府の首席であった白凡・金九(ペッポン・キムグ)の像が立てられている。
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そして、その向こうには、やはり独立運動家の安重根(アン・ジュングン)を記念する「安重根義士記念館」があるという。個人的には独立運動系は苦手なのだが、新しく建てた記念館の建物がかっこよくて、一度行ってみたいと思っていたので、この機会に行ってみることにした。

その前に、南山公園を登る途中で見えてきた建物。もともと南山子供会館として建てられ、今は科学館になっているらしい。
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李光魯(イ・グァンノ)建築家の設計。
調べてみると、南山子供会館は、朴正煕大統領の夫人である陸英修(ユク・ヨンス)女史が設立した「育英財団(ユギョンジェダン)」(ハングルで書くと2文字も一緒!陸を育にしたのはどういう意味だろう?)によって1970年に建てられた。子供会館の目的としては、「科学知識の普及」などもあるが、一番最初に「青少年に対する反共精神の昂揚」とあるのも時代を感じさせる。
斜面に沿って建てられた土台部分の建物と、四角い建物、そしてその上には丸い展望台が載っている。展望台は韓国で初の回転展望台だったらしいが、外から見るところでは使われていなさそうだ。登ってみたいなあ。
道路に面した横並びの窓の形がかっこいいぞ。
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土台の建物の角は円筒型になっていて、ドームが載っている。
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プラネタリウムでもあるんだろうか。
円筒部分に不思議な装飾があるなと思ったら、月の表面を表したレリーフだった。
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円筒の横にはけっこう長い階段があった。階段の上には科学館の四角い建物がそびえており、階段を登るにつれて迫ってくる感じが映画的なスペクタクルを感じさせる。
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この階段が急で、妻と子供たちはひいひいいっていた。「昔の子供連れはみんなここを意気揚々と登ったんだぞ!」と言ってみるものの、調べてみると、5年後に陵洞に移転することになる原因の一つが階段の不便さにあったという。
ちなみにこの階段、昔の朝鮮神宮時代の階段だという説もあるらしい。真偽の程は分からないけれど。

今まで遠くから見ただけで分からなかったけれど、窓の独特な装飾が美しい。
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特に四隅が鋭角になっていて、角から写真を撮りたくなる。
ディテールがかっこいいから、ズームレンズで撮ってみたいな。
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南山科学館の向かいには安重根義士記念館。
磨りガラスの四角いマスが、横に4つ、縦に3つ並んでいるスタイリッシュな建物。
右上のガラスの向こうにうっすらと「安重根」の文字が見える。
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2010年、ソウル市建築賞で最優秀賞を受賞した建築で、設計したイム・ヨンファン氏とキム・ソンヒョン氏夫婦は同年に「若い建築家賞」を受賞した。
夜になると中の照明がすりガラスを通してほのかに光って美しいらしい。
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その隣には南山図書館があるという。
行ってみたかったけれど、日が暮れる前に下山しないと遭難するかも知れないので(ウソ)、明洞へ下りて帰宅。
南山タワーは行き飽きたけれど、南山、面白いところはたくさんあるな。

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by matchino | 2015-10-07 22:25 | 建築 | Comments(0)

〈江原道〉注文津、早朝の漁村を歩く!

江原道オピニオンリーダー取材ツアー3日目の朝、前日にホテルの前に見えた廃屋が気になっていたので、マチノアルキを決行した。
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でも、近くの海が気になったので、海まで歩くことにした。
海に流れ込む小さな川に沿って道がある。
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やはり小さな漁村なのか、平屋の小さな家が並んでいる。
空き家もところどころにあるけれど、住んでいるところかけっこう多かった。
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窓に猫。

