カテゴリ:建築( 75 )

キリンクリムの「韓国現代建築の今日」

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「現代建築の断面」という韓国・国立現代美術館のプログラムがあるらしい。そこで映像制作社「キリンクリム」の「韓国現代建築の今日」という映像が上映されるということでさっそく娘を連れて行ってきた。

「キリンクリム」は、チョン・ダウンさん、キム・ジョンシンさん夫婦の建築映像制作ユニットで、私は彼らが撮った伊丹潤の建築映像に感動して憶えていた。

伊丹潤の映像のトレーラーがYouTubeに公開されていた。


その後、このブログでも何度か紹介したランスキー先生こと金蘭基氏のイベントで偶然にも「キリンクリム」のキム・ジョンシンさんに出会い、その後も何度かお会いしている。
時には私が主催している街歩きイベント「マチノアルキ」の出発の場所にたまたま居合わせて、一緒に歩いたこともあったりと、不思議な縁を感じさせる。

さて、今回上映する映像は、韓国の今を代表する8人の建築家の作品を一つひとつ選んで、建築家自身によるコンセプトの紹介と、評論家による解説がなされる中で、建築の美しい映像が流れるもの。
建築自体の美しさもさることながら、それを切り取る映像が、言葉を失うほどに美しい。一つひとつの建築をぜひ訪問してみたい。

映像の一部がYouTubeにあった。

映像を見終わった後は、「キリンクリム」の二人と建築家たちのトークの時間。
実は一番前の席には、この映像に出てきた建築家と評論家たちが勢ぞろいしていたのだ。私も何度かお会いした劉成龍教授が来ているのは分かったけれど、まさかこの建築家たちがほとんど参加しているとは思ってもみなかったので驚いた。

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トークの最初にチョン・ダウンさんは「勇気の問題だった」と語った。これだけの建築家の映像を撮ることに対して「応じてくれるだろうか」という心配はあったけれど、勇気を持ってお願いしてみると応じてくれたというのだ。もちろん、実力と実績があったから可能だったことは確かだが、「勇気」という言葉にとても感銘を受けた。
チョン監督には2回お会いしたことがあるが、いつも彼女の情熱に感心する。そして建築に対する愛情を感じるひと時だった。
「建築家の方たちが愛情を込めて建てたこの建築をいかに撮るか」という話をしていたが、建築家の愛情と映像作家の愛情が一つになって生まれた作品だと思う。
また、今回の映像を観て、チョン監督の「建築が空間と時間の芸術であるため、それを表現するのには写真より映像がふさわしい」という言葉に強く共感した。私は今までは建築を写真でしか撮ったことがないけれど、今度は動画で撮ってみよう。

現在、キリンクリムは伊丹潤のドキュメンタリーをより長編の作品にする作業をしているという。どこで上映されるようになるかはまだ分からないけれど、より多くの人たちの目に触れるようになればいいと思う。

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by matchino | 2016-12-08 22:20 | 建築 | Comments(0)

培花女子高の近代建築 その2

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培花女子高の近代建築めぐりの続き。
生活館の上にあるのは本館。
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生活館もそうだけれど、シンメトリーになっているのは西洋建築の特徴だ。中央の玄関を中心に、両側に突出した部分があり、切妻屋根の三角と、屋根の上の三つのドーマーが統一感を与える。
この大きめのドーマーが三つあるのは、貞洞にある培材学堂の建物に似ているな。メソジスト派の宣教師が建てたからなんだろうか。あるサイトによるとアメリカのカントリーハウスの様式なんだとか。

もう一つの、1915年に建てられた近代建築、科学館は運動場の片隅にあった。
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レンガ造りの3階建てのように見えるが、あるサイトによると4階建てだという。屋根裏の4階があるんだろうか。中央の突出した部分は階段だろうか。
運動場にそのまま建てられている感じで扱いがちょっとぞんざいな気がするが、建てられた当時はどんな感じだったんだろうか。


この他にも面白そうな建物がありそうだったけれど、女子高生に混じっておじさんが違和感出しまくりな気がしたので退散。今度はこの上にある大学のほうを回ってみようかな。

そうそう、今回参考にした「あるサイト」というのはこのサイト。写真と細かい説明が素晴らしい。

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by matchino | 2016-10-03 20:15 | 建築 | Comments(0)

