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公州建築巡り 5 トンボが遊んでいった路地と草花文学館

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公州近代建築巡りの続き。ルチアの庭の前の路地は「トンボが遊んでいった路地」と名付けられており、昔の様子がけっこう残っている。
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倉庫のような建物なのに、なぜか旅館の看板。旅館は別のところにあるのかな?
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怪しげな大きな壁!
壁には「公山城の血闘」という映画なのか演劇なのか、広報のための絵が描かれている。
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建物の表側に回ってみると、角が丸くなった古い劇場っぼい建物だった。
でも看板には「学生百貨店」とある。
そしてその学生百貨店も閉店しているようだった。
後から調べてみると、湖西劇場という劇場だったことが分かった。
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それから、「公山城の血闘」の壁画の向かいにあったゲストハウス、キレイそうだなと思っていたら、1泊3万ウォンだとあるブログで紹介されていた。泊まるとしたらここかな。まあ、日帰りで充分なんだけど…。

その向かいには古い商店。この辺りは昔の繁華街なんだという。もう少し歩いたら昔の痕跡が見つかるかもしれない。
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それから、前回、少し話した「草花文学館」。
旧市街を見下ろす山の麓に建っている日本統治時代の裁判所の官舎を改装したものだった。
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詳しくはこちら

黒く塗り直しているけれど、当時の構造はそのまま残っている。
この日は閉館時間後に訪れたので入れなかった。
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裏の方に回ってみると、外に面した廊下があって、まさに日本家屋。
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窓から中を覗くとアコーディオンが置いてあった。いいなああ。
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公州、そんなに頻繁に訪れることはできないけれど、1年に一度くらいは訪れて歩き回りたいな。
草花文学館も入れなかったし、今回見に行けなかった洋館もあるし、鉄橋を歩いて渡ってみないとだし、やるべきことは多いのだ。




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# by matchino | 2017-01-12 21:15 | 建築 | Comments(0)

公州建築巡り 4 ルチアの庭

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公州近代建築巡りの続き。
公州の旧市街には昔の家屋がたくさん残っている。そんな家屋の一つを改造したカフェ、「ルチアの庭」。いろいろな雑誌などで紹介されており、一度行ってみたいと思っていた。

公州の旧市街を流れる済民川に沿って歩くと細い路地の入り口に木でできた小さな案内板があった。素朴な雰囲気を求めて多くの人が訪れるようになったのか、「トンボが遊んでいった路地」という名が付いていた。
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路地に入って曲がり角にある青い門の家、そこが「ルチアの庭」だった。小さな庭には簡単に花が植えられている。
話題になっていたカフェなので、席はないかもしれないと思っていたが、奥の小さなテーブルが一つ空いていて、そこに三人で座った。
入り口で靴を脱いで上がりこむかたちになっていて、私たちが座った部屋と縁側を改造したと思われる板の間、そして厨房の上には屋根裏にあたるタラクパンがあった。
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もともとは「ステラ」という洗礼名を持ったおばあさんが、旦那さんと二人で建てた韓屋の家だったという。家を建ててから3年後、旦那さんは亡くなって、その後、ステラおばあさんもこの家を去ったけれど、同じ聖堂に通う「ルチア」という洗礼名を持つ今の主人がカフェに改造したということだった。

「お一人様につき一つ注文でお願いします」といって渡されたメニューを見ると、ちょっとしゃれた名前のついたお茶がずらり。よく見てみると、緑茶だったりプーアル茶だったり。それで紅茶を頼むことにしたんだけれど、これもまた種類が多い。お店の人にヘルプを出すと「シャングリラが人気ですよ」ということなので、それを頼んでみた。

