カテゴリ:旅行( 35 )

ソウル駅春の散策 その1

e0160774_19490262.jpg

ソウル駅の上空をかすめる高架道路が、道路としての役割を終えて歩行者のための公園として生まれ変わる。
2017年にはヴィニー・マースという造園建築家のリニューアル案に従って、樹木公園になるそうだ。
今、その工事中でそれに関連した様々なイベントが行われているが、「ソウル駅春の散策」というイベントが行われるということで参加してきた。

今回のイベントの舞台は、ソウル駅から近い塩川橋(ヨムチョンギョ)という橋のたもとにある手製靴通り(韓国では「手製靴」というが、日本語では何だろう?オーダーメイドの靴屋?普通に靴屋通りといったらいいか?)。

ソウル駅を出て、文化駅ソウル284(旧ソウル駅舎)の前を通ってしばらく行くと、線路の上を渡る橋がある。これが塩川橋。橋を渡りきった辺りには古い建物が並んでいた。これが手製靴通りの建物群だった。
橋の歩道はけっこう広くてイベントをするにはもってこい。テントを張るスペースはなくても机とパラソルを置いて案内所にしていた。
橋を渡ったところには手製靴通り。靴が店頭にずらりと並び、ショーウィンドウがある昔ながらの靴屋が並んでいていい味を出している。
e0160774_19483119.jpg
e0160774_19483701.jpg

申し込んだ街歩きが始まるまでに時間があったので、スタンプラリーに参加してみた。
スタンプラリー、その場所に行きさえすればいいのかと思ったら、各チェックポイントでミッションが与えられた。
まず最初のチェックポイントは手製靴通りの前。与えられたミッションは、どこでもいいので店に入ってサイズを測ってもらうこと。
ここで驚いたのが、店のおじさんが親切に測ってくれたこと。今まで参加した町おこしイベントでは住民がそんなに協力的でなかったりしたけれど、ここはまったく違った。このイベントが町おこしに貢献しているという意識があるんだろう。
実際、今回来ていた人たちは、オーダーメイドで靴を作ることに関心を持っていた。知り合いの一人は靴を作ってきたという。クッションがよくて自分の足に合った靴が6万ウォンだったらいい買い物なんじゃないだろうか。
e0160774_19484666.jpg

さて、次のチェックポイントでは、空き地になっているところの塀にソウル駅周辺の昔の写真が掛けられていた。その写真の感想を書いて壁に貼るのがミッション。軽くクリアw
最後のチェックポイントでのミッションはミニテスト。塩川橋周辺の歴史に関する6問の問題に答えた。私は5問正解!
というわけで、ミッションコンプリート!

ミッション完了の報酬は、「ソウル散策」特製ダイアリー。後からじっくり見てみると、このダイアリー、なかなかいい。シンプルなデザインで、月に一つずつ、ソウルの街歩きによい地域のイラストマップがついている。あんまり実用的な地図ではないけれど、アイデアはいいな、と。
e0160774_19493044.jpg
e0160774_19490888.jpg

今回のイベントのミッション、地域に関連して、参加者に地域のことを覚えさせる面白いミッションが多かったな。

スタンプラリーを大急ぎで終えて、いよいよ街歩きに出発。
長くなったので、続きは次回に!

[PR]
by matchino | 2016-04-30 19:53 | 旅行 | Comments(0)

浅川巧さんの墓地を訪ねる

e0160774_17423236.jpg

次女が「アッパ、峨嵯(アチャ)山に行こう」といいだした。お、来たぞ来たぞ!
実は、峨嵯山からつながる忘憂(マンウ)山に前から見に行きたいところがあったのだ。
それは、日本統治時代に韓国を訪れ、韓国の民芸を愛し、日本に紹介した浅川巧さんの墓地。
それで、忘憂山に行くことに。娘よ、すまない。

私が住んでいる九里市から、ソウルへ抜ける忘憂里峠を越える道があるが、途中で左に入っていくと共同墓地がある。忘憂山から峨嵯山にかけてずっと共同墓地になっているのだ。
韓国のお墓は日本のお墓と違って、公園のようなのどかさがある。墓地の間に作られた散策路には、色とりどりの登山服を着た人たちがたくさん歩きに来ている。春になってサンシュユやレンギョウも咲き始めていた。

位置をネットで調べていこうと思ったが、詳しく出ているものが見つからなかったので、とりあえず行ってみたのだが、お墓の数があまりにも多すぎて、現場で娘に検索させてみた。
すると、あるブログにトンナクチョン薬水場の近くだと書いてあった。でも、ネットの地図には薬水場が出ていない。散策路の入り口にある地図には表示されていたが、どのくらいの距離なのかも見当がつかなかった。
まあ、道は一本なので、たどり着くだろうと歩き始めた。

中1の次女と3歳の末っ子を連れてきたので、末っ子のペースに合わせて歩いていくが、なかなか見えてくる兆しも見えない。たどり着けるのか不安になってきて、下の子をおぶって歩くことにした。
娘が私の背中でうとうとし始めたようだ。次女もペースが遅れだした。
うーん、いつになった着くんだろう…?

