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美術館となった旧ベルギー領事館

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ソウルにある近代建築は圧倒的に漢江の北にあるものが多い。今でこそ漢江の南は栄えているが、昔のソウルの中心は漢江の北にあったからだ。それで、古い建築がないから、私と江南とはあまり縁がないのだが、江南を訪ねていく理由の一つが、このソウル市立美術館の南ソウル生活美術館があるから。といってもなかなか行く機会に恵まれず、今まで2回しか行ったことがないのだが。

日本人の建築家によって設計された美しいレンガ造りの建物で、元をたどると会賢洞にあった駐韓ベルギー領事館の建物だった。それが領事館の移転によって横浜貿易会社に売却された。解放後も紆余曲折があったが、文化財に指定され、再開発によって移転されながらもその姿を保ってきた。現在はウリ銀行の所有となっており、ソウル市に無償で貸し出している状態だという。

その旧ベルギー領事館の110周年を記念して、まさにこの建物で行われている展示が、「美術館となった旧ベルギー領事館」。この建物の歴史と、それにちなんだ美術作品の展示で、「ソウルの近代建築の生き字引」といわれるアン・チャンモ教授のキュレーションで行われるとのこと。さっそく訪ねてみた。

今回の展示で期待していたことがある。それはこの建築の設計者のこと。どこの本を見ても「コダマ」としか書いていない。それで、もしかしたらこの「コダマ」さんの正体が分かるかもしれないということだった。

さて、旧ベルギー領事館は、地下鉄4号線の舎堂駅で降りてすぐのところにある。普通の韓国的な街の中にとつぜん美しい洋館が現れるので、驚く人も多い。久しぶりに訪れた旧ベルギー領事館は、やはり美しかった。

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重々しい扉を開けると中央に廊下があり、その両側が展示室となっている。
最初の展示室の壁には解体して再建するまでの写真が展示されており、この建物の年表があった。
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そして、概要を紹介する文章に、設計者の名前があった!
児玉琢。
(D. Godama)とあるのは、ハングルから変換した英文表記であることは間違いない。
名前の読み方は書かれていなかったが、「たく」だろうなあ。

さらに、「日本人・児玉琢が設計したといわれているが、児玉は設計士ではなく建築技師であり、建築様式は当時のベルギー国王であったレオポルド2世が好んだ新古典主義様式で建てられたため、『レオポルド2世様式』とも呼ばれた。正確な様式名は『後期古典主義建築』である」とあった。
実際、児玉氏は技師だったようだ。
でも、これを様式だけで片付けてしまうのはちょっと乱暴じゃないかなあ。
まあ、日本人が設計したものを「美しい」とは評価しにくいため、そのような方便をつかったのではないか、というのが私の推測。まあ、この美しい建物が残ってくれればそれでいいのだけれど。

部屋の真ん中には当時の資料。ほとんどがアン教授個人の所蔵だ。すごい…
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その中で目を引いたのが、ベルギーが朝鮮と修好通商条約を締結して最初に領事館を置いた場所を示す貞洞の地図。
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最近読んだ「ソンタクホテル」、「貞洞の各国公使館」という本に、ベルギー領事館について詳しく出ていたのだが、その本に書かれていたとおり、フランス領事館の向かいに「前比利斬領事館(前ベルギー領事館)」とある。ここは、朝鮮王朝のために多大な貢献をしたフランス産まれのドイツ人、ソンタク(孫澤)婦人のために、当時の国王である高宗が下賜した洋館なのだという。
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1階は、この建物の歴史に関する展示で、2階は旧ベルギー領事館をモチーフにした美術作品を展示していた。
けっこう興味深い作品が多かったが、その中でも一番気に入ったのが、近代建築をモチーフにした作品。
旧ベルギー領事館とか江華島の聖公会温水里聖堂、徳寿宮の静観軒など、私が気に入っているソウルの近代建築ばかりをモチーフをしているのがなんだかうれしかった。
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前回来た時は、それほど建物を見る時間を取れなかったけれど、今回はちょうど連れてきた娘が寝てくれたので、建物の細部を眺めることができた。それにしても、娘が大きくなってきたので、おんぶして写真を撮るのはつらい…。
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階段も美しい…


展示は2016年2月21日まで。地下鉄4号線舎堂駅6番出口を出てすぐ。

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by matchino | 2015-12-28 22:01 | 建築 | Comments(0)

ご当地シャトルで行く安東旅行 2 河回マウル

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韓国観光公社の「Korea ご当地シャトル」で行く安東旅行、屏山書院の次は、河回マウルへ向かった。
河回ジャントという市場の前でバスを降り、チケットを買ってからシャトルバスに乗った村に入るようになっている。

村に入る前に、安東名物の安東チムダクでお昼。数年前に安東チムダクが全国的に流行ったことがあって、その頃に数回食べたことがあるけれど、それを最後に一度も食べることのなかったチムダク。昔は辛く感じたが、今日はそうでもなく、おいしく食べられた。そして、ソースをご飯にかけて食べるととてもおいしく、ご飯が足りないくらいだった。
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食堂を出た途端に、魚を焼くいい匂い。安東のもう一つの名物であるサバを焼いていたのだ。お腹いっぱい食べた後なのに、また食べたくなってしまった。

