カテゴリ:マチノアルキ( 5 )

〈江原道〉注文津、早朝の漁村を歩く!

江原道オピニオンリーダー取材ツアー3日目の朝、前日にホテルの前に見えた廃屋が気になっていたので、マチノアルキを決行した。
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でも、近くの海が気になったので、海まで歩くことにした。
海に流れ込む小さな川に沿って道がある。
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やはり小さな漁村なのか、平屋の小さな家が並んでいる。
空き家もところどころにあるけれど、住んでいるところかけっこう多かった。
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窓に猫。

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そして道端に蟹。


海はもうすぐ!
何かの店だったんだろうか、古び方がなんともいい。
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海!
やはり江原道の海はきれいだった。
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波が引いた後に残った模様がかわいい。
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軍の監視施設のようだ。
この周辺は撮影禁止だという看板があったけれど、散策路もあるし、別に大丈夫だよね?と思って撮ってきた。
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もう少し行くとまた灯台。
あー、全国灯台巡りをしてみたいなあ。
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もう一つ向こうに灯台があったので、そこまで行こうかと思ったが、立ち入り禁止だった。
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その手前の魚市場。ここで獲れたての魚が買えるらしい。
漁船からすぐに魚を下ろして、水槽に入れるようになっている。面白いのは、店の名前が皆、「○○オンマ(誰々のお母さん)」となっていること。旦那が取ってた魚を奥さんが売るというかたちになっているんだろうな。そして、その隣にある刺身の店は皆、「○○ネ(誰々の家という意味)」となっている。
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そこから灯台のほうへ歩いていくと、人口の岩場がある。水がきれいなので底まで見える! 岩場に花が咲いたようなヒトデと、魚たちの姿。ところどころに小さなカニが這っている。
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漁船を引き揚げる機械なんだろうか。絵になるー。
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一人で1時間半くらい歩いた後、ジャヨンミさんを呼んで30分くらい一緒に歩いた。
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そろそろ帰ろうかと思ったところに入ったカカオのメッセージ。ナホお姉様から「紅茶を淹れて待ってます」とのこと。
アルキも楽しかったし、紅茶も美味しかったしで、至福のひと時。
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楽しかった4つの江原道物語、他の物語もチェック!

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by matchino | 2015-10-04 12:10 | マチノアルキ | Comments(0)

〈江原道〉春川・衣岩湖の湖畔を歩く

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江原道オピニオンリーダー取材ツアーに来るにあたって、私にもう一つのミッションが下っていた。「江原道でマチノアルキを決行せよ!」というもの。

望むところだ!ということでさっそく調べてみた。以前訪ねた春川の聖堂の辺りに古い路地が残っているらしい。しかし、その日は遅くまで飲んでしまって決行できず。
それで仕方なく、次の日の朝に一人マチノアルキを決行した。

まず、朝のサンサンマダンを見に行ってみたかった。しかし、イベントの準備のために立ち入り禁止になっていた。
それで大きく迂回して衣岩湖畔の散策路に出た。
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けっこうたくさんのおじさんおばさんが運動している。音楽を聴きながら。もちろんiPodではなくて、スピーカー付きのカセットを持って。それで朝からトロットを聴くことになった。笑

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サンサンマダンは湖にも面していて、仮の柵で塞いであったが、おじさんおばさんたちの侵入を防ぐには役不足。柵の中でも運動をしていた。
それで私も柵の横から入り込んで撮影。その姿を運動しているおばさんが怪訝そうに見ていた。
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もう少し歩いてみると、MBCの放送局があって、その前は小高い丘になっていた。丘の下には戦車。
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そして、丘を登ると戦闘機が2台。丘の上には戦跡記念館があった。
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韓国動乱の時に韓国国軍第6師団による熾烈な防御戦が行われた地域ということで、1978年に建てられた。朴正煕大統領の時代だな。
記念館の前庭には、食糧を調達しようと家に入ってきた北の工作員に対し、「僕は共産党が嫌いです!」と発言し、北の兵士に口を刺されて殺された李承福(イ・スンボク)君の銅像が立っている。1968年に起きた事件だ。
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反共の英雄談として広く語り継がれることになるこの話は、何か引っかかるものを残す。調べてみると、捏造疑惑が提議されたらしい。でも、疑惑を呈した人たちは裁判によって懲役刑に処されている。そうしたことがさらに疑惑を呼んで、政権に対する不信感を生み出している。
平和な日々を送る裏で、忘れられたようで忘れられていない、まだ戦時にあるというこの国の現実を見た気がした。

今日はちょっとシリアス。マチノアルキ、いつも「萌えー」とかいってるだけではないのダ。
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四通りの江原道物語、他の物語はこちら!
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by matchino | 2015-10-02 22:32 | マチノアルキ | Comments(0)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その3