まずは妻のが出てきた。お茶は何だったか憶えていないけれど、おいしかった。茶碗も美しい。
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置いてある雑誌などをペラペラとめくりながら待っていると、ほんとうにしばらくして紅茶が出てきた。でも空間に流れる雰囲気がよすぎて、待たされた感じがしない。ゆったりとした時間の中に寄っているような感じだ。
そして、ポットからティーカップに注ぎ(ああ、これを書いている時にも、あのカップに注ぐ音が心地よく聞こえるよう!)、一口。んー、すばらしい香り! おいしく淹れたものを持ってきているし、ポットの中のお茶がなかなか冷めずに何杯も飲めるなんて!
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そしてクリスマスだということで、娘にはチョコレートのサービス。手作りのようで、ちょっとビターだったので、娘は食べられなかったけれど、私が食べるとおいしかった。
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ふと思い出して、近くにある「草花文学館」を見に、妻と娘を置いてしばらく出てきた。文学館は閉まっていてすぐカフェに帰ってきたのだけれど、少し紅茶が残っていたので、飲もうとすると、お店の人が「冷めたでしょう」といって、新しく淹れた紅茶のポットを持ってきてくださった。
え、これサービス⁉︎
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結局、2時間くらい居座っただろうか。居心地がよすぎて家に帰りたくなかった。CDプレーヤーから聞こえるバッハの無伴奏チェロもいつもよりも甘く心に響く。お店の人もとてもいい人たちで、この人たちがこういう雰囲気を創り出していたということもあるかもしれない。

出る時には絵葉書を2枚プレゼントしてくれた。
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雰囲気はいいし、人はいいし、お茶はおいしいし、本当に、ここを訪ねるためだけに公州に行く価値はあると思う。次は夏にでも、タラクパンか、縁側で過ごそうかな。




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# by matchino | 2017-01-11 22:35 | 建築 | Comments(0)

公州建築巡り 3 旧公州邑事務所と公州第一教会

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公州の近代建築巡り、次は「ルチアの庭」に行こうかと思ったけれど、一緒に来た妻と娘がおやつを食べに他の店に入ってしまったので、私は一人で他の近代建築を見に行くことにした。

ここで公州を巡る時のヒントを一つ。ルチアの庭は最後に、そして時間をたっぷりとって行くべし!とても居心地のいい空間なので、他に行きたくなくなるのは必至!

公州映像歴史博物館。
日本統治時代の1920年に金融組合連合会の会館として建てられた、レンガと石造りの建物。1930年から1985年までは公州邑事務所として、1986年に公州邑が市に昇格してからは1989年まで公州市庁として使われたという。現在は公州映像歴史博物館として使われている。
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太い円柱が並んでいて、権威的なイメージ。両脇にある円形の窓にも石の装飾が付けられていてかっこいい。
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中は映像歴史博物館となっており、1階はインタラクティブな公州の観光地の説明パネルが並ぶ。2階は公州の昔の写真が展示されていた。内部がすっかり改装されているのは残念だけれど、階段の構造だけは当時のものだろう。
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側面に回ってみると、こんな可愛い柵が付いた丸窓。
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以前、ここを訪ねたりうめいさんが、この近くで木の電柱を見つけたといっていたのを思い出して探してみると、すぐ前の路地にみつかった。この電柱といい、建物といい、よく残してくれている。保存状態も素晴らしい。
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もう一つ訪ねてみたのが、公州第一教会。1930年に建てられた、この地域で初めてのプロテスタントの教会。
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窓からステンドグラスが見えたので、中に入ってみたかったけれど、すべての扉に鍵がかかっていた。やはりプロテスタントの教会だな…。

さあ、いよいよずっと前から行ってみたかった「ルチアの庭」へ。次回をお楽しみに!




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# by matchino | 2017-01-07 22:34 | 建築 | Comments(0)

公州建築巡り 2 忠清南道歴史博物館

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公州の近代建築巡り、中洞聖堂の次は、隣の高台にある忠清南道歴史博物館を訪ねた。
ここは、今は忠清南道歴史博物館として使われているが、もともとは1973年に国立公州博物館として建てられたもの。
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四角い箱の脇に、上が丸くなった台形のような形の白い突起がいくつも並んでいる。突起は上下に分かれていて、よく見ると下は中央が出っ張っていて、上は凹んでいる。上の突起の脇には窓が付いているようで、間接照明として使われていたのかもしれない。
この突起の形、はっきりとは調べていないけれど、公州でみつかった百済時代の古墳である武寧王陵の石室の形をモチーフにしたのだろう。
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上には軒のような形が屋根として乗っている。わずかに四隅が上がっているのは、韓屋の屋根の反りを表現したのだろう。この頃、「韓国的な建築」を模索していて表現した一つの方法論だ。
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もう一つ、ここ頃の建築の流行を示すのがピロティ。ル・コルビジェが提唱した近代建築の5原則の一つだ。

誰が設計したのかが思い出せず、国立博物館をたくさん設計した金寿根氏かなとも思ったけれど、テイストがちょっと違うので、FBに上げてみると、大田の文化財の専門家が、すぐに生没年までつけて答えを上げてくれた。スバラシ!