バスに乗る前に簡単なパンフレットを見てみると、この辺りの配置が分かった。洛東江が円を描くようにぐるりと巡っており、その中に河回マウルがある。そして、河回マウルから山を越えた所に屏山書院があるというわけだ。屏山書院の向かいが断崖になっていたように、河回マウルの向かいも断崖になっており、その上は芙蓉台といって見晴らしがいい場所になっている。芙蓉台には渡し船で渡れるという。

さあ、いよいよバスに乗って出発。
地方の路線バスって、素朴でいい。
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バスは2~3分で到着。ここからが河回マウル。

河回マウルは、豊山柳氏の氏族村で、600年にわたってその子孫が住み続けているという。ここの村からは儒学者の柳成龍や領議政の柳雲龍などを排出し、俳優の柳時元(リュ・シウォン)の実家とか、由緒ある家がたくさんあるようだけれど、有名なところだけでなくても一つひとつの家屋を見ていくだけ面白い。
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韓屋の特徴は、様式は同じだけれど、立地条件などに合わせて、また個人の趣向に合わせて様々な配置や構造が出てくること。一つひとつ見ていくと、似たようでありながらも 違いがあって興味深い。
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柳雲龍の家だった「養眞堂」

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柳成龍の家だった「忠孝堂」

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柳時元の家。
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これは、貧しいソンビたちを助けるために、お金を入れておくところ。
穴が小さめにできていて、肉体労働をするごつい手だと入らないので、勉強ばかりして手が繊細なソンビしかお金を持っていけないようになっているんだとか。

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前回、建築の本を読んだ時に、両班の家の構造について書いてあった。男たちのための建物である「舎廊チェ」と、女性たちのための「アンチェ」、その間を仕切っている「中門」、それから下人たちが使う「行廊チェ」があるというが、実際の家でどれがどれに当たるのか、説明を聞いてみたいな。もしかしたら河回マウルの建築に関する本が出ているかもしれない。調べてみようか。

写真を整理してみると、塀や壁を撮った写真が多い。
門の中に入れたらもっと韓屋を観察できたんだろうけれど、韓屋が見られないから壁を撮っていたのかもしれない。でも、壁も味のあるものが多いな。
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村の真ん中にある樹齢600年といわれる巨木。
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願い事を書く紙が用意されていて、木の周りに結びつけるようになっている。
なんとも絵になるー。
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河に沿った辺りは松の林になっている。
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そして、河の向こうは断崖がそびえている。これが芙蓉台だ。
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3000ウォン払い、渡し舟に乗って対岸に渡る。
最近、河の水量が少なくなっているということだったが、そのためだろうか、あっという間に対岸に着いてしまった。
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対岸にも幾つかの家がある。
また書院もあって、屏山書院の晩対楼にそっくりな楼があった。
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書院の脇からは芙蓉台に登る道がある。
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運動不足の私でも楽に登れるくらいの道を登ると、視界が開けた。ここが芙蓉台の頂上だ。話に聞いていたが、本当に河回マウルが見渡せる!
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韓屋の集落だけでも充分な見どころとなるのに、自然の展望台まであるなんて!安東河回マウル、侮れない!

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芙蓉台の下で。ススキに日が当たって絵になるー。


河沿いには土手があって、桜並木がある。春にも来てみたいな。
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芙蓉台まで行っきたので時間が遅くなったが、別神グッ仮面劇を見に行った。
これは民間信仰の神を楽しませるために捧げられる踊りで、内容は風刺劇のような感じだ。
両班やソンビ(儒学者)、僧侶、女性、下人、お婆さん、バカなどの様々な役があって、全員が仮面をかぶって演技をするが、それぞれが素晴らしい演技をしていた。韓国に住んでいると「こういう人いるよね」的なあるある感が面白い。
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この人は「イネ」というちょっと足りない下僕。
この人の動きがバカっぽくてすごい!


発音のせいか、言葉の難しさのせいか、理解できない部分も多かったけれど、観客席からはけっこうな笑い声が起こっていたので、もう少し言葉が理解できたらもっと面白かったんだろうな。
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最後には出演者がみんな仮面を脱いで挨拶。
昔は女性の役もすべて男性が演じていたという。
最近は女性も入っているというが、それでもほとんどが男性が演じていた。

村をもう少し回ってみたい気持ちもあったが、寒くなってきたのでバスに乗って帰ってきた。
3時半くらいに出発して、明洞に7時半くらいには到着。

前回も書いたけれど、安東に日帰りで行ってこられるというのはとってもありがたい。
でも、この安いツアー、12月26日までだという。
申し込みを急げ!

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by matchino | 2015-12-05 20:34 | 旅行 | Comments(2)

ご当地シャトルで行く安東旅行 1 屏山書院

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韓国観光公社が主催する「Koreaご当地シャトル」の安東コースに参加した。
これは韓国観光公社が支援して、本当なら10万ウォンくらいかかるものを、期間限定で5万ウォンで行って来れるお得なツアー。
この「ご当地シャトル」、江陵と扶余と安東のコースがあるが、その中で安東を選んだのは、屏山書院の建築がすばらしいという話を聞いていて、これは見なければと思っていたから。
安東は陶山書院を訪ねたことがあるが、個人でいく場合、汽車とバスを乗り継いで、それもバスの本数が極めて少ない。だからこういうシャトルができたというのはとってもありがたい。さらに日帰りという気楽さもいいし。