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龍山マチノアルキのつづき。

ソウル駅からまた歩いたのは、厚岩洞。
釜山LOVEさんが以前、バスの窓から見て行ってみたいと思ったのが厚岩洞近辺だと思ったから。厚岩洞の辺りにもたくさんの日本家屋がある。

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階段の名残。これもトマソンっていうんだろうか?
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歩いていると、釜山LOVEさんが「解放村ってどの辺りなんですか?」と聞く。それで、どうせ近いので行ってみることにした。


厚岩洞から南山方面に北上して現れたのが、108階段。日本統治時代に、南山の麓に建てられた京城護国神社に昇る階段だったという。
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詳しくはこちら

元はこの真ん中の植え込みはなかったという。殺伐とした雰囲気を和ませるためにつくったらしいが、かえって悪くなっているような…。階段脇の壁には壁画が描かれていたりして、神社の階段だったという痕跡はまったく見当たらない。
それにしても、108っていうのは仏教でいう煩悩の数のことだけど、神社なのになぜ108段なんだろうか。神仏習合?

解放村は、光復後に海外から帰ってきた人たち、あるいは朝鮮戦争後に北から下りてきた、行き場のない人たちが集まって住んでいた場所で、貧しい家がたくさんある、いわゆるタルトンネだと聞いていた。しかし、それは昔の話のようで、他の地域と変わらない家が並んでいる普通の町だった。


でもなんとかうろついているうちに見つけたのが新興市場。
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寂れ具合が最高! 昔は活気があった市場だったというが、今はほとんどの店が店じまいしている。それでも住宅がけっこうあって、たくさんの人が住んでいるようだ。

こういう町によくある街の復興プロジェクトの店。どんなことをやっているんだろうか。
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新興市場からもう一度、108階段の下まで降りてきた。
降りてくる途中にあった古い家と路地。ほとんどこのような風情がなくなっているようだった。
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解放村、ストーリーは残っているけれど、それを語るのはわずかに残る家と地形くらいだというのが惜しいな。

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ああ、今日もよく歩いた。コースを大まかにたどってみると、7.4キロ! これは欲張りすぎだぞ。次に歩くところを開拓しておかないと!。

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by matchino | 2015-09-09 22:40 | マチノアルキ | Comments(2)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その2

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前回、龍山マチノアルキの続き。

線路を2本越えた後、また線路を越える橋を渡る。
セナムト殉教聖地に行くのだ。
セナムトは、朝鮮末期にカトリック教徒の大虐殺が行われた場所。数万人といわれる人々が殉教したという世界にも類をみない殉教地だ。
カトリックが聖地化し、韓屋スタイルの聖堂が建っている。
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聖堂の脇には聖母子像が立っているが、韓服を着ている。
聖公会とかカトリックって、宣教地の文化をよく取り入れているのが興味深い。
この聖堂で個人的に気に入っているのは2階の礼拝堂。屋根の形に合わせた三角の屋根や、石のレリーフで造られた祭壇画などが独特でありながら、荘厳な雰囲気をかもし出している。
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殉教聖地だからか、祭壇画に描かれているのは、殉教した韓国の聖人たちの姿。礼拝堂の周りにあるイエスの受難のレリーフは、イエスも周りの人々も韓国の服装をしているのが面白い。

セナムトの聖堂を出たら、その裏にある古いアパートを見に行く。
おそらく1970年代に建てられたアパートだ。
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漢江に面した所は新しいアパートが建っているが、その内側は古いアパートがたくさん残っている。
建てられた当時は高級マンションだったのだろうが、老朽化が進んでおり、貧しい老人たちが住んでいるようだ。

アパートと一般の住宅が混在する地域には、2階建ての集合住宅があった。
階段を昇ってみると、いい感じの屋上に出た。
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2棟か3棟の集合住宅が並んでおり、屋上はそれぞれ、洗濯物を干したり、天幕を張ったりと、各自が思い思いの改造をほどこして、面白い景色を作り出している。
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集合住宅の間は狭い道になっていて、「道」というよりは「中庭」のような空間になっている。
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奨忠洞にもこんな集合住宅があり、そこはすでに外国人労働者ばかりになっているらしいが、ここはどうなんだろうか。
長くここに住んでいる住民同士のコミュニティーみたいなものが残っているんだろうか?下町情緒的な。
でも、この日は路地に人影は見えなかった。

