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韓国最高の現代建築「空間社屋」のこと

韓国の建築家第1世代の金壽根(キム・スグン)氏の傑作「空間社屋」がアラリオギャラリーへ売却されることが決まった。危機に瀕していたこの建物の行く末が一段落した訳だ。

空間社屋は、専門家が選ぶ現代建築のベスト1に毎年選ばれている名建築。
しかし、空間総合建築事務所が法定管理に入ることによって、社屋が売却されることになっていた。
提示された最低の価格は150億ウォン。
一般の企業が買収した場合、建築が毀損されることが憂慮されていた。
承孝相氏をはじめ、多くの建築家や著名人がこの建築の保存を主張し、登録文化財として登録することも検討しており、申請もされた。50年以上の建築物という登録文化財の基準に満たないものの、文化財庁からは登録することは問題がないだろうという回答もされていた。
しかし、登録文化財になったとしても、通告さえすればこの建物を所有する企業がいくらでも改築することができ、保護のためにはそれでは不十分だと言われていた。
競売の日と決められていたのは11月21日。それまで現代やネイバーが手を挙げたが売却は実現しなかったという。ソウル市やソウル文化財団が買い取るという話も出ていたが、それも実現しなかった。
なんとか建物を守ろうという関係者の間では市民ファンドを立ち上げようという声も出ており、10億ウォンほど集めていたという。

さて、運命の11月21日がやってきた。

結果は?

…流札。

それまでの保存を叫ぶ世論の動きを見たせいだろうか、手を挙げる企業は一つもなかった。

その数日後、「空間社屋、150億で売却」というニュースが入ってきた。
売却先は、天安とソウルにギャラリーを持つアラリオギャラリー。
金壽根氏が設計した部分はそのまま残すという条件で売却が決定したというが、本当に大丈夫なのか、心配ではあった。
その後出てきた記事によると、アラリオギャラリーはこの建物を美術館にする計画だという。
建築に関する展示はもちろん、現代美術の展示も行い、最初の展示は来年の9月になる予定だとのこと。
アラリオギャラリーのキム・チャンイル会長はインタビューの中で、空間社屋が競売に掛けられ、それも流札したというニュースに残念に思い、「衝動買い」してしまったと語る。
建物については、金壽根氏が設計した部分は、「空間 SPACE」という大きな字も含めてそのまま残し、空間総合建築事務所の2代目代表であるチャン・セヤン氏が設計したガラス張りの部分は中を改装して図書館やレストラン、ミュージアムショップとして使用する計画だという。そして「空間」の現代表であるイ・サンリム氏が増築した韓屋の部分は取り壊すが、イ・サンリム氏がロビーの空間を設計をしなおすという。

難しいことは分からないけれど、よい結果になったのではないかと思う。
文化財保護のために150億をポンと出せる財力があったらいいだろうなあとか。

さて、この名建築の前の主人であった空間総合建築事務所、この売却額で無事に法定管理の危機を乗り越えたとのこと。
こちらもめでたしめでたし、と。
来年の9月が楽しみだ。

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少し遠くから見た「空間社屋」。
実はまだ近くから見たことがないという! いつもニアミスなのだ…。
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by matchino | 2013-11-28 22:28 | 建築 | Comments(0)

レクチャー「看板に見る近代ソウル風景」

文化駅ソウル284(旧ソウル駅舎)で連続で行われている近代文化の講座。
前回は看板研究家のクァク・ミョンヒ氏を招いて「看板に見る近代ソウル風景」というテーマで講義、討論が行われた。


韓国の看板の歴史についての講義と、これからの看板の行方について熱い討論が行われた。

韓国で看板が本格的に使われだしたのは、日本植民地時代で、「看板(간판)」という言葉も日本から来た言葉なんだという。

講義をしてくれたクァク氏は、日本での滞在経験も長く、今はニューヨークで活動しているというが、現代韓国の雑多で画一的な看板文化を批判しながら、アメリカや日本のようにデザイン的にも視認性にもよく考えられた看板をかける文化をつくらなければならないと主張していた。