培花女子高の近代建築 その1

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会社からの帰り、横断歩道に一枚のポスターが貼ってあった。9月9日、培花女子高で学園祭を行うというのだ。培花女子高には、最近文化財に指定されたレンガ造りの建物があるということを思い出して、「この時しかない!」と思った。なぜかというと、数年前から大学以外の学校は外部の人が入れなくなっているのだ。
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培花女子高はかつて培花学堂と呼ばれ、アメリカのジョセフィン・キャンベル宣教師が1898年に建てた学校。
キャンベル宣教師の足跡には、もう一ヶ所行ったことがある。社稷洞311番地の丘の上に建つ2階建ての洋館がキャンベル宣教師が生活していた家屋だということ。

もっともこの家屋は、この地域の再開発のための組合事務所として使われていて、文化財を残そうとする人たちの意に反して、この家を含むこの一帯をアパート団地にしようとしている人たちなわけだ。

さて、危機に瀕している家屋とは違い、この学校の中の建物はしっかりと保存されている。
門を入ると正面にレンガ造りに瓦屋根の建物が見えた。生活館だ。1916年に宣教師たちの住宅として建てられた。
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地上2階で斜面を利用して半地下がつくられている。西洋式のレンガ造りの構造に、韓屋の瓦屋根が乗っている韓洋折衷様式というのが説明だけれど、瓦は赤いので、中国式じゃないかなと。よくは知らないけれど。
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裏の方へ回ってみると、キャンベル宣教師の胸像。生活館の瓦屋根を背景に、フォトジェニックな空間となっている。
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生活館の写真を撮っていると、隣の白い建物が気になった。モダニズム建築っぽい感じで、レンガでつくったらしい網のような装飾がかっこいい。
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いつ頃建てられたのか気になってみてみると、定礎石があった。1958年12月11日。それだけが分かった。
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さらに気になって調べてみると、なんとか見つかった。現在は図書館として使われているけれど、建てられた当時は大講堂として使われていたらしい。1959年9月に完工し、当時、弘益大の教授だったキム・チャンジプ教授の設計だという。

さて、少し長くなりそうなので、続きは次回!

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by matchino | 2016-09-15 21:49 | 建築 | Comments(0)

韓屋の「マル」と「クムマル」のこと

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韓国の伝統住宅に「マル(마루)」という空間がある。日本語でいうと板の間のこと。
マルの代表的なものとしては、大廳(テチョン/대청)がある。韓屋の大きな板の間のことだ。そして、「テッマル(툇마루)」と呼ばれる縁側や、「チョッマル(쪽마루)」と呼ばれる廊下、「楼(ヌ)マル(누마루)」と呼ばれる高床式の楼などのいろいろなマルがある。
このマルは、基本的には1面以上が開いている。西洋建築が紹介され、ガラスなどの新しい材料が紹介され出してからはガラス窓で閉じられるようになってきてはいるが、空間的な類型からいうと、開放された空間だ。
それで、マルという空間は、中でありながら外であるという、境界があいまいな空間。韓国の建築の本を読んでいると、よく転移空間という言葉が出てくるが、このような中間的な、媒介的空間がマルなわけだ。
韓国の伝統建築の特徴の一つがこういった転移空間があるということ。
そして、韓国人はこのような空間が好きだ。
マルに横になって庭を眺めたりするのが好きだ。私も雨の日に韓屋のマルに座って、ただ雨の音を聞きながら庭を眺めていたいと思うことがある。

そんなことを考えながら思い出したのが、私の大好きな建築で、ここでも何度も紹介した「クムマル」。
羅相晋(ナ・サンジン)という建築によって建てられ、忘れ去られて解体の危機に陥ったが、趙成龍(チョ・ソンニョン)建築家によってその価値を見出されてリノベーションされた。
生まれ変わったこの建物に付けられた名前は「クムマル(꿈마루)」。「クム」は夢で、「マル」は、上で説明したマルなのだが、以前、このブログで紹介するときに、何と訳すべきか悩んで、「床」と訳した。それが適切な訳かどうかは分からない。

