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ナム・ジュン・パイク・アートセンター

ナム・ジュン・パイク・アートセンターを取材しようと取材依頼をしたところ、新しい企画展が開かれて、記者懇談会をするということで参加してきた。

ナム・ジュン・パイクは言わずと知れたビデオアートの大家だ。私が韓国のかの字も知らなかった頃からパイクのことは知っていたくらいだから、彼の世界的影響力がどれ程のものかが分かる。

私が韓国に来てしばらく経ってから、「ああ、パイクは韓国人だったよな」と思い出したくらいだ。

私の知り合いは「白南準がナム・ジュン・パイクだと分かって軽い衝撃を受けた」と話していた。東洋画の作家のような名前(←すごい偏見!)があのパイクだったなんて!という…。


さて、アートセンターは、ソウルからバスに乗って約1時間。京畿道龍仁市にある。地図を見ると、ソウルの真ん中からまっすぐ南に下る幹線道路の脇にあった。
山の紅葉を見ながらバスに揺られて到着。田舎町っぽい所を少し入っていくと、直方体のでっかい塊が小高い丘の坂の途中に座っている。
横に幾筋ものスリットが入ったガラス張りで、黒いガラスがスタイリッシュな印象。
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中に入ると、他の美術館とは違い、黒を基調とした空間になっている。明る過ぎず、暗過ぎず、落ち着いた感じでいい。
気に入ったのが、向かい側の窓、というか壁全体がガラス張りになっていて、表と同じく横に無数のラインが引かれている。
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そして窓の外には石畳の裏庭があり、その石畳はゆるいカーブを描きながら壁になり、その上には山の木々が生い茂っている。ちょうど紅葉の時期で、赤や黄色の木々が美しい。

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すごく忙しいスケジュールで写真を撮れなかったので、ネイバーの地図から拝借。この木々が紅葉したところを想像して!

ロビーの雰囲気のよさに浸る暇もなく、入って右側のコーヒーショップに案内された。すでに弁当が用意されていて、展示会の話などをしながら昼食をいただいた。
パイクってヨーロッパで人気があるみたいだ。あるスタッフの話では、数日前にヨーロッパのどこか(どの国っていったかは忘れた)から呼ばれてパイクの作品を出展してきたという。
外国から訪ねてくる人はどのくらいいるのかと訊いてみると、やはりヨーロッパから研究のために来る人が多いという。
食べ終わるとすぐに展示の説明が始まる。なんて忙しい!

全員が集まるのを待っていると、一緒に着ていた記者が「日本人ですか?」と話しかけてきた。名刺を交換すると、「Article」という現代芸術に関する雑誌の記者だった。「ああ、一度買ったことがありますよ! でもとても難しくて全部読めませんでした」と話すと、「皆さんそう言われるんですよねー」と。ちょっと率直に言い過ぎたかな?

さて、1階の常設展はサラッと流して、2階へ。
2階では二つの企画展示が行われていた。パイクのパフォーマンスに関する「オンステージ」展と、昨年、このアートセンターの国際芸術賞を受賞したダグ・エイケンの企画展「エレクトリック・アース」が行われていた。

「オンステージ」展は、パイクのパフォーマンスを年代別に紹介し、そのパフォーマンスの結果物を展示している。ネクタイで書いた書道(?)とか、ロボット(後で交通事故で死亡する)とか、水の上を走るバイオリンとか。
展示の方式は美術館というよりは博物館のような感じだ。資料の少ないパイクのパフォーマンスをどのように見せるのか苦労したあとが伺える。