安東は遠いので、朝6時50分にロッテホテルに集合。観光バスで出発した。
途中一度サービスエリアで休憩して、トータル3時間半で到着。
寝て、少し本を読んでいたらあっという間だった。

まずは屏山書院へ向かう。
洛東江の河沿いの舗装もされていない道を走っていく。絡東江の反対側は断崖になっていて、その景色もすばらしい。
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行くのは不便だけれど、ここは絶対に舗装すべきではないな。それにしても、ここを建てた人たちはどうやってこんなところを探し当てたんだろうか。そんなことを考えているうちに、書院に到着した。
憧れの屏山書院にやっと来た!という感動を感じる間もなく、バスを降りたらすぐ目の前に書院の門である複禮門があった。陶山書院に比べると小ぢんまりとしている。
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今回、屏山書院で見たかったのは、晩對楼(マンデル)。屏山書院の前に流れる洛東江と、その向こうにそびえる屏山を眺める楼閣で、7間の横に広いフレームの中に目の前の絶景を取り込む建築となっている。…という。
「という」と書いたのは、今回、この楼に上がることができなかったから。ネットで調べると、楼に上がっている写真がたくさん見つかるのに、文化財保護のために上がれないようにしたんだという。
なんとも残念! この空間に浸るのが今日の目的だったのに!
それでも晩對楼を見られたのはよかった。何か特別に上がれる日がないか、調べてみよう。
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晩對楼を越えると、書院の中心となる立教堂(イプキョダン)がある。ここは儒学生たちを教育していた場所。
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この建物には韓国独特の建築美が生かされているという。それは、対称の中に非対称をつくるということ。正面から見ると、一見、左右対称に見えるが、非対称が隠されているのだ。
真ん中に「マル」とか「テチョン」と呼ばれる板の間があって、両側にオンドルの部屋があるが、オンドル部屋の前には両方とも「退(テッ)マル」と呼ばれる縁側のような部分がある。この退マルの幅が左右で違うのだ。
こういう建築についての細かい解説を聞きながら見てみたいな。

書院には二つの機能があって、その一つは儒学生たちの教育、そしてもう一つは先賢の祭祀だ。先ほどの立教堂が教育の場で、祭祀の場が尊徳祀(チョンドクサ)。尊徳祀の三門には太極紋があり、柱の下には八卦が描かれていた。
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書院の中心部分の東側にある下人たちの建物の庫直舎。これもやはり非対称。
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時間の関係で、屏山書院には30分しかいられなかった。写真を撮るのに忙しかったので、今度またゆっくり時間を持って来てみたいな。
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さあ、次は河回マウルへ。
安東旅行は次回へ続く!

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by matchino | 2015-12-02 22:48 | 旅行 | Comments(0)

金寿根建築ツアーその2 京東教会

イ・ボムジェ教授と巡る「金寿根建築ツアー」その2。京東教会。

私が京東教会を訪ねたのは2回目。本格的にみるのは初めてだ。
「京東教会は少し離れたところから近づきながら見るのがいいんです」ということで、50メートルほど前で車を降りて教会の方へ。
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1980年に建てられた教会。
ある日、金寿根氏 が馬山にいた時にある西洋人の神父が訪ねてきて、「聖堂を建ててください」と依頼したという。その神父は「人のための聖堂を建ててください」と依頼した。それに対し、金寿根氏は「私は信徒ではないのですが」というが、その神父は「信徒でないからお願いするのです」と答えたという。そうして建てられたのが馬山にある陽徳(ヤンドク)聖堂だ。
その陽徳聖堂を見た牧師が、金寿根氏に教会を建ててくださいと依頼したのだという。それがこの京東教会だ。
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教会の壁には一面にツタがはっているが、外装は全てレンガとなっている。李教授によると、この教会の特徴は屋根と壁の境界がないこと。それだけではなく、建物と地面と外の塀との境もない。すべて同じレンガで造られているため、レンガでできたこの教会の世界に入り込んだような感覚になる。
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金寿根氏がこの教会を建てる前から、空間に対して深く考えていたという。そのきっかけになったのが、扶余の国立博物館の事件だった。それまでは建築は、建築主の必要に応じて、「何々式に建ててほしい」という依頼に応じて建てるだけだったが、この事件によって、建築もこのような論争が起こりうるということが分かったのだという。このような悩みの中から生まれたのが、「空間」に対する概念なのだという。

そうしてさまざまな空間に対するスタディを重ねる中で生まれたこの京東教会のコンセプトは、「子宮空間」だ。胎児の状態によってフレキシブルに対応する空間。そして、母親の胎内に入ったような落ち着ける空間を究極の空間として追及した。

京東教会の形について語るとき、「祈る人の手の形を形象化した」とかいわれるが、別にそう考えて設計したわけではなく、金寿根氏の造形的な意識から生まれたものだという。
蚕室のオリンピック主競技場も「高麗白磁の形」といわれたりするが、金寿根氏にそのような考えはなく、記者などテキストで表現しなければならない人が勝手に書いただけなのだそうだ。
それでは金寿根氏の「造形的な意識」とは何だろうか?それがどういうものかはっきりとは分からないが、幼い時に住んでいた北村の街並みにその原点があるのではないかと李教授は話していた。