それではなぜ、この建物の名前に「マル」という言葉を使ったのか。昔はよく分からなかったが、「マル」という空間について知ってみると、その理由がだんだん分かってきた。
マルが中でもなく外でもない空間であるように、クムマルも外と中との境界がない。韓屋に玄関がなく、各部屋に庭から直接入るように、クムマルも特定の入口がなく、いろんな所から入ってその空間を楽しみ、いつの間にか外に出ている。
それから、韓屋のマルや門のフレームに外の風景が切り取られることによって、風景が自分のものとして対することができるように、クムマルでも2階の横長のフレームに切り取られた風景が美しい。
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こういった全ての要素が韓屋から来ているのだろう。それでこの建物に「マル」という韓屋独特の用語を使ったのだ。
なんといってもクムマルと韓屋のマルと似ている点は、そこにずっといたくなる心地よさだ。眺める風景はもちろん、なぜか分からない心地よさが漂っている。
いつか気の合う人たちとここでパーティーをしたり、映画の上映会をしてみたいと思っているが、まだ実現していない。
誰か一緒に企画しませんか…?

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by matchino | 2016-04-22 21:38 | 建築 | Comments(0)

駐韓英国大使館を訪ねる その4

英国大使館訪問記、これで最後!

英国大使館に実際に入ってみて、そののどかな雰囲気に満足していたが、一つ気になることがあった。
それは、徳寿宮の北を通る道が英国大使館によってふさがれているが、その道を開放するというニュースについてだ。ソウル市と英国大使館との間に、この道を開放するというMOUが交わされたと報道されていた。
そのニュースを見て私も喜んだし、いつごろ開放されるのかが気になっていた。

今回、徳寿宮の塀の北を通る道を実際に案内してくださった。
徳寿宮の塀と英国大使館側のレンガ造りの塀の間に舗装された道路があった。
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もともとこの道はソウル市の土地で、英国大使館がソウル市から借りていた土地だという。しかし、契約の期間が終了してもソウル市から何も通知がなかったため、そのまま英国大使館が使用していたという。
それに異議を唱えたのは、英国大使館のすぐ裏にある高級料亭。料亭が駐車場を作りたいと思っていたところ、この道に対する資料を探し出して、この土地を占有していることに対する異議を申し立てたしたというわけだ。

しかし、開放にするには解決するべき問題が多い。
まず、塀越しに大使公邸がよく見える。
よく見えるどころかほとんど丸見えだ。
塀が低いため、越えようと思ったらすぐに越えられる高さだ。
さらに塀の途中に大きな木が生えていて、木の両側は大きくスペースが開いている。
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もしこの道を開放するとなると、大使館のセキュリティにとって大きな問題になることは火を見るよりも明らかだ。鉄条網を張るなりして保安を強化しないといけないし、プライバシーの確保のために塀をもっと高くしなければならないだろう。
塀の位置に立っている木も問題だ。もしこの木が倒れた場合、責任の所在はソウル市側に行くのか、大使館側に行くのかが問題になってくる。他の国でも実際にそのような問題が起きているという。
また、英国大使館の建物が道を覆っている部分もあり、その部分を通すとしたらトンネルを掘らなければならなくなる。

このような問題を実際に目にすると、むしろこの道は英国大使館のために残しておいてあげなければならないのではないかという気持ちになってくる。
大使館側の人にとっては不安の材料になるし、こんなにも美しい庭園を持ち、塀の向こうには徳寿宮の木々が眺められるこのすばらしい楽園が壊されてしまうのではないかと思うのだ。ここが高い塀と殺伐とした鉄条網にふさがれたら、どんなに残念だろうか!
別に私が入ってこの景色を楽しめるわけでもないし、外国人の立場でこんなことをいう資格はないのかもしれないけれど、この道は大使館に譲歩してあげてほしいというのが正直な感想だった。
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英国大使館の道路から見た徳寿宮

今回、建築を見学するだけのつもりで大使館を見学したが、いろいろと考えされられた。
貴重な機会を与えてくださった関係者の方々に感謝!

