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韓屋と伊丹潤氏の建築展

最近、「人文学、韓屋に住む」という本を読んだ。韓国の伝統家屋である韓屋は、美しいとは言われているが、はたして本当に美しいのか、そしてどのように美しいのか、ということを書いた本だった。

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結論だけ話してしまうと、黄金比などの比例を重要視する西洋美学の観点からいうと美しくない。しかし、それとは違った崇高の美があるということだった。

この本の中で何度も強調していたのは、韓屋は建物自体には比例も何もないが、周囲の環境や自然の中で「屋根の線」を決定するなど、環境も含めた全体の中での美しさを重要視するということ。それから、西洋の美術は比例と色だけを重視するため、質感はどんどんなくなって抽象化していくが、韓国の美術はどこまでも質感がなくならないということだった。


そんな本を読んだ矢先に、それと関連するような展示を見てきた。国立現代美術館で行われていた「伊丹潤:風の造形」展だ。

伊丹潤氏は東京に事務所を持っていた在日韓国人の建築家で、日本はもちろん、韓国でも多くの建築を建てた。

今回の展示は彼の設計した建築の模型やスケッチなどを展示していたが、その中で目玉となるのが、済州島に建てた「水、風、石の美術館」だ。この3つの美術館の模型とスケッチが展示されていたが、この美術館を撮った映像がすばらしかった。

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日の光が差しながら、刻々とその表情が変わっていく様、風が建物を吹き抜けていく音、雨が降って建物の真ん中にある池を波立てる様、すべてが自然と一つになっていて美しい。さらに、そこに小さな虫や鳥たちがやってきて、風景にアクセントを与える。15分ほどの映像は、とても静かであるけれど、その美しさのため飽きることはない。この建物を感じに済州島を訪ねたくなってくる。

この映像を見ながら思い出したのは、先に紹介した韓屋の本で主張していた内容だった。自然の中で自然と一つになる、外と内との区別のない建築。それは韓国人として韓国の美を探究してきた結果から出てきた建築ではないだろうか。
下の映像はそのダイジェスト版。



もう一つ、興味深かったのは、1960年代から70年代の日本現代美術の流派の一つであった「もの派」との関係について。

展示の最初にインタビュー映像が流れていたが、その中で伊丹氏の娘のインタビューがあった。彼女の話の中で、伊丹氏が「もの派」に強く関心を示し、建築の中に「もの派」の要素をいかに取り入れるかを考えていたということだった。

「もの派」については私もよくは知らないが、前衛芸術の反芸術的傾向に反発してものへの還元を主張したという。それは、先に紹介した、どこまでも質感を大事にする韓国の美学に通じる部分ではないだろうか。実際、「もの派」を評価したのは韓国人である李禹煥であったというし。

伊丹氏の建築、特に水、風、石の美術館では、「もの派」の作品を思わせるような石がとても印象的に使われている。最初は日本の枯山水の影響かと思ったけれど、「もの派」の作品で見た石の方が近い気がする。


それにしても、この三つの建物はとても自由だ。抽象的な意味ではなくて、けっこう荒く扱っても大丈夫っぽい感じだったということ。映像の中に出てくる子供なんかはけっこうやりたい放題だった。石の上に寝転んだり、よく磨かれた石を木の棒でカンカン叩いたり、池に敷かれた石を側溝に並べたり、雑草をむしって石でつくった馬に食べさせたり…。「え、こんなにしていいの?」というようなことを模範になってしているのだからけっこう驚きだ。

以前、韓国の建築家の承孝相氏が講演で話していたのが、韓国の書院と日本の枯山水のことだった。彼は日本の建築や美術をとても高く評価しているが、枯山水については触ってはいけないし、何か緊張するし、停止したものだと話していた。それに対し、韓国の寺院や書院などは、どこに座ってもいいし、とても自由なのだという。伊丹氏のこの美術館は、そのような韓国の寺院や書院などの、自由で可変的な性格を持った建築といえるだろう。

日本の建築については私もよく知らないので、これが韓国独自の文化なのかは分からないけれど、この本を読んで伊丹氏の建築を見て、このような関連性を感じた。


伊丹氏が韓国の美術について研究していたという話をしたが、この美術館にも韓国的な彫刻がさりげなく設置されている。石で作った馬が置かれていたり、金属で作った小さな鳳凰や亀などが壁や屋根についていたりする。それがとってつけたような形ではなく、そこにあるべくしてあるという位置にさりげなく設置されており、この美術館に住む住人のように自然に、そして愛らしくたたずんでいる。

このように見せるすべてが、よくできた映像のためかもしれないが、実際に行って、そこにたたずんでみたら、気持ちのよい時間が過ごせるのではないだろうか。以前、安東の陶山書院を訪ねたとき、縁側に座って一日中、瞑想しながら過ごしてみたいと思ったことがある。ここもそんな気分を味わわせてくれる場所ではないかと想像してみる。

次に済州島に行くのが楽しみだ。いつになるかは分からないけれど…。

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by matchino | 2014-07-12 15:01 | 展覧会 | Comments(0)