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公州・公山城の「蚕種冷蔵庫」

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百済の遺跡を巡るツアーで出会った近代遺産、もう一つは公州の百済遺跡である公山城の中にあった。
公山城の入り口となっている錦西楼から左の城壁の上を歩き、錦江沿いに城を回っていくと鉄柵に閉じされた地下への入口がある。これが1915年につくられた「蚕種冷蔵庫」。
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忠清南道地域の養蚕農家に供給する蚕種を保管していた冷蔵庫だという。
卵で冬を越す蚕は4月頃に孵化するが、蚕が食べる桑が本格的に芽吹き始めるのは5月だあるため、蚕の孵化を遅らせる必要がある。そのため、錦江の氷と共に蚕の卵を地下室に保管しておいたのが、この蚕種冷蔵庫。
地下1階で長さが11.6m、幅と高さが2mの鉄筋コンクリート造り。
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と、ここまでは分かった。
でもいくつかの疑問が残る。

・なぜ公山城の中につくられたのか?
・日本では、富岡製糸場などで年に2蚕、3蚕を行って生産量を上げるために蚕種冷蔵庫が使われたというが、韓国ではそのようなことはなかったのか?
・この蚕種冷蔵庫は日本統治時代に作られたのだが、それ以前から蚕種冷蔵庫がほかにもあったのだろうか?
・この蚕種冷蔵庫は日本人が使っていたものなのだろうか?あるいは韓国人も使ったのだろうか?

だだの小さな地下室に過ぎないのに、気になりだすといろいろなものが見えてくる。
産業遺産ってけっこう面白い。
で、ちょっと調べてみたら、こんな記事が見つかった。
それでも謎は解けず…。蚕室、行ってみるか…。


ここでツアーのお知らせ。
百済歴史文化地区の世界遺産登録の立役者となった研究者の解説を聞きながら扶余・公州を巡るツアーを企画しています。
百済遺跡だけでなく、扶余・公州の近代建築や路地を巡るツアーも企画中。
関心のある方はコメントください!

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by matchino | 2015-07-25 22:09 | 建築 | Comments(2)

金寿根氏の問題の建築、旧・国立扶余博物館


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ユネスコ世界遺産に日本の産業遺産が登録される前日、韓国の「百済歴史地区」も世界遺産の登録が決定した。
その遺跡の広報のために、この地域にあたる忠清南道と全羅北道の知事と共に巡る記者団のファムツアーが行われ、参加してきた。
私が忠清南道の公州市と扶余郡の百済に関する遺跡を訪ねるのは実は3回目で、それほど期待していなかったが、解説をしてくれた人たちがその分野の専門家で、素晴らしく興味深いツアーだった。
その内容は別のメディアに書くことにして、ここでは、百済とは違う、近代建築系に出会った話。

まず、扶余郡の扶蘇山城に訪問した時の話。百済時代の遺跡があり、落花岩の逸話で有名な所だが、偶然にもずっと前から見たかった近代建築に出会った。
扶蘇山城の入り口付近にある「扶余客舎」という建物の前で解説を聞いている時、屋根の向こうに不思議な形の突起物が見えた。

