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南山は意外と面白い! 南山科学館、安重根記念館

秋夕。昔は行くところがなくて、毎年のように南山に行っていたけれど、秋夕にしては久しぶりに南山に行ってきた。
まず、南大門市場へ。列に並んで野菜ホットクを食べた後は、南山に登ることにした。
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市場から道を渡って、路地に入ると日本統治時代のものと思われる古い家が。
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この辺りは南山にあった朝鮮神宮の参道があったところで、その遺構が残っているという記事が韓国古建築散歩にあったことを後で思い出した。もう少しちゃんと歩いてみないとだな。

南山公園への標識があったので行ってみると、公園の入口に出た。
ここから大通り沿いに行ったら会賢示範アパートがあるらしいので、見に行ってみたかったけれど、家族連れなので公園の方へ行くことに。
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南山タワーを眺めながら気持ちのいい散策路を登っていくと、「白凡広場」が現れる。日本統治時代に朝鮮神宮があった所で、独立運動家であり、大韓民国臨時政府の首席であった白凡・金九(ペッポン・キムグ)の像が立てられている。
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そして、その向こうには、やはり独立運動家の安重根(アン・ジュングン)を記念する「安重根義士記念館」があるという。個人的には独立運動系は苦手なのだが、新しく建てた記念館の建物がかっこよくて、一度行ってみたいと思っていたので、この機会に行ってみることにした。

その前に、南山公園を登る途中で見えてきた建物。もともと南山子供会館として建てられ、今は科学館になっているらしい。
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李光魯(イ・グァンノ)建築家の設計。
調べてみると、南山子供会館は、朴正煕大統領の夫人である陸英修(ユク・ヨンス)女史が設立した「育英財団(ユギョンジェダン)」(ハングルで書くと2文字も一緒!陸を育にしたのはどういう意味だろう?)によって1970年に建てられた。子供会館の目的としては、「科学知識の普及」などもあるが、一番最初に「青少年に対する反共精神の昂揚」とあるのも時代を感じさせる。
斜面に沿って建てられた土台部分の建物と、四角い建物、そしてその上には丸い展望台が載っている。展望台は韓国で初の回転展望台だったらしいが、外から見るところでは使われていなさそうだ。登ってみたいなあ。
道路に面した横並びの窓の形がかっこいいぞ。
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土台の建物の角は円筒型になっていて、ドームが載っている。
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プラネタリウムでもあるんだろうか。
円筒部分に不思議な装飾があるなと思ったら、月の表面を表したレリーフだった。
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円筒の横にはけっこう長い階段があった。階段の上には科学館の四角い建物がそびえており、階段を登るにつれて迫ってくる感じが映画的なスペクタクルを感じさせる。
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この階段が急で、妻と子供たちはひいひいいっていた。「昔の子供連れはみんなここを意気揚々と登ったんだぞ!」と言ってみるものの、調べてみると、5年後に陵洞に移転することになる原因の一つが階段の不便さにあったという。
ちなみにこの階段、昔の朝鮮神宮時代の階段だという説もあるらしい。真偽の程は分からないけれど。

今まで遠くから見ただけで分からなかったけれど、窓の独特な装飾が美しい。
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特に四隅が鋭角になっていて、角から写真を撮りたくなる。
ディテールがかっこいいから、ズームレンズで撮ってみたいな。
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南山科学館の向かいには安重根義士記念館。
磨りガラスの四角いマスが、横に4つ、縦に3つ並んでいるスタイリッシュな建物。
右上のガラスの向こうにうっすらと「安重根」の文字が見える。
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2010年、ソウル市建築賞で最優秀賞を受賞した建築で、設計したイム・ヨンファン氏とキム・ソンヒョン氏夫婦は同年に「若い建築家賞」を受賞した。
夜になると中の照明がすりガラスを通してほのかに光って美しいらしい。
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その隣には南山図書館があるという。
行ってみたかったけれど、日が暮れる前に下山しないと遭難するかも知れないので(ウソ)、明洞へ下りて帰宅。
南山タワーは行き飽きたけれど、南山、面白いところはたくさんあるな。

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by matchino | 2015-10-07 22:25 | 建築 | Comments(0)

建築家・鄭奇鎔氏の茂朱プロジェクトを訪ねて 予習編!