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そして道端に蟹。


海はもうすぐ!
何かの店だったんだろうか、古び方がなんともいい。
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海!
やはり江原道の海はきれいだった。
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波が引いた後に残った模様がかわいい。
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軍の監視施設のようだ。
この周辺は撮影禁止だという看板があったけれど、散策路もあるし、別に大丈夫だよね?と思って撮ってきた。
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もう少し行くとまた灯台。
あー、全国灯台巡りをしてみたいなあ。
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もう一つ向こうに灯台があったので、そこまで行こうかと思ったが、立ち入り禁止だった。
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その手前の魚市場。ここで獲れたての魚が買えるらしい。
漁船からすぐに魚を下ろして、水槽に入れるようになっている。面白いのは、店の名前が皆、「○○オンマ(誰々のお母さん)」となっていること。旦那が取ってた魚を奥さんが売るというかたちになっているんだろうな。そして、その隣にある刺身の店は皆、「○○ネ(誰々の家という意味)」となっている。
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そこから灯台のほうへ歩いていくと、人口の岩場がある。水がきれいなので底まで見える! 岩場に花が咲いたようなヒトデと、魚たちの姿。ところどころに小さなカニが這っている。
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漁船を引き揚げる機械なんだろうか。絵になるー。
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一人で1時間半くらい歩いた後、ジャヨンミさんを呼んで30分くらい一緒に歩いた。
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そろそろ帰ろうかと思ったところに入ったカカオのメッセージ。ナホお姉様から「紅茶を淹れて待ってます」とのこと。
アルキも楽しかったし、紅茶も美味しかったしで、至福のひと時。
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楽しかった4つの江原道物語、他の物語もチェック!

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by matchino | 2015-10-04 12:10 | マチノアルキ | Comments(0)

〈江原道〉春川・衣岩湖の湖畔を歩く

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江原道オピニオンリーダー取材ツアーに来るにあたって、私にもう一つのミッションが下っていた。「江原道でマチノアルキを決行せよ!」というもの。

望むところだ!ということでさっそく調べてみた。以前訪ねた春川の聖堂の辺りに古い路地が残っているらしい。しかし、その日は遅くまで飲んでしまって決行できず。
それで仕方なく、次の日の朝に一人マチノアルキを決行した。

まず、朝のサンサンマダンを見に行ってみたかった。しかし、イベントの準備のために立ち入り禁止になっていた。
それで大きく迂回して衣岩湖畔の散策路に出た。
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けっこうたくさんのおじさんおばさんが運動している。音楽を聴きながら。もちろんiPodではなくて、スピーカー付きのカセットを持って。それで朝からトロットを聴くことになった。笑

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サンサンマダンは湖にも面していて、仮の柵で塞いであったが、おじさんおばさんたちの侵入を防ぐには役不足。柵の中でも運動をしていた。
それで私も柵の横から入り込んで撮影。その姿を運動しているおばさんが怪訝そうに見ていた。
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もう少し歩いてみると、MBCの放送局があって、その前は小高い丘になっていた。丘の下には戦車。
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そして、丘を登ると戦闘機が2台。丘の上には戦跡記念館があった。
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韓国動乱の時に韓国国軍第6師団による熾烈な防御戦が行われた地域ということで、1978年に建てられた。朴正煕大統領の時代だな。
記念館の前庭には、食糧を調達しようと家に入ってきた北の工作員に対し、「僕は共産党が嫌いです!」と発言し、北の兵士に口を刺されて殺された李承福(イ・スンボク)君の銅像が立っている。1968年に起きた事件だ。
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反共の英雄談として広く語り継がれることになるこの話は、何か引っかかるものを残す。調べてみると、捏造疑惑が提議されたらしい。でも、疑惑を呈した人たちは裁判によって懲役刑に処されている。そうしたことがさらに疑惑を呼んで、政権に対する不信感を生み出している。
平和な日々を送る裏で、忘れられたようで忘れられていない、まだ戦時にあるというこの国の現実を見た気がした。

今日はちょっとシリアス。マチノアルキ、いつも「萌えー」とかいってるだけではないのダ。
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四通りの江原道物語、他の物語はこちら!
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by matchino | 2015-10-02 22:32 | マチノアルキ | Comments(0)

〈江原道〉栗谷李珥が生まれた烏竹軒で韓屋を眺める

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江原道オピニオンリーダー取材ツアー、最後は歴史のお勉強。江陵に来たらここは外せないという観光地が「烏竹軒(オジュッコン)」と「船橋荘(ソンギョジャン)」だが、時間の関係で烏竹軒だけ行くことになった。そう考えると江原道、2泊3日ではぜんぜん足りないぞ。

烏竹軒は、韓国のお札の人物二人に関連した場所。5千ウォン札の栗谷李珥(ユルゴクイイ)と、5万ウォン札の申師任堂(シンサイムダン)だ。栗谷李珥は朝鮮時代の政治家・儒学者で、韓国儒学の父と呼ばれる人。申師任堂は栗谷李珥の母親で、韓国の良妻賢母の代表格。画家でもあり、多彩な才能を発揮していたという。
烏竹軒は栗谷李珥が生まれたところで、黒い竹である「烏竹」が生えていることからこの名がついた。
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ここに来るのには5千ウォン札も5万ウォン札も持ってないなんてどういうこと!1万ウォンと千ウォンしかない!