家を出てからもう2時間が経とうとしていた。次女も遅れているので、ちょうど道の脇にあったベンチに腰を下ろした。
次女が来るのを待って、「どうする?たいへんだったら帰ろうか?」と訊いてみると、「ここで帰ったら後悔する気がする」と。なかなか根性があっていいぞ。

で、もう一度歩き始めると、なんと50mも行かないところに薬水場があった。
さっきのブログにあった地図を見てみると、まさにここだ!
娘がいなかったら目の前であきらめて帰ってしまっていた!

e0160774_17423233.jpg
暖かい日差しが当たるいい場所に浅川巧さんの墓はあった。
隣の碑には、「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」とあった。
じーんと来るなあ。。。
e0160774_17423326.jpg

碑の裏側には略歴が刻まれていた。
朝鮮総督府の山林課に勤めていたとあった。それで「山と民芸を愛し」なんだな。
そして植木日の行事の準備中に殉職したとある。
40歳。私よりも若い!
そんなに若くして亡くなってしまったんだ。
e0160774_17423259.jpg

以前、韓国の民芸を愛し、日本に紹介した柳宗悦さんの本を読んだことがあるが、浅川さんの本も読んでみないとだな。
私は韓国の土になるのかどうかはまだ分からないけれど、韓国で生きた日本人として、何か残せるだろうか。

e0160774_17423366.jpg

行ってみたいという人たちのために、行き方を書こうと思ったけれど、ソウルナビに紹介されていたので。
それにしても養源駅から歩かせるかー。まあ、へたにバスに乗るよりはいいかも。
だいたいの位置が分かるように、その場で地図を撮っておいた。
青い三角の位置が浅川さんのお墓。
e0160774_17423206.jpg

[PR]
by matchino | 2016-04-04 20:37 | 旅行 | Comments(0)

ご当地シャトルで行く安東旅行 2 河回マウル

e0160774_19501388.jpg
韓国観光公社の「Korea ご当地シャトル」で行く安東旅行、屏山書院の次は、河回マウルへ向かった。
河回ジャントという市場の前でバスを降り、チケットを買ってからシャトルバスに乗った村に入るようになっている。

村に入る前に、安東名物の安東チムダクでお昼。数年前に安東チムダクが全国的に流行ったことがあって、その頃に数回食べたことがあるけれど、それを最後に一度も食べることのなかったチムダク。昔は辛く感じたが、今日はそうでもなく、おいしく食べられた。そして、ソースをご飯にかけて食べるととてもおいしく、ご飯が足りないくらいだった。
e0160774_19442600.jpg
食堂を出た途端に、魚を焼くいい匂い。安東のもう一つの名物であるサバを焼いていたのだ。お腹いっぱい食べた後なのに、また食べたくなってしまった。

バスに乗る前に簡単なパンフレットを見てみると、この辺りの配置が分かった。洛東江が円を描くようにぐるりと巡っており、その中に河回マウルがある。そして、河回マウルから山を越えた所に屏山書院があるというわけだ。屏山書院の向かいが断崖になっていたように、河回マウルの向かいも断崖になっており、その上は芙蓉台といって見晴らしがいい場所になっている。芙蓉台には渡し船で渡れるという。

さあ、いよいよバスに乗って出発。
地方の路線バスって、素朴でいい。
e0160774_20243105.jpg
バスは2~3分で到着。ここからが河回マウル。

河回マウルは、豊山柳氏の氏族村で、600年にわたってその子孫が住み続けているという。ここの村からは儒学者の柳成龍や領議政の柳雲龍などを排出し、俳優の柳時元(リュ・シウォン)の実家とか、由緒ある家がたくさんあるようだけれど、有名なところだけでなくても一つひとつの家屋を見ていくだけ面白い。
e0160774_19442672.jpg
韓屋の特徴は、様式は同じだけれど、立地条件などに合わせて、また個人の趣向に合わせて様々な配置や構造が出てくること。一つひとつ見ていくと、似たようでありながらも 違いがあって興味深い。
e0160774_19501383.jpg
e0160774_19501473.jpg
柳雲龍の家だった「養眞堂」

e0160774_19501461.jpg
柳成龍の家だった「忠孝堂」

e0160774_19501499.jpg
柳時元の家。
e0160774_19513895.jpg
これは、貧しいソンビたちを助けるために、お金を入れておくところ。
穴が小さめにできていて、肉体労働をするごつい手だと入らないので、勉強ばかりして手が繊細なソンビしかお金を持っていけないようになっているんだとか。

e0160774_19501397.jpg
前回、建築の本を読んだ時に、両班の家の構造について書いてあった。男たちのための建物である「舎廊チェ」と、女性たちのための「アンチェ」、その間を仕切っている「中門」、それから下人たちが使う「行廊チェ」があるというが、実際の家でどれがどれに当たるのか、説明を聞いてみたいな。もしかしたら河回マウルの建築に関する本が出ているかもしれない。調べてみようか。

写真を整理してみると、塀や壁を撮った写真が多い。
門の中に入れたらもっと韓屋を観察できたんだろうけれど、韓屋が見られないから壁を撮っていたのかもしれない。でも、壁も味のあるものが多いな。
e0160774_19442664.jpg
e0160774_19442641.jpg
e0160774_19442671.jpg
e0160774_19442607.jpg

