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ヤノベケンジ氏のアーティストトーク

ソウル大学美術館で開かれていた「1970年代以降の日本美術」展、行かねばと思っていたところ、ヤノベケンジ氏のアーティストトークが開かれるということで、さっそく申し込んで、行ってきた。
今まで作家に直接話を聞くイベントに何回か参加したけれど、今回も相当興味深い話が聞けた。

大阪の人だからかもしれないが、ユーモアたっぷりの人だ。
6歳の時、廃墟となった大阪万博の跡地で「未来の廃墟」を見て感銘を受け、それが原体験の一つになっているという。
そしてアニメや特撮が好きだった少年が高校生の時に作った作品が、仮面ライダーのコスプレで、次の作品がバルタン星人のコスプレだったという。特撮に使う造形物を作る職業に就こうと思っていたが、美大に行って、「アニメや特撮は楽しいかもしれないけれど、人の作品のために作るものでしかない」と、より自由に何でも自分の思う通りに作品が作れるアートの世界に身を投じるようになったという。
大学の時から既に、放射線保護服であるアトムスーツは作っていたらしい。その時から核問題に言及を始めたという。

今回、作家に聞いてみたかったのが、原発に対して反対なのかということ。ただ問題提起をしているだけなのか、反対しているのか、ということだ。
しかし、作家がはっきりと表していたのは、核兵器はもちろん、原子力というものに対する怒りだった。アトムスーツを着てチェルノブイリを訪ねた時、放射線の危険地域で生活する幼い子供の姿に見て、「この問題について表現活動をしていることは、彼らを自分の創作活動のために利用しているだけではないか」とまで考え、悩んだという。
確かに彼の作品からシニカルな、覚めた視線を感じることはある。しかし、福島の事故の直後に発表した「Sun Child」という作品は、彼自身が恥ずかしくなるくらいの天真爛漫な表情を見せる、ある意味でベタな「希望」を表現した作品だった。この作品を作るに当たって彼自身そうとう悩んだという。しかし、恥も外聞も、芸術家としての評価も捨ててこの作品を発表したという。

また、ご自身のお父さんの話が出てきたが、かなり面白い話だった。お父さんが定年退職した時、家に帰ると家族を相手に腹話術を始めた。でも、それが下手で、声もダミ声なので、家族にそうとう不評だったという。
その後しばらくしてからお父さんの部屋に青いスーツケースが置かれていた。その中には新しい腹話術の人形があった。鼻の下にチョビ髭をはやし、髪はバーコードになって、阪神タイガースのユニフォームを着ていた。
その後、ヤノベ氏の展示で展示物が盗まれる事件が起こった。彼が3歳の息子のためにつくった子供用のアトムスーツだった。やがてそのアトムスーツが見つかった。彼のお父さんの部屋からだった。そのアトムスーツの中にはあの腹話術の人形がピッタリと収まっていた。
これが彼の作品によく登場する「トらやん」の始まりだった。
「トらやん」という名前はお父さんが付けたという。まさに大阪のおっさんらしい命名で、アートとかサブカルチャーとは程遠い名前だと、ヤノベ氏自身が話していた。
途中、「トらやんの冒険」という動画を見せてくれた。これが爆笑もので、特にお父さんの腹話術が笑える。でも、「放射能が来たらシェルターに入るんだよ」と何度も孫に語りかける場面は、孫に対する愛情が伝わってきて泣かせる。

ヤノベ氏の作品を見ると、社会派のアーティストなのかと思ったりもするが、話を聞いていると、制作活動をする中で変わっていったのではないかと感じさせられる。最初はただのオタクで、それがアートという分野に目覚め、パフォーマンスのためにチェルノブイリなどを訪ねる中で社会の問題に対してより強く主張するようになっていったのではないかと思う。彼の作品から怒りを感じないのは、社会批判的な内容を持っていたとしても、彼の中にある制作を楽しむ心と、人への愛があるからではないだろうか。
原発に対する怒りも、社会の悪に対する怒りからではなく、人に対する愛から来ているように感じるのだ。最近、北野武監督とのコラボレーションで怒りを表現した作品を発表したというが、それさえユーモラスさを隠せない。
個人的には、この、井戸からお化けのような生物が出てくるインスタレーションのこの生物の顔は、巨神兵を思い出す。影響は受けているんだろうか。

ヤノベ氏の話を聞いていると共感しまくってしまう。同世代の日本の男として、共感するところばかりだった。
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by matchino | 2013-04-27 14:18 | 展覧会 | Comments(2)