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〈江原道〉建築好きは必見! 春川サンサンマダン

江原道オピニオンリーダー取材ツアー。さっそく第1回目!

ツアー1日目のメインはやはり、春川サンサンマダン。建築好きとしてはサンサンマダンは必見の場所だ。私もずっと来てみたかった場所だった。
弘大にもKT&GのCSR事業として運営している文化空間「サンサンマダン」があるが、昨年、春川にもできたのだ。弘大が20~30代のためのものだととすれば、ここ春川は家族のための空間。

e0160774_13503280.jpg春川サンサンマダンで重要なのは、韓国を代表する現代建築家・金寿根(キム・スグン)氏が設計し、子供会館として建てられた建物を買い取ってリニューアルしたこと。

金寿根氏(写真左/写真は韓国民族文化大百科事典より)は、韓国の国家的プロジェクトを多く手がけた建築家で、ソウルオリンピックのメインスタジアムをはじめとする多くの競技場を設計したり、ソウルの南北を貫く住商複合アパートの「世運商街」などのプロジェクトを手がけた。このブログでも紹介したヒルトップバーアルコ美術館国立扶余博物館京東教会なども設計している。

金寿根氏はたくさんの素晴らしいレンガ造りの建築を残したが、この子供会館はその集大成といえる。
1980年5月5日、子供の日(韓国も子供の日は日本と同じ日)に建てられた子供会館は、数年で用途変更され、数奇な運命をたどることとなったが、それから34年、子供会館は、芸術家と芸術を愛する市民のための空間とした生まれ変わった。
今までさまざまな用途に使われる中で付けられてきた余分なものを全て取り除き、純粋な子供会館時代の姿を取り戻したという。

サンサンマダンではさまざまな文化活動ができるようになっており、その一つひとつをサンサンマダンのパート長であるパク・ジョンウンさんが案内してくれた。

サンサンマダンは蝶のような形をした建物と、その前の扇型の観客席からなっている。
まず、羽の先端に当たる入り口から入る。
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少し暗めに照明を落とした長細い空間で、内部もレンガがむき出しになっている。壁の片方には2段のスロープがあり、それで上り下りするようになっている。外観も変わった形になっているが、スロープによってさまざまな角度から空間を眺められるため、空間自体の多様さをも楽しめる感じだ。
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ここで気になったのは、建てられてから30年に以上経っているため、構造的に修復した部分はあったのかということ。訊いてみると、構造上の問題はまったくなかったとのことだった。
「コンクリートで建てられていたら持たなかったと思いますが、レンガだけで建てられているので丈夫なんですよ」とパクさんは教えてくれた。なるほどー。


サンサンマダンでは、美術、音楽、デザイン、舞台芸術、映画などのさまざまなジャンルの活動ができるような施設が整っている。


まずは、「サウンドホール」というライブハウス。
レンガの壁はそのまま残しながら、木の音響施設を設置している。
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せっかくだから記念撮影。すぐにこういう写真が撮れる役者揃い…。笑
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ライブスタジオ。
レコーディングスタジオだが、何人か観客を呼んでライブをしながらレコーディングができるのがポイント。
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マリちゃん、かっこいい!


フォトスタジオ。
写真屋のナホさんも「ここに引っ越したい!」というほどの設備が整っている。ここでも記念撮影。
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メディアラボ。
プロ用の機器で編集ができる。1テーブルあたり1000万ウォンの機材なんだとか!
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ギャラリー。
この日はホログラムの作品の展示がなされていた。
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展示だけでなく、空間も面白い。
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金寿根氏のスケッチと図面。
実際の寸法とは違うことが分かり、図面を引き直したそうだが、この建築と建築家を尊重する姿勢が表れている。
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そして外へ。
次の日に行われる「Have a nice day」というイベントの準備をしていた。翼を広げた形の建物の中央部分にステージが設けられているが、その後ろには空間が空いていて、後ろの衣岩湖が四角いフレームの中に見えるようになっている。
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この建物自体、美しく、楽しい建築だが、衣岩湖のほとりにあるというロケーションを最大限活かしている。
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そして最後はミュージアムショップ。弘大のサンサンマダンもそうだが、思わず買いたくなるような面白くてかわいいグッズがたくさん。
一つだけ写真を撮ったのは、ティーダイバー。紅茶の葉をこの中に入れてカップの中に沈めるのだ。
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あれこれ伸びそうになる手を抑えていたら、パクさんがブレゼントをくださった。飲み物を入れると温度で枯れ木に花が咲くというマグカップ。
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今回、案内をしてくれたのは、取材に行ったからかと思ったが、誰でも参加できるツアーもあるらしい。10人以上で予約する必要があるのと、韓国語の案内だけなのでハードルは高いが、サンサンマダンを含めた春川建築ツアーを企画するってのもありかな、と。


