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ソウル市立美術館「ソウルバベル」展

ソウル市立美術館は今、「スタンリー・キューブリック展」が進行中。
若えモンはたくさん来ているみたいだけど、入場料が高いし、キューブリックってあんまり見たことがないのでパス。

それで、1階で展示中の「ソウルバベル」展を見てきた。
この展示は、国内の現代作家を紹介する展示のうち、若手作家を紹介する「SeMA(ソウル市立美術館)ブルー」のプログラム。
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美術館のサイトにある説明によると、

今回のSeMAブルー2016は、「ソウルバベル」というタイトルで、個別作家の作品を深く扱ってきた例年の展示とは違い、現在、ソウル市のあちらこちらで自生的につくられている芸術プラットフォームと彼らの創作活動に注目する。展示は、乙支路、昌信洞、清凉里などソウルの旧都心や旧産業地域、あるいは町外れの隙間で独立的に空間を運営中であったり、ウェブを基盤として一時的共同作業を営んでいるオルタナティブ共同体の活動を一つの現象として照明するために企画した。

とのこと。
「乙支路」とか「昌信洞」という地名に引かれて行ってみることにした。

展示室に入るなり、館内放送。まもなくパフォーマンスが始まるとのこと。
場所についてのアナウンスもなく、なんとなく人が集まっているあたりに行ってみた。

アイフォンを持った女性が登場し、風船の草原(?)に横になった。
ときどきアイフォンに向かってつぶやいている。その声がどこかでマイクで拾われて、増幅されている。
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やがて女性が起き上がって、風船を摘み始めた。ときどきアイフォンに向かってつぶやきながら。
で、ほとんどを積み終わって、それで終わり。

んー、なんなんだ。
30人くらいの人たちが見ていたけれど、純粋な観客は10人くらいで、あとは内輪みたいだ。

で、他の作品を見て回ったけれど、正直いって何をいいたいのかは不明。
最近のアートの文脈を把握していたら分かるもんなんだろうか?
ちょっと内輪すぎるんじゃないかなあ、というのが私の感想。
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まあ、その中でも気に入ったのが、下の写真作品。
廃墟のような部屋に、テトラポッドの形の風船が置いてある。
どこにある建物なのか気になる。
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韓国のギャラリーに行ったりすると、部外者が入りにくい壁を感じることが多い。
この日の展示を行っていた人たちの作業する空間に行っても、疎外感を感じて帰ってくるだけなんじゃないだろうかという気がする。まあ、行ってみないと分からないけれど。

それにしても、「バベル」ってなんだ? バベルの塔?
「3つの下僕に命令だ!やー!」ではないだろうし…
人が言葉が通じないようになってしまったというあれか?
私がこの人たちと疎通できないのはこのためか?

展示は4月5日まで。

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by matchino | 2016-01-28 21:22 | 展覧会 | Comments(0)

徽慶洞の日本式家屋(?)

ある日の出勤途中、中央線から地下鉄1号線に乗り換える回基(フェギ)駅に到着する直前、目の端にちらっと古い家屋が見えた。
錯覚かと思ったけれど、次の日の注意して見てみると、確かに古い瓦屋根の家屋があった。
屋根の傾斜からして、日本統治時代に建てられた日本式家屋のようだ。
いつか見に行ってみたいと思っていたが、たまたま時間ができたので行ってみることにした。
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この屋根。

回基駅で降りて、線路沿いに歩いていくと踏切があった。
踏み切りでは、線路の上の施設の写真を撮っている人がいた。ちょっと変わった感じ…。私もそうか?
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踏み切りの前には空き地があって、その空き地に面しているのが目的の家。しかし、路地のほうからは2階建ての建物に隠れていてよく見えない。正面は入口が閉ざされた空き地の方に向いており、道からは直接見ることができなかった。
隣の駐車スペースからのぞいてみると、ガラクタがたくさん。人が住んでいないのかもしれない。
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とりあえず、「見えない」という結論が出たけれど、物足りないので、この徽慶洞(フィギョンドン)の辺りから線路に沿って歩いてみた。
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再開発地域になっているらしく、布に囲まれた町。路地裏のクリストだ。
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ここもでかいアパートが林立するようになるんだろうな。

住民がまだいるところもあるようだ。
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パワーショベルとダンプカーのおもちゃで遊んでいる子供たちがいて、写真を撮りたかったけれど、おばあちゃんが一緒にいたのでやめた。

中浪川(チュンナンチョン)を渡って中和洞(チュンファドン)へ。
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線路の脇にある建物。何の会社なんだろうか?
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線路の下にはタイルで描かれた花。
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このあたりも古い家がちらほらと。
住宅の様式の歴史なんかも勉強してみたいな。
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というわけで、中浪駅で歩きは終了して帰宅。
再開発されてしまう前にこのあたりをもう少し歩いてみよう。

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by matchino | 2016-01-21 20:42 | 建築 | Comments(2)