烏竹軒はきれいな公園のようになっている。雲ひとつない青空に木々の緑が映えて美しい。


栗谷李珥の銅像。
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栗谷李珥にあやかって偉大な人物になろうとするも、手元に本がない!それで「現代の本」で代用。偉大な人物になるには道は遠すぎるな。
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時間もなく、ガイドしてくれる人もいないので、たくさんある建物の中でとりあえず一番重要なものを探す。配置図の中で「烏竹軒」という建物があった。栗谷李珥が生まれた家なんだそうだ。
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小さくてよく見えないが、ちょうど真ん中にある建物。

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やっぱり建築様式が気になって、いろいろ見てみた。韓屋の大きさは「間(カン)」で表現するが、横3間、奥行き2間の建物で、右の1間はオンドル部屋、左側の2間は「マル」と呼ばれる板の間となっている。

この柱の上に乗っている構造を「栱包(コンポ)」といい、栱包の様式としては比較的簡単な構造の「翼工(イッコン)式」。鳥の翼のような部材を「山彌(サルミ)」というが、これは山彌が二つあるので「二翼工(イイッコン)」という。普通、寺院建築でよく使われる翼工式が住宅に使われている例は珍しいんだそうだ。
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今回初めて気づいたこと、それはオンドル部屋には天井があって、板の間には天井がないこと! どうしてなのか、はっきりした理由は調べないといけないが、オンドル部屋は暖房をする部屋なので、保温性を高める必要があるためかも知れない。
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そして、今回気になったこと、それは板の間の半分にある格子状の構造の正体。物置かなと思ったが、それらしい入り口もない。後から調べてみると、屋根の側面にある三角の部分「合閣(ハプカク/日本では妻壁というらしい)」の内側を塞いであるんだとか。なるほどー。でも、この中がどうなっているのか見てみたいな。
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オンドル部屋は栗谷李珥か生まれた部屋で、栗谷李珥が生まれる時に母親の申師任堂が龍の夢をみたということで、「夢龍室(モンリョンシル)」と名付けられている。
部屋の中には申師任堂の肖像画。5万ウォン札の顔とちょっと違う気が…。5万ウォン札の肖像画は大統領の顔に似せたとかいう噂は本当か⁉︎
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この肖像画の裏は、実はこの部屋への入り口がある。この部屋の裏には「退(テッ)マル」と呼ばれる縁側があって扉がある。韓国の伝統家屋の特徴の一つが「マダン」と呼ばれる中庭からどの部屋にも直接入れるようになっていることだが、この烏竹軒の場合、オンドル部屋には裏から、板の間にはどこから入るようになっていたんだろうか?実際の生活像が見えたらもっと面白そうなのに。

烏竹軒一つだけでも見るべきことがたくさんあるな!ちょっと調べてみるだけでも、もっとたくさんの話が出てくるが、韓屋の建築部材の名前がたくさん出てきて難しい。韓屋についてももっと勉強しないと!
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烏竹軒には博物館もあって、5千ウォン札の裏にある、申師任堂が描いたスイカの絵も展示されているということ。また来ないとだな。船橋荘も行けなかったので、江陵はもう一度来ないと!

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by matchino | 2015-10-01 22:13 | 江原道 | Comments(0)

〈江原道〉建築好きは必見! 春川サンサンマダン

江原道オピニオンリーダー取材ツアー。さっそく第1回目!