サンサンマダンにホテルが! 「サンサンマダン・ステイ」

さて、春川のサンサンマダンで注目されているのが、「サンサンマダン・ステイ」。
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サンサンマダンの隣にあった研修センターの建物をホテルとして改装したのだ。
ロビーや廊下に、独特なアート作品があったりする。
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部屋の方は、センスはいいけど、まあ普通だな…と思っていたら、思ってもみない部分に大きな違いが隠れていた。韓国最高のベッドブランド「ACE寝台」のベッドを使っているという。じっさい、一番寝てみると、ベッドが硬くも柔らかくもなくちょうどいい。前日に1時まで飲んだのに、目覚めはよかったし!笑
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サンサンマダン、今回はイベントの準備のために純粋なかたちで見られなかったので、また来ないと!


まだまだ続く、江原道物語。
楽しい記事が続々上がっているので、チェック!

カリスマ・コスメライター、ジャヨンミさんの韓国コスメイヤギ韓式イヤギbyジャヨンミ
marikoevelynさんのブログmarikoevelyn
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by matchino | 2015-09-21 20:04 | 江原道 | Comments(2)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その3

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龍山マチノアルキのつづき。

ソウル駅からまた歩いたのは、厚岩洞。
釜山LOVEさんが以前、バスの窓から見て行ってみたいと思ったのが厚岩洞近辺だと思ったから。厚岩洞の辺りにもたくさんの日本家屋がある。

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階段の名残。これもトマソンっていうんだろうか?
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歩いていると、釜山LOVEさんが「解放村ってどの辺りなんですか?」と聞く。それで、どうせ近いので行ってみることにした。


厚岩洞から南山方面に北上して現れたのが、108階段。日本統治時代に、南山の麓に建てられた京城護国神社に昇る階段だったという。
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詳しくはこちら

元はこの真ん中の植え込みはなかったという。殺伐とした雰囲気を和ませるためにつくったらしいが、かえって悪くなっているような…。階段脇の壁には壁画が描かれていたりして、神社の階段だったという痕跡はまったく見当たらない。
それにしても、108っていうのは仏教でいう煩悩の数のことだけど、神社なのになぜ108段なんだろうか。神仏習合?

解放村は、光復後に海外から帰ってきた人たち、あるいは朝鮮戦争後に北から下りてきた、行き場のない人たちが集まって住んでいた場所で、貧しい家がたくさんある、いわゆるタルトンネだと聞いていた。しかし、それは昔の話のようで、他の地域と変わらない家が並んでいる普通の町だった。


でもなんとかうろついているうちに見つけたのが新興市場。
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寂れ具合が最高! 昔は活気があった市場だったというが、今はほとんどの店が店じまいしている。それでも住宅がけっこうあって、たくさんの人が住んでいるようだ。

こういう町によくある街の復興プロジェクトの店。どんなことをやっているんだろうか。
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新興市場からもう一度、108階段の下まで降りてきた。
降りてくる途中にあった古い家と路地。ほとんどこのような風情がなくなっているようだった。
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解放村、ストーリーは残っているけれど、それを語るのはわずかに残る家と地形くらいだというのが惜しいな。

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ああ、今日もよく歩いた。コースを大まかにたどってみると、7.4キロ! これは欲張りすぎだぞ。次に歩くところを開拓しておかないと!。

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by matchino | 2015-09-09 22:40 | マチノアルキ | Comments(2)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その2

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前回、龍山マチノアルキの続き。

線路を2本越えた後、また線路を越える橋を渡る。
セナムト殉教聖地に行くのだ。
セナムトは、朝鮮末期にカトリック教徒の大虐殺が行われた場所。数万人といわれる人々が殉教したという世界にも類をみない殉教地だ。
カトリックが聖地化し、韓屋スタイルの聖堂が建っている。
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聖堂の脇には聖母子像が立っているが、韓服を着ている。
聖公会とかカトリックって、宣教地の文化をよく取り入れているのが興味深い。
この聖堂で個人的に気に入っているのは2階の礼拝堂。屋根の形に合わせた三角の屋根や、石のレリーフで造られた祭壇画などが独特でありながら、荘厳な雰囲気をかもし出している。
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殉教聖地だからか、祭壇画に描かれているのは、殉教した韓国の聖人たちの姿。礼拝堂の周りにあるイエスの受難のレリーフは、イエスも周りの人々も韓国の服装をしているのが面白い。