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全羅北道の茂朱(ムジュ)郡に行くことになった。
韓国観光公社の祭りモニターとして、茂朱蛍祭りに行くことになったのだ。
1泊2日で、祭りを体験し、周辺の観光地を回ってくるというミッションが課せられる。
それで、茂朱郡の観光地について調べてみた。
山と川がきれいで、山葡萄のワインが飲めるいいところらしい。
でも、個人的にはアート&建築系を見てきたい。
いろいろと調べるうちに出てきたのが、鄭奇鎔(チョン・ギヨン)氏という建築家の話だった。
鄭奇鎔氏は、10年にわたって茂朱のさまざまな公共建築を手がける「茂朱プロジェクト」を行ったのだという。

さて、鄭奇鎔氏の名前に触れたのは今回が初めてではない。
国立現代美術館で建築関係の展示がシリーズで行われているが、その最初の展示が鄭奇鎔氏のアーカイブ展示だった。大腸ガンで亡くなった鄭奇鎔氏が、自分のさまざまなスケッチや資料などを国立現代美術館に寄贈したが、そのアーカイブが「絵日記」という題名で展示されていた。
鄭奇鎔氏の代表的なプロジェクトである「奇跡の図書館」や、貧しい人たちのための「土の家」など、人にやさしい建築をつくるその思想にとても感銘を受けた。

そして興味を持ったので、「奇跡の図書館」について書いた本も読んでみた。
「奇跡の図書館」は、「ヌッキムピョ」というテレビ番組で行った、図書館のない田舎の町に子供のための図書館を建てるというプロジェクト。全国各地にいくつもの図書館が建てられたが、その建築家として抜擢されたのが鄭奇鎔氏だった。鄭奇鎔氏のこの図書館の建築に対する思想がとても感動的で、子供の目線に立った図書館設計がとてもすばらしいと思った。
奇跡の図書館をぜひ一つでも見てみたいと思っているが、皆、田舎にあるため訪ねる機会がなかった。

そして思いがけず、鄭奇鎔氏の建築を見に行く機会がやってきたのだ。
ネットで調べてみると、茂朱に「鄭奇鎔建築ツアー」に行っている人が何人もいた。
茂朱プロジェクトについては鄭奇鎔氏が「感応の建築」という本に書いているということなので、茂朱に行く前にその本を読んでいる。
郡庁や面事務所、昆虫博物館、郷土博物館、運動場、バス停など、小さくとも意味深い建築がたくさん建てられたらしい。
プロジェクトから何年も経っているため、今はどのように使われているのか、この目で確かめてみたいと思う。

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by matchino | 2015-08-23 22:03 | 建築 | Comments(0)

大学路の恵化洞聖堂

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数年前に建築の本を読んで、見に行きたくなったのが、切頭山殉教聖地の教会。
建築家・李喜泰氏の設計で、建築の本を読むとたくさん出てくる名前だった。
そして大学路あたりを歩きながら気になったのが、恵化洞聖堂。設計は李喜泰氏。
いつか行ってみようと思っていたところ、時間ができて行ってみた。

地下鉄4号線の恵化駅から北に数分歩くと、東南アジア系の人たちが歩道にテントを張って食材を売っている。恵化洞聖堂に通うフィリピン人たちなんだそうだ。
そのテントの群れを過ぎると間も無く現れるのが恵化洞聖堂。
坂の上に、更に階段の上に聖堂が建っているため、遠くからでも塔や白い壁のレリーフがよく見える。