村の真ん中にある樹齢600年といわれる巨木。
e0160774_19501304.jpg
願い事を書く紙が用意されていて、木の周りに結びつけるようになっている。
なんとも絵になるー。
e0160774_19501354.jpg
河に沿った辺りは松の林になっている。
e0160774_19513800.jpg
そして、河の向こうは断崖がそびえている。これが芙蓉台だ。
e0160774_19513992.jpg
3000ウォン払い、渡し舟に乗って対岸に渡る。
最近、河の水量が少なくなっているということだったが、そのためだろうか、あっという間に対岸に着いてしまった。
e0160774_20081433.jpg
e0160774_19513937.jpg
対岸にも幾つかの家がある。
また書院もあって、屏山書院の晩対楼にそっくりな楼があった。
e0160774_19514088.jpg
書院の脇からは芙蓉台に登る道がある。
e0160774_19514014.jpg
運動不足の私でも楽に登れるくらいの道を登ると、視界が開けた。ここが芙蓉台の頂上だ。話に聞いていたが、本当に河回マウルが見渡せる!
e0160774_19514035.jpg
韓屋の集落だけでも充分な見どころとなるのに、自然の展望台まであるなんて!安東河回マウル、侮れない!

e0160774_19514098.jpg
芙蓉台の下で。ススキに日が当たって絵になるー。


河沿いには土手があって、桜並木がある。春にも来てみたいな。
e0160774_20081450.jpg

芙蓉台まで行っきたので時間が遅くなったが、別神グッ仮面劇を見に行った。
これは民間信仰の神を楽しませるために捧げられる踊りで、内容は風刺劇のような感じだ。
両班やソンビ(儒学者)、僧侶、女性、下人、お婆さん、バカなどの様々な役があって、全員が仮面をかぶって演技をするが、それぞれが素晴らしい演技をしていた。韓国に住んでいると「こういう人いるよね」的なあるある感が面白い。
e0160774_20081410.jpg
e0160774_20081465.jpg
この人は「イネ」というちょっと足りない下僕。
この人の動きがバカっぽくてすごい!


発音のせいか、言葉の難しさのせいか、理解できない部分も多かったけれど、観客席からはけっこうな笑い声が起こっていたので、もう少し言葉が理解できたらもっと面白かったんだろうな。
e0160774_20081448.jpg
最後には出演者がみんな仮面を脱いで挨拶。
昔は女性の役もすべて男性が演じていたという。
最近は女性も入っているというが、それでもほとんどが男性が演じていた。

村をもう少し回ってみたい気持ちもあったが、寒くなってきたのでバスに乗って帰ってきた。
3時半くらいに出発して、明洞に7時半くらいには到着。

前回も書いたけれど、安東に日帰りで行ってこられるというのはとってもありがたい。
でも、この安いツアー、12月26日までだという。
申し込みを急げ!

[PR]
by matchino | 2015-12-05 20:34 | 旅行 | Comments(2)

ご当地シャトルで行く安東旅行 1 屏山書院

e0160774_17300686.jpg

韓国観光公社が主催する「Koreaご当地シャトル」の安東コースに参加した。
これは韓国観光公社が支援して、本当なら10万ウォンくらいかかるものを、期間限定で5万ウォンで行って来れるお得なツアー。
この「ご当地シャトル」、江陵と扶余と安東のコースがあるが、その中で安東を選んだのは、屏山書院の建築がすばらしいという話を聞いていて、これは見なければと思っていたから。
安東は陶山書院を訪ねたことがあるが、個人でいく場合、汽車とバスを乗り継いで、それもバスの本数が極めて少ない。だからこういうシャトルができたというのはとってもありがたい。さらに日帰りという気楽さもいいし。

安東は遠いので、朝6時50分にロッテホテルに集合。観光バスで出発した。
途中一度サービスエリアで休憩して、トータル3時間半で到着。
寝て、少し本を読んでいたらあっという間だった。

まずは屏山書院へ向かう。
洛東江の河沿いの舗装もされていない道を走っていく。絡東江の反対側は断崖になっていて、その景色もすばらしい。
e0160774_17290951.jpg
行くのは不便だけれど、ここは絶対に舗装すべきではないな。それにしても、ここを建てた人たちはどうやってこんなところを探し当てたんだろうか。そんなことを考えているうちに、書院に到着した。
憧れの屏山書院にやっと来た!という感動を感じる間もなく、バスを降りたらすぐ目の前に書院の門である複禮門があった。陶山書院に比べると小ぢんまりとしている。
e0160774_17303272.jpg
今回、屏山書院で見たかったのは、晩對楼(マンデル)。屏山書院の前に流れる洛東江と、その向こうにそびえる屏山を眺める楼閣で、7間の横に広いフレームの中に目の前の絶景を取り込む建築となっている。…という。
「という」と書いたのは、今回、この楼に上がることができなかったから。ネットで調べると、楼に上がっている写真がたくさん見つかるのに、文化財保護のために上がれないようにしたんだという。
なんとも残念! この空間に浸るのが今日の目的だったのに!
それでも晩對楼を見られたのはよかった。何か特別に上がれる日がないか、調べてみよう。
e0160774_17343570.jpg
e0160774_17321067.jpg
e0160774_17343445.jpg