韓国の近代史の中で看板は2回の受難期を経ている。1回目が解放直後の日本の看板の廃止、そして2回目がハングル使用の奨励による漢字の看板の廃止の時期だ。

このような政策によって中国の文化大革命にも似た受難を経ることで、よい看板が一掃されてしまったのだという。

しかし、周りからの迫害に屈することなく古い看板を守り抜いた人もいるという。そのような人たちによって文化は守られていくのだろう。


もう一つ、初めて聞いた話は、韓国には看板に関する法律(条例かな?)があって、ハングルを必ず入れなければならないのだという。

英語で書かれた看板の端に小さくハングルで表記されているのは、読めない人に対する配慮でもなんでもなかったんだ!

これは「ハングルを守るためにはハングルを使うようにしないと!」と主張する人たちによる偽善的な政策なんだそうだ。

こういう人たちは文化を守るのではなく、かえって壊してしまうのだという、クァク氏の主張にとても共感した。


韓国の近代を語る時に日本を抜いて語ることはできない。もちろん、現在と未来においても日本との関係なしには語れない。
その中で日本人として耳の痛い話がたくさんあるのは確かだ。

でも、今回の講義は日本の看板に対する研究の深さや、看板のデザインの優秀さなど、日本人としての自尊心を高めてくれるものだった。

韓国での昔の写真を紹介しながら、洋品店のレトロっぽいフォントを「こういう漢字のフォントデザインはこの頃の韓国にはありえなかった」とか、仁丹の看板を見せながら「美しいデザインだ」といったり、それに対して参加者たちも異論を唱える人はいなかった。


講義の最後に紹介されていた柳宗理の言葉がとても共感したので紹介しよう。

「健全なモノは健全な社会に宿る」

これを少し意訳して「よいデザインは安定した社会によってつくられる」と紹介していた。

韓国は今まで経済的にも政治的にも安定していなかったし、今でも安定しているとは言い難い状態にある。そして、経済だけでなはく、人の心がまだ安定していない状態だ。

しかし、国民の生活が安定してきた今、そしてクァク氏のような人たちが出てきた今、看板の文化はこれからどんどん変わっていくのではないかという希望を感じさせる時間となった。


看板の話を聞いて、実際に韓国の看板がどうなっているのか、もう一度見てみようと思っていたら、ソウル駅前のソウルスクエアビルに巨大な広告がかかっていた。…と思ったら、事務所の電気だ。
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後でニュースを検索してみると、LGが使っている階で行っている「残業しないで早く帰りましょう」という「ハッピートゥギャザー・タイム・キャンペーン」の一環としてやっているらしい。
でも、写真を見ると字の部分以外でも消えてないところがけっこうあるなあ。徹底されてないじゃん!
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by matchino | 2013-11-27 23:46 | Comments(0)

ナム・ジュン・パイク・アートセンター

ナム・ジュン・パイク・アートセンターを取材しようと取材依頼をしたところ、新しい企画展が開かれて、記者懇談会をするということで参加してきた。

ナム・ジュン・パイクは言わずと知れたビデオアートの大家だ。私が韓国のかの字も知らなかった頃からパイクのことは知っていたくらいだから、彼の世界的影響力がどれ程のものかが分かる。

私が韓国に来てしばらく経ってから、「ああ、パイクは韓国人だったよな」と思い出したくらいだ。

私の知り合いは「白南準がナム・ジュン・パイクだと分かって軽い衝撃を受けた」と話していた。東洋画の作家のような名前(←すごい偏見!)があのパイクだったなんて!という…。


さて、アートセンターは、ソウルからバスに乗って約1時間。京畿道龍仁市にある。地図を見ると、ソウルの真ん中からまっすぐ南に下る幹線道路の脇にあった。
山の紅葉を見ながらバスに揺られて到着。田舎町っぽい所を少し入っていくと、直方体のでっかい塊が小高い丘の坂の途中に座っている。
横に幾筋ものスリットが入ったガラス張りで、黒いガラスがスタイリッシュな印象。
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中に入ると、他の美術館とは違い、黒を基調とした空間になっている。明る過ぎず、暗過ぎず、落ち着いた感じでいい。
気に入ったのが、向かい側の窓、というか壁全体がガラス張りになっていて、表と同じく横に無数のラインが引かれている。
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そして窓の外には石畳の裏庭があり、その石畳はゆるいカーブを描きながら壁になり、その上には山の木々が生い茂っている。ちょうど紅葉の時期で、赤や黄色の木々が美しい。

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すごく忙しいスケジュールで写真を撮れなかったので、ネイバーの地図から拝借。この木々が紅葉したところを想像して!