花崗岩のレリーフは、金世中が原画を描いて張基殷と共に作成した「最後の審判図」で、イエスを中心に4人の福音書の著者たちの象徴が刻まれているんだという。
でも、イエス以外は、羽が生えた動物で、一人は人間の姿をしている。
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どの動物が誰を示しているのか、ネットではそれ以上の詳しい説明は見つからなかった。で、図像学について調べてみて、やっと誰なのか分かった。左から、マルコ(獅子)、ヨハネ(鷲)、マタイ(人間)、ルカ(牛)なんだそうだ。

その左側には花崗岩の白い壁と対比になっているレンガ造りの四角い塔。そこにもレリーフが飾られている。このレリーフは恵化洞教会の守護聖人である聖ベネディクト。

普通、教会建築は左右対称になっていることが多いが、ここは非対称になっている。
前に読んだ本によると、西洋では秩序を重要視するため対称を多用し、韓国の伝統建築ではなるべく非対称になるようにするんだとか。
この教会も、西洋建築でありながらも韓国の伝統を取り入れようという試みがなされた初期の教会建築なんだという。
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正面に三つのドアが付いていて、ドアには四角いガラスがはめ込んである。中に入ってみると、ステンドグラスだった。
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人が少ない時間で照明が点いていないためか、玄関ホールは薄暗くなっていて、ステンドグラスがよく見える。
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礼拝堂のドアをそっと開けると、シスターや信徒たちが何人か祈りを捧げている。一緒に来た娘に「静かにするんだよー」と言って中に入った。

右側のドアから入ると目の前に見えたのがいばらの冠を被ったイエスの像。
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そしてその向こうに信徒席があり、祭壇がある。
祭壇はモザイクタイルで何かが描かれている。空なんだろうか、左の方に太陽が描かれているが、抽象的な絵だ。
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礼拝堂の両側には正方形のステンドグラスが3つずつ。
左側は聖書の物語に関する絵なんだろうか。
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そして右側は鳩と十字架と太極。
韓国を代表するイメージが入っているのも興味深い。
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右側のステンドグラスは黒い部分がはっきりしているのに対し、左側のものは黒のキワがぼかしというか、かすれというか、独特な効果を出している。それで、作家が違うのかと思ったが、李南圭という作家が数年かけて29点作ったんだという。
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娘が静かにしていられる限界が来たので、礼拝堂を出た。
祭壇の横のステンドグラスも見たかったけど、残念。後で調べてみると、祭壇の右側には韓国の103人の殉教者たちの姿が描かれた絵がかかっているらしい。これも次に見に行かないとだな。
後で調べてみると、この聖堂はキリスト教美術の宝庫ともいわれるような所で、著名なキリスト教徒の作家たちの作品がたくさんあるんだという。

建物の外を回ってみると、ステンドグラスの脇に薄いコンクリートの板が突出している。なぜこのような構造になっているのか、ちょっと考えてみた。礼拝堂の中に柱がないため、壁で屋根を支えなければならないけれど、ステンドグラスも大きいので、壁にも荷重をかけられる幅をとるのが難しい。それで、壁の一部を外に突出させて面積を稼ぐことにしたんではないだろうか。誰かに聞いてみよう。
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これは祭壇の右にあるステンドグラスの外側。
機能的な構造なんだろうけれど、なんかいい感じ。

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聖堂を後にし、梨花洞を散歩して帰った。
大学路あたりってなかなかいい建築と路地が多い。
また来よう。

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by matchino | 2015-08-05 22:32 | 建築 | Comments(0)