晩對楼を越えると、書院の中心となる立教堂(イプキョダン)がある。ここは儒学生たちを教育していた場所。
e0160774_17321059.jpg
e0160774_17321159.jpg
e0160774_17321140.jpg
この建物には韓国独特の建築美が生かされているという。それは、対称の中に非対称をつくるということ。正面から見ると、一見、左右対称に見えるが、非対称が隠されているのだ。
真ん中に「マル」とか「テチョン」と呼ばれる板の間があって、両側にオンドルの部屋があるが、オンドル部屋の前には両方とも「退(テッ)マル」と呼ばれる縁側のような部分がある。この退マルの幅が左右で違うのだ。
こういう建築についての細かい解説を聞きながら見てみたいな。

書院には二つの機能があって、その一つは儒学生たちの教育、そしてもう一つは先賢の祭祀だ。先ほどの立教堂が教育の場で、祭祀の場が尊徳祀(チョンドクサ)。尊徳祀の三門には太極紋があり、柱の下には八卦が描かれていた。
e0160774_17321012.jpg
e0160774_17321129.jpg

書院の中心部分の東側にある下人たちの建物の庫直舎。これもやはり非対称。
e0160774_17321157.jpg
e0160774_17321196.jpg
時間の関係で、屏山書院には30分しかいられなかった。写真を撮るのに忙しかったので、今度またゆっくり時間を持って来てみたいな。
e0160774_17321082.jpg
e0160774_17343415.jpg
さあ、次は河回マウルへ。
安東旅行は次回へ続く!

[PR]
by matchino | 2015-12-02 22:48 | 旅行 | Comments(0)

城北洞と二つの愛の物語 その2

e0160774_16534808.jpg
城北洞散歩 with love」 の続き。

吉祥寺を後に、次はもう一つの愛の物語がある家「老柿山房(ノシサンバン)」へ。

大使館が並ぶ歩道もない山道を歩いて、やっとバスが通る道へたどり着いた。
この辺りは車がないと行けるようなところじゃないな。

バス通りに出て、そこから少し下った所に目当ての「老柿山房」はある。
ここについて知ったのは、このブログで何度か紹介している本「青春男女、100年前の世の中を貪る」の著者であるチェ・イェソン作家の最新刊「午後三時、その場所から」に紹介されていたからだ。
その本を読んだときはピンとこなかったが、城北洞について調べているうちに「老柿山房」の話が出てきて本のことを思い出したという訳だ。
こういうふうにいろいろな所に散らばっている話がつながってくると楽しい。

さて、この「老柿山房」に最初に住んだのは金瑢俊(キム・ヨンジュン)という画家。
金瑢俊画家は、ここの名前の由来となった数本の柿の老木が気に入ってここに引っ越してきたのだという。
当時、城北洞はソウル市ではなく、京畿道高陽郡に属しており、雉や狼が出るという田舎だったため、金瑢俊の妻はここに来るのを嫌がったが、夫に説得されてここに住むことになった。
しかし、金瑢俊はここに長くとどまることはなく、友人の画家である金煥基(キム・ファンギ)に譲ることになる。
城北洞にまつわる愛の物語は、「老柿山房」を譲り受けた金煥基とその妻・金郷岸(キム・ヒャンアン)の話だ。

金郷岸はもともと卞東琳(ビョン・トンニム)という名前で、20歳の時、詩人の李箱(イサン)と結婚した。
李箱は夭折した天才詩人として知られており、「烏瞰図(オガムド)」(「鳥(チョ)」瞰図ではなくて、「烏(オ)」瞰図。間違えたのか、わざとなのかも謎なんだとか)などの難解な詩を書いた。
しかし、李箱は卞東琳と結婚してわずか3ヵ月後に日本に留学に行き、その1ヵ月後には卞東琳に見取られながら病死してしまう。
未亡人となった卞東琳がその数年後、金煥基に出会うことになったエピソードが面白い。
則武三雄という日本の詩人が紹介したといわれているが、ある人の話によると、実は則武三雄が卞東琳に片思いをしていたのに会ってくれなかったため、卞東琳を家に呼ぶための口実として金煥基を一緒に呼んだのだという。
そこで出会った金煥基と卞東琳は互いに愛し合うようになり、結局ゴールインとなった、というわけだ。
しかし、両家ともこの結婚に反対していたという。金煥基は離婚して子供が3人いるし、卞東琳も夫と死別した未亡人ということで、当然のことかもしれない。それでも友人たちは彼らを祝福し、金瑢俊は「老柿山房」を譲り、ある画家は「老柿山房」で仲良く暮らす二人の姿を描いた絵をプレゼントしたという。この二人、とても深く愛し合っていたようで、夫の腕をしっかりとつかんで仲良くパリの街を歩く写真が残っている。
e0160774_16535594.jpg
写真はこちらのブログより。

卞東琳は結婚して金郷岸と名前を変えたが、「郷岸」というのはかつての金煥基の号なのだという。
金郷岸は後に金煥基が亡くなった後、夫のための美術館を建てた。付岩洞にある煥基美術館だ。
私はまだ行ったことがないが、美術館の建物がいいということなので、春になったらぜひ行ってみたい。

金煥基・金郷岸夫婦が住んだ「老柿山房」は、すぐに他の人の手に渡り、数本あった柿の木も1本しか残っていないという。
この日、結局、少し行き過ぎてしまってから、遠くから確認しただけなので、柿の木があるのかどうかも分からなかった。
秋に来たら、真っ赤に熟れた柿が見られるだろうか。
e0160774_16534843.jpg