ツアー1日目のメインはやはり、春川サンサンマダン。建築好きとしてはサンサンマダンは必見の場所だ。私もずっと来てみたかった場所だった。
弘大にもKT&GのCSR事業として運営している文化空間「サンサンマダン」があるが、昨年、春川にもできたのだ。弘大が20~30代のためのものだととすれば、ここ春川は家族のための空間。

e0160774_13503280.jpg春川サンサンマダンで重要なのは、韓国を代表する現代建築家・金寿根(キム・スグン)氏が設計し、子供会館として建てられた建物を買い取ってリニューアルしたこと。

金寿根氏(写真左/写真は韓国民族文化大百科事典より)は、韓国の国家的プロジェクトを多く手がけた建築家で、ソウルオリンピックのメインスタジアムをはじめとする多くの競技場を設計したり、ソウルの南北を貫く住商複合アパートの「世運商街」などのプロジェクトを手がけた。このブログでも紹介したヒルトップバーアルコ美術館国立扶余博物館京東教会なども設計している。

金寿根氏はたくさんの素晴らしいレンガ造りの建築を残したが、この子供会館はその集大成といえる。
1980年5月5日、子供の日(韓国も子供の日は日本と同じ日)に建てられた子供会館は、数年で用途変更され、数奇な運命をたどることとなったが、それから34年、子供会館は、芸術家と芸術を愛する市民のための空間とした生まれ変わった。
今までさまざまな用途に使われる中で付けられてきた余分なものを全て取り除き、純粋な子供会館時代の姿を取り戻したという。

サンサンマダンではさまざまな文化活動ができるようになっており、その一つひとつをサンサンマダンのパート長であるパク・ジョンウンさんが案内してくれた。

サンサンマダンは蝶のような形をした建物と、その前の扇型の観客席からなっている。
まず、羽の先端に当たる入り口から入る。
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少し暗めに照明を落とした長細い空間で、内部もレンガがむき出しになっている。壁の片方には2段のスロープがあり、それで上り下りするようになっている。外観も変わった形になっているが、スロープによってさまざまな角度から空間を眺められるため、空間自体の多様さをも楽しめる感じだ。
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ここで気になったのは、建てられてから30年に以上経っているため、構造的に修復した部分はあったのかということ。訊いてみると、構造上の問題はまったくなかったとのことだった。
「コンクリートで建てられていたら持たなかったと思いますが、レンガだけで建てられているので丈夫なんですよ」とパクさんは教えてくれた。なるほどー。


サンサンマダンでは、美術、音楽、デザイン、舞台芸術、映画などのさまざまなジャンルの活動ができるような施設が整っている。


まずは、「サウンドホール」というライブハウス。
レンガの壁はそのまま残しながら、木の音響施設を設置している。
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せっかくだから記念撮影。すぐにこういう写真が撮れる役者揃い…。笑
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ライブスタジオ。
レコーディングスタジオだが、何人か観客を呼んでライブをしながらレコーディングができるのがポイント。
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マリちゃん、かっこいい!


フォトスタジオ。
写真屋のナホさんも「ここに引っ越したい!」というほどの設備が整っている。ここでも記念撮影。
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メディアラボ。
プロ用の機器で編集ができる。1テーブルあたり1000万ウォンの機材なんだとか!
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ギャラリー。
この日はホログラムの作品の展示がなされていた。
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展示だけでなく、空間も面白い。
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金寿根氏のスケッチと図面。
実際の寸法とは違うことが分かり、図面を引き直したそうだが、この建築と建築家を尊重する姿勢が表れている。
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そして外へ。
次の日に行われる「Have a nice day」というイベントの準備をしていた。翼を広げた形の建物の中央部分にステージが設けられているが、その後ろには空間が空いていて、後ろの衣岩湖が四角いフレームの中に見えるようになっている。
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この建物自体、美しく、楽しい建築だが、衣岩湖のほとりにあるというロケーションを最大限活かしている。
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そして最後はミュージアムショップ。弘大のサンサンマダンもそうだが、思わず買いたくなるような面白くてかわいいグッズがたくさん。
一つだけ写真を撮ったのは、ティーダイバー。紅茶の葉をこの中に入れてカップの中に沈めるのだ。
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あれこれ伸びそうになる手を抑えていたら、パクさんがブレゼントをくださった。飲み物を入れると温度で枯れ木に花が咲くというマグカップ。
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今回、案内をしてくれたのは、取材に行ったからかと思ったが、誰でも参加できるツアーもあるらしい。10人以上で予約する必要があるのと、韓国語の案内だけなのでハードルは高いが、サンサンマダンを含めた春川建築ツアーを企画するってのもありかな、と。


サンサンマダンにホテルが! 「サンサンマダン・ステイ」

さて、春川のサンサンマダンで注目されているのが、「サンサンマダン・ステイ」。
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サンサンマダンの隣にあった研修センターの建物をホテルとして改装したのだ。
ロビーや廊下に、独特なアート作品があったりする。
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部屋の方は、センスはいいけど、まあ普通だな…と思っていたら、思ってもみない部分に大きな違いが隠れていた。韓国最高のベッドブランド「ACE寝台」のベッドを使っているという。じっさい、一番寝てみると、ベッドが硬くも柔らかくもなくちょうどいい。前日に1時まで飲んだのに、目覚めはよかったし!笑
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サンサンマダン、今回はイベントの準備のために純粋なかたちで見られなかったので、また来ないと!