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by matchino | 2016-04-18 21:13 | 建築 | Comments(0)

駐韓英国大使館を訪ねる その3

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英国大使館探訪記の続き。
2号館からさらに奥に入ったところに建っているのが1号館。ここは大使の家族が住んでいる大使公邸となっている。
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ここにも2号館と同じ「VR」があるが、中にあって見えないとのこと。
正面の前には広い庭があって、芝生が植わっており、色とりどりの花が咲いている。
大使がいらっしゃるので近くからは見られなかったが、庭越しに正面を見せていただいた。
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東側が正面で南側に玄関があるという構造は2号館と似ているが、正面の2階のベランダがより装飾的で美しい。
角柱と円柱が交互になっていて、オーダー(柱頭)は見たことのない感じ。円柱のオーダーと同じ装飾が角柱にもついている。
この頃に建てられた西洋建築は「コロニアル・スタイル」といって、新古典主義建築を植民地に合わせた様式をとっていると聞いたことがある。
それで、「イギリス本国の建築はこんな感じでベランダがあるんですか?」と案内してくれた大使館の方に訊いてみると、「違います。これは避暑のためのベランダがついていているんです」と。「いわゆるコロニアル・スタイルですね?」と訊くと、「そうです。シドニーなどの住宅もこうですね」という。
この方も建築の知識があるのかと思ったけれど、よく考えてみたら、コロニアル・スタイル」って建築の専門用語というよりは「植民地様式」っていうことなんだな。
韓国や日本においては西洋建築って特別な感じがするけれど、西洋ではこれは当たり前の建築なんだという事実にいまさらながら気づいた。
それと同時に、この大使館が当時、西洋から来た人たちにとって、住み慣れた故郷を思わせるような安息の地だったのかもしれないと思った。
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1号館の裏側から。

大使公邸の隣にはテニスコート。
韓国で初のテニスコートなんだとか。アメリカ大使館官邸の南側にもテニスコートがあって、アペンゼラー牧師が撮った写真が残っているけれど、あれよりも古いのかー。
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さて、英国大使館に入って確かめたかったことがもう一つある。
それについては次回に!

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by matchino | 2016-04-17 22:33 | 建築 | Comments(0)

駐韓英国大使館を訪ねる その2

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前回の続き。
英国大使館にいよいよ入城!

名前とパスポート、それから荷物のチェックをして大使館の敷地内へ。
おお、この門の中に入ってる!っていう感動w
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門を入って目の前にあるのが大使館の建物。これは1992年に建てられた比較的新しいもの。
地下には最初の駐韓総領事であるアストン総領事を記念したアストンホールがある。
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ここはチャールズ皇太子とダイアナ妃が離婚する前に訪れて開館したということで、記念の石碑がある。
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この建物の裏には19世紀に建てられたレンガ造りの1号館と2号館がある。これが見たかったのだ!
でもちょっとじらして、ここで英国大使館の歴史について簡単に説明しておこう。

英国と韓国(朝鮮王朝)との間に修好通商条約が結ばれたのは1883年11月26日。北京駐在のパークス公使が全権大使として訪韓して条約を締結。翌年の1884年4月に批准された。
そして、間もなく公使館が置かれることになるが、イギリスは、駐韓大使館としては唯一、最初から現在まで一度もその場所を変わらずに守っている。
最初は、もともとあった韓屋6棟を使用したが、西洋人にとったは不便であったため、ヒリアー総領事の時代に西洋式の建物を建てた。1888年、上海建設局のマーシャルの設計によって工事の準備が始まり、1891年に1号館が竣工、その1年後に2号館が建てられた。

大使館の建物の左側の通路を抜けると、目の前にレンガ造りの建物があった。1892年に建てられた2号館だ。
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大使館の職員のための住宅として使われている。
2号館の脇に回ってみた。
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灰色のレンガと赤レンガが装飾的に使用されている。1号館の設計が終わってから資材の調達に時間がかかったといわれているが、レンガが国内では調達できなかった時代、どこから輸入したんだろうか。
玄関の上にある「VR」という文字は、「Victoria Regina」の略で、ヴィクトリア女王の時代に建てられた建物であることを意味するらしい。
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2号館と1号館の間にはプールがある。
季節柄、シートに覆われていたが、青い水をたたえたプールを前景に大使官邸を撮ったらどんなに美しいだろう!
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この日はあいにくの曇り空で「残念ですねー」と話していたが、イギリスの天気ってこんな感じなのかも、と思った。
イギリスには行ったことがないけれど、イギリス通の木谷さんは、「この景色、ほんとにイギリスに来たみたいですね!」といっていた。
そうか!ここはイギリスなんだ!
日本統治時代にここを訪ねた外国の旅行作家たちは、彼らの著作の中で、英国大使館(当時は領事館)の建つ丘を、慣れない朝鮮の中の安息の地として褒め称えている。
ああ、イギリス、行ってみたいな…。
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さて、またまた長くなってしまったので、次回に続く!