この日の城北洞散歩と二つの愛の話は、妻にとっても面白かったようだ。
調べてきた甲斐があった!
さあて、次はどこに物語を見つけようかなー。

[PR]
by matchino | 2015-02-25 20:58 | 旅行 | Comments(0)

城北洞と二つの愛の物語 その1

e0160774_19434635.jpg
ある日、FB友達が上げていた、城北洞の吉祥寺(キルサンサ)の観音菩薩の写真を見て、妻が「行ってみようか」といいだした。

去年、城北洞(ソンブクドン)に行ったけれど、吉祥寺は行かなかったので、いい機会だと思って調べてみた。
すると、城北洞には二つの興味深い愛の物語があることが分かった。

数日間、その物語を妻に話したくなる思いを抑えながら過ごし、ついに城北洞訪問の日がやってきた。


地下鉄4号線の漢城大入口駅を出て北へ歩いていくと、韓屋が残っていたりしてけっこう面白い。
そして途中にあった雑貨屋とその隣のデザイン書店。
e0160774_19421814.jpg
かわいい店が増えてきたなあ。
時間がなくて簡単にしか見られなかったけれど、本屋はまたゆっくり見に行きたい。

大通りから路地に入って吉祥寺への道を登っていく。
だんだん高級住宅街に入っていった。
このあたりは大使館がたくさんあるらしい。
各国の国旗があちこちにはためいていた。


坂を登りながら、吉祥寺にまつわる愛の物語を語り始めた。

吉祥寺はもともとは大苑閣(テウォンガク)という料亭だった。
韓国3大料亭の一つである名門料亭だったが、寄贈されて寺となったのだ。
寄贈した大苑閣の主人は金英韓(キム・ヨンハン)という女性だが、この女性には悲しくも美しい愛の物語がある。

もともと裕福な家に生まれたが、父の死によって家系が傾き、16歳の歳である男性の所に嫁に行くことになってしまった。
しかし、その男性が死ぬことで金英韓は妓生として売られてしまう。
それでも賢かった金英韓は妓生として大成功し、朝鮮一の妓女と呼ばれるようになる。ある高官に気に入られて日本へ留学もしたという。
そんな中で、今の北朝鮮の地で出会ったのが韓国の天才詩人・白石(ペクソク)だった。
お互いに深く愛し合った二人だったが、白石の家族の反対によって、白石はむりやり結婚させられてしまう。
しかし白石は逃げ出して金英韓のもとへ戻ってきた。
白石は金英韓に「一緒に満州に逃げよう」と誘うが、白石の足かせになってはいけないと身を引き、白石は一人で満州に旅立つ。
しかし、間も無く南北が分断されることによって二度と会えなくなってしまう。

その後も白石のことを忘れることができなかった金英韓は、白石が勉強していた英文学を勉強し、白石への思いを綴った随筆も出版した。
そして、心の平安を求める中で、法頂(ポプチョン)僧侶の本「無所有」を読んで感銘を受け、料亭「大苑閣」を、法頂僧侶がいる松廣寺に寄贈したのだ。
7000坪、時価総額1千億ウォンといわれる大苑閣。
寄贈することに対して「後悔はしないか」という質問に、金英韓は「後悔なんて! 1千億くらい、あの方の詩の一行にさえ及ばない!」と答えたという。
金英韓は法頂僧侶から「金祥華(キム・サンファ)」という法名を受けた。
金英韓は「私が死んだら火葬して、初雪が降った日に灰を吉祥寺の松の木に撒いてほしい」という遺言を残して亡くなった。
その願いは聞き入れられ、吉祥寺には金英韓を祀る碑が立てられている。


だいたい話が終わった頃に到着した吉祥寺の門。
e0160774_19421911.jpg
思ったよりも豪勢な門だった。
これはいつ建てられたものなんだろうか。
吉祥寺は大宛閣だった時の姿をほとんど残しているという。
そのため、伽藍配置や建築様式は普通の寺のものとはまったく違う。

門を入って正面に見える極楽殿の姿は、やはり料亭のそれだ。
e0160774_19434615.jpg
中には仏像が安置されているのだろうが、大苑閣だった当時、毎夜、ここで行われていた宴会の様子が想像できる。
色とりどりの韓服をまとった妓生たちの姿や楽しげな笑い声を想像してしまうのは不謹慎だろうか。
e0160774_19434610.jpg
e0160774_19434622.jpg

極楽殿は修復中なのか、さまざまな資材が置いてあり、裏の屋根はビニールシートが被せられていた。

極楽殿の右のほうには観音菩薩像が立っている。
e0160774_19421968.jpg
これは法頂僧侶が宗教和合への思いを込めて、カトリック信者である彫刻家に依頼したもの。
どこかマリア像のような感じを受けるのはそのためだろう。

極楽殿の後ろの方へ登る道には昔の名残と思われる塀や門が残っている。
e0160774_19421954.jpg
極楽殿の左の方は奥の方までバンガローのような建物が幾つも建てられている。
e0160774_19422076.jpg
料亭だった当時からのものだが、今では僧侶たちの修業のための小屋として使われている。
たまたま小屋から出てきた僧侶に挨拶をすると、金色のカードをくださった。僧侶の言葉を書いたカードだった。
e0160774_19434632.jpg