またすぐ現れた古いアパート。
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この縦につながっている煙突みたいなのは何だろうか?
と思っていたら、釜山LOVEさんが「ダストシュートですよ」と。
「昔のアパートってエレベーターがなかったので、ごみを捨てるのにここから捨てたんですよ。日本だと昭和40年代くらいのアパートにはあったみたいです」とのこと。
なるほど。この建物は1970年代だろうけど、その頃はまだあり得たんだろうな。

まだまだ続く古いアパート群。
この緑色に塗ったアパートは示範アパートだ。
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1960年代後半、ソウルの住宅難と無許可住宅の解決のために、ソウル市が「市民アパート」という名で大々的なアパート建設事業を行った。しかし、超突貫工事で進められ、そのうちの一つである「臥牛アパート」が崩壊することによって市民アパート建設事業は白紙化することとなった。そして、より安全なアパートの「模範を示す」アパートとして登場したのが「示範アパート」だった。
ここ、二村示範アパートもその一つだが、建てられたのは1970年。すでにソウルのあちこちで示範アパートが取り壊されているが、再開発の風にさらされているのは同じことだろう。

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そしてこちらは「二村示範チュンサンアパート」。
「チュンサン」の漢字は見つからなかったが、おそらく「中産」だろう。
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どこまでも続くような古アパートの谷!
「3棟」という表示板のフォントがなんともいえないいい味を出している。
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さて、ここまでで睦子さんが空港に向かわなければならないということで、ソウル駅にタクシーで行くことに。
ソウル駅の前のカムジャタン屋で遅い昼食を食べて、空港鉄道でお見送りしてからは、厚岩洞へ!
マチノアルキの続きは次の更新を待て!

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by matchino | 2015-09-07 22:17 | マチノアルキ | Comments(2)

〈マチノアルキ〉龍山の古アパートと日本式家屋と路地を歩く その1

以前、私が城北洞から梨花洞、昌信洞を案内した美女2人から、「また路地に連れてって!」という要請が来て、マチノアルキを決行した。
今回のエリアは龍山区。古いアパートと日本統治時代の建物を巡った。

地下鉄4号線三角地駅に集まって歩き始めた。
が、路地に入ろうとした途端、2階にある写真館に目が集中!古い建物に古い写真館。
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幸先のいいスタートを切って、最初に訪ねたのは、三角マンション。
1972年に建てられたアパートで、かなり老朽化している。再開発の話もずっと前から出ているものの、いつも頓挫してきたのだという。
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そして、このマンションの隣にある敷地は、日本統治時代の京城電気株式会社の倉庫地であり、それを受け継いだ韓国電力の倉庫地だった所で、当時の木像倉庫が残っている。
三角マンションとこの倉庫を敷地内から見たかったが、今回はマンションの敷地に入ることができた。すると、すぐ隣に木造倉庫が見える!
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この近辺は日本家屋がたくさん残っている。
けっこう広い敷地に残る大きな家屋。2階のベランダには障子が見えたりして、中がすごく気になる。
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やはり統治時代の建物で、日本の建設会社の間組(はざまぐみ)の社屋だったという。ところどころタイルが貼り直してあったりして、「あのタイルは当時のものかなあ?タイルって時代によってサイズとか違うんだよね」とインテリアの専門家の釜山LOVEさん。
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再開発の波の中でも残された建物。増築された痕跡が残る。
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統治時代、日本の医療団体である「同仁会」が建てた龍山鉄道病院。1907年に建てられた。
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普段は入口を柵に塞がれているが、なんとこの日は柵の門が開いている!車が停まっていて何かの作業をしているようだった。
「入っていいですか?」と聞こうと思ったけれど、やぶ蛇になるかも知れないので、そのまま中へ。まったく制止もされずに入れた。ラッキー!
中は廊下を挟んで両側に診療室らしい部屋が並んでいる。部屋には当時の洗面台が残されていた。窓以外は古めかしい感じはない。
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診療室以外の部分はアーチになっている。エントランスの部分かと思ったが、建物の凹んだ部分にあたるため、もしかしたら小さな庭に面した待合室のような所だったのではないだろうか。
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↑この部分。


階段の丸窓が古めかしい感じでいい。
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が、階段の壁がきれいになっていた。新しく改装されるのかもしれない。きれいになってしまう前に見られてよかった!
2階もほぼ同じような形で診療室が並んでいる。
廊下の天井の門がアールになっているのが興味深い。
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龍山駅から二村駅に向かう線路の周辺は、統治時代の鉄道官舎がところどころに残っている。多くが建て直されてまばらにしか残っていないが、小さな切妻屋根の家屋がいくつか見つかった。
…けど、官舎の写真は撮ってなかった!すみません…
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さて、この次はセナムト殉教聖地へ!
次回へ続く。

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by matchino | 2015-08-30 12:10 | マチノアルキ | Comments(8)