建物を建物として見るのではなく、大地から生えている自然の一部という概念で建てられた建築。それで外壁にもレンガを使っているが、欠けた感じのレンガを使っている。そして半分に割って荒い断面を見せるレンガも多用している。レンガのデコボコした表面によって、光が当たると多様な表情が演出される。金寿根氏は、欠けても割っても同じ質感が出てくるレンガ、そして人の手のサイズにぴったり合った、ヒューマンスケールを表現できる素材としてレンガを好んで使ったという。
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この教会には正面もないが、礼拝堂に入る入り口は、教会の左側にある細い道を登っていった裏の方にある。その道も直線ではない。複雑な建物の形に沿って曲がりながら登っていく。
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細い道を登って、一番奥まったところに礼拝堂に入る扉がある。教会の敷地自体は大きな道路に面しているが、この奥まった入り口は外から遮断されている。もし道路側に入り口があったとしたら、俗世から扉を開けてすぐに聖なる領域に入るとことになるが、この教会の場合は、階段を上ってくる間に心の準備ができるようになっている。また、ゴルゴダの丘へ登るイエスの十字型への道を追体験するようになっている。一般の教会のように塔の上に十字架が掲げられたりはしていないが、ここの壁にはかつて十字型がかかっていたという。

そして、ここからさらに建物の上階へと登る階段がある。その階段を上ると扉があって、小さな礼拝堂に入ったが、実はもともとは露天礼拝堂だったという。自然の中で神を礼拝するということがどれほど素晴らしい経験だろうか。それができるように設計したにもかかわらず、屋根をつくってしまったのだ。残念なことだ。
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今回の引率を担当してくれた金寿根文化財団の担当者が礼拝堂の後ろから呼んでいる。普段は入ることができない所に入らせてくれるという。行ってみると、礼拝堂の裏から下に降りる細い階段があった。
明かりもない暗い階段を降りていくと、どこからかパイプオルガンの演奏が聞こえてきた。秘密の洞窟に入っていくような、なんともいえない体験だった!

しばらく降りると窓があって、下の礼拝堂を見下ろせた。ここにも灯りは点いておらず、暗いホールの中にパイプオルガンの音だけが響いている。
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やがて礼拝堂の脇にある信徒席に出た。礼拝堂の内部を眺めながら息を呑んだ。なんと神秘的な光景だろう!
この礼拝堂がまさに、「子宮空間」だった。包まれるような、落ち着く空間がそこにはあった。ある参加者はこの空間に宇宙を感じたという。李教授は「子宮も小宇宙だといえますからね」と。
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礼拝堂の真ん中に下りてみた。パイプオルガンの練習をしているようで、灯りも点いていない荘厳な雰囲気の中でパイプオルガンの音に耳を傾けながら、この空間を堪能した。
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正面には縦に長い十字架がかけられており、上から光が差している。この音と空間と光とで、涙が出てくるような感動を覚えた! 神が降りてくるような感覚ってこんな感じなんだろうか。この教会に通いたくなってきた。
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いつまでもここにいたい思いを断ち切って、外へ。教会の外壁に沿ってさらに回った。
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裏から表の方へ出てくると、目の前にレンガ造りの煙突が立っている。暖房用に使っていた煙突で、これも空間的な面白みを加えている。
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右端に見える細い棒が煙突。

京東教会の体験は本当に素晴らしかった。
今度は礼拝の時間にでも合わせて行ってみたいな。紅葉の季節にはさらに美しいという。

また車に乗って、大学路のアルコ美術館へ。
次回に続く!

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by matchino | 2015-10-26 22:18 | 建築 | Comments(0)

金寿根建築ツアーその1 自由センター

ソウル建築文化祭の一環で行われた「建築文化ツアー」に参加した。いくつもの興味深いプログラムがある中で選んだのは、前から気になっていた「金寿根建築ツアー」。担当はイ・ボムジェ教授という方だが、金寿根氏の設計事務所である「空間」社で勤務し、アルコ美術館やアルコ劇場の現場設計をした経歴を持った方で、とても貴重な話が聞けた。教授も熱心に説明してくださり、一緒に参加した人たちもとてもいい感性を持った人たちで、とても幸せな時間だった。

集まったのは南山の斜面に建てられた「自由センター」。ここは今回初めての訪問だ。
李教授は話を初めながら、「今回の日程には入っていませんが、空間社屋を見れば、すべての要素が入っているので、本当は行きたかったのです。金寿根文化財団はアラリオ・ミュージアム側と中に入れるよう交渉したようですが、難しかったようです」と語った。
改装した部分が多いため、見せたくないのではないかという話だ。オーナーと建築家との意見の違いによって、本来の建築家の意図とは変わってしまう部分が多いと話していた。

さて、まずは自由センター。
1963年、朴正煕大統領がアメリカに対して反共主義者としての意志を示すために建てた反共勢力のための建物。
今はウェディングホールになっており、この日も結婚式の祝賀客たちがたくさんいた。今は南山の山側が正面のようになっているが、実は谷側が正面だという。今は駐車場しかなく、完全に裏のような感じだ。自動車劇場の名残りの大きなスクリーンも建物を無視して立っている。
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こちらが正面。天に向かって上昇する軒が、自由世界の発展を象徴する。
列柱の形は鷲の爪を象徴しているというが、北に向かう軍靴のようにも見える。
中央の後ろ姿がイ・ボムジェ教授。


この建物は金寿根氏の初期の作品。正面に列柱を並べ、比例を重視するという近代西洋建築のセオリーに則ったもので、今まで雑誌の中だけで見てきた西洋の建築様式が韓国に現れたということで、当時の韓国の建築界ではセンセーショナルな建物だったという。