ロビーの雰囲気のよさに浸る暇もなく、入って右側のコーヒーショップに案内された。すでに弁当が用意されていて、展示会の話などをしながら昼食をいただいた。
パイクってヨーロッパで人気があるみたいだ。あるスタッフの話では、数日前にヨーロッパのどこか(どの国っていったかは忘れた)から呼ばれてパイクの作品を出展してきたという。
外国から訪ねてくる人はどのくらいいるのかと訊いてみると、やはりヨーロッパから研究のために来る人が多いという。
食べ終わるとすぐに展示の説明が始まる。なんて忙しい!

全員が集まるのを待っていると、一緒に着ていた記者が「日本人ですか?」と話しかけてきた。名刺を交換すると、「Article」という現代芸術に関する雑誌の記者だった。「ああ、一度買ったことがありますよ! でもとても難しくて全部読めませんでした」と話すと、「皆さんそう言われるんですよねー」と。ちょっと率直に言い過ぎたかな?

さて、1階の常設展はサラッと流して、2階へ。
2階では二つの企画展示が行われていた。パイクのパフォーマンスに関する「オンステージ」展と、昨年、このアートセンターの国際芸術賞を受賞したダグ・エイケンの企画展「エレクトリック・アース」が行われていた。

「オンステージ」展は、パイクのパフォーマンスを年代別に紹介し、そのパフォーマンスの結果物を展示している。ネクタイで書いた書道(?)とか、ロボット(後で交通事故で死亡する)とか、水の上を走るバイオリンとか。
展示の方式は美術館というよりは博物館のような感じだ。資料の少ないパイクのパフォーマンスをどのように見せるのか苦労したあとが伺える。

その隣の暗い部屋はパフォーマンスに使った映像を単独で見せる部屋だった。
そしてその反対側は一列ガラクタの山だった。この空間は「メモラビリア」といって、パイクのアトリエをそのまま再現したものだという。
スタッフが「先生はモノが捨てられない人だったんですね」と話していたが、そのガラクタから彼の芸術が生まれたのだから、これは宝の山だよな、と。
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その次の部屋はもう一つの企画展、ダグ・エイケンの「エレクトリック・アース」だ。
この作品は、4つの部屋に8つの映像が壁一面にプロジェクターで映し出されたもので、その8つの映像が互いに絡み合いながら、完全に同期している。
1999年のヴェネチアビエンナーレで金獅子賞を受賞した作品だ。
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一通り作品を見終わった後は、ダグ・エイケンとの記者会見。
アートセンターの館長による企画の意図の説明とダグ・エイケンの挨拶の後、質疑応答の時間。その場に来ていたのは美術専門誌の記者などでけっこう鋭い質問がどんどん出てきて、作家も質問ごとに「いい質問です!」とうなった。
その中でも「あっぱれ!」だったのが、さっき話した「Article」の記者の質問。
「『エレクトリック・アース』は1999年の作品ですよね? 最新の作品がないのはどうしてですか?」
そうだそうだ! 私もそれが訊きたかった!
それに対する館長の答えはこのようなものだった。
「ダグ・エイケンは国内ではまだあまり知られていない作家のため、彼の代表的な作品を選びました。そしてこの作品は彼の原点となるもので、記念碑的な作品ということでこの作品を選びました」と。
準備期間などの大人の事情もあって、この作品しか難しかったのも確かのようだ。
でも、この作品もけっこう難易度の高いものらしい。スペース的な問題あるし、何といっても8つの映像をぴったりと同期させるのは技術的にそうとう難しいらしい。
技術的にも難しいけれど、概念的にも理解するのも難しい。ある程度解説してもらわないと普通に通り過ぎてしまいそうだ。