公州・公山城の「蚕種冷蔵庫」

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百済の遺跡を巡るツアーで出会った近代遺産、もう一つは公州の百済遺跡である公山城の中にあった。
公山城の入り口となっている錦西楼から左の城壁の上を歩き、錦江沿いに城を回っていくと鉄柵に閉じされた地下への入口がある。これが1915年につくられた「蚕種冷蔵庫」。
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忠清南道地域の養蚕農家に供給する蚕種を保管していた冷蔵庫だという。
卵で冬を越す蚕は4月頃に孵化するが、蚕が食べる桑が本格的に芽吹き始めるのは5月だあるため、蚕の孵化を遅らせる必要がある。そのため、錦江の氷と共に蚕の卵を地下室に保管しておいたのが、この蚕種冷蔵庫。
地下1階で長さが11.6m、幅と高さが2mの鉄筋コンクリート造り。
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と、ここまでは分かった。
でもいくつかの疑問が残る。

・なぜ公山城の中につくられたのか?
・日本では、富岡製糸場などで年に2蚕、3蚕を行って生産量を上げるために蚕種冷蔵庫が使われたというが、韓国ではそのようなことはなかったのか?
・この蚕種冷蔵庫は日本統治時代に作られたのだが、それ以前から蚕種冷蔵庫がほかにもあったのだろうか?
・この蚕種冷蔵庫は日本人が使っていたものなのだろうか?あるいは韓国人も使ったのだろうか?

だだの小さな地下室に過ぎないのに、気になりだすといろいろなものが見えてくる。
産業遺産ってけっこう面白い。
で、ちょっと調べてみたら、こんな記事が見つかった。
それでも謎は解けず…。蚕室、行ってみるか…。


ここでツアーのお知らせ。
百済歴史文化地区の世界遺産登録の立役者となった研究者の解説を聞きながら扶余・公州を巡るツアーを企画しています。
百済遺跡だけでなく、扶余・公州の近代建築や路地を巡るツアーも企画中。
関心のある方はコメントください!

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by matchino | 2015-07-25 22:09 | 建築 | Comments(2)

金寿根氏の問題の建築、旧・国立扶余博物館


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ユネスコ世界遺産に日本の産業遺産が登録される前日、韓国の「百済歴史地区」も世界遺産の登録が決定した。
その遺跡の広報のために、この地域にあたる忠清南道と全羅北道の知事と共に巡る記者団のファムツアーが行われ、参加してきた。
私が忠清南道の公州市と扶余郡の百済に関する遺跡を訪ねるのは実は3回目で、それほど期待していなかったが、解説をしてくれた人たちがその分野の専門家で、素晴らしく興味深いツアーだった。
その内容は別のメディアに書くことにして、ここでは、百済とは違う、近代建築系に出会った話。

まず、扶余郡の扶蘇山城に訪問した時の話。百済時代の遺跡があり、落花岩の逸話で有名な所だが、偶然にもずっと前から見たかった近代建築に出会った。
扶蘇山城の入り口付近にある「扶余客舎」という建物の前で解説を聞いている時、屋根の向こうに不思議な形の突起物が見えた。