まだまだ続く、江原道物語。
楽しい記事が続々上がっているので、チェック!

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by matchino | 2015-09-21 20:04 | 江原道 | Comments(2)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その3

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龍山マチノアルキのつづき。

ソウル駅からまた歩いたのは、厚岩洞。
釜山LOVEさんが以前、バスの窓から見て行ってみたいと思ったのが厚岩洞近辺だと思ったから。厚岩洞の辺りにもたくさんの日本家屋がある。

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階段の名残。これもトマソンっていうんだろうか?
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歩いていると、釜山LOVEさんが「解放村ってどの辺りなんですか?」と聞く。それで、どうせ近いので行ってみることにした。


厚岩洞から南山方面に北上して現れたのが、108階段。日本統治時代に、南山の麓に建てられた京城護国神社に昇る階段だったという。
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詳しくはこちら

元はこの真ん中の植え込みはなかったという。殺伐とした雰囲気を和ませるためにつくったらしいが、かえって悪くなっているような…。階段脇の壁には壁画が描かれていたりして、神社の階段だったという痕跡はまったく見当たらない。
それにしても、108っていうのは仏教でいう煩悩の数のことだけど、神社なのになぜ108段なんだろうか。神仏習合?

解放村は、光復後に海外から帰ってきた人たち、あるいは朝鮮戦争後に北から下りてきた、行き場のない人たちが集まって住んでいた場所で、貧しい家がたくさんある、いわゆるタルトンネだと聞いていた。しかし、それは昔の話のようで、他の地域と変わらない家が並んでいる普通の町だった。


でもなんとかうろついているうちに見つけたのが新興市場。
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寂れ具合が最高! 昔は活気があった市場だったというが、今はほとんどの店が店じまいしている。それでも住宅がけっこうあって、たくさんの人が住んでいるようだ。

こういう町によくある街の復興プロジェクトの店。どんなことをやっているんだろうか。
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新興市場からもう一度、108階段の下まで降りてきた。
降りてくる途中にあった古い家と路地。ほとんどこのような風情がなくなっているようだった。
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解放村、ストーリーは残っているけれど、それを語るのはわずかに残る家と地形くらいだというのが惜しいな。

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ああ、今日もよく歩いた。コースを大まかにたどってみると、7.4キロ! これは欲張りすぎだぞ。次に歩くところを開拓しておかないと!。

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by matchino | 2015-09-09 22:40 | マチノアルキ | Comments(2)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その2

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前回、龍山マチノアルキの続き。

線路を2本越えた後、また線路を越える橋を渡る。
セナムト殉教聖地に行くのだ。
セナムトは、朝鮮末期にカトリック教徒の大虐殺が行われた場所。数万人といわれる人々が殉教したという世界にも類をみない殉教地だ。
カトリックが聖地化し、韓屋スタイルの聖堂が建っている。
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聖堂の脇には聖母子像が立っているが、韓服を着ている。
聖公会とかカトリックって、宣教地の文化をよく取り入れているのが興味深い。
この聖堂で個人的に気に入っているのは2階の礼拝堂。屋根の形に合わせた三角の屋根や、石のレリーフで造られた祭壇画などが独特でありながら、荘厳な雰囲気をかもし出している。
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殉教聖地だからか、祭壇画に描かれているのは、殉教した韓国の聖人たちの姿。礼拝堂の周りにあるイエスの受難のレリーフは、イエスも周りの人々も韓国の服装をしているのが面白い。

セナムトの聖堂を出たら、その裏にある古いアパートを見に行く。
おそらく1970年代に建てられたアパートだ。
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漢江に面した所は新しいアパートが建っているが、その内側は古いアパートがたくさん残っている。
建てられた当時は高級マンションだったのだろうが、老朽化が進んでおり、貧しい老人たちが住んでいるようだ。