概念が私の中でまったく整理されていないのだけれど、今日の収穫は、ナム・ジュン・パイクという人が立てた功績がどのようなものだったのかということが分かったということだ。
前衛的な作品で有名になっているが、彼が表現しようとしたことは、今のアーティストたちの表現活動の原点になっている部分が大きいし、彼が試みたことが今、さまざまなところで実現しているのだ。

質問が次々に繰り出されてとどまるところを知らなかったが、次のスケジュールがあるということで終了。ゆっくり展示を見直すことも叶わないままバスに乗り込んだ。
写真もまともに撮れなかったので残念!次の企画展の時に行くか。次は春だな。

「オンステージ」展と、ダグ・エイケンの「エレクトリック・アース」展は、2014年2月9日まで。


〈追記〉
美術館の役割って、今まで考えたことがなかったけれど、博物館みたいなものなんだなあ、と。
研究・収集して、展示・紹介する。
そのためか、「歴史的な意義」的なものを見出すことはできても、新しさというものは感じないことが最近多くなってきた。
たとえば、ダグ・エイケンの作品も、99年当時は目新しかったかもしれないけど、今はそうでもないんじゃないかとか思ってしまう。
歴史の流れを知ってこそ、現在を知ることができるということはあると思うが、あまりに博物館的になっては面白くないと思うのだ。
過去の作家の展示を行うとしても、現在的な意味というものを提示しないとつまらないものになってしまう。少なくとも私にとっては。
前にウォーホル展を見に行って、今展示する意味みたいなものがあるかと思ったら、印象派の作家の展示のような感じでお決まりの展示の仕方だったので、失望したことがある。
「だったら美術館に行くなよ」と言われたらそうなのだけれど、国内で海外の作家の新しい作品に触れられるところって美術館とかギャラリーしかないのだから
しょうがない。
ダグ・エイケンの最新作の「Station to station」もアメリカの列車で行われたパフォーマンスだから、それを体験するためにはそこに行くしかない。
そういう意味で、美術館のあるべき姿って変わってくるべきだと思うのだ。というか、美術作品の発表のありかたというべきか?
まあ、美術館もいろいろな形で新しい展示・発表の方法を模索している。そういう美術館の活動に期待したい。
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by matchino | 2013-11-25 21:26 | 展覧会 | Comments(0)

西村の鐘路区立美術館

アマチュア・ソウル」の展示を見た後、少し時間があったので、西村辺りを散策。

景福宮の西側の、雰囲気のある路地が残るこの辺りは、おしゃれなカフェがたくさんできており、歩いているだけで楽しい。

そして、前回訪ねたけれど時間が遅くて閉まっていた鐘路区立美術館を訪ねた。
思ったよりもたくさんの人が来ており、ひっきりなしに人が出入りしていた。
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ここは画家の朴魯寿氏の家を美術館として開放したもので、区に寄贈された彼の作品を所蔵している。
ちなみに朴魯寿氏は、イ・ビョンホンと結婚して話題になった俳優のイ・ミンジョンの祖父なのだそうだ。

建物自体が韓中洋折衷の建築様式で美しいので、まず建物の周りを一周した。
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赤い窓枠のついた窓が美しい。

庭にも石造りの像が幾つもあって面白い。
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裏の方に回ってみると、小さな山に登る道があり、散策にもちょうどいい。

煙突が二つある。煙突のある家って憧れるなあ。
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二つの石像が守る門から中に入る。
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建物自体がそれほど大きくないため、20人ずつ入場するようになっている。
靴を脱いで中に入ると、最初の部屋に朴画伯の生涯を説明するビデオがあり、その次の部屋から絵の展示が始まる。
最初の部屋からこの美術館の目玉の作品である「月と少年」がある。
月光の下で柳の木の下を歩く少年の姿が描かれているが、鮮やかで透明感を感じさせる色使いがすばらしい。
東洋画の伝統を受け継ぎながらも、新しい画風を開拓した朴画伯の絵は、見飽きた伝統的な絵画とは違った感動を感じさせる。