一番上の韓屋は、法頂僧侶を祀る所だった。
中には法頂僧侶の遺品が展示してあり、外には法頂僧侶が座ったという木の椅子。

そして、極楽殿の左のけっこういい位置に金英韓を祀る碑が立てられていた。
e0160774_19434630.jpg
その脇には金女史の簡単な略歴が書かれていたが、白石との関係については言及されていなかった。
しかし、略歴の下には白石の詩「私とナターシャと白いロバ」が刻まれていた。
この詩は白石が金女史のことを思って書いた詩で、ナターシャは金英韓のことだという。

妻は寺の雰囲気も、愛の物語もとても気に入ったようで、また来てみたいと話していた。

さて、少し長くなってしまったので、もう一つの愛の物語については次回に!

[PR]
by matchino | 2015-02-21 19:59 | 旅行 | Comments(0)

坡州出版団地の図書館「知恵の森」

e0160774_22113693.jpg
京畿道坡州市には出版団地があり、承孝相建築家がプロデュースして、かっこいい建築が建ち並んでいる。去年はその中の一つ、ミメシス・アートミュージアムを見に行ってきたが、1年ぶりに出版団地を訪ねた。去年も冬で「冬にくるんじゃなかった」と後悔したが、結局再び訪ねたのはまた冬。なんだか年中行事になりつつある。
さて、今回訪ねたのは二つの理由がある。
その一つは私が住む九里市を通る地下鉄「中央線」が、坡州へ行く「京義線」と連結して「京義中央線」となり、坡州に乗り換えなしに行けるようになったこと。
もう一つは、坡州の出版団地に「知恵の森」という図書館がオープンしたこと。
「知恵の森」は数ヶ月前にできていて、「いつか訪ねたい」と思っていたが、たまたま家族を連れて行く所がなくて、行くことになったのだ。
ただ、前回もそうだったが、電車とバスを乗り継いで行かなければならず、田舎でバスの本数が少なくて、結局、家から3時間かかってしまった。

京義線の炭峴駅で降りて20番のバスに乗り、「은석교사거리(ウンソッキョサゴリ)」の停留所から3分ほどの距離だ。
打ちっぱなしコンクリートとコールテン鋼の建物で、3棟の建物がつながったような形になっている。
e0160774_22131694.jpg
e0160774_22113686.jpg
e0160774_22131653.jpg
1階は図書館。2階から上はゲストハウスやタイポグラフィーの学校になっているようだ。
図書館に入ると、両側に本棚がそびえている。何段くらいになるのだろうか、高い天井まで壁一面が本棚になっており、高い本棚まで本が並べられている。まさに「知恵の森」だ。本の虫にとってはたまらない場所だろうなあ。
e0160774_22113770.jpg
でも、その次に驚いたのは人の多さ。土曜日ということもあって、子供連れの家族でごったがえしている。けっこう広いコーヒーショップのスペースもあり、たくさんの人がコーヒーを飲みながら本を読んでいる。でも、本を読みに来たというより、レジャーに来たという感じの人たちが多い。

それにしても、あまり余裕がなかったせいか、本棚から読みたい本を見つけることはできなかった。ある程度の高さまでしか本を見ることはできないし、出版社や寄付した人ごとに本が並べられており、ジャンルとはまったく関係なく本が並べられているため、どうやって好みの本を探したらいいのか分からない。また、学術書関係の本がけっこう多かったような気がする。
人が多いし、騒々しいので静かに本を読む雰囲気はまったくないし…。
図書館というよりは、図書館という形を借りた本の広報スペースというべきか。
e0160774_22113651.jpg
それでも、一回りしてみると、棟ごとに変化がつけられており、静かでさえあればいい空間かもしれない。ただ、音楽はやめてほしいな…。
e0160774_22113630.jpg
じっくり本を読む図書館はどこにでもあるので、新しい本との接し方を提案する図書館としては成功したのかもしれないと思う。

せっかくなので、外も見回ってみた。
屋上にイベントスペースのような空間も作られており、春や秋にはなかなか面白いかもしれない。
e0160774_22113690.jpg
e0160774_22160070.jpg
e0160774_22113694.jpg
e0160774_22113719.jpg
さて、けっきょく本は読みたいのが見つからなかったので、持って行った本をその場で読むことにした。
年末に借りてきて読んでいる今年最初の本は、「ラカン、美術館の幽霊たち」。
e0160774_22131631.jpg
哲学者で精神科医のラカンが芸術について語った内容を中心に、著者が西洋美術について分析しており、美術館で出会った「幽霊」について書いている。
っていうとすごくアブナイ内容だが、とても真摯な論を展開しているなと思う。今のところ。これからの展開が楽しみだ。

e0160774_22113618.jpg
e0160774_22113672.jpg

[PR]
by matchino | 2015-01-09 22:18 | 旅行 | Comments(2)

浦項! あこがれの浦項! 〈その2 - 虎尾串〉

e0160774_21030983.jpg
あこがれの浦項、次はいよいよ待ちに待った虎尾串(ホミゴッ)灯台へ向かう。
ガイドは「見るべきものもあまりないところですけどねー」というが、「灯台があるじゃないか!」といいたい。

九龍浦から30分くらいのどかな漁村をバスは走っていく。
そのうち遠くに白い灯台が見えてきた。
あれだ!