建築を見る観点として重要なのは、目に見える「様式」と、身体で感じる「空間」だという。李教授はこの二つの観点をこの日もよく話していた。
この建物の空間的な特徴は、中央にある。普通の建物は真ん中にドアがあってロビーがあるという形になっているが、自由センターの真ん中にあるのは階段だ。正面の地平面から階段が3階まで上っており、裏側の地平面に連結されている。真ん中にはドアもない通路があるだけで、言い換えると何もない、すなわち「空間」があるというわけだ。
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また、列柱もそれまでになかった「空間」を作り出している。普通は柱を立てたらそこに壁をつくるが、ここでは柱と壁面の間に、外でもなく中でもない「空間」がつくられている。このような外と中があいまいなのは韓国の伝統家屋によく使われる手法だ。
列柱と壁との間の屋根には丸い穴が空いていて、光が差し込む。外からの光と、丸いフレームを通した光と、多様な光の効果が表れている。
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この建物が建てられた当時は打ちっ放しコンクリートだったが、今ではミントグリーンに塗られている。裏側は水平線を強調されていたが、後から付けられた窓がそのラインを壊している。そのような建築主による改装を、李教授はとても残念がっていた。
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こちらが本来の裏側。水平ラインが強調されている。

この自由センターで国際会議などが行われた時に来た外国の貴賓のための宿泊施設が建てられたが、それが、今はバンヤンツリーホテルになっているタワーホテルだ。韓国動乱の時の参戦国16カ国と韓国軍を合わせた17にちなんで17階建てになっている。そして、タワーホテルの付属施設が、タワーホテルの手前にあるハッピーホール。両方とも金寿根氏の設計だ。
この二つも最初と比べると大幅な改装がなされている。タワーは各階を拡張したため、当初のスリムなラインが失われ、寸胴に見える。ハッピーホールは十字型の柱が強調されていたが、今では柱の間にカーテンウォールがつくられている。
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タワーホテルとハッピーホール。


自由センターのすぐ下には「サファリ・クラブ」という名のクラブが建てられ、それも金寿根氏の設計だというが、会員制のため、一般の人は中に入れない。今はソウルクラブと名前が変わっている。

今回は説明を聞くのに一生懸命で写真をほとんど撮れなかった。
面白いディテールがたくさんあるので、今度また写真を撮りに行こう。

さあ、次はマイクロバスに乗って京東教会へ。
次回に続く!

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by matchino | 2015-10-11 21:49 | 建築 | Comments(0)

南山は意外と面白い! 南山科学館、安重根記念館

秋夕。昔は行くところがなくて、毎年のように南山に行っていたけれど、秋夕にしては久しぶりに南山に行ってきた。
まず、南大門市場へ。列に並んで野菜ホットクを食べた後は、南山に登ることにした。
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市場から道を渡って、路地に入ると日本統治時代のものと思われる古い家が。
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この辺りは南山にあった朝鮮神宮の参道があったところで、その遺構が残っているという記事が韓国古建築散歩にあったことを後で思い出した。もう少しちゃんと歩いてみないとだな。

南山公園への標識があったので行ってみると、公園の入口に出た。
ここから大通り沿いに行ったら会賢示範アパートがあるらしいので、見に行ってみたかったけれど、家族連れなので公園の方へ行くことに。
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南山タワーを眺めながら気持ちのいい散策路を登っていくと、「白凡広場」が現れる。日本統治時代に朝鮮神宮があった所で、独立運動家であり、大韓民国臨時政府の首席であった白凡・金九(ペッポン・キムグ)の像が立てられている。
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そして、その向こうには、やはり独立運動家の安重根(アン・ジュングン)を記念する「安重根義士記念館」があるという。個人的には独立運動系は苦手なのだが、新しく建てた記念館の建物がかっこよくて、一度行ってみたいと思っていたので、この機会に行ってみることにした。

その前に、南山公園を登る途中で見えてきた建物。もともと南山子供会館として建てられ、今は科学館になっているらしい。
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李光魯(イ・グァンノ)建築家の設計。
調べてみると、南山子供会館は、朴正煕大統領の夫人である陸英修(ユク・ヨンス)女史が設立した「育英財団(ユギョンジェダン)」(ハングルで書くと2文字も一緒!陸を育にしたのはどういう意味だろう?)によって1970年に建てられた。子供会館の目的としては、「科学知識の普及」などもあるが、一番最初に「青少年に対する反共精神の昂揚」とあるのも時代を感じさせる。
斜面に沿って建てられた土台部分の建物と、四角い建物、そしてその上には丸い展望台が載っている。展望台は韓国で初の回転展望台だったらしいが、外から見るところでは使われていなさそうだ。登ってみたいなあ。
道路に面した横並びの窓の形がかっこいいぞ。
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土台の建物の角は円筒型になっていて、ドームが載っている。
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プラネタリウムでもあるんだろうか。
円筒部分に不思議な装飾があるなと思ったら、月の表面を表したレリーフだった。
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円筒の横にはけっこう長い階段があった。階段の上には科学館の四角い建物がそびえており、階段を登るにつれて迫ってくる感じが映画的なスペクタクルを感じさせる。
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この階段が急で、妻と子供たちはひいひいいっていた。「昔の子供連れはみんなここを意気揚々と登ったんだぞ!」と言ってみるものの、調べてみると、5年後に陵洞に移転することになる原因の一つが階段の不便さにあったという。
ちなみにこの階段、昔の朝鮮神宮時代の階段だという説もあるらしい。真偽の程は分からないけれど。