建物自体、そう広くはなく、2階も展示室は2部屋しかない。住宅として使われていた頃の暖炉などか残っており、細かなディテールが目を引く。

美術館を見終わって、駅に向かう途中で、前から気になっていた小冊子「西村ライフ」も手に入れて大満足。
数ページしかない小さな雑誌だけれど、西村で生まれ育った人たちの小さな話がいい。
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このあたりはまた訪ねてみたい。
けど、一人で歩くのはやっぱりつまらない。誰か一緒に行く人いないかなあ…。
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by matchino | 2013-11-19 08:27 | 展覧会 | Comments(2)

隠れたソウルの名所の地図をつくる「アマチュア・ソウル」

あんまり新聞を見ない方だけれど、たまたま開いたら気になる記事があった。

ソウルの有名な観光地やショッピング、グルメの名所ではなく、自分たちの気に入った知られざる「名所」の地図を作っているデザイナーユニット「Amateur Seoul」の話だ。

この地図、4号まで出ていて、その中にはこの前歩いた西大門の辺りの地図もあった。

サイトを見てみると、なんか面白そうだ。ウェブで地図を販売しているということだったが、次の日に通義洞の複合文化スペースであるポアン旅館でのフリーマーケットに出店して地図も販売するという。さっそく出かけてみた。


地下鉄3号線の景福宮駅から少し北に歩いたところにポアン旅館はあった。
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建物の前で何かを売っていて、小さなお祭りのような雰囲気。
中に入ると旅館の部屋が展示の空間になっている。廃墟をそのままにしており、夜に入ったら不気味だろうなと思う。
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その一つが「アマチュア・ソウル」の部屋だった。
壁に地図を貼っており、コンクリートがむき出しの床にも雑貨っぽいものとか写真なんかが並べられていた。
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そこにいた二人がこの地図を作ったデザイナーたちだった。「新聞を見て来た」といって、いろいろと話を聞いた。
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地図を買いたかったけれど、用意していなかったらしく、ウェブで注文してほしいとのこと。
話をしていると、何か作ってくれるという。何かと思ったら、アマチュア・ソウルのツアーの時の旗だった。
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三角形の紙の旗に、彼女たちがソウルを歩きながら集めたデザインを刻んだはんこを押すのだが、「面白いのでやってみますか?」という。
それでやってみると、はんこにもいろいろなデザインがあって面白い。はんこを押して切り取り、竹串に貼り付けると完成。
簡単で、自分で作る楽しみもある。なかなかのセンスだなあ。
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はんこの横にあったリーフレットみたいのが気になったので、手にとってみると、それが地図だった。「あ、これは一つしかないからね」といって元に戻したら、「差し上げますよ」と。えー!これはラッキー。
ついでにこの地図が西ソウルで、会社の近くの地図なので、会社の帰りにでも回れる所だ。ありがたい。
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次号の予定を聞いてみると、12月に第5号を発行する予定とのこと。そしてそれに合わせてツアーもするというので楽しみだ。
また名所の場所が表示してあるだけでなく、「モデルコース」も表示されているので、これを辿りながら「あ、ここにあった」とオリエンテーリングのように探していくのも楽しいかもしれない。

彼らが作った他の地図の中で鐘路区益善洞という地域があった。聞いたことのない地名だったのだが、旧ソウル駅舎での金蘭基氏の路地の講演の中で益善洞の話が出てきた。
益善洞は北村や西村のように韓屋がたくさん残っている地域なのだそうだ。職場の近くにこんなにたくさん面白い場所があったなんて!