虎尾串には幾つかの施設があるが、まずは、「新千年展望台」に登る。
e0160774_21004317.jpg
海を望む広場があり、その向こうに有名な「相生の手」という手のオブジェがある。
その左には灯台!
e0160774_20572465.jpg

虎尾串のすべてが見える場所だ。虎尾串は韓国で一番最初に日が昇る、初日の出の名所。
この展望台で新年を迎えるのもいいかもしれない。

展望台から下りて、海へ向かう。
e0160774_20572480.jpg

他の観光客たちは手のオブジェと写真を撮ったり、海に突き出した回廊を歩いたりしているけど、やっぱり灯台が気になる。

灯台!灯台!

海の中に立つ手にはカモメが4羽。
e0160774_20572402.jpg

手を見ながらも灯台が気になる。
e0160774_20572479.jpg

灯台!灯台!

そしてついに灯台へ!

普段は灯台の中は立ち入り禁止となっているけれど、ガイドさんが「知り合いに頼んでみます」ということで、無事交渉成立!中に入れることになった。

さて、まずは落ち着いて灯台の概要から。
高さ26.4m。1908年の11月に完工し、12月20日にその灯りを点し始めた。それから100年以上にわたって現役で海を照らし続けている。
八角形で、滑らかな曲線を描く胴体は白く塗られているが、実はレンガ造り。どうやって積んだらこんなに美しい曲線が出せるのだろうか。
e0160774_20572429.jpg
中には鉄製の螺旋階段があって一人がやっと登れるくらいの空間しかないという。胴体には正面に3つ、裏側に2つの窓があるが、螺旋階段に合わせてあるので横から見ると互い違いについているが分かる。
e0160774_11251125.jpg
窓と入り口には皆、三角のペディメントがついている。節制されながらもさりげない装飾が美しい。
e0160774_20572481.jpg
灯台って普通、素朴な機能美を備えた男性的な感じを受けるけれど、この灯台はこの曲線といい、装飾といい、女性的な感じを受ける。

入り口の階段の両脇の渦巻き型の装飾がかわいい。
e0160774_21013241.jpg


そしていよいよ内部へ!
e0160774_11265799.jpg
正面には緩やかな曲線を描いて昇る黒い階段。
e0160774_21011702.jpg

はしごのようにも見え、独特な装飾がついている。
白い壁と、黒い階段とモールドの、節制された色彩がいい。

階段の下から上を眺めてみると、八角形の天井の真ん中にスモモの花が咲いていた。
e0160774_20572437.jpg
大韓帝国の紋章だ。
1897年、朝鮮26代王の高宗が宣布し、1910年、日本に併合されるまでの短い期間存在した大韓帝国。
100年前の世界へ連れて行ってくれるような、薄紅色のスモモの花。
e0160774_11255684.jpg

階段は天井の穴を突き抜けて上へを登っている。
上の階の天井にもスモモの花。
この日は登ることはできなかったが、次にぜひ、登りたいなあ。

階段室を取り囲んで三角形の廊下(?)がある。
この空間も曲線が美しい。
e0160774_21012960.jpg
e0160774_11262390.jpg

美しい曲線を描く全体像を写したかったけれど、車が前を遮っていてちょっと残念。
e0160774_21132348.jpg
灯台の隣には灯台博物館が。この建築もなかなかいい。
e0160774_21013954.jpg
そしてその横には灯台の上部が展示されていた。
これを上に登って見たかった…。
e0160774_21014400.jpg
e0160774_21014850.jpg
それでも、これで数ヶ月来の夢が叶った。
大げさかもしれないけれど、本当に見に来たかったのだ。
それがこんな形で叶うようになるとは!
招請してくださった浦項市の市庁の皆さん、ありがとう!


浦項に行きたくなったら、観光の問い合わせはこちらに。
浦項市庁 朴宥貞(パク・ユジョン)さん/日本語可能
電話)054-270-3715
メール)bakusensei@korea.kr

[PR]
by matchino | 2014-12-27 19:46 | 旅行 | Comments(2)

浦項! あこがれの浦項! 〈その1 - 九龍浦〉

e0160774_17202250.jpg
灯台が好きだ。
美しい灯台はなおさらのことだ。

以前紹介した、韓国の近代建築を美しい文章で紹介している「青春男女、百年前の世を貪る」という本に載っていた建築の中で、いつか行ってみたいと思っていたのが、加徳島(カドクト)の灯台と虎尾串(ホミゴッ)の灯台だった。

そしてその願いが叶う日がとうとうやってきた。
浦項市が主催するブロガーツアーに参加することになったのだ。

浦項市の観光地といえば、その灯台のある虎尾串と、日本家屋が残る九龍浦、そしてポスコの工場、そのくらいなのだが、すべて私の好み!そこにおいしい海産物と来たら、胸は高鳴る一方!

灯台!虎尾串!灯台!虎尾串!