で、この博物館を設計したのは李喜泰(イ・ヒテ)建築家。1925生、1981没。
切頭山殉教聖地の聖堂や恵化洞聖堂などの聖堂建築のほか、南山にある国立劇場などを手がけている。なんかこの方の建築によく出会う。

博物館の展示はそれほど、興味深いものではなかったけれど、一つだけ気になったのが、雨宮宏輔という日本人のこと。公州で生まれて解放まで公州で住み、その後も公州に住んでいた日本人の会である「公州会」の会長をしているという。雨宮氏はこの博物館に公州の昔の写真や遺物などを寄贈しているということだった。当時の記念ハガキなどは興味深かった。
この博物館に登る階段の前に井戸があって、そこの案内板にも雨宮氏が経営していた氷工場があったと書かれていた。ネットでは、雨宮氏が公州に桜の木を植えたという話も出ていた。
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で、その前にあった噴水(?)。動物の頭は理解できるけど、この子どもたちの頭は…。彫刻家の感覚を疑う…。
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さて、今度は旧公州邑事務所へ。
次回に続く!




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# by matchino | 2017-01-04 23:29 | 建築 | Comments(0)

公州建築巡り 1 中洞聖堂

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クリスマスイブ、クリスマスらしいことをやりたくて、妻に「聖堂を見に行こうか」と提案してみたら、難なく提案が通過!
ただし条件が付いた。「今まで行ったことのない聖堂に行こう」と。望むところだ。いくらでも探してみせよう!

公州に有名な聖堂があったよなあと調べてみると、あったあった。中洞聖堂。そしてその近くの近代建築を調べて計画はばっちり。

イブの朝、東ソウルターミナルから11時10分の公州行きのバスに乗り、2時間で到着。とりあえず中洞聖堂へ。バスでも10分くらいで行けるけれど、タクシーで4000ウォン。途中に錦江に面した公山城も見えた。

錦江を渡ったあたりからすでに丘の上に聖堂の尖塔が見えた。丘のふもとでタクシーを降りて聖堂まで登る。
登る道沿いにはノアの箱船をモチーフにしたモザイク画があった。モザイク画のレベルも高くていい。その上には聖堂の歴史を年度ごとに表した手すりがあった。
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赤と灰色のレンガ造りの典型的なゴシック聖堂。よく手入れされ、修理も何度かされているようだった。1898年にここで宣教活動を始め、聖堂は1937年に竣工したという。
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内部はやはり三廊式で、石造りの柱が並んでいる。
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側面のステンドグラスは単純な四角いものだが、祭壇の後ろのステンドグラスはぶどうや星などをモチーフにしたものがあった。
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ところで、私の後に一人の男性が入ってきた。彼の頭はフランチェスコのようで、「彼は修道士かな?」と思ったけれど、話しかけてみるとたまたま通りかかっただけの人だという。頭が薄いだけだったのだ。「修道士ですか?」とか余計なこと聞かなくてよかった…。笑

聖堂の隣には、やはりレンガ造りの司祭館。これも1937年に建てられたようだ。
窓の構成がちょっと変わっていて、1階にはアーチの窓が3つ、2階にはアーチの窓が2つ、そしてその両脇にに四角い窓が付いている形。
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クリスマスのために、聖堂の脇にはイエスの誕生の様子のジオラマがつくられており、マリア像には電球が飾られていた。今日の夜にはクリスマスのミサがあるのだろう。キャンプファイヤーのような薪が積まれていた。夜にもう一度来たいな。
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あちこち回ってみると、ここが市内でも高台にあることが分かった。けっこう遠くまで見渡せ、近くにそれほど高い建物もないため、見晴らしは本当にいい。
そして、聖堂の後ろには今回、行こうと思っていた忠清南道歴史博物館があった。
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さきほど登ってきた車が上がれる道の他に、その裏には階段で登れる道があった。聖堂を眺めながら登れる気持ちの良い入り口だ。その階段を下りて、忠清南道歴史博物館へ。
続きは次回!




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# by matchino | 2016-12-30 20:21 | 建築 | Comments(0)