徽慶洞の再開発地域を歩く

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ソウル建物年齢地図というサイトがあることを最近知った。ソウルのすべての建物の使用承認を得た年度を記載したというものすごい地図。それで気になっていた建物の年代を興奮しながら調べまくった。
そして、思いついたのが、古い家屋がある辺りを歩いてみようかと。

徽慶洞の古い家屋について昔書いたことがあったが、その反対側のあたりにも古い家がけっこう残っていることを最近発見して、歩いてみることにした。
地下鉄1号線の回基駅に着く前に電車の窓からだいたいの位置の目星を付ける。
が、解体作業用の幕が張られている!再開発されてしまうのか!

回基駅を出てしばらく歩くと、気になっていた連立住宅があった。年代は1980年。

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その向こうにも古そうな建物が見える。


そこから少し歩いていくと、空き家が並んでいた。やはり再開発の地域になっており、住民はすでに出ていたのだ。
古い一階建ての家屋がいくつもあった。こういう瓦屋根の家は1960年代のものらしい。

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すでに撤去された残骸の向こうに古い家屋が見える。

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その中で見つけたとんがり屋根の家。何の家だろうかと気になって前まで行ってみると、「荷居堂」という文字。巫堂の家なんだろうか。
とんがり屋根の中の窓も面白いが、その脇に書かれた「永存」が何を意味するのかと気になる。

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この屋根に気を取られて気付かなかったけれど、家に入る細い路地の両側の塀には絵が描かれていた。

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アングルの「泉」とか

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朝鮮戦争のときに空に現れたイエスの姿とか
(その上のはダリの描いたイエス?)

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虎とか。
元の絵が分かるものもあれば、分からないものもあって、不思議な感じだ。
どんな人が、何の目的で描いたんだろうか。まあ、ただの趣味なのかもしれないけれど。

さらに路地を回っていると、古い倉庫のような建物を見つけた。

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通りの表側に回ってみると、道路から少し奥まったところにこの建物の入口があった。
今も使われているようだ。

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写真を撮っていると、一人のおじさんが現れた。
「何かの工場なんですか?」と訊いてみると、
「そう。11の小さい工場が入ってるんだ」とおじさん。
「ここも再開発の地域なんですか?」
「いや、再開発はこの裏側だよ。この建物の2階が再開発の事務所」といって、隣のビルを指差した。
よかった。とりあえずこの建物は残りそうだ。
今度中を見せてもらおう。

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# by matchino | 2017-06-18 12:19 | 街歩き | Comments(0)

中林洞・ホバクマウル

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最近、中林洞(チュンニムドン)がアツい。らしい。
来週(5月20日)にはソウル駅の高架道路が歩道としてオープンするし、聖ヨセフアパートがKBSの「ドキュメンタリー3日」という番組で紹介されたりしていた。

その日の放送内容はこちらから視聴できる。(会員登録が必要)

ちょっと調べたいこともあって、中林洞へ。
ソウル駅で降りて、いつものように文化駅ソウル284の前を通る。
そうすると、道を塞ぐ大量の靴!

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ソウル駅の高架道路のオープンに合わせたオブジェなんだろうか。
今思うと、近くに塩川橋の靴屋通りにちなんでのことかな。

その塩川橋に行ったら、解説板が立てられていた。
解説によると、塩川橋のいわれについて、「火薬を製造する焔硝庁(ヨムチョチョン)があったということで『ヨムチョチョン橋』といわれていたが、音が変わって『塩川橋(ヨムチョンギョ)』となった」とある。
以前、ネットで調べたときは、毋岳川(蔓草川)に架けられていた塩川橋という橋があったが、川が暗渠化したことで橋がなくなり、その名前を持ってきてつけたとあった。どれが本当なんだろうか。
今の塩川橋ができたのは鉄道が敷かれた後だから、なくなった以前の塩川橋は1900年以前にすでに暗渠になっていたところにあるはず。
それで地図を調べてみると、1908年の地図では、独立門のあたりから下流は暗渠になっていないので、以前の塩川橋は独立門より上流にあるはずだな。
どこにあった橋なんだか気になる…。

さて、塩川橋を渡って薬峴聖堂の前を通って聖ヨセフアパートへ。前から行きたかったカフェ「コーヒーパンアッカン」に寄ろうかと思ったけれど、残念ながら店じまい中で、次回に行くことに。

さあ、今回の目的の中林洞のタルトンネにやってきた。
以前、訪ねた時に気になっていた地域だけれど、最初に紹介した番組によると、「ホバクマウル」というらしい。
でも、ちかぢか再開発されるようで、ところどころに赤いスプレーでバツ印が付けられていた。

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路地に入っていくと、思いがけないバラのトンネル。
韓国では珍しい白バラだった。

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今まで注意してみたことはなかったけれど、つぼみにうっすらと薄紅色が指していた。
開いた花は真っ白なのに、あの紅色はどこに行ってしまうんだろう。

このブロックを回っていくとなかなか面白い。
カラフルなシートが窓に貼られた床屋。
外から見えないようになっているっていうことは、あの噂のいかがわしい床屋なんだろうか…?