あ、あれは旧・国立扶余博物館だ!
韓国現代建築の第一世代にあたる金寿根氏が設計した、独特な形の建物。
でも、この建物はこのフォルムのために大きな非難を受け、金寿根氏の建築家としての人生に大きな打撃を与えた。
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この建物が完成して間もない1967年8月19日、東亜日報の社会面にある記事が載った。内容は、国立扶余博物館の建物が日本の神社に酷似しているというもの。
新聞に掲載された写真は入り口部分を意図的に神社の鳥居に見えるように撮影したもので、明らかな情報操作の意図が含まれていたが、当時の社会は言論のいうことは無条件信じるような状況だったため、世論は完全に金寿根氏に不利な方向に傾いた。
その写真は明らかなでっちあげだが、博物館の屋根の形が日本の神社の屋根に似ているということは、他の建築家たちも認めるものだった。
今でも韓国では旭日旗を思わせるデザインは批判の的になったりするが、神社参拝を強制されていた韓国人にとって神社に似たデザインはあり得ないものだったし、それが百済の歴史を展示する博物館であるならなおさらのことだ。
新聞の記事に対し、金寿根氏は、「百済の遺物からとったデザインだ」と反論したが、金寿根氏と並ぶ韓国現代建築界の双塔である金重業氏が新聞に博物館を非難するコラムを書き、新聞を通した「炎上」騒ぎはさらに大きくなった。
その後も金寿根氏は「これは私のオリジナルのデザインだ」、「日本で建築を学んだ私が日本の影響を受けていることは間違いないが、影響を受けてはならないという法がどこにあるのか」などと反論したが、金重業氏だけでなく、他の建築家たちも金寿根氏を批判した。
そして、国立扶余博物館の「審議委員会」の現場調査の結果、「この建物は直す余地なし。解体すべし」という結論に至った…という新聞記事が出た。
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それでは、博物館は解体されてしまったのかというと、私が今回見てきたように、しっかりと残っている。国立扶余博物館は新しく建てられた建物に移り、この建物は百済工芸文化館として使われている。
それでも、いくつかの修正は加えられたようだ。「鳥居のようだ」といわれた入り口部分はなくなり、屋根には瓦が乗っていて、なんとか「韓国らしさ」を出そうとした痕跡が認められる。もちろん、今となってはそのような上辺だけの「韓国らしさ」は前時代の考え方となっているが、その当時は韓国を代表する建築家さえそのような考えを持っていたのだ。
ある意味においては、この国立扶余博物館に関する論議は、建築における「韓国的なものとはなにか」という疑問を投げかける契機を与えた事件だったといえる。
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後で調べてみると、内部構造などは「神社に似ている」と断罪して壊してしまうには惜しい素晴らしい空間を持っているのだという。今回は外観しか見られなかったので、もう一度訪ねないとだな。
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冒頭にも書いたが、今回のツアーの目玉はなんといっても解説をしてくださった専門家の皆さんだが、そのうちの一人の方がとっておきのコースを案内してくださるという話をいただいてきた。それで、「世界遺産登録の立役者と巡る百済の遺跡ツアー」を企画してみようと思う。
また、扶余・公州は近代の路地が残っている地域でもあるため、そちらのツアーも企画中。関心のある方はコメントをお願いします!

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by matchino | 2015-07-20 21:09 | 建築 | Comments(0)

春川でマイム祝祭→近代建築巡り その3 春川紹陽路聖堂

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春川近代建築巡りの最終回!

竹林洞主教座聖堂と旧春川文化院を見て、もう一ヶ所、見ておきたい所があった。でも、もうこの辺りから暑さがMAX!ベビーカーに乗せた娘が心配でちょっと悩んだけれど、まだまだ直射日光に当たらなければそれほど暑くはないようで、もう一件行くことにした。

春川市庁の裏から江原道庁の前を通り、少し歩いた所にあるのが、春川紹陽路聖堂。木々が生い茂る鳳儀山の中腹に建てられていた。
韓国動乱の時に人民軍の捕虜となって銃殺されたアンソニー・コリアー神父を記念して、ジェームス・バックレー神父が建てた聖堂。
コリアー神父は一緒に捕まった信徒の青年を助けるために、その青年に覆い被さって自分が銃弾を受けたのだという。

教会の門を通った途端、教会の独特な雰囲気に驚く。
表から見ると何角形なのかは分からないけれど、ちょっと複雑な多角形の平面のようだ。
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白い壁に丸い窓、濃いグレーの屋根に窓が付いていて、白い十字架がアクセントになって美しい。

中に入ってみると、半円形になっているのが分かった。
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祭壇の反対側にある丸い窓と小さな十字架がかわいい。
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信徒が座る席の後ろにはステンドグラスの入った窓があり、窓と窓の間には聖画が掛けられている。絵のタッチが独特でいいな。
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建物の裏に回ってみると、平面になっていた。それでも柱がゴシック建築の柱の形をしており、裏だからといって手を抜いたりはしていない。
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そういえば、表側の柱はどんな形だったかと思って見てみると、やはり同じ形をしていた。
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敷地内には司教館だろうか、住宅のようにみえる建物。玄関ポーチが時代を感じさせる。
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これで、調べてきた3つの建築をすべて制覇!聖堂から少し下りたところにあるヨガープレッソで食べたブルーベリー・ヨーグルト・スラッシュも格別!
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少し体力を回復したところで、春川駅へと向かう道を少し遠回りして衣岩湖畔を歩いた。でもここは自転車で走るにはいいけど、歩くにはたいへんだな。
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暑くて心配した娘も元気でよかったが、問題は私だった。無理したせいか次の日に疲れがどっと出た。無茶ができない歳になってきたな…。運動せねば。