アパートと一般の住宅が混在する地域には、2階建ての集合住宅があった。
階段を昇ってみると、いい感じの屋上に出た。
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2棟か3棟の集合住宅が並んでおり、屋上はそれぞれ、洗濯物を干したり、天幕を張ったりと、各自が思い思いの改造をほどこして、面白い景色を作り出している。
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集合住宅の間は狭い道になっていて、「道」というよりは「中庭」のような空間になっている。
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奨忠洞にもこんな集合住宅があり、そこはすでに外国人労働者ばかりになっているらしいが、ここはどうなんだろうか。
長くここに住んでいる住民同士のコミュニティーみたいなものが残っているんだろうか?下町情緒的な。
でも、この日は路地に人影は見えなかった。

またすぐ現れた古いアパート。
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この縦につながっている煙突みたいなのは何だろうか?
と思っていたら、釜山LOVEさんが「ダストシュートですよ」と。
「昔のアパートってエレベーターがなかったので、ごみを捨てるのにここから捨てたんですよ。日本だと昭和40年代くらいのアパートにはあったみたいです」とのこと。
なるほど。この建物は1970年代だろうけど、その頃はまだあり得たんだろうな。

まだまだ続く古いアパート群。
この緑色に塗ったアパートは示範アパートだ。
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1960年代後半、ソウルの住宅難と無許可住宅の解決のために、ソウル市が「市民アパート」という名で大々的なアパート建設事業を行った。しかし、超突貫工事で進められ、そのうちの一つである「臥牛アパート」が崩壊することによって市民アパート建設事業は白紙化することとなった。そして、より安全なアパートの「模範を示す」アパートとして登場したのが「示範アパート」だった。
ここ、二村示範アパートもその一つだが、建てられたのは1970年。すでにソウルのあちこちで示範アパートが取り壊されているが、再開発の風にさらされているのは同じことだろう。

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そしてこちらは「二村示範チュンサンアパート」。
「チュンサン」の漢字は見つからなかったが、おそらく「中産」だろう。
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どこまでも続くような古アパートの谷!
「3棟」という表示板のフォントがなんともいえないいい味を出している。
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さて、ここまでで睦子さんが空港に向かわなければならないということで、ソウル駅にタクシーで行くことに。
ソウル駅の前のカムジャタン屋で遅い昼食を食べて、空港鉄道でお見送りしてからは、厚岩洞へ!
マチノアルキの続きは次の更新を待て!

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by matchino | 2015-09-07 22:17 | マチノアルキ | Comments(2)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その1

以前、私が城北洞から梨花洞、昌信洞を案内した美女2人から、「また路地に連れてって!」という要請が来て、マチノアルキを決行した。
今回のエリアは龍山区。古いアパートと日本統治時代の建物を巡った。

地下鉄4号線三角地駅に集まって歩き始めた。
が、路地に入ろうとした途端、2階にある写真館に目が集中!古い建物に古い写真館。
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幸先のいいスタートを切って、最初に訪ねたのは、三角マンション。
1972年に建てられたアパートで、かなり老朽化している。再開発の話もずっと前から出ているものの、いつも頓挫してきたのだという。
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そして、このマンションの隣にある敷地は、日本統治時代の京城電気株式会社の倉庫地であり、それを受け継いだ韓国電力の倉庫地だった所で、当時の木像倉庫が残っている。
三角マンションとこの倉庫を敷地内から見たかったが、今回はマンションの敷地に入ることができた。すると、すぐ隣に木造倉庫が見える!
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この近辺は日本家屋がたくさん残っている。
けっこう広い敷地に残る大きな家屋。2階のベランダには障子が見えたりして、中がすごく気になる。
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やはり統治時代の建物で、日本の建設会社の間組(はざまぐみ)の社屋だったという。ところどころタイルが貼り直してあったりして、「あのタイルは当時のものかなあ?タイルって時代によってサイズとか違うんだよね」とインテリアの専門家の釜山LOVEさん。
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再開発の波の中でも残された建物。増築された痕跡が残る。
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統治時代、日本の医療団体である「同仁会」が建てた龍山鉄道病院。1907年に建てられた。
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普段は入口を柵に塞がれているが、なんとこの日は柵の門が開いている!車が停まっていて何かの作業をしているようだった。
「入っていいですか?」と聞こうと思ったけれど、やぶ蛇になるかも知れないので、そのまま中へ。まったく制止もされずに入れた。ラッキー!
中は廊下を挟んで両側に診療室らしい部屋が並んでいる。部屋には当時の洗面台が残されていた。窓以外は古めかしい感じはない。
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診療室以外の部分はアーチになっている。エントランスの部分かと思ったが、建物の凹んだ部分にあたるため、もしかしたら小さな庭に面した待合室のような所だったのではないだろうか。
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↑この部分。