セナムトの聖堂を出たら、その裏にある古いアパートを見に行く。
おそらく1970年代に建てられたアパートだ。
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漢江に面した所は新しいアパートが建っているが、その内側は古いアパートがたくさん残っている。
建てられた当時は高級マンションだったのだろうが、老朽化が進んでおり、貧しい老人たちが住んでいるようだ。

アパートと一般の住宅が混在する地域には、2階建ての集合住宅があった。
階段を昇ってみると、いい感じの屋上に出た。
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2棟か3棟の集合住宅が並んでおり、屋上はそれぞれ、洗濯物を干したり、天幕を張ったりと、各自が思い思いの改造をほどこして、面白い景色を作り出している。
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集合住宅の間は狭い道になっていて、「道」というよりは「中庭」のような空間になっている。
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奨忠洞にもこんな集合住宅があり、そこはすでに外国人労働者ばかりになっているらしいが、ここはどうなんだろうか。
長くここに住んでいる住民同士のコミュニティーみたいなものが残っているんだろうか?下町情緒的な。
でも、この日は路地に人影は見えなかった。

またすぐ現れた古いアパート。
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この縦につながっている煙突みたいなのは何だろうか?
と思っていたら、釜山LOVEさんが「ダストシュートですよ」と。
「昔のアパートってエレベーターがなかったので、ごみを捨てるのにここから捨てたんですよ。日本だと昭和40年代くらいのアパートにはあったみたいです」とのこと。
なるほど。この建物は1970年代だろうけど、その頃はまだあり得たんだろうな。

まだまだ続く古いアパート群。
この緑色に塗ったアパートは示範アパートだ。
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1960年代後半、ソウルの住宅難と無許可住宅の解決のために、ソウル市が「市民アパート」という名で大々的なアパート建設事業を行った。しかし、超突貫工事で進められ、そのうちの一つである「臥牛アパート」が崩壊することによって市民アパート建設事業は白紙化することとなった。そして、より安全なアパートの「模範を示す」アパートとして登場したのが「示範アパート」だった。
ここ、二村示範アパートもその一つだが、建てられたのは1970年。すでにソウルのあちこちで示範アパートが取り壊されているが、再開発の風にさらされているのは同じことだろう。

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そしてこちらは「二村示範チュンサンアパート」。
「チュンサン」の漢字は見つからなかったが、おそらく「中産」だろう。
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どこまでも続くような古アパートの谷!
「3棟」という表示板のフォントがなんともいえないいい味を出している。
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さて、ここまでで睦子さんが空港に向かわなければならないということで、ソウル駅にタクシーで行くことに。
ソウル駅の前のカムジャタン屋で遅い昼食を食べて、空港鉄道でお見送りしてからは、厚岩洞へ!
マチノアルキの続きは次の更新を待て!

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by matchino | 2015-09-07 22:17 | マチノアルキ | Comments(2)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その1

以前、私が城北洞から梨花洞、昌信洞を案内した美女2人から、「また路地に連れてって!」という要請が来て、マチノアルキを決行した。
今回のエリアは龍山区。古いアパートと日本統治時代の建物を巡った。