あ、あれは旧・国立扶余博物館だ!
韓国現代建築の第一世代にあたる金寿根氏が設計した、独特な形の建物。
でも、この建物はこのフォルムのために大きな非難を受け、金寿根氏の建築家としての人生に大きな打撃を与えた。
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この建物が完成して間もない1967年8月19日、東亜日報の社会面にある記事が載った。内容は、国立扶余博物館の建物が日本の神社に酷似しているというもの。
新聞に掲載された写真は入り口部分を意図的に神社の鳥居に見えるように撮影したもので、明らかな情報操作の意図が含まれていたが、当時の社会は言論のいうことは無条件信じるような状況だったため、世論は完全に金寿根氏に不利な方向に傾いた。
その写真は明らかなでっちあげだが、博物館の屋根の形が日本の神社の屋根に似ているということは、他の建築家たちも認めるものだった。
今でも韓国では旭日旗を思わせるデザインは批判の的になったりするが、神社参拝を強制されていた韓国人にとって神社に似たデザインはあり得ないものだったし、それが百済の歴史を展示する博物館であるならなおさらのことだ。
新聞の記事に対し、金寿根氏は、「百済の遺物からとったデザインだ」と反論したが、金寿根氏と並ぶ韓国現代建築界の双塔である金重業氏が新聞に博物館を非難するコラムを書き、新聞を通した「炎上」騒ぎはさらに大きくなった。
その後も金寿根氏は「これは私のオリジナルのデザインだ」、「日本で建築を学んだ私が日本の影響を受けていることは間違いないが、影響を受けてはならないという法がどこにあるのか」などと反論したが、金重業氏だけでなく、他の建築家たちも金寿根氏を批判した。
そして、国立扶余博物館の「審議委員会」の現場調査の結果、「この建物は直す余地なし。解体すべし」という結論に至った…という新聞記事が出た。
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それでは、博物館は解体されてしまったのかというと、私が今回見てきたように、しっかりと残っている。国立扶余博物館は新しく建てられた建物に移り、この建物は百済工芸文化館として使われている。
それでも、いくつかの修正は加えられたようだ。「鳥居のようだ」といわれた入り口部分はなくなり、屋根には瓦が乗っていて、なんとか「韓国らしさ」を出そうとした痕跡が認められる。もちろん、今となってはそのような上辺だけの「韓国らしさ」は前時代の考え方となっているが、その当時は韓国を代表する建築家さえそのような考えを持っていたのだ。
ある意味においては、この国立扶余博物館に関する論議は、建築における「韓国的なものとはなにか」という疑問を投げかける契機を与えた事件だったといえる。
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後で調べてみると、内部構造などは「神社に似ている」と断罪して壊してしまうには惜しい素晴らしい空間を持っているのだという。今回は外観しか見られなかったので、もう一度訪ねないとだな。
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冒頭にも書いたが、今回のツアーの目玉はなんといっても解説をしてくださった専門家の皆さんだが、そのうちの一人の方がとっておきのコースを案内してくださるという話をいただいてきた。それで、「世界遺産登録の立役者と巡る百済の遺跡ツアー」を企画してみようと思う。
また、扶余・公州は近代の路地が残っている地域でもあるため、そちらのツアーも企画中。関心のある方はコメントをお願いします!

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by matchino | 2015-07-20 21:09 | 建築 | Comments(0)

国立現代美術館ソウル館「若い建築家プログラム」2015

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国立現代美術館ソウル館で、昨年から行われている「若い建築家プログラム」。今年もソウル館の中庭に作品が設置されている。
去年はニンニクみたいな雲の作品だったが、今年のは巨大なすだれが空に波打っているものだという。
行ってみると、本当にすだれが風にひらめいている。
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作品の題名は「지붕감각」。訳すと「屋根の感覚」といういった意味だろうか。つくったのはSoA(Society of Architecture)という名の、カン・イェリン氏とイ・チフン氏の建築家ユニットで、この作品は韓国の伝統的な素材を使って見直そうという試みだという。
すだれの下にはウッドチップが敷かれ、たくさんの人たちがヨシで作った椅子に座って涼んでいる。
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曇りで風も吹くそれほど暑い日ではなかったので、その空間がどれだけ涼しいのかは分からなかったけど、また暑い日にでも寄ってみたいな。
丸いお盆のような形を作って、その中に収まるようにすだれを設置しているようだ。すだれのところどころにも丸い穴が空いている。円形にしたのは何か意味があるのかな?
円形の片隅には盛り上がった坂があって登れるようになっている。何か思ったら、すだれに空いた穴から顔を出してすだれの上を見られるようになっていた。
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たくさんの人たちが集まっているのは、モニュメント自体が人を集める力があるからか、作品に人を集める力があるのか、それは分からないけれど、人が集まれる憩いの場ができるというのはいいことだと思う。
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でも、監視する人が常に円の中にいて、作品を傷つけないか見張って、椅子の位置を変えると椅子を動かさないように注意される。その人の目が気になってお行儀よくしないといけない気になるのがちょっと嫌だった。観覧者のモラルの問題もあるけれど、もうちょっとセンスのある管理の仕方がないかな。
まあ、これは美術作品であるということなんだろう。耐久性の問題もあるし、難しいところだな。
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すだれが風になびく姿が気持ちよくて、久しぶりに動画撮影。



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by matchino | 2015-07-18 22:42 | 展覧会 | Comments(2)