今まで遠くから見ただけで分からなかったけれど、窓の独特な装飾が美しい。
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特に四隅が鋭角になっていて、角から写真を撮りたくなる。
ディテールがかっこいいから、ズームレンズで撮ってみたいな。
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南山科学館の向かいには安重根義士記念館。
磨りガラスの四角いマスが、横に4つ、縦に3つ並んでいるスタイリッシュな建物。
右上のガラスの向こうにうっすらと「安重根」の文字が見える。
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2010年、ソウル市建築賞で最優秀賞を受賞した建築で、設計したイム・ヨンファン氏とキム・ソンヒョン氏夫婦は同年に「若い建築家賞」を受賞した。
夜になると中の照明がすりガラスを通してほのかに光って美しいらしい。
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その隣には南山図書館があるという。
行ってみたかったけれど、日が暮れる前に下山しないと遭難するかも知れないので(ウソ)、明洞へ下りて帰宅。
南山タワーは行き飽きたけれど、南山、面白いところはたくさんあるな。

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by matchino | 2015-10-07 22:25 | 建築 | Comments(0)

〈江原道〉注文津、早朝の漁村を歩く!

江原道オピニオンリーダー取材ツアー3日目の朝、前日にホテルの前に見えた廃屋が気になっていたので、マチノアルキを決行した。
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でも、近くの海が気になったので、海まで歩くことにした。
海に流れ込む小さな川に沿って道がある。
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やはり小さな漁村なのか、平屋の小さな家が並んでいる。
空き家もところどころにあるけれど、住んでいるところかけっこう多かった。
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窓に猫。

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そして道端に蟹。


海はもうすぐ!
何かの店だったんだろうか、古び方がなんともいい。
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海!
やはり江原道の海はきれいだった。
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波が引いた後に残った模様がかわいい。
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軍の監視施設のようだ。
この周辺は撮影禁止だという看板があったけれど、散策路もあるし、別に大丈夫だよね?と思って撮ってきた。
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もう少し行くとまた灯台。
あー、全国灯台巡りをしてみたいなあ。
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もう一つ向こうに灯台があったので、そこまで行こうかと思ったが、立ち入り禁止だった。
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その手前の魚市場。ここで獲れたての魚が買えるらしい。
漁船からすぐに魚を下ろして、水槽に入れるようになっている。面白いのは、店の名前が皆、「○○オンマ(誰々のお母さん)」となっていること。旦那が取ってた魚を奥さんが売るというかたちになっているんだろうな。そして、その隣にある刺身の店は皆、「○○ネ(誰々の家という意味)」となっている。
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そこから灯台のほうへ歩いていくと、人口の岩場がある。水がきれいなので底まで見える! 岩場に花が咲いたようなヒトデと、魚たちの姿。ところどころに小さなカニが這っている。
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漁船を引き揚げる機械なんだろうか。絵になるー。
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一人で1時間半くらい歩いた後、ジャヨンミさんを呼んで30分くらい一緒に歩いた。
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そろそろ帰ろうかと思ったところに入ったカカオのメッセージ。ナホお姉様から「紅茶を淹れて待ってます」とのこと。
アルキも楽しかったし、紅茶も美味しかったしで、至福のひと時。
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楽しかった4つの江原道物語、他の物語もチェック!

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by matchino | 2015-10-04 12:10 | マチノアルキ | Comments(0)

〈江原道〉春川・衣岩湖の湖畔を歩く

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江原道オピニオンリーダー取材ツアーに来るにあたって、私にもう一つのミッションが下っていた。「江原道でマチノアルキを決行せよ!」というもの。

望むところだ!ということでさっそく調べてみた。以前訪ねた春川の聖堂の辺りに古い路地が残っているらしい。しかし、その日は遅くまで飲んでしまって決行できず。
それで仕方なく、次の日の朝に一人マチノアルキを決行した。

まず、朝のサンサンマダンを見に行ってみたかった。しかし、イベントの準備のために立ち入り禁止になっていた。
それで大きく迂回して衣岩湖畔の散策路に出た。
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けっこうたくさんのおじさんおばさんが運動している。音楽を聴きながら。もちろんiPodではなくて、スピーカー付きのカセットを持って。それで朝からトロットを聴くことになった。笑

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サンサンマダンは湖にも面していて、仮の柵で塞いであったが、おじさんおばさんたちの侵入を防ぐには役不足。柵の中でも運動をしていた。
それで私も柵の横から入り込んで撮影。その姿を運動しているおばさんが怪訝そうに見ていた。
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もう少し歩いてみると、MBCの放送局があって、その前は小高い丘になっていた。丘の下には戦車。
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そして、丘を登ると戦闘機が2台。丘の上には戦跡記念館があった。
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韓国動乱の時に韓国国軍第6師団による熾烈な防御戦が行われた地域ということで、1978年に建てられた。朴正煕大統領の時代だな。
記念館の前庭には、食糧を調達しようと家に入ってきた北の工作員に対し、「僕は共産党が嫌いです!」と発言し、北の兵士に口を刺されて殺された李承福(イ・スンボク)君の銅像が立っている。1968年に起きた事件だ。
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反共の英雄談として広く語り継がれることになるこの話は、何か引っかかるものを残す。調べてみると、捏造疑惑が提議されたらしい。でも、疑惑を呈した人たちは裁判によって懲役刑に処されている。そうしたことがさらに疑惑を呼んで、政権に対する不信感を生み出している。
平和な日々を送る裏で、忘れられたようで忘れられていない、まだ戦時にあるというこの国の現実を見た気がした。