1ヵ月間の私の合言葉だった。

そしてついにその日がやってきた!
雨が予報されていた天気もいいほうに裏切ってくれて、最高のツアーとなった。

灯台!灯台!とはやる心を抑えつつ、まずは九龍浦へ向かう。
九龍浦は日本統治時代に主に香川県の漁民たちが移り住んでいた町で、当時はさばの漁で栄えていたという。そのため、日本人が住んでいた痕跡が多く残っている。

日本家屋が残っている通りを浦項市が観光地として開発し、当時の「韓国の中の日本」の姿を再現している。
その中でも相当な規模を誇る「橋本善吉邸」。
e0160774_17202269.jpg

懐かしい感じの日本家屋。
e0160774_17202218.jpg


日本人の生活の姿を見せようと努力しているようすが見える。
e0160774_17202201.jpg

それより気になったのが、2階に展示されていたこの街全体の古い地図。これを見ながらこの辺りを歩き回ってみたいなあ。
e0160774_17202386.jpg

この家の他にも通りにはたくさんの日本式家屋が並んでいる。
その一部は修復されて、カフェになったりしている。
e0160774_12510623.jpg
外は少しきれいになり過ぎている感じだけれど、中はどうなんだろうか?きれいな外観の後ろの姿が気になる。
e0160774_12511333.jpg
e0160774_12511339.jpg
そしてきれいな家に挟まれて古いままに残されている家屋もあった!これも日本人が住んでいた当時のものとは変わっているかもしれないけれど、その年輪が刻まれている感じがいいだよなあ。
e0160774_12520917.jpg
e0160774_12520806.jpg
e0160774_12520877.jpg

この街には当時、高台の上に神社が建てられていたという。
イカを干している家々の間の坂を縫って登っていくと神社跡が現れる。
e0160774_17202128.jpg
e0160774_17202197.jpg

終戦後、日本人が引き上げた後は神社をはじめ、鳥居など日本に関するものは壊されたが、狛犬が残っていたり、神社の手水台が残っていたりする。
e0160774_12525281.jpg

十河彌三郎を讃えるために、日本から石を運んできて建てられた石碑。
e0160774_12593133.jpg
日本人が引き上げた後、字はセメントで消されてしまったが、十河彌三郎をしのぶ人たちの手で碑だけは残されたという。

神社の前には急な石段が。
e0160774_17202177.jpg
両側には日本人の名前が刻まれた石の欄干があったが、全て消されてしまった。しかし、後になって一つだけ残されていることが分かったという。その一人は十河彌三郎。わざと残したのではないかといわれているが、いわゆる「昔話」に出てくるような話に、じーん。

神社跡の後ろには、今は廃校になった元日本人学校の校舎。廃墟好きにはたまらない!
e0160774_17202170.jpg
そして、その向こうにつながる素朴な漁村の姿。こういう飾らない漁村をじっくり歩いてみたい。浦項、また訪ねたくなる街だ。
e0160774_12542637.jpg

まだまだ九龍浦の街は続いているけれど、タイムアップでチンパンの店へ。
e0160774_12545311.jpg

ブロガーの一人がリクエストしたのだが、これも素朴な店で、小さな蒸しパン。
e0160774_12545331.jpg

もう蒸しパンの時間が終わってしまったということで、3000ウォン分しか残っていないのを半分こずつで仲良く食べていると、一緒に来ていたりうめいさんがいない。他の人に聞いてみると、「路地を撮りに行った」とのこと。「抜け駆けされた!」と悔しく思ったが、とりあえず店の周りを回ってみると、トタンの家の前にイカが干してある光景が。
e0160774_12545374.jpg
やっぱり飾らない田舎の姿はいいのだ。
e0160774_12545346.jpg
次回はいよいよ灯台へ!

[PR]
by matchino | 2014-12-22 20:47 | 旅行 | Comments(2)

昌慶宮の夜間開場が神秘的!

FB友達が写真を上げていて、昌慶宮の夜間開場を行っているということを知った。写真を見なかったら行くことはなかったと思うが、写真の中に昌慶宮大温室があったので、これは行かねば!となった。

調べてみると定員制で、韓国人はすでに予約いっぱいなのだとか。でも外国人枠は充分空きがあって、当日でも入れるのだという。思ってもない恵沢!外国人でよかった〜。って変だ。

何度か訪ねた宮殿だけれど、ライトアップされた姿は昼とはまったく違ってとても幻想的だ。
e0160774_21194521.jpg
e0160774_21212299.jpg
e0160774_21212230.jpg
e0160774_21212204.jpg
e0160774_21212297.jpg
特に池が美しかった。いろいろな色の丸い灯りが池に散りばめられていて、幻想的な音楽がかかっている。
e0160774_21243969.jpg
e0160774_21255141.jpg
大抵の場合、音楽なんて邪魔だったりするのだけれど、風景とよく合っていて、いい演出だなと思う。誰が企画したのかなあ。

そして、ついに大温室まで来た。
e0160774_21243951.jpg
外にも照明が点いているが、中の照明が強く、大きな照明器具のように輝いている。
e0160774_21244065.jpg
e0160774_21244008.jpg
e0160774_21255107.jpg
e0160774_21255103.jpg
やっぱり他では見られない光景!
e0160774_21255164.jpg
市民に愛される美しい温室や池だが、実は朝鮮総督府が宮殿の価値を貶めるためにつくったといういわく付きのもの。
それを知りながらも、部外者面して、「きれーだなー」と楽しんでしまったのだ。

[PR]
by matchino | 2014-10-03 21:28 | 旅行 | Comments(2)