地下鉄4号線三角地駅に集まって歩き始めた。
が、路地に入ろうとした途端、2階にある写真館に目が集中!古い建物に古い写真館。
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幸先のいいスタートを切って、最初に訪ねたのは、三角マンション。
1972年に建てられたアパートで、かなり老朽化している。再開発の話もずっと前から出ているものの、いつも頓挫してきたのだという。
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そして、このマンションの隣にある敷地は、日本統治時代の京城電気株式会社の倉庫地であり、それを受け継いだ韓国電力の倉庫地だった所で、当時の木像倉庫が残っている。
三角マンションとこの倉庫を敷地内から見たかったが、今回はマンションの敷地に入ることができた。すると、すぐ隣に木造倉庫が見える!
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この近辺は日本家屋がたくさん残っている。
けっこう広い敷地に残る大きな家屋。2階のベランダには障子が見えたりして、中がすごく気になる。
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やはり統治時代の建物で、日本の建設会社の間組(はざまぐみ)の社屋だったという。ところどころタイルが貼り直してあったりして、「あのタイルは当時のものかなあ?タイルって時代によってサイズとか違うんだよね」とインテリアの専門家の釜山LOVEさん。
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再開発の波の中でも残された建物。増築された痕跡が残る。
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統治時代、日本の医療団体である「同仁会」が建てた龍山鉄道病院。1907年に建てられた。
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普段は入口を柵に塞がれているが、なんとこの日は柵の門が開いている!車が停まっていて何かの作業をしているようだった。
「入っていいですか?」と聞こうと思ったけれど、やぶ蛇になるかも知れないので、そのまま中へ。まったく制止もされずに入れた。ラッキー!
中は廊下を挟んで両側に診療室らしい部屋が並んでいる。部屋には当時の洗面台が残されていた。窓以外は古めかしい感じはない。
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診療室以外の部分はアーチになっている。エントランスの部分かと思ったが、建物の凹んだ部分にあたるため、もしかしたら小さな庭に面した待合室のような所だったのではないだろうか。
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↑この部分。


階段の丸窓が古めかしい感じでいい。
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が、階段の壁がきれいになっていた。新しく改装されるのかもしれない。きれいになってしまう前に見られてよかった!
2階もほぼ同じような形で診療室が並んでいる。
廊下の天井の門がアールになっているのが興味深い。
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龍山駅から二村駅に向かう線路の周辺は、統治時代の鉄道官舎がところどころに残っている。多くが建て直されてまばらにしか残っていないが、小さな切妻屋根の家屋がいくつか見つかった。
…けど、官舎の写真は撮ってなかった!すみません…
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さて、この次はセナムト殉教聖地へ!
次回へ続く。

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by matchino | 2015-08-30 12:10 | マチノアルキ | Comments(8)

建築家・鄭奇鎔氏の茂朱プロジェクトを訪ねて 予習編!

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全羅北道の茂朱(ムジュ)郡に行くことになった。
韓国観光公社の祭りモニターとして、茂朱蛍祭りに行くことになったのだ。
1泊2日で、祭りを体験し、周辺の観光地を回ってくるというミッションが課せられる。
それで、茂朱郡の観光地について調べてみた。
山と川がきれいで、山葡萄のワインが飲めるいいところらしい。
でも、個人的にはアート&建築系を見てきたい。
いろいろと調べるうちに出てきたのが、鄭奇鎔(チョン・ギヨン)氏という建築家の話だった。
鄭奇鎔氏は、10年にわたって茂朱のさまざまな公共建築を手がける「茂朱プロジェクト」を行ったのだという。

さて、鄭奇鎔氏の名前に触れたのは今回が初めてではない。
国立現代美術館で建築関係の展示がシリーズで行われているが、その最初の展示が鄭奇鎔氏のアーカイブ展示だった。大腸ガンで亡くなった鄭奇鎔氏が、自分のさまざまなスケッチや資料などを国立現代美術館に寄贈したが、そのアーカイブが「絵日記」という題名で展示されていた。
鄭奇鎔氏の代表的なプロジェクトである「奇跡の図書館」や、貧しい人たちのための「土の家」など、人にやさしい建築をつくるその思想にとても感銘を受けた。

そして興味を持ったので、「奇跡の図書館」について書いた本も読んでみた。
「奇跡の図書館」は、「ヌッキムピョ」というテレビ番組で行った、図書館のない田舎の町に子供のための図書館を建てるというプロジェクト。全国各地にいくつもの図書館が建てられたが、その建築家として抜擢されたのが鄭奇鎔氏だった。鄭奇鎔氏のこの図書館の建築に対する思想がとても感動的で、子供の目線に立った図書館設計がとてもすばらしいと思った。
奇跡の図書館をぜひ一つでも見てみたいと思っているが、皆、田舎にあるため訪ねる機会がなかった。

そして思いがけず、鄭奇鎔氏の建築を見に行く機会がやってきたのだ。
ネットで調べてみると、茂朱に「鄭奇鎔建築ツアー」に行っている人が何人もいた。
茂朱プロジェクトについては鄭奇鎔氏が「感応の建築」という本に書いているということなので、茂朱に行く前にその本を読んでいる。
郡庁や面事務所、昆虫博物館、郷土博物館、運動場、バス停など、小さくとも意味深い建築がたくさん建てられたらしい。
プロジェクトから何年も経っているため、今はどのように使われているのか、この目で確かめてみたいと思う。