その隣の暗い部屋はパフォーマンスに使った映像を単独で見せる部屋だった。
そしてその反対側は一列ガラクタの山だった。この空間は「メモラビリア」といって、パイクのアトリエをそのまま再現したものだという。
スタッフが「先生はモノが捨てられない人だったんですね」と話していたが、そのガラクタから彼の芸術が生まれたのだから、これは宝の山だよな、と。
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その次の部屋はもう一つの企画展、ダグ・エイケンの「エレクトリック・アース」だ。
この作品は、4つの部屋に8つの映像が壁一面にプロジェクターで映し出されたもので、その8つの映像が互いに絡み合いながら、完全に同期している。
1999年のヴェネチアビエンナーレで金獅子賞を受賞した作品だ。
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一通り作品を見終わった後は、ダグ・エイケンとの記者会見。
アートセンターの館長による企画の意図の説明とダグ・エイケンの挨拶の後、質疑応答の時間。その場に来ていたのは美術専門誌の記者などでけっこう鋭い質問がどんどん出てきて、作家も質問ごとに「いい質問です!」とうなった。
その中でも「あっぱれ!」だったのが、さっき話した「Article」の記者の質問。
「『エレクトリック・アース』は1999年の作品ですよね? 最新の作品がないのはどうしてですか?」
そうだそうだ! 私もそれが訊きたかった!
それに対する館長の答えはこのようなものだった。
「ダグ・エイケンは国内ではまだあまり知られていない作家のため、彼の代表的な作品を選びました。そしてこの作品は彼の原点となるもので、記念碑的な作品ということでこの作品を選びました」と。
準備期間などの大人の事情もあって、この作品しか難しかったのも確かのようだ。
でも、この作品もけっこう難易度の高いものらしい。スペース的な問題あるし、何といっても8つの映像をぴったりと同期させるのは技術的にそうとう難しいらしい。
技術的にも難しいけれど、概念的にも理解するのも難しい。ある程度解説してもらわないと普通に通り過ぎてしまいそうだ。

概念が私の中でまったく整理されていないのだけれど、今日の収穫は、ナム・ジュン・パイクという人が立てた功績がどのようなものだったのかということが分かったということだ。
前衛的な作品で有名になっているが、彼が表現しようとしたことは、今のアーティストたちの表現活動の原点になっている部分が大きいし、彼が試みたことが今、さまざまなところで実現しているのだ。

質問が次々に繰り出されてとどまるところを知らなかったが、次のスケジュールがあるということで終了。ゆっくり展示を見直すことも叶わないままバスに乗り込んだ。
写真もまともに撮れなかったので残念!次の企画展の時に行くか。次は春だな。

「オンステージ」展と、ダグ・エイケンの「エレクトリック・アース」展は、2014年2月9日まで。


〈追記〉
美術館の役割って、今まで考えたことがなかったけれど、博物館みたいなものなんだなあ、と。
研究・収集して、展示・紹介する。
そのためか、「歴史的な意義」的なものを見出すことはできても、新しさというものは感じないことが最近多くなってきた。
たとえば、ダグ・エイケンの作品も、99年当時は目新しかったかもしれないけど、今はそうでもないんじゃないかとか思ってしまう。
歴史の流れを知ってこそ、現在を知ることができるということはあると思うが、あまりに博物館的になっては面白くないと思うのだ。
過去の作家の展示を行うとしても、現在的な意味というものを提示しないとつまらないものになってしまう。少なくとも私にとっては。
前にウォーホル展を見に行って、今展示する意味みたいなものがあるかと思ったら、印象派の作家の展示のような感じでお決まりの展示の仕方だったので、失望したことがある。
「だったら美術館に行くなよ」と言われたらそうなのだけれど、国内で海外の作家の新しい作品に触れられるところって美術館とかギャラリーしかないのだから
しょうがない。
ダグ・エイケンの最新作の「Station to station」もアメリカの列車で行われたパフォーマンスだから、それを体験するためにはそこに行くしかない。
そういう意味で、美術館のあるべき姿って変わってくるべきだと思うのだ。というか、美術作品の発表のありかたというべきか?
まあ、美術館もいろいろな形で新しい展示・発表の方法を模索している。そういう美術館の活動に期待したい。
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by matchino | 2013-11-25 21:26 | 展覧会 | Comments(0)
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