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by matchino | 2016-04-16 21:59 | 建築 | Comments(0)

駐韓英国大使館を訪ねる その1

徳寿宮の北側に、前から行ってみたかった場所がある。それは駐韓英国大使館。普段は関係者以外は入れないし、外からも建物の一部が見えるだけ。昨年、一度だけ開かれた公開イベントでは、80人の定員で、500人以上の応募があった。私にとってはまさに、「シークレット・ガーデン」だったのだ。

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これは2年ほど前に英国大使館の北側のビルの屋上から撮った貞洞の写真。
中央が徳寿宮で、そのすぐ下が英国大使館。左の赤い屋根は聖公会ソウル聖堂。

その英国大使館に、関係者の方の特別な計らいで入れることになった。思いもよらない展開に大興奮だった。

行く前に資料を調べて予習する。でも、情報は極端に少ない。特に建築について調べたいと思ったが、設計者の名前と、基壇部分と屋根の構造にコンクリートを使ったくらいの情報しかない。様式としては、古典主義を植民地に合わせて適用した「コロニアル・スタイル」というものだということが分かった。

大使館に入るので、名前とパスポート番号を事前に登録し、訪問時間や滞在時間なども申請する。否が応でも緊張感は増した。
そして、英国大使館の歴史を調べてみると、韓国との間で摩擦が多かったようだ。徳寿宮の石造殿から大使館の中が見えるので、見えないように木を植えてほしいという要請が大使館側からあったとか、日本統治時代に日本を妨害した英国人の裁判を行ったとか、英国大使館について調べる中で読んだ本の著者の感情が入っているかもしれないけれど、あまりいい情報はない。「開放の時代において、自ら殻に閉じこもっているのではないか」とまでいうのだ。

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今回、調べた本「貞洞と各国公使館」

そしてさらに、昔は徳寿宮の北側には道があって通れたのに、今は英国大使館に塞がれて通れなくなっているという話まである。
どうなってるの、英国大使館!

しかし、実際に訪問してみると、すべての否定的なイメージはガラガラと音を立てて崩れ落ちた。それどころか、英国についてもっと知りたい!という好奇心まで湧いてきた。

イギリス、いいぞ!

導入で長くなってしまったので、本編は次回に!

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by matchino | 2016-04-15 21:59 | 建築 | Comments(0)

毋岳洞「獄バラジ旅館通り」を歩く

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毋岳洞(ムアクドン)「獄(オク)バラジ旅館通り」を歩いてきた。

ここは西大門刑務所に収監されていた独立運動家に面会するために、地方から上京してきた家族が宿泊した旅館が並んでいるところ。獄中にいる人に食べ物や服などを差し入れして世話することを「獄バラジ」というので、その通称がつけられた。独立運動家の金九の母親もここで泊まったという。
しかし、刑務所が義王市に移ってからは、旅館は廃れ、貧しい人たちが住む街となっていた。最近、再開発が決まり、住民の移住と撤去作業が始まっていた。

そんな中、「獄バラジ旅館通り」としての歴史的価値を根拠に、この町を残そうという運動が立ち上がった。そのイベントがあるということで、さっそく訪ねてみた。イベントには路地裏大将のランスキー先生こと金蘭基氏の路地裏ツアーチームも参加して、一緒にこの町を回ることになった。
まず、ビルの一室で、運動の中心となっているらしい住民の一人が涙ながらに保存を訴え、町歩きに出発した。
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平地には4階建てくらいのビルが建っているが、斜面を登ると階段式に韓屋が建っている。
再開発の前の撤去作業によって、散らかり放題だが、家屋の基本構造は残っているため、韓屋の勉強ができた。今読んでいる「韓国の住宅、その類型と変遷史」に書いてあった内容を実際に確認する機会ともなった。