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by matchino | 2015-06-20 12:57 | 建築 | Comments(0)

春川でマイム祝祭→近代建築巡り その2 旧春川文化院

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前回からの続き。
マイム祭りのマジックが始まる頃だ。さっきのスタッフがいっていた場所に行ってみると、すでにたくさんの人たちが場所をとっていて、白と黒の化粧をしたマジシャンが準備をしていた。横のほうに陣取って間もなく、マジックが始まった。
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まあ、こういうイベントでよく見られるマジックだった。
この祭り、メインの期間が長いからか、公演のインターバルが長すぎな気がする。それに見るべき公演を観るには有料のものを観ないといけないのかもしれない。

このくらいのところで、すでにマイム祭りはオマケになって、近代建築がメインになってきた。どうせ遠くまで来たのだから、調べてきた近代建築3つは全部見ないと帰れない。

春川市庁の裏にある、元・春川文化院の建物、これがチェ・ホジンさんが紹介していた建築だ。
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市庁の敷地内に入って本館の裏の方へ回っていくと、芝生の敷かれた庭付きの敷地の中に白い建物が建っていた。
もともとは市長の社宅として建てられたらしく、庭に面したリビングがあったような雰囲気。
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この建物の大きな特徴の一つは、半円形に飛び出した部分。今は国立現代美術館ソウル館となった旧・キムサ(国軍機務司令部)の建物の階段室を思わせるが、ここでは階段室ではないようだ。だとしたらなぜこういう形になったんだろう?
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そしてもう一つの特徴は、キャノピー部分。
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けっこう飛び出しているところからして、車がつけられるようになっているのかなあ?
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V字型の柱がかっこいい。今は金重業博物館になった旧・柳柳製薬の建物にも似ている。あちらの柱はX型だけど。
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中に入ると天井に照明。明らかに付け直した蛍光灯だけど、当時はどんな灯りがついていたんだろうか。
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階段の手すりもなかなか歴史を感じさせる。
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2階は関係者以外立ち入り禁止だった。部屋の中も見てみたかったな。
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裏に回ってみると煙突があった。
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この建物、近代文化遺産に指定されており、春川市庁舎の改築に伴って移転されるとのこと。移転されるとそれまでの姿とまったく変わってしまうことが多いので、移転される前に来られてよかった。移転されてからは内部も見学できるようになるんだろうか。
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春川近代建築散歩は次回につづく!

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by matchino | 2015-06-13 21:22 | 建築 | Comments(0)

春川でマイム祝祭→近代建築巡り その1 春川竹林洞主教座聖堂

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電車に乗って江原道の春川へ行ってきた。前回、「韓半島 烏瞰図」展に一緒に行ったナショナルトラストのチェ・ホジンさんが春川の近代建築について紹介していて、ぜひ見に行ってみたいと思っていたのだ。
ちょうど春川マイム祭りが開かれていたので、それをメインにして、他の近代建築も調べてついでに行ってみることにした。ところがやはり建築巡りがメインになってしまった。春川にこんなに見るべきものがあったなんて!