階段の丸窓が古めかしい感じでいい。
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が、階段の壁がきれいになっていた。新しく改装されるのかもしれない。きれいになってしまう前に見られてよかった!
2階もほぼ同じような形で診療室が並んでいる。
廊下の天井の門がアールになっているのが興味深い。
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龍山駅から二村駅に向かう線路の周辺は、統治時代の鉄道官舎がところどころに残っている。多くが建て直されてまばらにしか残っていないが、小さな切妻屋根の家屋がいくつか見つかった。
…けど、官舎の写真は撮ってなかった!すみません…
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さて、この次はセナムト殉教聖地へ!
次回へ続く。

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by matchino | 2015-08-30 12:10 | マチノアルキ | Comments(8)

建築家・鄭奇鎔氏の茂朱プロジェクトを訪ねて 予習編!

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全羅北道の茂朱(ムジュ)郡に行くことになった。
韓国観光公社の祭りモニターとして、茂朱蛍祭りに行くことになったのだ。
1泊2日で、祭りを体験し、周辺の観光地を回ってくるというミッションが課せられる。
それで、茂朱郡の観光地について調べてみた。
山と川がきれいで、山葡萄のワインが飲めるいいところらしい。
でも、個人的にはアート&建築系を見てきたい。
いろいろと調べるうちに出てきたのが、鄭奇鎔(チョン・ギヨン)氏という建築家の話だった。
鄭奇鎔氏は、10年にわたって茂朱のさまざまな公共建築を手がける「茂朱プロジェクト」を行ったのだという。

さて、鄭奇鎔氏の名前に触れたのは今回が初めてではない。
国立現代美術館で建築関係の展示がシリーズで行われているが、その最初の展示が鄭奇鎔氏のアーカイブ展示だった。大腸ガンで亡くなった鄭奇鎔氏が、自分のさまざまなスケッチや資料などを国立現代美術館に寄贈したが、そのアーカイブが「絵日記」という題名で展示されていた。
鄭奇鎔氏の代表的なプロジェクトである「奇跡の図書館」や、貧しい人たちのための「土の家」など、人にやさしい建築をつくるその思想にとても感銘を受けた。

そして興味を持ったので、「奇跡の図書館」について書いた本も読んでみた。
「奇跡の図書館」は、「ヌッキムピョ」というテレビ番組で行った、図書館のない田舎の町に子供のための図書館を建てるというプロジェクト。全国各地にいくつもの図書館が建てられたが、その建築家として抜擢されたのが鄭奇鎔氏だった。鄭奇鎔氏のこの図書館の建築に対する思想がとても感動的で、子供の目線に立った図書館設計がとてもすばらしいと思った。
奇跡の図書館をぜひ一つでも見てみたいと思っているが、皆、田舎にあるため訪ねる機会がなかった。

そして思いがけず、鄭奇鎔氏の建築を見に行く機会がやってきたのだ。
ネットで調べてみると、茂朱に「鄭奇鎔建築ツアー」に行っている人が何人もいた。
茂朱プロジェクトについては鄭奇鎔氏が「感応の建築」という本に書いているということなので、茂朱に行く前にその本を読んでいる。
郡庁や面事務所、昆虫博物館、郷土博物館、運動場、バス停など、小さくとも意味深い建築がたくさん建てられたらしい。
プロジェクトから何年も経っているため、今はどのように使われているのか、この目で確かめてみたいと思う。

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by matchino | 2015-08-23 22:03 | 建築 | Comments(0)

廃焼却場を利用した美術展「空間の耽溺」展

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韓国のあちこちで、廃墟となった空間の再利用がなされているが、また新しい再利用空間が誕生した。
仁川に近い、京畿道富川市の廃焼却場が文化空間として生まれ変わったという。その第1回のイベントとして、19人の芸術家たちが作品を展示する「空間の耽溺」展が開かれている。
廃墟好き、インスタレーション好きとしては行かずにはいられない展示だ。家から2時間、電車とバスを乗り継いで行ってきた。