この辺りの韓屋は1930年代に建てられた都市型の改良韓屋。宅地開発業者が数十件単位で建てた分譲するという形式だ。そのため、「住む」ための目的だけでなく、「売る」という目的も加わった最初の家屋がこの時代の改良韓屋だ。
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「売る」という目的がよく表れているのが「ソロ」。上の写真にある、小さな四角い部材のこと。これは、「ドリ」または「チャンヨ」と呼ばれる横材を下から受ける形で付いている部材で、本来は高級な家屋に見られるものだという。それで、見た目だけでも高級感を持たせるために「ソロ」の形を貼り付けたもので、「タクチソロ」と呼ばれているということ。写真の家屋では左にもあったであろう「タクチソロ」が落ちてしまっている。
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オンドルの煙突。案内してくださったランスキー先生は「土管の煙突は久しぶりに見たなあ」と。
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ランスキー先生が、「マチノ、ちょっとこっちへ来てごらん」と呼んで説明してくれたのが、このT字型の窓。明り採りの横長の窓の下に、小さな縦長の窓がある。今は塞がれているが、昔は出入り口だったのではないか、とのこと。他ではなかなか見られない形式だという。
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「第一洋服店」の看板。洋服とは韓国では背広のことを指すが、ランスキー先生曰く、「こんなところに背広を仕立てに来る人がいると思いますか?私の推測では、囚人服を作っていたんじゃないかと」。なるほどー。だてに路地裏大将やってないな!
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この後、運動をしている人たちに聞きたいことがあって、先ほどの会場に戻ったが、住民とのいざこざがあって、再開発の管理事務所に行ったという。夜にはライブをやるということだったが、とりあえず帰ってきた。

実は最初に説明する時も、建物のオーナーが怒鳴り込んでくるトラブルがあった。いろんな利害関係がからんでくる複雑な問題なのだ。
聞きたかったのは、保存運動をする人たちに代案はあるのかということ。住民のほとんどがここを去り、建物も半壊したような状態で、ここをどのように活用していくというのだろうか?機会があれば聞いてみたい。
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by matchino | 2016-02-28 18:05 | 建築 | Comments(0)

建国大学の気になる建築

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慶原堂を見に建大を訪ねたが、他にも気になる建築があった。
まず、人文学館。モダニズム的な建築で、入り口のキャノピーを支えるV字型の柱も気に入った。
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中に入ってみると、ロビー的な空間があって、正面に階段があるが、中央が円形に3階まで吹き抜けになっている。
2階と3階の手すりが、パイプをつなげたようでありながら装飾的で面白い。
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円形の吹き抜けの向こうには装飾の施された天井が見えてなかなか絵になる。
階段の踊り場と正面の窓にも幾何学的な装飾がなされている。
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誰の設計で、どういうコンセプトで建てられたのか気になって調べてみたが、ネットには詳細は探せず、その代わりこの建物に関して書いた内容はひどいものばかりだった。
「学内で最もボロい建物。いつ建て直すんだろうか」とか、「幽霊が出るという噂もある」とか。
でも、新しい建物で、これはと思うような建物はなかった。建大の学生の感覚を疑ってしまうぞ。
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もう一つ、人文学館より古い建物があった。
こちらは煉瓦造りの、見るからに文化財的な建物。
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1907年に楽園洞に、愛国啓蒙団体である「西北学会」の会館として建てられたという。1910年、新式学校である「五星学校」の校舎として使われ、その後もさまざまな用途に使われたが、韓国戦争以後は建国大学で使われた。1977年に都市計画により解体され、1985年に現在の建国大学のキャンパス内に移転・復元された。現在は建国大学の創始者である常虚・劉錫昶(サンホ・ユ・ソクチャン)の号をとって常虚記念館という名で博物館となっている。
まあ、文化財にもなっている「いかにも」なレンガ造りの建物なのだが、個人的には先ほどの「人文学館」のほうが面白いなと。


この他に気になったものの写真を何点か。
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今まで大学の建物に関心を持ったことはなかったけれど、以前訪ねた延世大の「ルースチャペル」とかもよかったし、面白いかもしれない。探して行ってみるかな。

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by matchino | 2016-02-20 19:00 | 建築 | Comments(2)