まさに私が「ソウルのアマチュア」だったわけだ。でも、プロになるよりいつまでもアマチュアで新しいものを発見できた方が楽しいかな、と。
益善洞、いつ歩きに行こうかなー。
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by matchino | 2013-11-07 08:29 | 旅行 | Comments(0)

金蘭基氏の講演「近代の路地風景 〜 路地は都市の毛細血管である」

最近Facebookの友達になった「韓国古建築散歩」のりうめいさんが紹介してくださった金蘭基(キム・ランギ)氏の講義があるということでさっそく申し込んだ。
まず、金蘭基氏について紹介すると、路地の文化を研究し、路地の保存を訴えている方だ。といっても今回の講演を聴くまではどんな方なのかもよく知らなかった。

講演の方は、「デザイン評論家、チェ・ボムと行く文化探訪」のパート3「近代漫談」とシリーズの中での「近代の路地風景 〜 路地は都市の毛細血管である」という題名で行われた。

講演が行われたのは旧ソウル駅舎の2階で、この建物は今は「文化駅ソウル284」という名前で美術館として使われている。
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時間になる前に、金氏が話を始めた。
まず、「皆さんの意見を聞きたい」といって、この建物をどうしたらいいと思うかと訊く。この建物は日本人によって建てられたものとして、取り壊そうという意見もある中、文化的スペースとして使おうということで美術館になっているが、金氏の意見は思ってもみない使い方だった。
列車の駅として、再び使おうというのだ。もちろん、乗客数などを考えると不便ではあるが、その不便さも克服できるくらいの余裕が欲しいということだった。
また、趣のある建築を駅舎として使うことによって、現在ソウル駅の中にあるロッテマートのような商業施設は出て行かざるを得なくなるのではないかということだった。
現実味のない発想だといってしまうとそうかもしれないが、考え方の方向性ははっきりしているし、この後の話を聞いていても非常に一貫性があっていい。
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さて、乗っけから少し過激な発言で始まったこの日の講演は、デザイン評論家のチェ・ボム氏が仕切り直して始まった。
まず、第1部は金氏の路地踏査に関する話で、第2部はチェ氏との対談という順序で進められた。

正直なところ、第1部では昔の姿をそのまま残そうという、そういう考え方なのかと思った。確かに昔の姿が残っている路地は残したいと思うが、既に変わってしまった街の、昔の姿がどうだったかということを研究したからといって何の意味があるのかという疑問がある。
しかし、第2部の対談は路地に対する金氏の考えがよく分かり、とても共感できた。
チェ氏が投げかける金氏に対する質問と、それに対する回答と、またそれに対するコメントの一つひとつが共感できる内容だった。
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金氏の主張は次のようなものだ。
道には二つあって、道路と路地がある。道路は前へ前へと進んで行くことを強要される道だ。現代社会は道路のような社会だといえる。前へ前へと進む競争社会で、立ち止まったら後ろからクラクションを鳴らされる、止まることが許されない社会だ。
それに対し、路地はそこにとどまる道だ。そこで遊ぶこともでき、休むこともでき、近所の人たちとの交流が行われるところだ。
人は家を含めた路地で生活し、路地の外の社会に出て、また路地へと帰ってくる。

最近、路地がなくなってしまっているが、既になくなってしまった所は仕方がないとしても、今ある路地を保存しようというのが金氏の主張だ。そして、失われたコミュニティーの機能を回復しようというのだ。

しかし、それに対する反論もあった。
昔の路地というと、汚い、不便だ、犯罪の巣窟だ、といったイメージがあり、実際にそういう例があることは確かだ。
それに対して金氏が代案として出すのが日本の路地の姿だ。
韓国の路地を「コルモク」というが、金氏は「日本ではコルモクのことを『路地』といいます。その他にも『〜坂』といういい方もあります」と話しながら、日本の路地を見てきたときのことを話した。
日本の路地はとてもきれいで、住民が掃除をしながらお互いに助け合って、その路地を住みやすく、美しく保っている姿を見たというのだ。
だから、韓国の路地の良さをそのまま残しながら、より住みやすい姿をつくっていく必要があるのではないかということだった。

また、路地に対する批判としてこのような意見も出た。
特に急な坂が多い路地は老人にとって不便で、大きな事故につながりかねないというのだ。
しかし、金氏は「それはそれでいいのではないか」というのだ。
昔はどこでも不便だったのだし、路地を残すことによる利点を考えると、それは重要なことではないというのだ。
安全とか便利ということは至上のことであるかのように語られて、それに反対する人は悪者のように思われるような現代社会の中で、より本質を見極めている方なのだと思う。話を聞いていてとても気持ちがよかった。