富川駅からバスに乗って30分。近くの停留所から歩いていくと、交差点に門が面していて、展示の横断幕が張られていた。
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入ってすぐ事務棟があり、その建物で展示が行われていた。

建物に入るなり、廊下の一面が茶色い紙とテープで覆われている。さらに左側の廊下に入っていくと、廊下全体が紙とテープに覆われていた。
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クリストの建物を覆ってしまうプロジェクを思わせる。内部から覆っているからクリストの反対だな。部屋に入ると、部屋の中にまで紙が入り込んでいた。

そして、部屋の片隅には廃材で作られたオブジェ。
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他の部屋ではスタッフが、一般人対象の参加型プログラムを準備していた。
が、観客は誰もいない。まだ早い時間とはいえ、一人もいないとは…。

さて、地下と2階にも展示があるらしく、まず地下に降りてみた。
地下は薄暗く、映像が再生されているような光が部屋から漏れていた。
階段を降りきったところで、足を踏み外してしまった。
と思ったら、

「あ! 水!」

足を踏み外したところに水たまりがあったようで、靴が濡れてしまった。
子供を前におぶっていたので見えなかったのだが、地下は床一面水浸しで、人一人が通れるくらいの足場が作られている。
雨が入り込んだのかと思ったが、足場を伝って部屋に入って驚いた。
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部屋の奥の一面に映像が投影されていて、下の水にその映像が反射している。部屋が暗いので深い池のようにも見えて、神秘的な雰囲気さえ感じさせる。

地下には3つの部屋があり、そのすべてが水が張ってあった。
隣の部屋には壁に工場の内部の写真が展示されていて、奥には煙突のようなオブジェがあって水蒸気の煙を吐き出している。怪しげな工場のようにも見えるが、森の中の池で不思議な生物に出会ったような感覚もする。
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もう一つの部屋はさらに暗くなっていて、外からの光が差し込む一角があり、その反対側には木で作られたボートと小屋のオブジェが、水の上に浮かぶように置かれている。
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この三つの部屋は4人の作家による展示だが、床に水が張られていることによって作品がより一層引き立つ。これは作家たちが自ら提案したものなんだろうか。ロケーションとも相まって素晴らしい展示だ。
(追記: この水が張ってあるのは、浸水してしまったものをそのまま活用したのだという。そういうことができるセンスって素晴らしい!)

2階の展示も面白かった。
部屋に入ると、部屋の一角には焼却場時代のものらしい機械が置かれていて、部屋の真ん中には天井から下がった水風船。
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機械とオブジェと、広い窓のある部屋の雰囲気との不思議な調和。

2階の他の部屋はまあまあ。
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この建物の向こうにも大きな建物があって、そちらの方に行ってみたが、入り口にシャッターが下りている。スタッフに訊いてみると、積んであった段ボール箱が雨と風で倒れてしまったため、閉鎖したという。
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スタッフは「作品だけ見ますか?」と、裏口に案内してくれた。
大きな倉庫のような空間にいくつかの作品が展示されていた。
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何本かの細長いライトが並んでいる。
これを手で触ると手の熱に反応して光が集まってくる。
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36個のスピーカーが円形に吊るされていて、ときどき「ごおーん」という鐘の音が聞こえる。
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50年代にこの焼却場が建てられてから、産業化がなされてさまざまな出来事が起きてきたが、それらの出来事を旗によって表現したという。緑色の旗がセマウル運動の旗を思わせる。床に置いてある三つの星はサムスン(三星)だという。
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そして最後の作品。
柵があって、その向こうは…虚構⁉︎
…と思うくらいの広い空間が広がっていた。というよりは、天井が高くて下も深い。そして正面には巨大な布が風にゆっくりと揺れている。
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ゴミが最終的に集められる空間だったそうで、この空間だけで圧巻!
布には白い光が投射されて弧を描く。
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隣には、その光の軌跡を合成して月の姿を作った写真作品があった。
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これからどんなイベントが行われていくんだろうか?
家から遠くて行くのは大変だが、また来てみたい。

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by matchino | 2015-08-09 20:31 | 展覧会 | Comments(0)