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by matchino | 2015-08-23 22:03 | 建築 | Comments(0)

廃焼却場を利用した美術展「空間の耽溺」展

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韓国のあちこちで、廃墟となった空間の再利用がなされているが、また新しい再利用空間が誕生した。
仁川に近い、京畿道富川市の廃焼却場が文化空間として生まれ変わったという。その第1回のイベントとして、19人の芸術家たちが作品を展示する「空間の耽溺」展が開かれている。
廃墟好き、インスタレーション好きとしては行かずにはいられない展示だ。家から2時間、電車とバスを乗り継いで行ってきた。

富川駅からバスに乗って30分。近くの停留所から歩いていくと、交差点に門が面していて、展示の横断幕が張られていた。
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入ってすぐ事務棟があり、その建物で展示が行われていた。

建物に入るなり、廊下の一面が茶色い紙とテープで覆われている。さらに左側の廊下に入っていくと、廊下全体が紙とテープに覆われていた。
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クリストの建物を覆ってしまうプロジェクを思わせる。内部から覆っているからクリストの反対だな。部屋に入ると、部屋の中にまで紙が入り込んでいた。

そして、部屋の片隅には廃材で作られたオブジェ。
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他の部屋ではスタッフが、一般人対象の参加型プログラムを準備していた。
が、観客は誰もいない。まだ早い時間とはいえ、一人もいないとは…。

さて、地下と2階にも展示があるらしく、まず地下に降りてみた。
地下は薄暗く、映像が再生されているような光が部屋から漏れていた。
階段を降りきったところで、足を踏み外してしまった。
と思ったら、

「あ! 水!」

足を踏み外したところに水たまりがあったようで、靴が濡れてしまった。
子供を前におぶっていたので見えなかったのだが、地下は床一面水浸しで、人一人が通れるくらいの足場が作られている。
雨が入り込んだのかと思ったが、足場を伝って部屋に入って驚いた。
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部屋の奥の一面に映像が投影されていて、下の水にその映像が反射している。部屋が暗いので深い池のようにも見えて、神秘的な雰囲気さえ感じさせる。

地下には3つの部屋があり、そのすべてが水が張ってあった。
隣の部屋には壁に工場の内部の写真が展示されていて、奥には煙突のようなオブジェがあって水蒸気の煙を吐き出している。怪しげな工場のようにも見えるが、森の中の池で不思議な生物に出会ったような感覚もする。
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もう一つの部屋はさらに暗くなっていて、外からの光が差し込む一角があり、その反対側には木で作られたボートと小屋のオブジェが、水の上に浮かぶように置かれている。
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この三つの部屋は4人の作家による展示だが、床に水が張られていることによって作品がより一層引き立つ。これは作家たちが自ら提案したものなんだろうか。ロケーションとも相まって素晴らしい展示だ。
(追記: この水が張ってあるのは、浸水してしまったものをそのまま活用したのだという。そういうことができるセンスって素晴らしい!)

2階の展示も面白かった。
部屋に入ると、部屋の一角には焼却場時代のものらしい機械が置かれていて、部屋の真ん中には天井から下がった水風船。
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機械とオブジェと、広い窓のある部屋の雰囲気との不思議な調和。

2階の他の部屋はまあまあ。
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この建物の向こうにも大きな建物があって、そちらの方に行ってみたが、入り口にシャッターが下りている。スタッフに訊いてみると、積んであった段ボール箱が雨と風で倒れてしまったため、閉鎖したという。
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スタッフは「作品だけ見ますか?」と、裏口に案内してくれた。
大きな倉庫のような空間にいくつかの作品が展示されていた。
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何本かの細長いライトが並んでいる。
これを手で触ると手の熱に反応して光が集まってくる。
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36個のスピーカーが円形に吊るされていて、ときどき「ごおーん」という鐘の音が聞こえる。
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50年代にこの焼却場が建てられてから、産業化がなされてさまざまな出来事が起きてきたが、それらの出来事を旗によって表現したという。緑色の旗がセマウル運動の旗を思わせる。床に置いてある三つの星はサムスン(三星)だという。
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そして最後の作品。
柵があって、その向こうは…虚構⁉︎
…と思うくらいの広い空間が広がっていた。というよりは、天井が高くて下も深い。そして正面には巨大な布が風にゆっくりと揺れている。
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ゴミが最終的に集められる空間だったそうで、この空間だけで圧巻!
布には白い光が投射されて弧を描く。
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隣には、その光の軌跡を合成して月の姿を作った写真作品があった。
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これからどんなイベントが行われていくんだろうか?
家から遠くて行くのは大変だが、また来てみたい。