建築家だった金氏は、コルビジェやミースなど、西洋の建築家を信奉しながら一生懸命勉強していたが、それとは打って変わって、「建築」ではなく、「道」の方に関心が傾き始めた。チェ氏の言葉を借りれば、「ポジ」の部分から「ネガ」の部分に関心が行くようになったのだという。
私も今まで路地を歩いてきたけれど、金氏がどんな視点で路地を見るのかが気になる。
講演の中で金氏は「路地のよさは実際に歩いてみないと分からない」と語った。
それで、今週の末に金氏が主催する街歩きイベント「一緒に歩こう! 燃える漢陽都城」に参加することにした。
天気予報は雨。どんな街歩きになるのか楽しみだ…。
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by matchino | 2013-11-05 22:51 | 建築 | Comments(0)

サムソン美術館リウムでのカルダー展

私が大好きなアーティストの一人、アレクサンダー・カルダーの展示がサムスン美術館リウムで行われ、終わる直前に見に行ってきた。

リウム美術館は3人の名建築家による3棟の建物で構成されているが、レム・コールハースが設計した「児童教育文化センター」の建物で展示が行われていた。

入り口から降りて行くスロープにもモビールが展示されている。
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「ブラックボックス」と呼ばれる黒い展示室が展示の始まりだった。
ブラックボックスの入り口にはデザインされた「CA」の文字があり、その隣の壁にはカルダーのモビールが動いている様子が映し出されて一つのインスタレーション作品のようだ。
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「CA」の文字が誰のデザインなのか気になったが、訊くのを忘れた。


今回の展示は、モビールはもちろん、初期の絵画作品や、装身具、「カルダー・サーカス」で使われた針金のオブジェなども展示されており、彼の多彩な作品世界を垣間見ることができた。
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特に「カルダー・サーカス」の展示が興味深かった。カルダーはサーカスが好きでよく見に行っていたというが、自分で作った針金のオブジェを使って人形劇をするように人形のサーカスをしていた。そこに当時の有名な芸術家仲間が集まって楽しんでいたという。いい歳したおじさんがやっている人形劇のサーカスだけど、そのオブジェのできが素晴らしいのとちょっとブラックなストーリーがいい。
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今回の展示には「カルダー・サーカス」で使われたオブジェが展示されていたが、どれも造形的にとても美しく、それでいてユーモアにあふれている。
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牛。うんちをしているといって、息子が喜んでいた。


彼のモビールはとても優雅だ。そのためか、たくさんの人が来ていてがやがやと騒がしいのだが、モビールを見ていると何だか静寂ささえ感じる。モビールがその空間の雰囲気をまったく別なものに変えてしまっているようだ。

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モビールを見上げる息子。実はヤラセ。

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影も美しい。

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外にもカルダーのモビールが展示されていた。
ジャン・ヌーベルによる漆黒の展示館とモビールのコントラストが美しい。

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外の壁にもモビールを形どったシールが貼られていた。外に出てもらったオレンジの風船がモビールの一部のようだ。息子の視線の先には誰かが逃してしまった風船が空高く上っている。

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美術館のデッキにあるオブジェ。これはカルダーじゃなくて、アニッシュ・カプーアの作品。秋の空に映えて美しい。
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by matchino | 2013-11-03 17:38 | 展覧会 | Comments(0)

草間彌生展 in 大邱美術館

金海空港から半分意地になって訪ねた大邱美術館。

草間彌生の展示なのだけれど、最近どこかで読んだのは、ある美大で学生に嫌いなアーティストを調べたところ、草間彌生が上位3位以内に入っているんだそうな。

まあ、若いもんたちがどう思うと関係ないのだけれど、実は私も「わざわざ見に行くか?」という気持ちがあった。カボチャはいろんなところで見ていたし、ほかの作品も雑誌やなんかで見飽きるほど見ていたので。「意地で見に行った」というのはそういう意味が含まれているのだ。