今日はちょっとシリアス。マチノアルキ、いつも「萌えー」とかいってるだけではないのダ。
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四通りの江原道物語、他の物語はこちら!
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by matchino | 2015-10-02 22:32 | マチノアルキ | Comments(0)

〈江原道〉栗谷李珥が生まれた烏竹軒で韓屋を眺める

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江原道オピニオンリーダー取材ツアー、最後は歴史のお勉強。江陵に来たらここは外せないという観光地が「烏竹軒(オジュッコン)」と「船橋荘(ソンギョジャン)」だが、時間の関係で烏竹軒だけ行くことになった。そう考えると江原道、2泊3日ではぜんぜん足りないぞ。

烏竹軒は、韓国のお札の人物二人に関連した場所。5千ウォン札の栗谷李珥(ユルゴクイイ)と、5万ウォン札の申師任堂(シンサイムダン)だ。栗谷李珥は朝鮮時代の政治家・儒学者で、韓国儒学の父と呼ばれる人。申師任堂は栗谷李珥の母親で、韓国の良妻賢母の代表格。画家でもあり、多彩な才能を発揮していたという。
烏竹軒は栗谷李珥が生まれたところで、黒い竹である「烏竹」が生えていることからこの名がついた。
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ここに来るのには5千ウォン札も5万ウォン札も持ってないなんてどういうこと!1万ウォンと千ウォンしかない!

烏竹軒はきれいな公園のようになっている。雲ひとつない青空に木々の緑が映えて美しい。


栗谷李珥の銅像。
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栗谷李珥にあやかって偉大な人物になろうとするも、手元に本がない!それで「現代の本」で代用。偉大な人物になるには道は遠すぎるな。
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時間もなく、ガイドしてくれる人もいないので、たくさんある建物の中でとりあえず一番重要なものを探す。配置図の中で「烏竹軒」という建物があった。栗谷李珥が生まれた家なんだそうだ。
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小さくてよく見えないが、ちょうど真ん中にある建物。

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やっぱり建築様式が気になって、いろいろ見てみた。韓屋の大きさは「間(カン)」で表現するが、横3間、奥行き2間の建物で、右の1間はオンドル部屋、左側の2間は「マル」と呼ばれる板の間となっている。

この柱の上に乗っている構造を「栱包(コンポ)」といい、栱包の様式としては比較的簡単な構造の「翼工(イッコン)式」。鳥の翼のような部材を「山彌(サルミ)」というが、これは山彌が二つあるので「二翼工(イイッコン)」という。普通、寺院建築でよく使われる翼工式が住宅に使われている例は珍しいんだそうだ。
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今回初めて気づいたこと、それはオンドル部屋には天井があって、板の間には天井がないこと! どうしてなのか、はっきりした理由は調べないといけないが、オンドル部屋は暖房をする部屋なので、保温性を高める必要があるためかも知れない。
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そして、今回気になったこと、それは板の間の半分にある格子状の構造の正体。物置かなと思ったが、それらしい入り口もない。後から調べてみると、屋根の側面にある三角の部分「合閣(ハプカク/日本では妻壁というらしい)」の内側を塞いであるんだとか。なるほどー。でも、この中がどうなっているのか見てみたいな。
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オンドル部屋は栗谷李珥か生まれた部屋で、栗谷李珥が生まれる時に母親の申師任堂が龍の夢をみたということで、「夢龍室(モンリョンシル)」と名付けられている。
部屋の中には申師任堂の肖像画。5万ウォン札の顔とちょっと違う気が…。5万ウォン札の肖像画は大統領の顔に似せたとかいう噂は本当か⁉︎
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この肖像画の裏は、実はこの部屋への入り口がある。この部屋の裏には「退(テッ)マル」と呼ばれる縁側があって扉がある。韓国の伝統家屋の特徴の一つが「マダン」と呼ばれる中庭からどの部屋にも直接入れるようになっていることだが、この烏竹軒の場合、オンドル部屋には裏から、板の間にはどこから入るようになっていたんだろうか?実際の生活像が見えたらもっと面白そうなのに。

烏竹軒一つだけでも見るべきことがたくさんあるな!ちょっと調べてみるだけでも、もっとたくさんの話が出てくるが、韓屋の建築部材の名前がたくさん出てきて難しい。韓屋についてももっと勉強しないと!
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烏竹軒には博物館もあって、5千ウォン札の裏にある、申師任堂が描いたスイカの絵も展示されているということ。また来ないとだな。船橋荘も行けなかったので、江陵はもう一度来ないと!

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by matchino | 2015-10-01 22:13 | 江原道 | Comments(0)

〈江原道〉建築好きは必見! 春川サンサンマダン

江原道オピニオンリーダー取材ツアー。さっそく第1回目!