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by matchino | 2015-08-09 20:31 | 展覧会 | Comments(0)

大学路の恵化洞聖堂

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数年前に建築の本を読んで、見に行きたくなったのが、切頭山殉教聖地の教会。
建築家・李喜泰氏の設計で、建築の本を読むとたくさん出てくる名前だった。
そして大学路あたりを歩きながら気になったのが、恵化洞聖堂。設計は李喜泰氏。
いつか行ってみようと思っていたところ、時間ができて行ってみた。

地下鉄4号線の恵化駅から北に数分歩くと、東南アジア系の人たちが歩道にテントを張って食材を売っている。恵化洞聖堂に通うフィリピン人たちなんだそうだ。
そのテントの群れを過ぎると間も無く現れるのが恵化洞聖堂。
坂の上に、更に階段の上に聖堂が建っているため、遠くからでも塔や白い壁のレリーフがよく見える。

花崗岩のレリーフは、金世中が原画を描いて張基殷と共に作成した「最後の審判図」で、イエスを中心に4人の福音書の著者たちの象徴が刻まれているんだという。
でも、イエス以外は、羽が生えた動物で、一人は人間の姿をしている。
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どの動物が誰を示しているのか、ネットではそれ以上の詳しい説明は見つからなかった。で、図像学について調べてみて、やっと誰なのか分かった。左から、マルコ(獅子)、ヨハネ(鷲)、マタイ(人間)、ルカ(牛)なんだそうだ。

その左側には花崗岩の白い壁と対比になっているレンガ造りの四角い塔。そこにもレリーフが飾られている。このレリーフは恵化洞教会の守護聖人である聖ベネディクト。

普通、教会建築は左右対称になっていることが多いが、ここは非対称になっている。
前に読んだ本によると、西洋では秩序を重要視するため対称を多用し、韓国の伝統建築ではなるべく非対称になるようにするんだとか。
この教会も、西洋建築でありながらも韓国の伝統を取り入れようという試みがなされた初期の教会建築なんだという。
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正面に三つのドアが付いていて、ドアには四角いガラスがはめ込んである。中に入ってみると、ステンドグラスだった。
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人が少ない時間で照明が点いていないためか、玄関ホールは薄暗くなっていて、ステンドグラスがよく見える。
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礼拝堂のドアをそっと開けると、シスターや信徒たちが何人か祈りを捧げている。一緒に来た娘に「静かにするんだよー」と言って中に入った。

右側のドアから入ると目の前に見えたのがいばらの冠を被ったイエスの像。
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そしてその向こうに信徒席があり、祭壇がある。
祭壇はモザイクタイルで何かが描かれている。空なんだろうか、左の方に太陽が描かれているが、抽象的な絵だ。
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礼拝堂の両側には正方形のステンドグラスが3つずつ。
左側は聖書の物語に関する絵なんだろうか。
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そして右側は鳩と十字架と太極。
韓国を代表するイメージが入っているのも興味深い。
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右側のステンドグラスは黒い部分がはっきりしているのに対し、左側のものは黒のキワがぼかしというか、かすれというか、独特な効果を出している。それで、作家が違うのかと思ったが、李南圭という作家が数年かけて29点作ったんだという。
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娘が静かにしていられる限界が来たので、礼拝堂を出た。
祭壇の横のステンドグラスも見たかったけど、残念。後で調べてみると、祭壇の右側には韓国の103人の殉教者たちの姿が描かれた絵がかかっているらしい。これも次に見に行かないとだな。
後で調べてみると、この聖堂はキリスト教美術の宝庫ともいわれるような所で、著名なキリスト教徒の作家たちの作品がたくさんあるんだという。

建物の外を回ってみると、ステンドグラスの脇に薄いコンクリートの板が突出している。なぜこのような構造になっているのか、ちょっと考えてみた。礼拝堂の中に柱がないため、壁で屋根を支えなければならないけれど、ステンドグラスも大きいので、壁にも荷重をかけられる幅をとるのが難しい。それで、壁の一部を外に突出させて面積を稼ぐことにしたんではないだろうか。誰かに聞いてみよう。
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これは祭壇の右にあるステンドグラスの外側。
機能的な構造なんだろうけれど、なんかいい感じ。