雪の降る日は近代建築散歩に ~「ディルクシャ」と「洪蘭坡家屋」~

私の職場は社稷洞にある。朝鮮時代、国の豊作を祈った祭壇である「社稷壇」があるところで、街歩きをするにも持ってこいの場所。それで、集中力がなくなってくるとときどき散歩に出たりする。
散歩のコースとしてよく行くのが、「ディルクシャ」と「洪蘭坡(ホン・ナンパ)家屋」。ある日、雪が降って午前中から積もりだしたので、雪をかぶった「ディルクシャ」と「洪蘭坡家屋」を写真に撮ろうと昼休みに出かけてみた。

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まずはディルクシャへ。ディルクシャは、3・1運動を初めて世界に知らせたアルバート・テイラーというアメリカの事業家兼ジャーナリストが彼の妻と住んでいた家。ディルクシャというのは「喜びの心の宮殿」を意味するヒンディー語で、インドにある「ディルクシャ宮殿」から名前をとったという。
美しいレンガ造りの家だが、主人がこの家を出た後、戦争などで避難してきた人たちが不法占拠したまま放置されている状態だ。ソウル市が文化財に指定しようとしたものの、現在住んでいる人たちの移住問題で霧散している状態だという。

最近、韓国近代史についての本を読んでいるが、どうせならこのディルクシャについての本も読んでみようと思い、テイラー氏の夫人であるメアリー・リンレイ・テイラー女史の自伝「琥珀のネックレス」を読んでみた。(韓国語の翻訳本は「ホバク・モッコリ」なのだが、「ホバクといったらカボチャ? ハロウィンか?」と思ったけど、琥珀だったという…笑)

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テイラー夫人はイギリスの裕福な家で生まれた演劇俳優で、巡回公演先の日本でテイラー氏と出会い、インドで結婚式を挙げ、テイラー氏が金鉱を営んでいた韓国で生活した。日本統治時代の韓国の様子がこの本に描かれているが、韓国でも日本でもない観点からの記述が新鮮だった。また、日本統治時代に韓国で西洋の人たちがどのような生活をしていたのか、当事者が語っているため、とても興味深い。
あまりにも多くの出来事が起こっていて、代表的なエピソードを紹介するのも難しいが、興味があればぜひ読んでみることをお勧めしたい。

次は、ディルクシャから歩いて3分もかからないところにある「洪蘭坡家屋」へ。「故郷の春」、「鳳仙花」などの歌を作曲した作曲家の洪蘭坡氏が晩年まで住んでいた家で、1930年代にドイツ人が建てたドイツ式の煉瓦造りの建物。
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展示館になっているが、今まで何度も訪れていながらも、中に入ったことがなかった。平日の昼しか開いていないので、時間が合わなかったのだ。でも、この日は入り口が開いていて、中からピアノの音が聞こえる。
入り口で入ろうかどうしようかと迷っていると、案内のおじさんがドアを開けて中に入るように言ってくれた。
中は洪蘭坡氏の生涯を紹介する展示館となっていた。洪蘭坡氏の出版した本や楽譜などが展示されていて、パネルで説明している。さきほどのおじさんが「今日、最初のお客様です。説明しましょうか?」といって、洪蘭坡氏の生涯を簡単に説明してくれた。
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洪蘭坡氏は幼い頃から音楽の才能に恵まれ、父の反対を押し切って、東京へ音楽の勉強に行く。20代で彼の代表作である「鳳仙花」や「故郷の春」を作曲したという。日本でもカルテットを結成したり、教壇に立つなど活発に活動していたが、日本で独立運動をしたということで、日本の警察に捕らえられ、拷問まで受けることになる。拷問の末、洪蘭坡氏は親日的な歌をつくることを強制されてしまう。その後、帰国してこの家に住んでいたが、日本で受けたひどい拷問の後遺症によって43歳の若さでこの世を去る。
「鳳仙花」や「故郷の春」は教科書にも載っていて、韓国人だったら誰でも知っている愛唱歌だが、洪蘭坡氏が親日的な活動をしたということで、現在はそれらの歌が教科書に載っていないのだという。
熱く語るおじさんの説明のBGMのようにして、もう一人の方が洪蘭坡氏の作曲した曲をピアノで弾いてくれていた。この空間で、洪蘭坡氏の生涯の話を聞きながら、洪蘭坡氏の曲に浸る時間。悲しくも美しい時間だった。
おじさんによると、ピアノを弾いてる白髪の女性はなんと洪蘭坡氏のお孫さんなんだという。写真を撮らせていただくと、「光栄です」と謙遜された。
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おじさんはもう少し解説したかったようだったが、昼休みの時間に出てきたので、また来ることを約束して出てきた。
落ち着いたいい空間だったので、また来てみたい。今度もまた、昼休みだな…。

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by matchino | 2016-01-17 18:04 | 建築 | Comments(0)