ツアー1日目のメインはやはり、春川サンサンマダン。建築好きとしてはサンサンマダンは必見の場所だ。私もずっと来てみたかった場所だった。
弘大にもKT&GのCSR事業として運営している文化空間「サンサンマダン」があるが、昨年、春川にもできたのだ。弘大が20~30代のためのものだととすれば、ここ春川は家族のための空間。

e0160774_13503280.jpg春川サンサンマダンで重要なのは、韓国を代表する現代建築家・金寿根(キム・スグン)氏が設計し、子供会館として建てられた建物を買い取ってリニューアルしたこと。

金寿根氏(写真左/写真は韓国民族文化大百科事典より)は、韓国の国家的プロジェクトを多く手がけた建築家で、ソウルオリンピックのメインスタジアムをはじめとする多くの競技場を設計したり、ソウルの南北を貫く住商複合アパートの「世運商街」などのプロジェクトを手がけた。このブログでも紹介したヒルトップバーアルコ美術館国立扶余博物館京東教会なども設計している。

金寿根氏はたくさんの素晴らしいレンガ造りの建築を残したが、この子供会館はその集大成といえる。
1980年5月5日、子供の日(韓国も子供の日は日本と同じ日)に建てられた子供会館は、数年で用途変更され、数奇な運命をたどることとなったが、それから34年、子供会館は、芸術家と芸術を愛する市民のための空間とした生まれ変わった。
今までさまざまな用途に使われる中で付けられてきた余分なものを全て取り除き、純粋な子供会館時代の姿を取り戻したという。

サンサンマダンではさまざまな文化活動ができるようになっており、その一つひとつをサンサンマダンのパート長であるパク・ジョンウンさんが案内してくれた。

サンサンマダンは蝶のような形をした建物と、その前の扇型の観客席からなっている。
まず、羽の先端に当たる入り口から入る。
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少し暗めに照明を落とした長細い空間で、内部もレンガがむき出しになっている。壁の片方には2段のスロープがあり、それで上り下りするようになっている。外観も変わった形になっているが、スロープによってさまざまな角度から空間を眺められるため、空間自体の多様さをも楽しめる感じだ。
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ここで気になったのは、建てられてから30年に以上経っているため、構造的に修復した部分はあったのかということ。訊いてみると、構造上の問題はまったくなかったとのことだった。
「コンクリートで建てられていたら持たなかったと思いますが、レンガだけで建てられているので丈夫なんですよ」とパクさんは教えてくれた。なるほどー。


サンサンマダンでは、美術、音楽、デザイン、舞台芸術、映画などのさまざまなジャンルの活動ができるような施設が整っている。


まずは、「サウンドホール」というライブハウス。
レンガの壁はそのまま残しながら、木の音響施設を設置している。
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せっかくだから記念撮影。すぐにこういう写真が撮れる役者揃い…。笑
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ライブスタジオ。
レコーディングスタジオだが、何人か観客を呼んでライブをしながらレコーディングができるのがポイント。
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マリちゃん、かっこいい!


フォトスタジオ。
写真屋のナホさんも「ここに引っ越したい!」というほどの設備が整っている。ここでも記念撮影。
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メディアラボ。
プロ用の機器で編集ができる。1テーブルあたり1000万ウォンの機材なんだとか!
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ギャラリー。
この日はホログラムの作品の展示がなされていた。
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展示だけでなく、空間も面白い。
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金寿根氏のスケッチと図面。
実際の寸法とは違うことが分かり、図面を引き直したそうだが、この建築と建築家を尊重する姿勢が表れている。
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そして外へ。
次の日に行われる「Have a nice day」というイベントの準備をしていた。翼を広げた形の建物の中央部分にステージが設けられているが、その後ろには空間が空いていて、後ろの衣岩湖が四角いフレームの中に見えるようになっている。
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この建物自体、美しく、楽しい建築だが、衣岩湖のほとりにあるというロケーションを最大限活かしている。
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そして最後はミュージアムショップ。弘大のサンサンマダンもそうだが、思わず買いたくなるような面白くてかわいいグッズがたくさん。
一つだけ写真を撮ったのは、ティーダイバー。紅茶の葉をこの中に入れてカップの中に沈めるのだ。
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あれこれ伸びそうになる手を抑えていたら、パクさんがブレゼントをくださった。飲み物を入れると温度で枯れ木に花が咲くというマグカップ。
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今回、案内をしてくれたのは、取材に行ったからかと思ったが、誰でも参加できるツアーもあるらしい。10人以上で予約する必要があるのと、韓国語の案内だけなのでハードルは高いが、サンサンマダンを含めた春川建築ツアーを企画するってのもありかな、と。


サンサンマダンにホテルが! 「サンサンマダン・ステイ」

さて、春川のサンサンマダンで注目されているのが、「サンサンマダン・ステイ」。
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サンサンマダンの隣にあった研修センターの建物をホテルとして改装したのだ。
ロビーや廊下に、独特なアート作品があったりする。
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部屋の方は、センスはいいけど、まあ普通だな…と思っていたら、思ってもみない部分に大きな違いが隠れていた。韓国最高のベッドブランド「ACE寝台」のベッドを使っているという。じっさい、一番寝てみると、ベッドが硬くも柔らかくもなくちょうどいい。前日に1時まで飲んだのに、目覚めはよかったし!笑
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サンサンマダン、今回はイベントの準備のために純粋なかたちで見られなかったので、また来ないと!


まだまだ続く、江原道物語。
楽しい記事が続々上がっているので、チェック!

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by matchino | 2015-09-21 20:04 | 江原道 | Comments(2)