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聖堂を後にし、梨花洞を散歩して帰った。
大学路あたりってなかなかいい建築と路地が多い。
また来よう。

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by matchino | 2015-08-05 22:32 | 建築 | Comments(0)

公州・公山城の「蚕種冷蔵庫」

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百済の遺跡を巡るツアーで出会った近代遺産、もう一つは公州の百済遺跡である公山城の中にあった。
公山城の入り口となっている錦西楼から左の城壁の上を歩き、錦江沿いに城を回っていくと鉄柵に閉じされた地下への入口がある。これが1915年につくられた「蚕種冷蔵庫」。
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忠清南道地域の養蚕農家に供給する蚕種を保管していた冷蔵庫だという。
卵で冬を越す蚕は4月頃に孵化するが、蚕が食べる桑が本格的に芽吹き始めるのは5月だあるため、蚕の孵化を遅らせる必要がある。そのため、錦江の氷と共に蚕の卵を地下室に保管しておいたのが、この蚕種冷蔵庫。
地下1階で長さが11.6m、幅と高さが2mの鉄筋コンクリート造り。
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と、ここまでは分かった。
でもいくつかの疑問が残る。

・なぜ公山城の中につくられたのか?
・日本では、富岡製糸場などで年に2蚕、3蚕を行って生産量を上げるために蚕種冷蔵庫が使われたというが、韓国ではそのようなことはなかったのか?
・この蚕種冷蔵庫は日本統治時代に作られたのだが、それ以前から蚕種冷蔵庫がほかにもあったのだろうか?
・この蚕種冷蔵庫は日本人が使っていたものなのだろうか?あるいは韓国人も使ったのだろうか?

だだの小さな地下室に過ぎないのに、気になりだすといろいろなものが見えてくる。
産業遺産ってけっこう面白い。
で、ちょっと調べてみたら、こんな記事が見つかった。
それでも謎は解けず…。蚕室、行ってみるか…。


ここでツアーのお知らせ。
百済歴史文化地区の世界遺産登録の立役者となった研究者の解説を聞きながら扶余・公州を巡るツアーを企画しています。
百済遺跡だけでなく、扶余・公州の近代建築や路地を巡るツアーも企画中。
関心のある方はコメントください!

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by matchino | 2015-07-25 22:09 | 建築 | Comments(2)

金寿根氏の問題の建築、旧・国立扶余博物館


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ユネスコ世界遺産に日本の産業遺産が登録される前日、韓国の「百済歴史地区」も世界遺産の登録が決定した。
その遺跡の広報のために、この地域にあたる忠清南道と全羅北道の知事と共に巡る記者団のファムツアーが行われ、参加してきた。
私が忠清南道の公州市と扶余郡の百済に関する遺跡を訪ねるのは実は3回目で、それほど期待していなかったが、解説をしてくれた人たちがその分野の専門家で、素晴らしく興味深いツアーだった。
その内容は別のメディアに書くことにして、ここでは、百済とは違う、近代建築系に出会った話。

まず、扶余郡の扶蘇山城に訪問した時の話。百済時代の遺跡があり、落花岩の逸話で有名な所だが、偶然にもずっと前から見たかった近代建築に出会った。
扶蘇山城の入り口付近にある「扶余客舎」という建物の前で解説を聞いている時、屋根の向こうに不思議な形の突起物が見えた。