さて、春川までは上鳳駅から京春線一本で行けるとはいえ、1時間半。ITXに乗ればもう少し早く着くのだろうけれど、所持金も少なく各駅停車でゆっくりと。
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春川駅に着いた。3年前の正月にこの駅に降り立った時は何もなくてびっくりしたけれど、何もないのは変わっていなかった。それでも何もない野原が造園され始めているようだった。
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なんとなく歩いていくと、いい感じの路地があったので入ってみた。
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さらに行くと繁華街に出た。
繁華街では春川マイム祭りのスタッフがチラシを配っていた。1時からマジックショーが始まるという。まだ少し時間があったので、近くを回ってみた。

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「春川中央市場」。市場のきれいに整備された真ん中の通りがあって、その横にも2、3列の路地がある。そちらも見てみたかったけれど、ベビーカーを押してきたので断念。
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市場から出てしばらく歩くと現れたのが、この日最初の近代建築、春川竹林洞主教座聖堂。
1950年代に建てられた石造りの聖堂。って、1950年代が近代っていえるのか?近代文化遺産に指定された建物ではあるけれど。
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小高い丘の上に建っていて、聖堂の前の芝生がきれい。教会の敷地の様式についてはよく知らないけれど、門があって、芝生の敷かれた前庭の真ん中の通路を通っていくスタイルって韓国の王陵の配置に似ている感じがする。
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レリーフが施された正面の扉は閉ざされていた。仕方なく聖堂の周りを回ってみると、側面の扉が開いていた。中には3人くらいの人が祈っている。さっと中に入って無音カメラで写真を撮った。
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時計を見ると、マイム祝祭の時間が近づいていた。
次回へつづく!

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by matchino | 2015-06-09 22:42 | 建築 | Comments(2)

再び江華島へ その1 聖公会温水里聖堂

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子どもの日、家族で江華島へ。…行くはずだったが、次女が「なんで勝手に行くところを決めちゃうの!」と怒りだして不参加。妹を一人家に残しておけないと、長女も不参加。下の2人だけを連れて行くことになった。上の2人は難しい年頃になってきたなあ…。

今回の目的地は、聖公会の温水里聖堂と、伝燈寺。江華島のバスターミナルから南へ30分ほど下ったところにある。家から江華島のバスターミナルまでも3時間なので、けっこうな長旅。
さて、江華島のバスターミナルの案内所で訊いてみると、10分後に出る51番のバスに乗ったらいいとのことだった。
51番のバスはソウルでいうマウルバスのように小さなバスだった。バスは江華島の田舎道を猛スピードで走っていく。アナウンスも付けない昔懐かしいぶっきらぼうなバスだ。バス自体はけっこう新しいのだけれど、小さいし、道も悪いのでけっこう揺れる。息子は「吐きそうだ」とか言っていた。^^;
アナウンスがないので、どこで降りていいかも分からない。運転手に聖公会の聖堂に行きたい旨を伝えると、伝わったのか伝わらなかったかも分からない返事。その様子を見ていた乗客の一人が「あの赤い屋根が聖堂ですよ。次で降りて」と教えてくれた。
食堂などが並ぶ田舎道の停留所で降り、赤い屋根を目指す。聖堂は道から少し入ったところにあった。

温水里聖堂は1906年に建てられた聖堂だが、この赤い屋根の聖堂は新しく建てられたもの。ロマネスク様式といい、赤い屋根といい、突起部の韓屋式の屋根といい、貞洞の聖公会聖堂を意識していることが分かる。
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そしてその隣にある、韓屋の建物が目当ての聖堂だ。宣教師のトロロープ主教が建てたもので、聖公会の思想のごとく、現地の文化を尊重して韓屋式となっている。
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前回訪ねた江華邑聖堂が五方色で彩色されているのとは違い、ここは木の色をそのまま残している。
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真ん中が高くなっている門は鐘楼を兼ねている。
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聖堂の横には芝生が敷かれており、とても気持ちのよい場所だ。
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惜しくも中に入れなかったので、また来て中を見たいな。
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天気もいいし、最高!
敷地内には幼稚園もあって、縄跳びや投壺(矢を投げ入れて壺に入れる韓国伝統の遊び)が置いてあり、子供たちはそれで遊んでいた。
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隣には主教館。これも美しい韓屋。
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次は伝燈寺へ向かう。すぐ近くなので、歩いてみた。
いい感じの建物がたくさんある。
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聖堂の近くにあったこの建物も、壁の一部に十字架の模様が残っており、聖堂に関連する建物であったことが推測できる。ベランダの形が独特で、時代を感じさせる。
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偶然見つけた江華温水醸造所。1924年に建てられたという醸造所で、使われていないのかと思ったら現役の醸造所らしい。中を見たいなーと思っていたら、実は前回参加した仁川のファムツアーで、私が参加した次の日に行ってきたとのこと。その時の写真を見せてくれて、もっと行きたくなった。
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さて、まもなく到着した伝燈寺は、江華島を代表する観光地なだけあって本当にいいところだった。
江華島の旅は次回へつづく!