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大通り側に出ると、資材を売る店。
茶房(タバン)的な看板がいい。けれど、閉店して久しいようだ。

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この並びにも撤去のバツ印が。なんとか残って欲しいけれど、難しいかな…。

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# by matchino | 2017-05-14 22:15 | 街歩き | Comments(0)

益山・旧益沃水利組合事務所(現・益山文化財団)

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公州に行った前日、百済文化のもう一つの遺跡地、益山を訪ねた。
本当は益山の旧市街を歩き回りたかったけれど、時間がなくて帰り道にちょっとだけ近代建築を見てきた。
弥勒寺址の解説士に教えてもらったのが、益山文化財団として使われている建物。

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もともとは益沃水利組合の事務所として使われていた建物で、1930年に建てられたもの。後に全北農地改良組合の庁舎として使われた。

調べてみると、この水利組合というのは農業の灌漑や水害対策のための組合だということだけれど、韓国内では日本統治時代に行われた収奪のための団体として悪名が高いようだ。灌漑のためにダムを建設したりするのだけれど、農業用水を使うことに対して水税を取って小作農を苦しめたりと問題が多かったらしく、組合に対する反対運動も起こったという。

そんな水利組合の建物だから、韓国の人たちにとっては痛みの歴史が刻まれた場所といえる。
それでも建築的には価値が認められて、2005年には登録文化財に指定されている。

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レンガの外装で、1階は鉄筋コンクリート造、2階はレンガ造となっている。
そして、水色に塗装された屋根は2段階の傾斜があるマンサード屋根。屋根裏は倉庫として使われたらしい。
この屋根の中を見てみたかったけれど、事務所の建物なので入れないだろうなあ。
でも、文化財庁が行なった調査報告書があり、屋根裏の写真もあった。写真を見たらもっと入りたくなってしまったけど。

その隣りにあったレンガ造りの倉庫。

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レンガ造の建物もいいけれど、その右側にあった新庁舎もなかなかいい。
1975年に建てられたらしい。

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モダニズム的な直線とか、上の円形とか、後ろの煙突とか、萌え要素はたくさん。
もとは農地改良組合として使われていた時代の建物で、組合が場所を移してから放置されていたようだ。
そして今は芸術家のレジデンスとして使われているようだ。ここで展示も行なったらしく、痕迹が残っていた。

このあたりは益山の旧市街で、日本人もたくさん住んでいたらしい。少し歩いただけでも古びた日本家屋がところどころに見つけられる。

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ずっとこの辺りを歩き回りたかったけれど、次回に。益山、また行くぞ。





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# by matchino | 2017-05-09 20:00 | 建築 | Comments(0)

公州、錦江の鉄橋を渡れ!

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「錦江の鉄橋を渡れ」
なんだか戦争映画のタイトルみたいだが、前回、公州を訪れた時に私に課せられたミッションだった。
しかし、冬で小さい娘を連れてだったので、そのときは果たせなかったミッションなのだ。
今回の取材が公山城だったので、バスターミナルから鉄橋を渡って歩いて行くことに。

この錦江鉄橋がつくられたのは、日本統治時代の1933年。当時、漢江以南では最も長い橋だったという。
1932年に忠清南道庁が公州から大田に移す代わりに架けられ、これによって公州は交通の要地となったわけだ。
ワーレントラス構造の上弦材をアーチ形状にした、当時としては珍しいものだという。

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昔は車道が2車線だったが、その横に大きな橋がつくられ、交通においては重要な橋ではなくなった。

そしてもう一つ、映像展示館の近くをふらついていて見つけたのがこの劇場。
韓国古建築散歩のりうめいさんが見つけていて、湖西劇場と似ているようで違うらしい形なので、どこにあるのかと思っていたところだった。
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今回、公山城を案内してくださった文化解説士が、公州の旧都心について詳しい人だったので訊いてみると、公州劇場といって、湖西劇場と共に70〜80年代の公州を代表する劇場(映画館)なんだという。
湖西劇場の脇の絵について訊いてみると、最近行われた撮影イベントのために描いたものだという。「公山城の血闘」という映画は実際にあった映画で、そのポスターを模写したものなんだとか。
で、一つ残念だったのは、草花文学館にまた入れなかったこと。


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# by matchino | 2017-05-07 10:13 | 建築 | Comments(0)

筆洞のストリートミュージアムが楽しい!

FB友達が筆洞の「ストリートミュージアム」に関する記事を上げていた。週末、特に行くところもなかったので、娘を連れて行ってみることに。
地下鉄4号線忠武路駅4番出口を出て、毎日経済新聞社の裏の路地に入ってみる。どこだかはっきりは分からないで行ったけれど、うろついていたら、これを見つけた。
道端に設置されたギャラリー。

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スタンプラリーのスタンプもあるため、どこかに用紙がないかと探してみた。

さらにうろついてみると、記事にあった「マイクロミュージアム」という映像作品の展示があった。

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そして、その前には「チケットボックス24」という店。美術書籍の店で、スタンプラリーの用紙を備置してあった。スタンプを全部押すと、隣のカフェでコーヒーをもらえるという。さっそくスタンプラリーに出発した。

ここから出発!↓


ギャラリーがあったり、立体駐車場のビル全体が作品になっていたり、道端に作品があったりと、展示の仕方も多様で面白い。作品のレベルも高い。パブリックアートって今まで関心がなかったけれど、これはなかなかよかった。

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全部回ると30分くらいかかったけれど、スタンプラリーがあるので、うちの娘も楽しんで最後まで回れた。

近くにある南山韓屋マウルの中にも3つの作品ブースがあった。

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全部回って、最後のスタンプは「チケットボックス24」の隣のカフェで押してもらった。そして、私はコーヒー、娘はアイスティーを。

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このカフェも、韓屋を改造したようで、なかなかいい空間。
実はここ(なのか、このあたりなのか)は「南學堂」という朝鮮時代の教育機関があったところなんだとか。

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パンフレットをゆっくり読んでみると、2014年から行っているプロジェクトだという。今まで知らなかったことが不覚!
毎年5月と10月にはストリートアート・フェスティバルを開催しているということなので、ぜひ行ってみよう。

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# by matchino | 2017-03-11 21:30 | 展覧会 | Comments(0)