あ、あれは旧・国立扶余博物館だ!
韓国現代建築の第一世代にあたる金寿根氏が設計した、独特な形の建物。
でも、この建物はこのフォルムのために大きな非難を受け、金寿根氏の建築家としての人生に大きな打撃を与えた。
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この建物が完成して間もない1967年8月19日、東亜日報の社会面にある記事が載った。内容は、国立扶余博物館の建物が日本の神社に酷似しているというもの。
新聞に掲載された写真は入り口部分を意図的に神社の鳥居に見えるように撮影したもので、明らかな情報操作の意図が含まれていたが、当時の社会は言論のいうことは無条件信じるような状況だったため、世論は完全に金寿根氏に不利な方向に傾いた。
その写真は明らかなでっちあげだが、博物館の屋根の形が日本の神社の屋根に似ているということは、他の建築家たちも認めるものだった。
今でも韓国では旭日旗を思わせるデザインは批判の的になったりするが、神社参拝を強制されていた韓国人にとって神社に似たデザインはあり得ないものだったし、それが百済の歴史を展示する博物館であるならなおさらのことだ。
新聞の記事に対し、金寿根氏は、「百済の遺物からとったデザインだ」と反論したが、金寿根氏と並ぶ韓国現代建築界の双塔である金重業氏が新聞に博物館を非難するコラムを書き、新聞を通した「炎上」騒ぎはさらに大きくなった。
その後も金寿根氏は「これは私のオリジナルのデザインだ」、「日本で建築を学んだ私が日本の影響を受けていることは間違いないが、影響を受けてはならないという法がどこにあるのか」などと反論したが、金重業氏だけでなく、他の建築家たちも金寿根氏を批判した。
そして、国立扶余博物館の「審議委員会」の現場調査の結果、「この建物は直す余地なし。解体すべし」という結論に至った…という新聞記事が出た。
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それでは、博物館は解体されてしまったのかというと、私が今回見てきたように、しっかりと残っている。国立扶余博物館は新しく建てられた建物に移り、この建物は百済工芸文化館として使われている。
それでも、いくつかの修正は加えられたようだ。「鳥居のようだ」といわれた入り口部分はなくなり、屋根には瓦が乗っていて、なんとか「韓国らしさ」を出そうとした痕跡が認められる。もちろん、今となってはそのような上辺だけの「韓国らしさ」は前時代の考え方となっているが、その当時は韓国を代表する建築家さえそのような考えを持っていたのだ。
ある意味においては、この国立扶余博物館に関する論議は、建築における「韓国的なものとはなにか」という疑問を投げかける契機を与えた事件だったといえる。
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後で調べてみると、内部構造などは「神社に似ている」と断罪して壊してしまうには惜しい素晴らしい空間を持っているのだという。今回は外観しか見られなかったので、もう一度訪ねないとだな。
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冒頭にも書いたが、今回のツアーの目玉はなんといっても解説をしてくださった専門家の皆さんだが、そのうちの一人の方がとっておきのコースを案内してくださるという話をいただいてきた。それで、「世界遺産登録の立役者と巡る百済の遺跡ツアー」を企画してみようと思う。
また、扶余・公州は近代の路地が残っている地域でもあるため、そちらのツアーも企画中。関心のある方はコメントをお願いします!

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by matchino | 2015-07-20 21:09 | 建築 | Comments(0)

国立現代美術館ソウル館「若い建築家プログラム」2015

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国立現代美術館ソウル館で、昨年から行われている「若い建築家プログラム」。今年もソウル館の中庭に作品が設置されている。
去年はニンニクみたいな雲の作品だったが、今年のは巨大なすだれが空に波打っているものだという。
行ってみると、本当にすだれが風にひらめいている。
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作品の題名は「지붕감각」。訳すと「屋根の感覚」といういった意味だろうか。つくったのはSoA(Society of Architecture)という名の、カン・イェリン氏とイ・チフン氏の建築家ユニットで、この作品は韓国の伝統的な素材を使って見直そうという試みだという。
すだれの下にはウッドチップが敷かれ、たくさんの人たちがヨシで作った椅子に座って涼んでいる。
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曇りで風も吹くそれほど暑い日ではなかったので、その空間がどれだけ涼しいのかは分からなかったけど、また暑い日にでも寄ってみたいな。
丸いお盆のような形を作って、その中に収まるようにすだれを設置しているようだ。すだれのところどころにも丸い穴が空いている。円形にしたのは何か意味があるのかな?
円形の片隅には盛り上がった坂があって登れるようになっている。何か思ったら、すだれに空いた穴から顔を出してすだれの上を見られるようになっていた。
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たくさんの人たちが集まっているのは、モニュメント自体が人を集める力があるからか、作品に人を集める力があるのか、それは分からないけれど、人が集まれる憩いの場ができるというのはいいことだと思う。
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でも、監視する人が常に円の中にいて、作品を傷つけないか見張って、椅子の位置を変えると椅子を動かさないように注意される。その人の目が気になってお行儀よくしないといけない気になるのがちょっと嫌だった。観覧者のモラルの問題もあるけれど、もうちょっとセンスのある管理の仕方がないかな。
まあ、これは美術作品であるということなんだろう。耐久性の問題もあるし、難しいところだな。
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すだれが風になびく姿が気持ちよくて、久しぶりに動画撮影。



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by matchino | 2015-07-18 22:42 | 展覧会 | Comments(2)