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by matchino | 2015-05-09 20:28 | 建築 | Comments(1)

桜が咲いたら「ウォーカーヒル」&「クムマル」!

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今まで何度も訪ねているオリニ大公園の「꿈마루(クムマル)」。
オリニ大公園が桜の名所ということで、今年も花見を兼ねて訪ねることにした。
今年の計画は、まずウォーカーヒルホテルで桜を見て、そこからオリニ大公園まで歩くというもの。
4月4日に決行した。天気予報は曇りで夜から雨がぱらつくということだった。それで、午後から出発してウォーカーヒルのダクラス・ハウス、ピザヒルと順調に歩いていった。
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ベビーカーに乗せた娘も、一緒に歩く息子もぐずらずにウォーカーヒルの丘を登った。が、桜はまだまだ早かった。数本が咲いているだけで、あとは一分咲きくらい。
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そして山を越えたあたりで、予報より早めに雨が降り出した。
それでオリニ大公園までは行けずに帰宅。
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一番行きたかった꿈마루にも行けず、桜も見られなかったので、次の週に行くことにした。そして金曜日の夕方に時間が取れたのでオリニ大公園に娘を連れて行ってみた。
桜が満開になっていることもあって、金曜日なのに人はいっぱいだった。土曜日に来ていたらどれほどだっただろう。

正門を通って最初に見える噴水の向こうに꿈마루が見える。その左側は桜並木だ。桜並木で誰か写真を撮ってあげる人がいたらいいのだけれど、娘もベビーカーの中で寝ているので、さっそく꿈마루へ。
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꿈마루については
こちら
この建物をリモデリングした建築家の趙成龍氏の話を何回か聞き、この建物に関する本も数冊読んで、何回か訪ねているけれど、いつ来てもいいし、来るたびに新しい発見がある。
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꿈마루のピクニック庭園。
高校生や、カップルや、娘たちを連れた父親や、いろいろな人たちがそれぞれに楽しんでいる。
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そしてちょっと変わったファッションの女性が三人。仙遊島公園で写真を撮っているコスプレの人たちと雰囲気は似ていながらも、いわゆるコスプレ的なコスチュームじゃないなと思っていたら、中国語をしゃべっていた。中国でも知られているのかなあ?

噴水を見下ろすテラス(?)。横長のフレームに桜や木蓮の花が見えるようなかたちの、この建物の中でも私が好きな空間。
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いつも、ここでくつろげるようにベンチでも置いてくれたらと思っているのだが、今回はここには古ぼけたピアノが置かれていた。
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今まで建築の写真に人を入れにくかったけれど、それを変えようと思っていたところにちょうど通りかかった一人の女性。モデルになってくれてありがとう!
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側面からの写真をあまり撮ったことがなかったけれど、子供たちを入れた写真を撮ってみたくなって、建物の前のデッキで走り回る子供たちがフレームに入ってくるのを待った。しばらく待って、数回シャッターを押した後に思い通りのショットが撮れた。
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by matchino | 2015-04-12 18:46 | 建築 | Comments(0)