で、結論としては見に行ってよかった。
でも、微妙な「よかった」であることを断っておきたい。


この展示は「オミホール」という吹き抜けの空間に赤い水玉のボールがいくつも浮かび、各展示室では絵画作品や鏡を使って永遠性を表現したインスタレーション作品などが展示されている。
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まず、一番気に入ったのが、原色で描かれた絵画作品だ。草間氏が見たイメージをそのまま写したのだろうか、人なのか動物なのかよく分からないイメージが描かれているが、造形的にも興味深い作品たちだ。昔、うちの娘が描いた絵にも通じるようで、幼い子供のような豊かなイメージを高齢になっても残している人なのかと思った。

あとは、まとまった形で草間氏の作品に接することで、「この人の芸術って何なんだろうか」ということを考えさせられる機会になった。
ちょっと(「そうとう」というべきか?)変わった人の個人的なイメージに過ぎないのに、こんなに世界のアートシーンの中で注目をされているのはなぜなんだろうか?共感できる部分が、皆無ではないにしろ、大きいとは思えないイメージなのに。

あと、この人がどういう意図を持って作品の制作をしているんだろうかが気になる。強迫観念という言葉がキーワードになっているが、どういうことなんだろうか。

草間彌生という人は何なんだろうか、という宿題を出されたのが今回の展示だった。そういうことを考える機会になったのがよかったかな、と。
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それにしても、大邱美術館側はどういう意図でこの展示を企画したんだろうか?
ひねくれた考えかもしれないが、「人集めのための展示じゃないだろうか」とか思ってしまう。
部屋に水玉のシールを貼らせる企画とかは子供だましっぼいし。これは子供のための企画ではあるけれど。
オミホールの展示も、想像したとおりの展示で、もう少しびっくりさせてくれるようなものが欲しかったなあ、とか。まあ、エンターテイメント性ばかり要求してもしょうがないけれど、前回のチェ・ジョンファ氏の展示の方がインパクトがあってよかったなあとか。

あ、もう一つよかったことがあった。
いろんな所で何回も見ていたあのカボチャを、今回はちょっとよく眺めてみた。
すると、よくできたデザインだなあと思えた。やっぱり並外れた造形力を持った人であるのは間違いないなあ。
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〈追記〉
この投稿を書いておいて温めている間にいろいろな記事を見て考えたことがあったので、追記という形で記しておこう。

まず、美術館側の意図の話。
大衆にもよく知られた作家を扱うことで、美術に対する大衆の関心を高めるという意図と、この展示と同時に大邱の作家たちとの作品を展示することによって、地域の作家に接する機会を作ったということだった。
まとまった企画展だったし、同時代の作家だし、正当な美術館としての役割を果たしているという印象を受けた。
印象派の展示ばかりやってるどこかの美術館とはやっぱり違うんだよな、と。

それからもう一つは、草間彌生の芸術って何なのかということについて。
前回も紹介したひゃんりさんが、大分市立美術館で行われていた草間彌生展での美術館館長の話をまとめているが、それを読んで、ポップアートの先駆的な人だったんだということが分かった。
マリリンモンローのシルクスクリーンだとかアメリカンコミックを拡大した絵なんかが、あまりにも見慣れていてその価値が分からなくなっていたように、あの水玉も、あまりにも世間に溢れかえっていて、その価値が分からなくなっていたのかもしれない。

で、さらに考えていくと、芸術ってなんなんだろうっていうところに疑問がまた戻ってくる。また、アーティストと専門家と大衆との関係についてもいろいろと考えることが多くなってくる。
大邱美術館は、そういうことを探求し、模索しているのかもしれないと思えるようになってきた。その模索が次にどんな展示となって現れてくるのか期待したい。

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〈追記の追記〉
愛読しているメルマガの「デジタルクリエイターズ」に、以前、草間彌生展に関するチャット対談があったことを思い出した。
それが私の考えた内容にかすっている感じがした(この人たちは専門家だから、私の方がかすったというべきか?)ので、リンクをつけておこう。
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by matchino | 2013-11-02 20:15 | 展覧会 | Comments(4)